第39話 骨の森
魔物たちが一斉に冒険者へ飛びかかった。
俺は左手を前へ向ける。
距離はある。
《氷塊》では止めきれない。
魔力を集め、細長い氷の芯を作った。
「《氷槍》」
氷の槍が灰色の霧を切り裂く。
先頭を走っていた魔物の脇腹へ突き刺さった。
白い骨の板を砕き、そのまま身体を地面へ縫いつける。
狼に似た魔物だった。
灰色の毛を覆うように、肋骨や頭蓋骨の破片が貼りついている。
墓喰い大蜥蜴と同じ。
骨を鎧として利用している。
《骨鎧狼を初めて討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《灰霧谷討伐記録:3/?》
《所持ガチャ券:三枚》
群れの半分が、俺へ顔を向けた。
黄色く濁った目。
骨の隙間から黒い涎が流れている。
「こっちだ!」
声を上げ、剣を骨の柱へ叩きつけた。
硬い音が霧の中へ響く。
六体の骨鎧狼が、冒険者たちから離れた。
こちらへ向かって走ってくる。
残る七体ほどは、まだ三人を囲んでいる。
一度にすべてを引きつけることはできなかった。
「倒れている仲間を運べ!」
生き残っている冒険者の一人が、こちらを見た。
「だが、あんた一人で――」
「早くしろ!」
骨鎧狼が迫る。
話している時間はない。
◇
先頭の一体が地面を蹴った。
巨大な肋骨の間を縫い、正面から飛びかかってくる。
首を狙って剣を振る。
刃が白い骨へ当たった。
浅い傷。
首まで届かない。
骨鎧狼の爪が胸へ迫る。
身体を横へずらす。
爪が革鎧の表面を引き裂いた。
すれ違った魔物の後ろ脚へ剣を振る。
そこには骨の鎧がない。
刃が肉へ入った。
骨鎧狼が地面を転がる。
追撃しようとした瞬間、左右から二体が来た。
一体は頭。
もう一体は脚。
剣を振る余裕はない。
俺は正面へ踏み込んだ。
頭を狙った個体の下へ潜り込む。
腹へ肩をぶつける。
巨体が持ち上がった。
そのまま、脚を狙っていた個体へ投げつける。
二体が衝突した。
白い骨の板が砕ける。
俺は先ほど脚を斬った個体へ向かう。
立ち上がろうとする首の下へ剣を突き込んだ。
二体目。
背後から唸り声。
《危険察知》に従い、身体を沈める。
骨鎧狼が頭上を飛び越えた。
背中にも骨の板が並んでいる。
だが、腹は無防備だ。
下から剣を振り上げる。
灰色の毛と肉を深く切り裂いた。
三体目。
残る三体が、俺を囲むように広がった。
骨鎧狼はただ突っ込んでくるだけではない。
互いの位置を見ながら、一体ずつ距離を詰めている。
正面の一体が低く唸る。
左右の二体が動いた。
俺は足元へ視線を落とす。
巨大な獣の骨が、地面から何本も突き出している。
狭い場所なら、同時に来られない。
肋骨の間へ入った。
骨鎧狼が追ってくる。
一体目は通れる。
二体目も身体を横にすれば入れる。
三体目は、先の個体に塞がれている。
先頭の骨鎧狼が口を開いた。
牙が迫る。
俺は左手を地面へ向けた。
「《冷気》」
前脚が踏み込む場所だけを凍らせる。
骨鎧狼の脚が滑った。
頭部が下がる。
骨で覆われた額へは攻撃しない。
開いた口の中へ剣を突き入れた。
刃が喉まで届く。
四体目。
剣を引き抜く前に、後ろの個体が死体へ噛みついた。
仲間ごと押し込んでくる。
剣を手放すわけにはいかない。
俺は死体を蹴った。
骨鎧狼の身体が後ろへ動く。
剣を抜き、すぐに左へ避ける。
敵の頭が肋骨の柱へ激突した。
白い骨板が割れた。
露出したこめかみへ剣を振り下ろす。
五体目。
最後の一体が後退した。
逃げるのかと思った。
違う。
地面へ落ちた仲間の骨板を噛み取っている。
