第30話 呪い耐性と魔力操作
十一の光が、暗いテントの中へ浮かび上がった。
一つずつ形を変え、文字が表示されていく。
《N 保存食三食分》
《N 清潔な水》
《N 下級回復薬二本》
《N 解毒薬》
《N 包帯一式》
《N 防具補修材》
《N 投げナイフ三本》
《N 鉄杭四本》
《N 魔力回復薬》
《R 呪い耐性》
《SR 魔力操作》
十枚のガチャ券が消費される。
《所持ガチャ券:〇枚》
保存食や薬が《収納》へ入った。
地下へ長く潜るなら、無駄になる物は一つもない。
初めて出たのは《魔力回復薬》だった。
細い瓶に入った青い液体。
説明へ意識を向ける。
《魔力回復薬》
《消耗した魔力を回復させます》
《短時間に続けて使用した場合、効果が低下します》
氷魔法を使う機会が増えた今なら、下級回復薬よりも重要になる場面があるかもしれない。
次の光が、俺の身体へ吸い込まれた。
《スキル《呪い耐性》を習得しました》
右肩が熱を持つ。
墓守司祭の黒い霧に触れた場所。
赤黒く変色していた皮膚の奥で、何かが蠢いた。
冷たい針を差し込まれたような痛みが走る。
「ぐっ……」
肩を押さえる。
黒い染みが、皮膚の上でわずかに広がった。
だが、すぐに止まる。
身体の内側へ入り込もうとしていた冷たさも薄れていった。
《呪い耐性》
《呪いによる侵食と能力低下を軽減します》
《すでに受けた呪いを解除する効果はありません》
完全に治ったわけではない。
肩にはまだ黒い染みが残っている。
それでも、これ以上身体を蝕まれる危険は小さくなった。
あの黒い霧は、毒ではなく呪いだったらしい。
解毒薬だけを使っていたら、気づかないまま侵食が進んでいた可能性もある。
「危ないところだったな」
最後の光が、胸へ入る。
《スキル《魔力操作》を習得しました》
身体の中を流れていた魔力が、突然はっきりと感じられた。
今までも、氷魔法を使うときには魔力を意識していた。
だが、それは水の中へ手を入れ、流れを探るような感覚だった。
今は違う。
胸の奥から腕へ。
腕から指先へ。
どれほどの魔力が流れているのか、自分で分かる。
俺は左手を上げた。
「《氷塊》」
手の前に、小さな氷が生まれる。
今までなら拳ほどの丸い塊だった。
意識を集中する。
氷の表面が少しずつ形を変えた。
先端が細くなる。
完全な刃にはならない。
それでも、丸い塊よりは狙った場所へ力を集中させられる形になった。
石室の壁へ向けて放つ。
氷塊が真っすぐ飛び、狙った石の継ぎ目へ当たった。
石片が小さく弾ける。
「方向も変えられるのか」
飛んでいる途中で大きく曲げることはできない。
だが、放つ直前なら角度を細かく調整できる。
次に鋼鉄の剣を抜いた。
「《氷膜》」
剣身を白い霜が覆う。
これまでは刃だけでなく、鍔の近くまで無駄に凍りつくことがあった。
今は魔力の流れる場所を選べる。
刃の表面だけへ、薄い氷膜を維持する。
同じ魔力でも、以前より長く保てそうだった。
さらに剣の先端へ冷気を集める。
白い霜が厚くなる。
根元は薄いまま。
必要な場所だけを強化できる。
最後に床へ手を向けた。
「《冷気》」
テント全体が冷えることはなかった。
指先の前。
手のひらほどの範囲だけに霜が広がる。
以前なら広い床を凍らせるため、多くの魔力を使っていた。
これなら敵の足元だけを狙える。
《魔力操作》
《魔力の出力、範囲、方向を調整しやすくなります》
《魔力の消耗を軽減します》
氷魔法そのものが強くなったわけではない。
使える魔法も三つのまま。
だが、戦い方は大きく変わる。
ヴァルドの炎剣と戦うには、ただ大量の冷気を放つだけでは足りない。
相手の炎が強ければ、俺の魔力が先に尽きる。
必要な場所へ。
必要な量だけ。
無駄なく氷を使えることが、最後には差になる。
◇
簡易調理台の鍋から、湯気が上がっていた。
干し肉と豆を煮ただけの料理。
塩も少量しか入れていない。
それでも、温かい食事だった。
寝台へ座り、ゆっくりと口へ運ぶ。
戦いの直後は空腹を感じなかった。
だが、一口飲み込むと、胃が食べ物を求め始める。
あっという間に鍋を空にした。
