表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Amazonで発売中!】妻殺しの冤罪で七年間独房に閉じ込められた俺、脱獄後にダンジョンガチャで復讐を果たす  作者: 月瀬 リュカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/41

第37話 灰霧谷



 荷馬車は、昼を少し過ぎた頃にベルガンへ到着した。


 ローデンよりも小さな町だった。


 北へ延びる街道沿いに宿屋や商店が並び、その外側を低い石壁が囲んでいる。


 町へ近づくにつれ、冒険者らしい者の姿が増えていった。


 灰色に汚れた外套。


 布で覆われた口元。


 背負った荷物には、霧で濡れた跡が残っている。


「灰霧谷から戻った連中です」


 御者台の隣に座る商人が言った。


「最近は、町へ来る冒険者の半分が谷を目当てにしています」


「死者は多いのか」


「少なくはありません。霧の中では、仲間とはぐれるそうです」


 荷馬車が門の前で止まった。


 商人が町の兵士へ事情を説明する。


 街道で刃羽鴉に襲われ、俺たちに助けられたことも話した。


 兵士は俺の冒険者カードを確認した。


《氏名:シュナイダー》


《冒険者等級:F》


「ローデンで登録したばかりか」


「ああ」


「灰霧谷へ行くつもりなら、深追いするな。霧が濃くなると、帰る方向すら分からなくなる」


「覚えておく」


 カードを受け取る。


 老人は俺の叔父として町へ入った。


 追手がベルガンまで先回りしている様子はない。


 それでも、安心はできなかった。


     ◇


 商人は、町の南側に小さな倉庫を持っていた。


 荷物を運び入れたあと、奥にある休憩室へ俺たちを案内する。


 寝台が一つ。


 机と椅子。


 窓は小さく、裏路地に面している。


「助けていただいた礼です。二、三日なら、こちらを使ってください」


「宿代は払う」


「必要ありません。護衛を二人失わずに済んだだけで、十分な利益です」


 商人はそう言って倉庫へ戻った。


 俺は扉を閉め、室内を調べる。


 出入口は一つ。


 小さな窓から人が入るのは難しい。


 壁が薄いため、声は漏れる。


「ここで待て」


 老人へ食料と水を渡した。


「外へ出るな。俺のことも、ローデンのことも話すな」


「谷へ行くのか」


「ああ」


「到着した当日にか?」


「休む必要はない」


 共同墓地地下納骨堂を出てから、荷馬車の上で十分に身体を休めた。


 傷も戦闘を妨げるほどではない。


 何より、クロイツ家が追いつく前に強くならなければならない。


「三日以内に戻る」


「戻らなかったら?」


「商人の荷馬車に乗って、この町を離れろ」


「どこへ行けばいい」


「クロイツ家の領地から離れる方向なら、どこでもいい」


 老人は不満そうな顔をした。


「ずいぶん無責任だな」


「俺が死んだあとまで、お前を守ることはできない」


 机の上へ投げナイフを一本置く。


「だが、戦おうとするな。逃げるためだけに使え」


 老人は返事をしなかった。


 俺は灰色の外套を羽織り、倉庫を出た。


     ◇


 ベルガンの冒険者ギルドは、町の北門近くにあった。


 中はローデンよりも混雑している。


 受付へ向かわず、壁に貼られた掲示を確認した。


《灰霧谷に関する警告》


《霧が濃い日は、谷への立ち入りを推奨しない》


《単独行動は避けること》


《目印となる縄や杭を使用すること》


《谷の奥で大型魔物の目撃情報あり》


 その隣には、買い取り対象となる素材が記されていた。


 灰霧蛾の鱗粉袋。


 霧爪猿の爪。


 岩殻蛞蝓の殻。


 それ以外にも複数の名前が並んでいる。


 すべて覚える必要はない。


 《解体》があれば、倒したあとに価値のある部位を見分けられる。


 売却窓口へ移動する。


 街道で倒した刃羽鴉の羽と、腐肉猟犬の牙だけを出した。


「ずいぶん状態がいいですね」


 職員が刃羽を持ち上げる。


「あなたが倒したのですか?」


