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大遅刻した悪役令嬢、聖女に選ばれる  作者: しのギドラ


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28話 宿舎での手伝い、聖騎士団員との交流

 翌朝も快晴に恵まれ、湖面は平穏を象徴するように穏やかに凪いでいた。

 私は再び、怪我人のいる宿舎へと足を運んだ。


 小さく息を吐き出しながら、水桶の中で濡らした布を力を込めて絞る。

 それを見た宿舎の衛生兵が、困惑した様子でうろたえていた。


「聖女様! そんな雑事は我々にお任せください。御手を汚されるような真似など、滅相もございません……!」


「いいえ、聖女としての力が発現できていない今、私にできるのはこれくらいのことだけですから。少しでも手伝わせてさせてください」


 私は衛生班の作業を補佐するため、自ら雑用を買って出た。

 聖女の権能を引き出せない私は、ここにいるだけは何の意味もない。

 手を動かしている方が、かえって落ち着くしやりがいがある。


(それに、何が治癒の力を目覚めさせるか分からないもの。やれることは全部やらないと!)


 水を含ませた布を手に持ち、昨日と言葉を交わしたトビーに声をかける。


「手を負傷されていると、色々と不便でしょう。お背中をお拭きしますね」


「そ、そんな! 聖女様に身体を拭いていただくなど……恐れ多すぎます! その清らかな御手を煩わせるようなこと、絶対にさせられません!」


「私はまだまだ見習い聖女の身ですから、どうかお気になさらないでください」


 彼の背中へと、冷たさで驚かせないように静かに布をあてた。

 よく彼を観察すると、細かな傷跡がいくつも残っており、彼が厳しい訓練を幾度も乗り越えてきたのだと伝わってくる。


「よく鍛錬されているのですね。魔獣との戦闘も大変でしょう?」


「い、いいえ! 聖騎士団員として当然の義務です! 正直、まだまだ俺は役立たずです。こうして負傷で戦線を離脱してしまっているくらいですから……」


 背中越しではあったが、彼が少し気落ちしているように見受けられた。

 聖騎士団の面々も、聖女に負けないほど重い責務を担っているのだろう。

 私は彼を労るように声をかけた。


「それだけ戦地で尽力してくださったのでしょう? あなたのその奮闘が、この街の人々の幸福に繋がっているのです。どうか気を落とさないでくださいね」


「聖女様……! 慈悲深いお言葉、ありがとうございます! 聖女様のためにも怪我を治して、すぐに前線へ復帰いたします!」


「気負いすぎて焦らないでくださいね。はい、これで終わりですよ」


 背中を拭き終えて立ち上がると、トビーは顔を伏せたまま、何とも形容しがたい表情を浮かべていた。

 私はそれを不思議に思いながらも、水桶の方へと戻っていった。


「おい、見ろよ……。トビーのやつ、まさか団長に敵対するつもりか……?」


「怪我が治る前に、あいつ団長に処分されるんじゃないか……」


 周囲から密やかな囁き声が聞こえたような気がしたが、私は気のせいだと思いながら水桶で布を洗うのだった。


 何気なく水桶の脇へ視線を向けると、未洗濯の衣類が山積みになっているのが目に留まった。

 このまま放置すれば空間を圧迫するだけでなく、衛生面からも好ましくないはずだ。


「洗い物はどちらで行えばよろしいですか?」


「中庭の先にある井戸ですが……って、聖女様!? まさかご自身で洗濯をなさるおつもりですか!?」


「ちょうど手が空きましたので、私の方ですませておきますね。衛生兵の皆さんは、怪我をされた方々の包帯を取り替えて差し上げてください」


 衛生兵のなかでも特に年若い男性が、唖然とした表情を浮かべている。

 何か不手際でも働いてしまっただろうかと、私は慌てて問いかけた。


「私、もしかしてご迷惑をおかけしてしまっていますか……?」


「そんなことはありません! 聖女様がこれほどまでに親身になってくださるとは思いもよらず、いたく感動してしまい……」


 誰にでもできるような雑用をこなそうとしただけなのに、私の方が言葉を失ってしまった。

 レイフも含め、聖騎士団の面々は、私を過大評価しすぎているのではないかと、私は苦笑を漏らしてしまう。


「私も少し前までは、聖女でも何でもない普通の人間でした。ですから、どうぞ皆さんも気兼ねなく接してくださいね」


「いいえ、そのようなわけには! それに聖女様は、とても市井の人間と同じようには見えません。神聖な気配さえ感じられます。きっと、神の寵愛を一身に受けていらっしゃるのですね……」


 年若い衛生兵は、私に向けて恭しく祈りを捧げ始めた。

 聖教会でも多くの信徒に崇められてきたけれど、何度経験してもこの深すぎる敬意には慣れることができない。


「で、では、私は洗濯をしてきますね……」


 私は逃げ出すように洗濯物の入った籠を抱え、中庭の先にあるという井戸へ向かって足を早めた。

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