第29話 鎖を引く死者
骸骨巨兵が壊した壁の向こうには、古い石段が続いていた。
地下へ向かうほど、鎖を引きずる音が大きくなる。
一定の間隔ではない。
一度止まったかと思えば、急に近づいてくる。
何かが歩いている音とも違った。
俺は砕けた壁を抜け、石段へ足を置く。
脇腹の傷がわずかに痛んだ。
下級回復薬で塞がってはいるが、完全に治ったわけではない。
骸骨巨兵に吹き飛ばされた背中や肩にも、重い痛みが残っている。
それでも、戻るつもりはなかった。
《所持ガチャ券:七枚》
あと三枚。
十枚そろえば、十一連ガチャを引ける。
強い魔物がいるなら、それだけ祝福も得られる。
俺は氷膜をまとわせた剣を握り、石段を下りた。
◇
石段の先には、長い通路があった。
左右の壁には、錆びた鉄輪がいくつも埋め込まれている。
鉄輪から伸びた鎖は、途中で千切れていた。
ここは納骨室ではない。
生きた人間を閉じ込めるために作られた場所だ。
壁には爪で引っ掻いたような傷が残っている。
床には、崩れた人骨。
鎖の先には、手枷や足枷がついていた。
罪人を地下へつなぎ、そのまま死なせたのか。
あるいは、病に侵された者を閉じ込めたのか。
どちらにしても、ここで大勢が死んでいる。
鎖を引きずる音が止まった。
《危険察知》が反応する。
正面ではない。
右側。
俺は壁から離れた。
直後、暗闇から鎖が飛んできた。
先端についた手枷が、俺の頭があった場所を通過する。
石壁へぶつかり、火花が散った。
鎖が引き戻される。
通路の奥から、一体の骸骨が現れた。
両手首に手枷。
足首にも重い鎖が巻きついている。
だが、動きを阻害されている様子はない。
右腕の骨と鎖が一体化していた。
鎖の先端についた手枷を、武器として振り回している。
胸には、黒ずんだ頭蓋骨。
骸骨人と似ているが、別の魔物だ。
鎖が再び放たれる。
今度は胸。
剣で弾こうとして、手を止めた。
鎖を受ければ、剣へ巻きつけられる。
身体を沈める。
頭上を通過した鎖が、背後の石柱へ巻きついた。
骸骨が腕を引く。
鎖が石柱を締め上げた。
表面に亀裂が入る。
骨だけの身体とは思えない力だった。
鎖を引き戻される前に走る。
距離を詰めれば、長い鎖は使えない。
骸骨が左腕を振り上げる。
そちらにも短い鎖がついていた。
横から手枷が迫る。
剣で受ける。
衝撃で腕が痺れた。
相手の胸へ剣を突き出す。
骸骨が後退した。
足枷の鎖が床を擦る。
遅い。
そう思った直後、床に落ちていた鎖が跳ね上がった。
左足首へ巻きつく。
「なに……」
骸骨が腕を引いた。
足を取られ、背中から床へ倒れる。
そのまま引きずられた。
骸骨が足を上げる。
俺の顔を踏み砕くつもりだ。
剣を床へ突き立て、引きずられる身体を止める。
左手を鎖へ向けた。
「《冷気》」
白い霜が鎖を覆う。
凍った鉄が硬くなり、動きが鈍った。
骸骨がさらに引く。
鎖が強く張った。
俺は剣を振り下ろす。
一撃。
凍った鎖に亀裂が入る。
二撃目。
鎖が砕けた。
足首が自由になる。
踏み下ろされた骨の脚を横へ転がって避ける。
すぐに立ち上がり、骸骨の懐へ入った。
胸の黒い頭蓋骨へ剣を突き刺す。
氷の魔力を流し込む。
黒い頭蓋骨が内側から凍りついた。
剣を捻る。
骨が砕け、魔物の身体が床へ崩れ落ちた。
《鎖骸兵を初めて討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《共同墓地地下納骨堂討伐記録:3/?》
《所持ガチャ券:八枚》
鎖骸兵。
床へ散らばった骨が動かないことを確認する。
魔石を拾い、《収納》へ入れた。
鎖も素材になるかもしれない。
だが、錆びた鉄を持ち帰っても価値は低いだろう。