「商人の護衛中にな」


 商人たちという目撃者がいる。


 この素材なら、Fランクが持っていても不自然ではない。


 銀貨を受け取り、そのまま売店へ向かった。


 谷の簡易地図。


 口と鼻を覆うための厚い布。


 霧の中で位置を確認するための方位針。


 目印用の白い縄。


 食料と油布。


 必要な物だけを購入した。


 詳しい話を聞くために時間を使うつもりはなかった。


 谷へ入れば、魔物も危険も自分で分かる。


     ◇


 北門から灰霧谷までは、歩いて一刻もかからなかった。


 街道を外れ、低い丘を越える。


 その先に、灰色の霧で満たされた谷があった。


 入口には、何組もの冒険者がいる。


 縄を身体へ結ぶ者。


 武器を確認する者。


 谷から戻り、傷の手当てを受けている者。


 俺は人の少ない斜面へ回った。


 白い縄の片端を、入口近くの太い木へ結ぶ。


 すべての道を縄でつなぐことはできない。


 だが、最初の退路だけでも分かればいい。


 口元を厚い布で覆う。


 方位針を確認し、霧の中へ入った。


《野良ダンジョンへの侵入を確認しました》


《灰霧谷》


《魔物種討伐記録:0/?》


 視界は五歩ほどしかない。


 少し離れた岩も、灰色の影にしか見えなかった。


 音も妙だった。


 自分の足音が、霧へ吸い込まれていく。


 遠くから聞こえた声は、別の方向から反響して戻ってくる。


 方位針を見る。


 針は北を示している。


 今のところ、道具は使える。


 俺は白い縄を手で確かめながら進んだ。


     ◇


 羽音が聞こえた。


 正面。


 剣を抜く。


 だが、《危険察知》が反応したのは背後だった。


 振り向く。


 灰色の霧から、大きな蛾が現れる。


 両翼を広げれば、人間の腕ほどの幅があった。


 羽の模様は周囲の霧と同じ色。


 動きを止めれば、見分けるのは難しい。


 長い口器が、顔へ向かって伸びてくる。


 身体を横へずらし、剣を振った。


 刃が左の翼を切る。


 灰色の粉が噴き出した。


 口元は布で覆っている。


 それでも、目へ粉が入った。


「くっ……」


 視界が滲む。


 瞼が重い。


 毒ではない。


 意識ははっきりしている。


 だが、目の周囲が痺れていた。


 灰霧蛾が残った翼を動かし、再び飛び上がろうとする。


 俺は目を細め、《危険察知》へ意識を集中した。


 右前方。


 剣を突き出す。


 柔らかい感触。


 刃が胴を貫いた。


 灰霧蛾が地面へ落ちる。


《灰霧蛾を初めて討伐しました》


《ガチャ券を一枚獲得しました》


《灰霧谷討伐記録:1/?》


《所持ガチャ券:九枚》


 死体へ近づこうとする。


 すぐに足を止めた。


 羽音。


 一つではない。


 霧の中で、周囲の灰色が揺れている。


 正面。


 左右。


 頭上。


 灰霧蛾の群れに囲まれていた。


     ◇


 最初の一体が羽ばたく。


 灰色の鱗粉が霧へ混ざった。


 風向きが分からない。


 俺は外套の端を持ち上げ、目元まで覆った。


 完全に視界を塞ぐわけにはいかない。


 細い隙間から周囲を見る。


 灰霧蛾が飛び込んでくる。


 剣で翼を斬れば、また鱗粉が飛ぶ。


 同じ方法では戦えない。


 左手を向ける。


 魔力を広げず、一体の翼へ集中させた。


「《冷気》」


 灰色の翼へ霜がつく。


 羽ばたきが鈍った。


 灰霧蛾が地面へ落ちる。


 翼ではなく、胴へ剣を突き刺す。


 二体目。


 凍った翼からは、鱗粉がほとんど飛ばなかった。


 使える。


 二体が左右から来る。


 片方の翼へ《冷気》を流す。


 もう一体は剣の腹で地面へ叩き落とした。


 先に凍らせた個体の胴を斬る。


 三体目。


 地面で暴れている個体へ剣を突き下ろす。


 四体目。


 背後から羽音。


 振り向く前に、長い口器が右肩へ刺さった。


 革鎧の表面を貫く。


 皮膚までは届いていない。


 灰霧蛾が口器を引き抜こうとする。


 俺は左手で掴んだ。


