19話 前世の記憶のすりわせ、姉妹の仲直り
私の言葉に、ルアナは小さく息を呑んだ。
目を見開き、動揺を隠せない様子でその瞳を震わせる。
「どうしてそのことを……。というより……あなたも前世の記憶が……この世界の基となったゲームの記憶があるの!?」
そこまで口にして、彼女は慌てて自身の口元を両手で覆った。
「……嘘!? 普通にあのゲームのことが喋れる……。今まで誰かに打ち明けようとしても、どうしても言葉にならなかったのに!」
彼女は当惑を隠せない様子で私に視線を巡らせる。
私もその現象の理由が理解できず、小首を傾げた。
「私は今まで誰かに明かそうとしなかったから分からないのだけれど……。あの物語の知識は、他の人には話せないものなの?」
「そうなのよ。どれほど口にしようとしても、喉の奥で言葉が固まってしまうの。なのに、今は何の問題なく言葉にできる……。お互いに同じ境遇にあるからかしら?」
彼女は腕を組み、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
ルアナの表情を見つめながら、私は以前から抱いていた疑問を投げかけた。
「それじゃルアナも、あのゲームを遊んでいたのね」
「当然よ! 全てのルートを制覇したし、設定資料集まで隅々まで目を通したわ! 私一番大好きな学園乙女ゲームなんだから……!」
ルアナはかつての熱情を思い出したのか、少女のように頬を薔薇色に染める。
その仕草は年相応に幼く、どこか可愛らしく感じられた。
「あんたもあのゲームを遊んだことがあるのよね?」
「ええ。とは言っても、メインルートを一度だけ遊んだだけなのだけれど」
「もったいない! あの物語は全てのルートを巡ってこそ、本当の面白さが理解できるのに! 今すぐにでも無理やりプレイさせたいくらいだわ……」
不満げにぼやく彼女の姿を見つめながら、私は胸の内で安堵の息を漏らしていた。
(彼女がこの性格になったのは、私の接し方だけが原因ではなかったのね……。お互いが前世の記憶を持っているからこそ生じた、運命の歪みなのかもしれない)
心の重荷が軽くなるのを感じながら、私は彼女へ穏やかな眼差しを向けた。
視線に気づいたルアナは、面白くなさそうに唇を結ぶ。
「私も奇妙だとは感じていたのよ。本来なら私を迫害するはずの姉が、妙に親切だったから。てっきり、私がこの世界に現れたことによる変調かと思っていたのだけれど」
「そうね……。かつての記憶を思い出してからは、実の妹を虐げるようなことは絶対にしたくなかったわ」
私はルアナの反応をうかがいながら、前世における家族との記憶を紐解いた。
「私ね、前世の暮らしにおいて、年の離れた妹がいたの。……けれど、若くして命を落としてしまって」
「え……」
突然の告白に、ルアナは言葉を失い目を見開いた。
私は遠い日々に思いを馳せるように、テラスの外に広がる景色へと視線を移した。
「もっと多くのことをしてあげたかったと、ずっと後悔していたの。だから、この世界であなたと会った時……過剰に甘やかしてしまった。その過保護のせいで、あなたの性格がひねくれたのだと思い込んでいたわ」
「なによそれ! まるで私が生まれつき性悪みたいに言わないで!」
「……私の礼服を切り刻んだのは、流石に行き過ぎだったと思うけれど」
「う……それは、その……あ、謝るわ……」
気まずそうに視線を落とすルアナの姿は、大人の叱責を受けて気落ちしている幼子そのものだった。
彼女もまた、拠り所のない不安と戦い続けていたのだろう。
「これからは、ルアナと本当の意味で良好な関係を築けたらと願っているわ。改めてよろしくね」
「……仕方のないわね。事業運営のやり方もわからないし、少しばかり知恵を拝借してあげてもいいわ」
ルアナはそっぽを向いて顔を背けたものの、刺々しい敵意は完全に霧散しているように見受けられた。
彼女と本当の姉妹としての道を歩み出せる希望が見え、胸の奥にほのかな温もりが灯る。
「それにしても、あの物語のなかには『聖女』という存在は一切登場しなかったわよね。実は今、聖女としての修練が滞っていて困り果てているのよ……」
「ええ、本編のなかには聖女は存在しないわ。けど、設定資料集のなかには確かに記載があったわよ」
「え、本当!?」
私が思わず席から立ち上がって身を乗り出すと、ルアナは少し気圧されたように顔をしかめた。
「とはいえ、数行程度の記述だったけれどね。聖女が有する四つの権能と、この世界の均衡を維持するために不可欠な存在である、ということくらいよ」
「四つ……? 三つではなくて?」
クラヴィスは確かに、根幹を成すのは三つの権能だと説明していた。
もたらされた情報の齟齬に、私は思考を巡らせる。
「設定資料集を隅々まで記憶した私が、間違えるはずないわ。確か、『聖域』『治癒』『封印』……『召喚』だったはずよ」
「そうなのね……。それ以外には、何か特筆すべき記述はなかったかしら?」
「それだけよ。本編の進行には直接関わらない背景設定だったから、私もこれ以上は知らないわ」
「……ありがとう、ルアナ。あなたのおかげで重要なヒントを得ることができたわ。聖女として前進するための道筋が見えた気がする」
そう言って私が微笑みを向けると、なぜかルアナは不満げに頬を膨らませた。
「そういう、自己犠牲をいとわないような姿勢が昔から気に入らないのよ。自分が苦労を背負い込めば、周囲が幸福でいられると思い込んでいるような態度が……」
そう言い放つと、ルアナはついに目の前の茶菓子を口へと放り込んだ。
「もっと欲望へ正直になってみたらどうなの? 異世界への転生なんて二度と訪れないかもしれないのだから、自分の欲求に忠実に生きなさいよ」
彼女の辛辣ながらも核心を突いた言葉に、私は不意を突かれたような衝撃を受ける。
「私の、欲……」
周囲の人々が平穏に暮らせるのであれば、私はそれだけで満たされると考えていた。
けれど、男爵家で孤独を囲っていた頃、確かに私の胸中には埋めがたい寂寥感が存在していたのだ。
もしかすると、他者の幸福を優先するあまり、自分自身の真の願いから目を背けていただけなのかもしれない。
「わかったわ。これからは、もう少し自分自身の幸せについても考えてみる。ありがとう、ルアナ」
「ふん……。とにかく、私の邪魔をしないでよね。学園に入学したら、思いっきりこの状況を楽しんでやるつもりなんだから……!」
彼女は明確な返答を返す代わりに、再び茶菓子へと手を伸ばし、それを口へと運んで咀嚼した。




