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【Amazonで発売中!】妻殺しの冤罪で七年間独房に閉じ込められた俺、脱獄後にダンジョンガチャで復讐を果たす  作者: 月瀬 リュカ


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第6話 暗闇を飛ぶ群れ

 地下空洞の天井で、黒い塊が次々と動き始めた。

 一つ。

 二つ。

 十を超えたところで、数えるのをやめる。

 天井を覆っていたのは岩ではない。

 羽を畳み、逆さまにぶら下がっていた蝙蝠の群れだった。

「多いな……」

 俺が呟いた直後、一匹が翼を広げた。

 それを合図にしたように、無数の羽音が地下空洞へ響き渡る。

 暗視のおかげで姿は見える。

 普通の蝙蝠よりも一回り大きく、広げた翼は俺の両腕ほどもあった。口には細かな牙が並び、足の先から鋭い爪が伸びている。

 暗視がなければ、何も見えないまま襲われていただろう。

 剣を構えながら、来た道へ下がる。

 ここは広すぎる。

 四方から囲まれれば、今の俺では対応できない。

 だが、すでに数匹が出口側へ回り込んでいた。

 高い位置を飛ばれては、走って逃げ切るのも難しい。

「やるしかないか」

 地下空洞の壁際へ移動する。

 背後を岩壁で塞げば、少なくとも後ろから噛みつかれることはない。

 最初の一匹が急降下してきた。

 剣を振る。

 刃は翼の先を掠めただけだった。

 蝙蝠は空中で身を捻り、俺の顔を目がけて再び飛び込んでくる。

 腕で顔を守った。

 爪が防具の表面を引っ掻き、硬い音を立てる。

 続けて、二匹目が首元へ迫る。

 剣を振り戻す余裕はない。

 俺は鞘を引き抜き、横から叩きつけた。

 鈍い感触。

 蝙蝠が地面へ落ちる。

 しかし、まだ生きていた。

 翼をばたつかせ、再び飛び上がろうとする。

 俺は靴底で頭を踏みつけた。

 骨が砕ける感触が足へ伝わり、蝙蝠の動きが止まる。

 その瞬間、胸の奥へ熱が流れ込んだ。

 岩背猪や牙鼠を初めて倒したときと同じ感覚。

 ただし、得られた祝福は牙鼠より少し弱い。

 それでも、衰えた身体へ力が戻ってくるのがはっきりと分かった。

《洞蝙蝠を初めて討伐しました》

《神の祝福を獲得しました》

《野良ダンジョン討伐記録:3/6》

《ガチャ券を一枚獲得しました》

《洞蝙蝠討伐数:1/10》

《所持ガチャ券:三枚》

「洞蝙蝠か」

 名前を確認した直後、右側から羽音が迫る。

 振り向きざまに剣を振った。

 空振り。

 刃の下を潜り抜けた洞蝙蝠が、肩へ噛みついた。

「ぐっ……!」

 防具の隙間へ牙が食い込む。

 俺は左手で洞蝙蝠の胴体を掴み、そのまま岩壁へ叩きつけた。

 一度。

 二度。

 骨の砕ける音がして、牙が肩から外れる。

 地面へ落とし、剣を突き立てた。

 胸へ微かな熱が入る。

 一匹倒すたび、祝福を得られる。

 だが、傷や疲労まで消えるわけではない。

 肩から血が流れ、防具の内側へ染み込んでいく。

 次の一匹が顔へ迫った。

 剣で追う。

 また避けられた。

 洞蝙蝠は飛び回っている間、不規則に方向を変える。今の俺が剣で追いかけても当たらない。

 だが、攻撃するときだけは違う。

 爪や牙を届かせるため、こちらへ真っすぐ飛び込んでくる。

 ならば、追う必要はない。

 待てばいい。

 俺は剣を身体の横へ引き、動きを止めた。

 一匹が俺の目を狙って急降下する。

 直前まで動かない。

 蝙蝠の爪が顔へ届く寸前、半歩だけ横へずれた。

 そのまま剣を振り上げる。

 刃が洞蝙蝠の胴を捉え、二つに断ち切った。

 さらに一匹。

 今度は首を狙って飛び込んでくる。

 身体を沈め、下から剣を突き出した。

 切っ先が腹を貫く。

 俺は串刺しになった洞蝙蝠を剣から振り落とした。

「追うな。来るのを待て」

 自分へ言い聞かせる。

 七年前なら、この程度の判断はもっと早くできた。

 頭では分かっている。

 だが、衰えた身体がついてこないことへ焦り、力任せに剣を振ってしまう。

 焦るな。

 一匹ずつでいい。

 群れ全体を見るのではなく、俺を狙ってくる一匹だけを見る。