今は先へ進む。
◇
通路の奥には、鉄格子が並んでいた。
牢の跡だ。
格子の向こうには人骨が積まれている。
その数は、一人や二人ではない。
俺が前を通るたび、骨の山から黒い光が浮かび上がった。
鎖が動く。
一つ目の鉄格子が、内側から吹き飛んだ。
鎖骸兵が現れる。
続いて二体。
反対側の牢からも三体。
奥の格子も破られた。
全部で九体。
先ほど倒した一体を加えれば、十体になる。
鎖骸兵たちは通路へ広がった。
狭い場所で、九本以上の鎖を相手にする。
正面から突っ込めば、足や腕を拘束される。
俺は一歩ずつ後退した。
鎖骸兵たちが追ってくる。
一体が鎖を放つ。
身体を横へずらす。
鎖が壁の鉄輪へ絡まった。
続いて二本。
一本を剣で下へ弾く。
もう一本が右腕へ巻きついた。
強く引かれる。
剣を手放さないよう、柄を握り締めた。
別の鎖が左脚を狙ってくる。
後ろへ下がるのでは間に合わない。
俺は自分から前へ走った。
右腕を引いていた鎖が緩む。
勢いのまま一体目へ肩からぶつかった。
骨が壁へ叩きつけられる。
胸の頭蓋骨へ剣を突き刺した。
一体。
左右から手枷が迫る。
身体を沈める。
二本の鎖が頭上でぶつかり、互いに絡まった。
鎖骸兵たちが引く。
鎖は外れない。
二体の動きが止まる。
俺は床へ手を向けた。
生活魔法で水を広げる。
「《冷気》」
通路の床が凍った。
前へ出ようとした鎖骸兵が滑る。
骨の身体が重なって倒れた。
俺は氷の上を蹴る。
自分から滑り、倒れた魔物の横を抜けた。
起き上がる前に、一体の胸を砕く。
二体目。
振り向き、もう一体へ剣を振る。
黒い頭蓋骨に亀裂。
もう一撃。
三体目。
残る六体が、一斉に鎖を振り上げた。
通路では避けきれない。
俺は近くの鉄格子を蹴り開け、牢の中へ飛び込んだ。
鎖が入口へ殺到する。
鉄格子。
壁の角。
床の鉄輪。
何本もの鎖が絡まり、動きを止めた。
俺は牢の奥へ下がる。
鎖骸兵が力任せに引いた。
鉄格子が軋む。
壁へ埋め込まれた鉄輪まで抜けかけている。
長くは保たない。
だが、十分だった。
左手を向ける。
「《氷塊》」
拳ほどの氷が、絡まった鎖へ当たる。
冷気が鉄へ広がった。
俺は牢から飛び出し、凍った鎖へ剣を叩きつける。
砕けた鉄片が飛び散る。
六体のうち、四体が右腕の鎖を失った。
残る二体が手枷を振る。
一本が肩へ当たった。
革鎧の上から強い衝撃を受ける。
身体が壁へぶつかった。
もう一本が首へ巻きつこうとする。
左手で鎖を掴んだ。
掌へ錆びた鉄が食い込む。
鎖骸兵が引く。
喉が締まる前に、こちらから踏み込む。
距離を詰め、剣を胸へ突き出した。
四体目。
残った鎖が床へ落ちる。
肩の痛みを無視し、次へ向かう。
鎖を失った個体は、骨の爪を伸ばしてきた。
剣で腕を斬る。
胸の黒い頭蓋骨へ蹴りを入れた。
体勢が崩れたところへ剣を振り下ろす。
五体目。
右から二体。
左から一体。
背後にも気配がある。
先ほど倒した骨を踏み越え、別の個体が牢から出てきた。
数が合わない。
九体ではなかった。
牢の奥に、もう一体隠れていた。
合計十体。
先ほどの一体を含めれば十一体になる。
十体目を倒せばいい。
だが、今は残り五体。
鎖が左右から飛んでくる。
一歩前へ。
一本を避ける。
身体を回し、二本目を剣へ巻きつかせた。
鎖骸兵が引く。
剣ごと奪われる前に、俺も引き返した。
互いの力が鎖へかかる。
別の鎖骸兵が、その間へ入ろうとする。
「《氷膜》」
剣を覆う霜が、巻きついた鎖へ移る。
凍った部分を足で踏む。
鎖骸兵がさらに引いた。
鎖が途中から折れる。
自由になった剣を横へ振る。
近づいていた一体の胸を切り裂いた。
六体目。
後ろから手枷が背中へ当たる。