魔法のケトルで湯を沸かす。
身体を拭き、黒く変色した肩へ新しい包帯を巻いた。
革鎧の表面にも、呪いを受けた黒い跡が残っている。
防具補修材を使って裂けた部分を塞ぐ。
黒い変色までは消えなかった。
強度に問題がないことを確認し、寝台へ横になる。
身体が熱い。
骸骨巨兵。
鎖骸兵。
墓守司祭。
立て続けに強い魔物を倒し、レベルも上がった。
祝福を受けた身体が、新しい力へ馴染もうとしている。
筋肉の奥が痛む。
骨まで熱を持っているようだった。
眠らなければならない。
そう考えて目を閉じた。
だが、すぐには眠れなかった。
懐から、革袋を取り出す。
中にあるのは、マリエルの髪飾り。
薄青い石が、魔法の灯りを受けて淡く光っている。
俺が贈ったとき、マリエルは鏡の前で何度も髪へ当てていた。
高価な物ではない。
もっと立派な物を買えるようになったら、今度は首飾りを贈る。
そう話したことがある。
その約束を果たす日は来なかった。
「少しずつだ」
髪飾りを革袋へ戻す。
「まだ、十八パーセントしかない」
ヴァルドの罪を暴く証拠。
奴を倒せるだけの力。
どちらも足りない。
だが、七年前は何もできなかった。
今は違う。
証拠を奪い返した。
奴の部下を倒した。
ダンジョンを攻略し、新しい力も得た。
進んでいる。
遅くても、確実に。
俺は髪飾りを胸元へ置いたまま、目を閉じた。
◇
目を覚ます。
魔法の灯りは変わっていない。
地下では朝も夜も分からない。
どれほど眠ったのか、身体の感覚で判断するしかなかった。
熱は下がっている。
脇腹の傷も、戦える程度には塞がっていた。
右肩の黒い染みを確認する。
広がっていない。
《呪い耐性》が抑えている。
完全に消すには、治療法を探す必要があるだろう。
だが、今すぐ戻るほどではない。
保存食を食べ、水を飲む。
革鎧を着て、剣を腰へ差した。
テントの外へ出る。
細い紐と鈴に変化はない。
魔物が近づいた形跡もなかった。
《魔法のテント》を収納する。
墓守司祭を倒した円形の部屋を、改めて調べた。
床から伸びていた骨の腕は、すべて動きを止めている。
祭壇の背後には、老人から借りた地図にも描かれていない扉があった。
石造り。
表面には、頭を垂れて祈る司祭たちの姿が刻まれている。
中央には鍵穴。
老人から預かった鍵束を取り出す。
一つ目は入らない。
二つ目も違う。
五つ目の古い鍵が、奥まで差し込めた。
ゆっくり回す。
石扉の内側で、重い金属が動いた。
鍵が開く。
扉へ手をかけた。
《危険察知》に反応はない。
それでも剣を抜き、少しずつ押す。
冷たい空気が流れ出した。
扉の向こうには、地下へ続く螺旋階段があった。
壁には、小さな石棺がいくつも埋め込まれている。
成人の遺体が入る大きさではない。
子供の墓か。
階段を下りる。
一段。
二段。
途中で、小さな音が聞こえた。
石を引っ掻く音。
壁からだ。
俺は足を止めた。
右側の小さな石棺。
蓋が、内側からわずかに動く。
隣の石棺も。
さらに下にあるものも。
一つではない。
螺旋階段を囲むすべての石棺が、同時に揺れ始めた。
蓋の隙間から、細い灰色の指が伸びる。
子供の手ではない。
節が異様に長い。
爪が石を削っている。
俺は剣へ魔力を流した。
「《氷膜》」
刃だけを、薄い霜が覆う。
石棺の蓋が一つ、床へ落ちた。
中から現れたのは、人間の子供ではなかった。
細長い四肢。
腹だけが大きく膨らんだ、小さな死体。
顔には目がなく、口が頭の半分ほどまで裂けている。
死体は四つん這いになり、こちらへ顔を向けた。
続いて、別の石棺の蓋が落ちる。
二体。
三体。
螺旋階段の上下から、次々と這い出してくる。
《餓鬼亡者との遭遇を確認しました》
《未討伐の魔物種です》
餓鬼亡者の裂けた口から、黒い唾液が垂れた。
一体が壁を蹴る。
小さな身体が、俺の顔へ向かって飛んできた。
【あとがき】
Kindle版を出版しました!
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや★評価で応援していただけると嬉しいです。