 洞蝙蝠が次々と飛び込んでくる。

 一匹を斬る。

 二匹目は剣の腹で叩き落とし、踏みつける。

 三匹目には避けられたが、壁へ激突したところを鞘で殴った。

 四匹目を斬った直後、別の個体が左腕へ噛みつく。

 鋭い痛みが走った。

 俺は腕を振り回さず、そのまま壁へ押しつけた。

 洞蝙蝠が潰れ、身体から力が抜ける。

 さらに爪が頬を掠めた。

 焼いたばかりの皮膚へ痛みが走る。

 血が目へ入りそうになり、腕で拭った。

 洞蝙蝠は俺が待ち構えていることを学んだらしい。

 一匹ずつではなく、三方向から同時に迫ってきた。

 一匹を斬る。

 二匹目は防具で受ける。

 三匹目の爪が前腕を裂いた。

「ちっ……」

 傷ついた腕を庇いながら後退する。

 このまま剣だけで戦えば、右腕が先に動かなくなる。

 足元に拳ほどの石が落ちていた。

 拾い上げ、こちらへ飛び込もうとしていた洞蝙蝠へ投げる。

 石は翼へ直撃した。

 体勢を崩した洞蝙蝠が地面へ落ちる。

 すぐに駆け寄り、剣で首を落とした。

 もう一つ石を拾う。

 次は胴体へ当たり、岩壁へ叩きつけられた。

 飛んでいる相手を剣で斬る必要はない。

 落としてから殺せばいい。

 俺は腰に残していた布を取り出し、左腕へ巻きつけた。

 洞蝙蝠が布へ爪を立てる。

 あえて腕を引かず、噛みつかせる。

 牙が布へ絡んだ瞬間、剣を振り下ろした。

 血が飛び散る。

 また胸へ熱が入る。

 何匹倒したのか分からなくなりかけたころ、視界へ文字が浮かんだ。

《洞蝙蝠を十体討伐しました》

《十体討伐報酬としてガチャ券を一枚獲得しました》

《洞蝙蝠討伐数:10/20》

《所持ガチャ券:四枚》

 十体。

 まだ、頭上には十匹以上残っている。

 息が切れていた。

 剣を握る右手も震え始めている。

 左腕と肩から血が流れ、身体のあちこちに細かな傷が増えていた。

 一度、通路まで逃げるか。

 そう考えたが、出口との間を数匹の洞蝙蝠が飛び回っている。

 無理に駆け抜ければ、背中を狙われる。

 それに、戦い始めたころよりも身体が動いていた。

 羽音を聞くだけで、どの方向から近づいているのか分かる。

 最初は姿を見てから反応していた。

 今は、飛び込んでくる直前の空気の動きまで感じ取れる。

 祝福によって五感と反応速度が戻っている。

 俺は震える右手で剣を握り直した。

「来い」

 洞蝙蝠の群れが、再び襲いかかってくる。

 岩壁を背にしながら、一匹ずつ迎え撃つ。

 正面から来た一匹を斬り、左から来た個体を鞘で弾く。

 頭上から迫った爪をしゃがんで避け、通り過ぎた背中へ剣を突き立てた。

 地面に落ちた死体を拾い、次に迫った洞蝙蝠へ投げつける。

 二匹が空中で衝突した。

 片方を踏み殺し、もう片方の翼を剣で切り裂く。

 胸の熱が何度も繰り返される。

 一度の祝福は小さい。

 それでも、積み重なれば違う。

 剣を振る速度が上がる。

 足が軽くなる。

 戦い始めたときには間に合わなかった攻撃へ、今は反応できる。

 七年間で失った身体が、俺の動きを思い出していた。

 十八匹目。

 十九匹目。

 二十匹目が、俺の顔を狙って一直線に飛んでくる。

 俺は避けなかった。

 剣を両手で握り、正面から振り下ろす。

 刃が頭から胴体までを断ち切った。

 血を撒き散らしながら、二つに分かれた身体が足元へ落ちる。

《洞蝙蝠を二十体討伐しました》

《二十体討伐報酬としてガチャ券を一枚獲得しました》

《洞蝙蝠討伐数:20/30》

《所持ガチャ券:五枚》

 残った洞蝙蝠たちは、天井付近を旋回した。

 こちらへ飛び込もうとして、途中で方向を変える。

 やがて一匹が空洞の奥へ逃げた。

 ほかの個体も、その後を追って暗闇へ消えていく。

 俺は追わなかった。

 逃げた敵を追って、別の群れへ突っ込む必要はない。

 二十体倒した。

 それで十分だ。

 緊張が切れた途端、膝から力が抜けた。

 剣を地面へ突き立て、辛うじて身体を支える。

「はあ……はあ……」

 全身が熱い。

 戦闘による疲労だけではない。

 短時間に多くの祝福を得たことで、身体の内側から熱が生まれている。

 筋肉が軋み、頭も重い。