前へ倒れそうになる。
踏みとどまり、振り返らず剣を後ろへ突き出した。
硬い感触。
胸の頭蓋骨までは届いていない。
剣を引き抜き、身体を回す。
同じ場所へ二撃目。
七体目。
残り三体。
呼吸が荒い。
肩と背中が痛む。
魔力も減っている。
それでも、鎖骸兵の動きはもう分かった。
鎖を放つ直前、肩の骨が持ち上がる。
引き戻すときには、胸の頭蓋骨がわずかに前へ出る。
一体が鎖を振る。
避ける。
引き戻す瞬間に踏み込む。
胸へ剣を突き刺す。
八体目。
二体が同時に鎖を放った。
俺は床へ滑り込む。
二本の鎖が頭上を通過した。
立ち上がりながら、一体の脚を斬る。
倒れた胸へ剣を振り下ろした。
九体目。
最後の一体が、両腕の鎖を振り回す。
近づけない。
左右の壁へ手枷がぶつかり、石片が飛ぶ。
俺は剣を構えたまま待った。
鎖の回転が速くなる。
鎖骸兵が前へ出る。
床には、先ほど凍らせた水が残っている。
魔物の足が氷を踏んだ。
わずかに滑る。
鎖の軌道が下がった。
俺はその上を飛び越えた。
鎖骸兵の肩へ足をかける。
身体を捻りながら、胸の頭蓋骨へ剣を突き立てた。
魔物が倒れる。
剣をさらに押し込む。
黒い頭蓋骨が砕けた。
《鎖骸兵を十体討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《所持ガチャ券:九枚》
十体目。
俺は剣を引き抜き、その場へ膝をついた。
十一体すべてを倒した。
だが、ガチャ券はまだ九枚。
あと一枚だ。
◇
息を整え、魔石を回収する。
十一個。
すべて《収納》へ入れた。
鎖骸兵がいた牢を一つずつ調べる。
古い骨。
錆びた食器。
壁へ刻まれた日数。
証拠になりそうな物はない。
最後の牢だけ、奥の壁が壊れていた。
人が這って通れるほどの穴。
その先から、弱い明かりが漏れている。
鎖を引きずる音は、もう聞こえなかった。
代わりに、小さな鐘の音が響く。
一度。
間を空けて、もう一度。
墓地の礼拝堂で使われる鐘とは違う。
もっと小さい。
人の葬儀で、死者を送るために鳴らす鐘。
俺は穴を抜けた。
広い円形の部屋へ出る。
中央には、石造りの祭壇。
その前に、黒い法衣をまとった死体が立っていた。
腐った肉が骨へ張りついている。
顔には目も鼻もない。
口だけが大きく開いていた。
左手には小さな鐘。
右手には、骨で作られた杖。
死体が鐘を鳴らす。
澄んだ音が地下へ広がった。
床へ散らばっていた骨が動き始める。
先ほど倒した鎖骸兵たちではない。
円形の部屋に埋められていた無数の腕が、床を破って伸びてきた。
俺の足首を掴もうとする。
剣で一本を斬る。
別の腕が革靴へ絡みついた。
蹴って外す。
黒い法衣の死体が、もう一度鐘を鳴らそうとする。
あの鐘が、骨を動かしている。
俺は投げナイフを抜いた。
狙うのは死体ではない。
左手の鐘。
腕を振る。
ナイフが鐘へ当たった。
金属音。
鐘が死体の手から落ち、床を転がる。
動き始めていた骨の腕が止まった。
黒い法衣の死体が、大きな口を開く。
声の代わりに、黒い霧が吐き出された。
《危険察知》が強く反応する。
俺は横へ走った。
黒い霧が、背後の石壁へ触れる。
表面に苔のような黒い染みが広がった。
毒か。
呪いか。
触れない方がいい。
死体が骨の杖を床へ突く。
止まっていた腕が、再び動き出した。
鐘がなくても、完全には止められない。
俺は祭壇へ向かって走る。
床から伸びた腕が、左脚へ絡みつく。
一本。
二本。
足が止まる。
黒い死体が、杖をこちらへ向けた。
先端に黒い霧が集まる。
俺は左手を床へ向けた。
「《冷気》」
脚を掴んでいた骨の腕が凍りつく。
剣でまとめて断つ。
前へ出る。
黒い霧が放たれた。