割れた骨を、自分の首へ押しつけた。
黒い粘液が骨の隙間から伸びる。
新しい骨板が、魔物の身体へつながった。
「鎧を補充するのか」
骨鎧狼が走る。
首を守る骨が二重になっている。
正面から斬る必要はない。
俺は剣を構えたまま待った。
魔物が跳ぶ。
直前で身体を横へずらす。
脇腹へ剣を振る。
骨板がある。
刃が弾かれた。
骨鎧狼の尾が、鞭のように顔へ飛んでくる。
左腕で受ける。
革鎧の上から強い衝撃。
腕が痺れた。
骨鎧狼が着地し、すぐに向きを変える。
今度は低い。
脚を狙っている。
俺は後退せず、前へ出た。
魔物の頭へ左手を向ける。
「《氷塊》」
尖らせた氷が、右目へ突き刺さった。
骨鎧狼の身体が傾く。
それでも走り続ける。
俺は頭部を避け、横から首へ腕を回した。
骨の板で刃は入らない。
なら、凍らせる。
「《冷気》」
首を覆う骨と粘液だけへ魔力を集める。
黒い粘液が白く凍った。
骨鎧狼が暴れる。
爪が革鎧を掠める。
俺は離れない。
凍った骨板の継ぎ目へ剣を振り下ろした。
一撃。
亀裂。
二撃目。
骨板が割れた。
三撃目で首を断つ。
六体目。
◇
冒険者たちを見る。
二人が倒れた仲間を引きずり、肋骨の陰へ移動させている。
だが、残った骨鎧狼が追っていた。
七体。
俺は走る。
「後ろだ!」
冒険者の一人が振り向く。
長剣を持った男。
もう一人は短い槍を構えている。
二人とも傷だらけだった。
「倒れている者を守れ」
「一人で戦うつもりか?」
「動けるなら、横から刺せ」
俺は群れの正面へ入る。
骨鎧狼たちが足を止めた。
先ほど六体を倒した俺を警戒している。
だが、退く気はない。
一体が空へ向かって吠えた。
霧の中から、別の唸り声が返ってくる。
「仲間を呼んでいる!」
槍の男が叫んだ。
「なら、来る前に倒す」
◇
七体が一斉に動いた。
俺だけではない。
二体が負傷者へ向かう。
長剣の男が間へ入った。
骨鎧狼の爪を剣で受ける。
もう一体が横から飛ぶ。
槍の男が脇腹を突いた。
骨板に阻まれ、穂先が滑る。
「腹を狙え!」
叫びながら、正面の一体と剣を合わせる。
牙が鋼鉄の刃を噛む。
強く引かれる。
別の一体が背後へ回る。
俺は剣を奪い返そうとせず、自分から魔物へ近づいた。
左手で上顎を掴む。
「《氷膜》」
刃を覆った冷気が、口内へ広がる。
舌と歯茎が凍りつく。
噛む力が弱まった。
剣を引き抜き、口の中へ突き刺す。
七体目。
背後から爪。
前へ転がる。
革鎧の背中が浅く裂けた。
起き上がりながら、追ってきた前脚を斬る。
骨鎧狼が倒れる。
首の骨板へ足をかけ、動きを止める。
同じ場所へ二度剣を振り下ろす。
八体目。
右から二体。
一体が低く走り、もう一体がその背中を踏んで跳んだ。
上下から同時に来る。
俺は左手を向ける。
「《氷塊》」
狙うのは上の個体ではない。
下を走る骨鎧狼の前脚。
尖った氷が関節へ刺さる。
脚が折れた。
足場を失った上の個体が、空中で体勢を崩す。
俺は頭部を避け、腹へ剣を突き立てた。
九体目。
脚を傷つけた個体が地面を這う。
それでも牙を向けてくる。
首の付け根へ剣を入れる。
十体目。
《骨鎧狼を十体討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《所持ガチャ券:四枚》
残り三体。
長剣の男が一体を押さえている。
槍の男も、負傷者へ向かった個体の腹へ槍を刺していた。
最後の一体は、俺へ走ってくる。
それまでの個体より大きい。
骨板も厚い。
群れを率いていた個体だろう。
俺は剣を構える。
骨鎧狼が跳んだ。