 それでも、不快なだけの熱ではなかった。

 痩せ細った身体へ、失われた力が作り直されている。

 俺は《収納》から下級回復薬を一本取り出した。

 すべては使わない。

 肩と左腕の傷へ、必要な分だけ振りかける。

 冷たい液体が染み込み、傷口がゆっくりと塞がっていく。

 疲労回復薬は残した。

 この先には、洞蝙蝠より強い魔物がいるかもしれない。

 今使うべきではない。

 周囲を見ると、倒した洞蝙蝠の死体が床へ沈み始めていた。

「まずい」

 休んでいる場合ではない。

 俺は一番近い死体を引き寄せ、腹を切り開いた。

 小さな魔石を取り出し、《収納》へ入れる。

 二体目。

 三体目。

 作業している間にも、離れた場所の死体が少しずつ地面へ溶けていく。

 急いで近くのものから切り開く。

 十五個目の魔石を取り出したところで、残りの死体は完全に床へ吸収されてしまった。

 すべては回収できなかった。

 だが、十五個もあれば十分だ。

 俺は安全を確認しながら、元の細い通路まで戻った。

 壁際へ《魔法のテント》を設置する。

 光が広がり、何もなかった洞窟の中へ布張りの空間が現れた。

 中へ入り、回収した魔石を一つずつ投入する。

《結界魔力残量が回復しました》

 投入するたび、残量が増えていく。

 十個目を入れた直後、これまでとは違う表示が浮かんだ。

《累積魔石投入量が条件を満たしました》

《魔法のテントに新たな設備を追加します》

《魔法のケトルを解放しました》

 テントの隅に淡い光が集まる。

 光が消えると、そこには小さな黒いケトルが置かれていた。

 蓋を開ける。

 中は空だった。

 側面へ触れると、説明が表示される。

《魔法のケトル》

《魔石の魔力を消費し、水を生成して加熱します》

《生成を開始しますか?》

 俺は承認した。

 ケトルの底から、小さな水音が聞こえる。

 空だったはずの内部へ透明な水が湧き出し、やがて白い湯気が立ち始めた。

 魔石の残量がわずかに減る。

 俺は器へ湯を注ぎ、両手で持った。

 温かい。

 その感触だけで、しばらく動けなかった。

 七年間、与えられたのは冷たい水か、濁った水だった。

 温かい飲み物など、一度も口にしていない。

 火傷しないよう、少しずつ湯を飲む。

 味はない。

 ただの湯だ。

 それでも、温かさが喉を通り、冷えた腹へ落ちていく。

 ふと、七年前の朝を思い出した。

 妻と二人で営んでいた、小さな店。

 開店の準備を始める前、妻はいつも温かい飲み物を用意してくれた。

 湯気の向こうで笑っていた顔。

 腹に子供がいたことを、俺へ告げられないまま殺された妻。

 器を持つ手へ力が入る。

 湯の表面が揺れた。

「必ず、殺す」

 ただ殺すだけでは足りない。

 俺から奪ったものの重さを思い知らせる。

 そのためにも、今は力を取り戻さなければならない。

 俺は残った湯を飲み干し、《ダンジョンガチャ》へ意識を向けた。

《所持ガチャ券:五枚》

《野良ダンジョン討伐記録:3/6》

《岩背猪討伐数:1/10》

《牙鼠討伐数:4/10》

《洞蝙蝠討伐数:20/30》

《復讐達成率:0%》

 ガチャ券は五枚。

 十一連まで、あと五枚だ。

 復讐達成率は、まだ零パーセント。

 だが、俺の身体は確実に戻り始めている。

 数時間休み、発熱が治まってからテントを収納した。

 別の通路へ入り、暗視を頼りに進む。

 しばらく歩いたところで、右足が急に止まった。

「……なんだ?」

 見ると、靴へ白い糸が絡みついていた。

 細い糸ではない。

 指ほどの太さがあり、強く引いても簡単には切れない。

 周囲を見回す。

 壁にも。

 天井にも。

 何本もの白い糸が張り巡らされていた。

 剣で足元の糸を切る。

 その瞬間、通路の奥から音が聞こえた。

 硬いものが岩を叩く音。

 ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。

 岩陰から、節のある長い脚が一本現れた。

 続いて二本目。

 三本目。

 暗闇の奥で、八つの目が一斉に開いた。


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