避けきれない。
《氷膜》をまとった剣を盾のように構える。
冷気と黒い霧がぶつかった。
霜が一瞬で黒く染まる。
剣から嫌な振動が伝わった。
魔力を強く流す。
氷膜が厚くなり、黒い霧を左右へ押し流した。
完全には防げない。
霧の一部が右肩へ触れた。
《耐久の革鎧》の表面が黒く変色する。
皮膚へ冷たい痛みが走った。
それでも足は止めなかった。
黒い死体の前へ踏み込む。
骨の杖が振り下ろされる。
剣で受ける。
見た目より重い。
腕が押し下げられた。
死体の口が開く。
近距離で黒い霧を吐くつもりだ。
「《氷塊》」
氷を口の中へ撃ち込む。
死体の頭が後ろへ反った。
吐き出しかけた霧が、口の中で広がる。
腐った顔が黒く膨らんだ。
俺は剣を横へ振る。
首を切断した。
頭部が祭壇の上へ落ちる。
それでも身体は倒れない。
骨の杖が、俺の脇腹へ突き出された。
避けるのが遅れた。
杖の先端が革鎧へ当たる。
治りかけていた傷へ衝撃が入った。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
後退した俺へ、首のない死体が迫る。
核は頭ではない。
法衣の胸元が、黒く脈打っている。
俺は痛みを堪え、剣を両手で握った。
杖が振られる。
身体を沈めて避ける。
法衣の胸へ剣を突き刺した。
硬い物へ当たる。
骨ではない。
石。
黒い魔石が、胸の中に埋め込まれている。
死体が杖を持ち上げた。
剣へ魔力を流す。
「《氷膜》」
刃から冷気が広がる。
胸の黒い魔石が凍りついた。
さらに押し込む。
魔石の表面に亀裂が入る。
杖が俺の背中へ振り下ろされた。
強い衝撃。
膝が床へつく。
剣だけは離さない。
「壊れろ」
柄へ全体重をかけた。
黒い魔石が砕ける。
首のない身体が止まった。
骨の杖が床へ落ちる。
黒い法衣の中身が崩れ、腐った肉と骨へ戻った。
《墓守司祭を初めて討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《共同墓地地下納骨堂討伐記録:4/?》
《所持ガチャ券:十枚》
胸の奥へ、強い祝福が流れ込む。
熱が全身へ広がった。
肩の痛み。
脇腹の傷。
疲労。
すべてが消えるわけではない。
それでも、身体の奥に新しい力が積み重なっていく。
《一定量の祝福が蓄積しました》
《レベルが上昇しました》
《身体能力が上昇しました》
剣を支えにして立ち上がる。
足元には、墓守司祭が持っていた小さな鐘。
骨の杖。
砕けた黒い魔石。
鐘と杖を《収納》へ入れる。
使い道は分からない。
だが、このダンジョン特有の素材なら、残しておく価値はある。
右肩を見る。
黒い霧に触れた革鎧が変色している。
内側の皮膚も赤黒くなっていた。
毒ではないらしい。
解毒薬を飲むべきか判断できない。
下級回復薬を一本使う。
傷の痛みは弱まったが、黒い染みは残った。
長く戦い続ける状態ではない。
俺は円形の部屋を調べた。
祭壇の裏に、小さな石室がある。
出入口は一つ。
中に魔物の気配はない。
床へ細い紐と鈴を張る。
その奥へ《魔法のテント》を出した。
魔石を補充する。
《魔法のテントへ魔石を補充しました》
《障壁出力が回復しました》
テントへ入り、革鎧を脱ぐ。
魔法のケトルで湯を作り、身体の汚れと血を拭った。
簡易調理台へ鍋を置く。
干し肉。
乾燥豆。
塩。
少量の水。
煮えるまでの間、寝台へ腰を下ろした。
全身が熱い。
レベルが上がった反動だろう。
身体の奥では力が増えているのに、今は指一本動かすのも重い。
それでも、手元には十枚のガチャ券がある。
この状態で先へ進むには、新しい力が必要だ。
意識を集中する。
《ガチャ券を十枚消費します》