正面から受ければ押し倒される。
避ければ、背後にいる冒険者が狙われる。
左手へ魔力を集める。
氷の芯。
その周囲へ氷を重ねる。
生成には時間がかかる。
骨鎧狼が迫る。
まだ完成していない。
俺は一歩だけ横へ動いた。
魔物の爪が左肩を掠める。
革鎧が裂け、血が流れた。
それでも魔力を切らさない。
氷の槍が完成する。
「《氷槍》」
至近距離から放った。
氷槍が骨鎧狼の胸へ突き刺さる。
白い骨板。
灰色の毛。
肉。
すべてを貫き、背中から先端が飛び出した。
巨体が俺の横を通過する。
地面へ落ち、骨の柱へぶつかった。
動かない。
十一体目。
長剣の男が戦っていた個体へ近づく。
「離れろ!」
男が横へ跳ぶ。
骨鎧狼の首へ剣を振り下ろす。
一撃では骨板を割れない。
二撃目。
亀裂。
長剣の男も反対側から剣を突き入れた。
骨鎧狼が倒れる。
十二体目。
槍の男は、最後の個体に押し倒されていた。
槍を横向きにして、牙を防いでいる。
「もう保たない!」
俺は走った。
骨鎧狼の後ろ脚を斬る。
身体が傾く。
槍の男が下から穂先を突き上げた。
腹へ深く入る。
俺は露出した首の下へ剣を振った。
十三体目。
◇
骨の森が静かになった。
長剣の男が、その場へ座り込む。
「助かった……」
槍の男はすぐに倒れている仲間へ向かった。
「息はある。だが、腹を深く裂かれている」
地面へ横たわっているのは若い男だった。
革鎧の腹が破れ、血で濡れている。
俺は近づく。
「回復薬は?」
「もう使い切った」
傷を確認する。
深い。
このままベルガンまで運んでも、途中で死ぬ可能性が高い。
俺は《収納》から下級回復薬を一本取り出した。
腰の革袋から出したように見せる。
「飲ませろ。残りは傷へかけろ」
槍の男が小瓶を受け取る。
「いいのか?」
「死なれれば、助けた意味がない」
負傷者の口へ少量を流し込む。
残りを腹の傷へかけた。
開いていた傷が少しずつ塞がる。
完全には治らない。
だが、出血は弱まった。
「本当に助かった」
長剣の男が立ち上がる。
「俺はダリオ。こっちはセイン。倒れているのがロルフだ」
「シュナイダーだ」
「一人で谷へ入ったのか?」
「ああ」
ダリオの顔が強張る。
「この先へ行くつもりなら、やめた方がいい」
「何がいる」
「分からない」
ダリオは骨の森の奥を見た。
「霧の中に、巨大な何かがいる。俺たちは姿を見る前に、骨鎧狼の群れに追われた」
霧視を使う。
巨大な肋骨のさらに奥。
灰色の霧が、不自然に渦を巻いている。
その中心で、岩のような影が動いた。
ゆっくり。
地面を這う形。
ギルドの掲示にあった素材を思い出す。
「岩殻蛞蝓か」
だが、影は一つではなかった。
小さな岩のような塊が、霧の中をいくつも動いている。
十体以上。
さらに、その奥には何倍も大きな影がある。
「三人で町へ戻れるか」
俺が尋ねると、ダリオが頷いた。
「ロルフを二人で運べば何とか」
「なら、すぐに戻れ」
「あんたは?」
俺は骨鎧狼の魔石を回収する。
「先へ進む」
「今の戦いを見たあとで止めても無駄だろうが……死ぬなよ」
「お前たちもな」
三人が骨の森を離れる。
俺は骨鎧狼の状態のいい牙と骨板を切り取った。
魔石は十三個。
すべて《収納》へ入れる。
《所持ガチャ券:四枚》
霧の奥から、湿ったものが地面を擦る音が聞こえた。
岩に見えた影が、一つずつ近づいてくる。
灰色の霧の中から現れたのは、背中を厚い石殻で覆われた巨大な蛞蝓だった。
その後ろ。
骨の森そのものを押し倒しながら、さらに大きな影が動いている。
俺は鋼鉄の剣へ氷膜をまとわせた。
「次だ」