 細いが硬い。


 そのまま引き寄せる。


 灰霧蛾の身体が近づいた。


 胴を剣で貫く。


 五体目。


 頭上から鱗粉が降る。


 外套で顔を覆い、前へ走った。


 霧の中では、どこへ逃げても同じだ。


 なら、岩壁を背にする。


 足元の傾斜を確かめながら進む。


 右手が岩へ触れた。


 背後を取られる方向が減る。


 灰霧蛾たちが、目の前の霧を揺らしている。


 一体が来る。


 冷気。


 翼が凍る。


 胴を斬る。


 六体目。


 次は二体。


 片方へ尖らせた《氷塊》を放つ。


 氷が胴へ突き刺さり、飛ぶ軌道が崩れた。


 もう一体の口器を剣で払う。


 身体を回し、胴へ横薙ぎの一撃。


 七体目。


 氷塊を受けた個体が、地面を這って逃げようとする。


 首の近くへ剣を落とす。


 八体目。


 残りが一斉に羽ばたいた。


 霧と鱗粉が渦を巻く。


 視界が灰色に染まった。


 何も見えない。


 羽音だけが、あらゆる方向から聞こえる。


 《危険察知》が連続して反応した。


 正面。


 剣を振る。


 硬い口器を弾いた。


 左。


 身体を沈める。


 灰霧蛾が頭上を通過する。


 右肩。


 避けきれない。


 口器が革鎧の隙間へ入った。


 肩へ鋭い痛みが走る。


 何かを吸われる感覚。


 血だけではない。


 身体の力が、口器を通じて奪われている。


 俺は灰霧蛾の胴を掴んだ。


 逃げようと羽ばたく。


 指先へ冷気を集中させる。


 翼の根元が凍りついた。


 地面へ叩きつける。


 胴を踏み、剣を突き刺す。


 九体目。


 肩から口器を抜く。


 血が流れた。


 吸われたのはわずかな時間だ。


 まだ身体は動く。


 だが、群れに何度も捕まれば危険だ。


 霧の中で羽音が近づく。


 二体。


 どちらが先か分からない。


 俺は足元へ生活魔法の水を撒いた。


 そこへ冷気を流す。


 床を凍らせるためではない。


 冷えた空気を、岩壁に沿って上へ流す。


 霧がわずかに動いた。


 灰霧蛾の周囲だけ、気流が乱れている。


 輪郭が見えた。


「そこか」


 左手へ魔力を集める。


 尖らせた氷塊を放つ。


 一体の胸を貫いた。


 落ちてきた身体へ剣を振る。


 十体目。


《灰霧蛾を十体討伐しました》


《ガチャ券を一枚獲得しました》


《所持ガチャ券:十枚》


 残る灰霧蛾が、霧の向こうへ逃げようとする。


 追う。


 ここで逃せば、回復したあと再び襲ってくる。


 一体の翼へ冷気を流す。


 落ちた胴を斬る。


 十一体目。


 最後の一体が高く飛ぶ。


 羽ばたくたび、鱗粉が降ってきた。


 俺は剣の先端へ氷を集める。


 魔力操作で細長く整える。


「《氷塊》」


 放った氷が灰色の霧を裂く。


 灰霧蛾の腹へ突き刺さった。


 魔物が落ちる。


 地面へ当たる前に踏み込み、首を断った。


 十二体目。


     ◇


 羽音が消えた。


 俺は岩壁へ背をつけ、呼吸を整えた。


 肩の傷を水で洗う。


 血を吸われたせいか、身体が少し重い。


 下級回復薬を少量だけ傷へかけ、包帯を巻いた。


 目の痺れも、少しずつ弱まっている。


 灰霧蛾の死体を調べる。


 《解体》へ意識を向けると、腹部にある袋が示された。


 鱗粉を蓄える器官。


 そのまま切れば、粉が飛び散る。


 翼と袋の周囲だけを冷気で凍らせる。


 状態のいい三体から鱗粉袋を取り出し、油布へ包んだ。


 魔石は十二個。


 すべて《収納》へ入れる。


 霧の中で別の魔物と戦う前に、ガチャを引くべきだ。


 周囲を調べる。


 岩壁に浅い窪みがあった。


 入口へ細い紐と鈴を張る。


 その奥へ座った。


《所持ガチャ券:十枚》


 意識を集中する。


《ガチャ券を十枚消費します》


《十一連ガチャを開始します》


 灰色の霧の中に、十一の光が浮かび上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