16話 恋人の契り、頬に落ちる熱
彼の青い瞳が、驚きに染まって見開かれた。
口を開けて何かを紡ごうとするものの、適切な言葉が見つからなかったのだろうか。
珍しく取り乱したように、瞬きを繰り返している。
私はそんな彼の動揺を愛おしく覚えながら、さらに言葉を重ねた。
「うまく言葉にできないのだけれど……。あなたといると、心がいつも踊って、体が熱くなるの。他の誰に対しても、このような状態になったことなんてない……」
「そう、なのか……」
これまで私へ求愛する際には、余裕すら漂わせていたレイフ。
だが、今は信じられないといった様子で口元を覆っている。
「それに、誰よりも強く見えるのに、どこか守ってあげたくなるような脆さもあって……。あなたが私を支えてくれるように、私もあなたの支えになりたいと思ったの」
私は彼の手をそっと包み込んだ。
重なる指先から、いつも以上に高い熱量が伝わってきて、彼の緊張が肌を通じて伝わる。
「まずは恋人という関係から始めたいの。……いけないかしら?」
おそるおそる彼を見上げる。
そこには、幾日も睡眠を削って私を見守り続けてくれたであろう疲労の影。
そして何よりも至上の喜びが、鮮明に刻まれていた。
「もちろんだ、エリシア。私の……恋人になってくれ」
涙が溢れそうほどに感極まった顔で、彼はこれまでに見たどの表情よりも美しい笑みを私に向けてくれた。
彼が真っ直ぐに注いでくれる情愛が胸を満たし、私の口元からも自然と笑みがこぼれ出た。
「私……誰かと恋仲になるのはこれが初めてだから……。その、どうかお手柔らかにお願いね……!」
「私も、エリシアが初めての恋人だ。……もう二度と、離しはしない……」
彼はその指先で愛おしさを確かめるかのように、優しく私の頬の肌をなぞった。
触れられた場所から、体温がそのまま染み込んでくる。
恋人という関係を結んだ直後の気恥ずかしさが、嬉しさよりも先に立ってしまう。
「こ、恋人というのは、一体何をすれば良いのかしら……? 街へ気軽に出かけることは、お互いの立場上叶わないけれど……。手を繋いだり、抱きしめたり……?」
その問いに、レイフは微かに口元を緩めてくすりと喉を鳴らした。
「手は既にこうして重ねているし、抱擁もしたばかりだな」
「言われてみれば、その通りね。他には……」
「……私は、君と口づけを交わしたいと思っている」
あまりにも率直すぎる言葉に、私は心臓を跳ね飛びかける。
「そ、それは流石に……!? まだ、覚悟ができていなくて……!」
「そうか……」
レイフは、少しだけ残念そうに眉の端を下げた。
そして、今度は私をいたわるように、優しくその腕で私を抱きしめてくれた。
「今は、君の特別な存在になれただけで充分だ。私達の歩幅で、少しずつ進んでいこう」
「ええ、ありがとう……レイフ」
彼が名残惜しそうに腕の力を緩め、お互いの体を離そうとした刹那。
彼の唇が、私の頬へとそっと寄せられた。
「————っ!?」
触れられた箇所の熱さと柔らかさ、そしてその余韻が私の思考を激しく揺さぶる。
私が呆然と固まっている間に、彼は椅子から静かに立ち上がった。
「君の意識が戻った旨をクラヴィスへ伝えてくる。まずは体を休めることに専念してくれ」
私の髪を優しく整えると、彼は扉を開き、静かに室外へと去っていった。
扉の閉まる音が室内に響くと同時に、私は緊張の糸が切れたように寝台へと倒れ込んだ。
「心の準備が……追いつかない……!」
枕に顔を埋め、私は布団のなかで身をよじらせる。
頬に残る熱の余韻に、いつまでも胸の高鳴りを抑えられずにいた。




