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【Amazonで発売中!】妻殺しの冤罪で七年間独房に閉じ込められた俺、脱獄後にダンジョンガチャで復讐を果たす  作者: 月瀬 リュカ


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第26話 支払い票

 床板が、ゆっくりと持ち上がる。

 寝台の脇へしゃがんだ男が、隙間へ指を入れた。

「何かあるぞ」

 もう一人の男が、荒らしていた棚から振り返る。

「紙か?」

「まだ分からん。明かりを寄越せ」

 証拠を先に取られる。

 俺は窓の外で、鋼鉄の剣を握った。

 二人とも黒い服を着ている。

 腰には短剣。

 革鎧は服の下へ隠していた。

 墓荒らしではない。

 クロイツ家の命令を受けて、証拠を回収しに来た人間だ。

 一人は寝台のそば。

 もう一人は、部屋の中央。

 正面から入れば、どちらかに声を出される。

 家々の少ない旧市街でも、争う音を聞かれれば巡回兵が来る。

 何より、クロイツ家へ俺の存在を知られたくない。

 音を立てずに終わらせる。

 俺は剣を鞘へ戻した。

 窓枠へ手をかける。

 《隠密》を意識しながら、ゆっくりと身体を持ち上げた。

 外套や革鎧が木へ擦れないよう、横向きになって室内へ入る。

 床へ足をつける。

 音はしなかった。

 棚の前にいる男は、こちらへ背を向けている。

 寝台のそばにいる男も、持ち上げた床板しか見ていない。

 俺は一歩ずつ距離を詰めた。

「早くしろ」

「急かすな。板を割れば、下の物まで傷つける」

「回収できなければ、俺たちの首が飛ぶんだぞ」

「分かっている」

 クロイツ家にとって、それほど重要な証拠らしい。

 棚の前にいる男まで、あと二歩。

 一歩。

 男の肩がわずかに動いた。

 気配を感じたのか。

 振り返られる前に、背後から口を塞ぐ。

「――っ!」

 男が暴れた。

 右手に持っていた短剣を、首の横へ突き入れる。

 刃を引く。

 温かい血が手袋へ流れた。

 男の身体から力が抜ける。

 床へ倒れる前に支え、静かに横たえた。

「どうした?」

 寝台のそばにいた男が顔を上げる。

 死角に入る時間はなかった。

 俺と、床に倒れた仲間を見た。

 男が口を開く。

「侵入――」

 俺は腰から投げナイフを抜いた。

 腕を振る。

 刃が男の肩へ突き刺さった。

「ぐっ!」

 大声を出す前に、男が体勢を崩す。

 俺は床を蹴った。

 男も短剣を抜く。

 寝台を挟んだまま、横へ動いた。

 俺が右へ回れば、男は左へ。

 出口へ逃げるつもりだ。

 短剣を投げる構えを見せる。

 俺は足を止めた。

 男の視線は俺ではない。

 割れた窓へ向いている。

 こいつは戦うつもりがない。

 仲間へ異変を知らせることを優先している。

「誰の命令だ」

 低い声で尋ねる。

「知るか」

「家宰か」

 男の目がわずかに動いた。

 答えたのと同じだ。

 俺が近づくと、男は短剣を投げた。

 顔を狙った刃を、剣の鞘で弾く。

 その間に男が窓へ走った。

「《氷塊》」

 小さな氷が、男の右膝へ当たった。

 骨を砕くほどの威力はない。

 だが、踏み出そうとした脚が横へずれる。

 男が床へ倒れた。

 俺は背中へ膝を押しつけ、右腕を捻り上げる。

「離せ!」

「静かにしろ」

 剣を抜き、刃を男の首へ当てる。

 冷たい鋼が皮膚へ触れた瞬間、男の動きが止まった。

「もう一度聞く。誰の命令だ」

「言えば、助けるのか?」

「答えなければ、今すぐ殺す」

 助けるとは言っていない。

 男もそれを理解したのだろう。

 荒い呼吸を繰り返しながら、視線だけをこちらへ向ける。

「家宰だ」

「何を命じられた」

「墓地の管理人を捜せ。家にある支払いの記録を回収しろと」

「管理人を見つけたあとは?」

 男は答えない。

 剣を少し動かす。

 首の皮膚が切れ、血が流れた。

「殺せと言われたのか」

「……そうだ」

 やはり、老人を生かすつもりはない。

「墓地へ行った男のことは?」

「処理役が一人向かった。朝までに戻らなければ、異変があったと家宰へ報告する」

「報告するのは誰だ」

「俺たちだ」

「お前たちも戻らなければ?」

 男が黙った。

 代わりに、答えを想像する。

 外套の男。

 老人の家へ来た二人。

 三人とも朝になっても戻らない。

 家宰は、証拠の回収に失敗したと気づく。

 共同墓地と老人の家だけではない。

 町中で老人を捜し始めるだろう。

「家宰はどこにいる」

「クロイツ家の屋敷だ」

「今夜もか」

「俺たちのような者へ、自分の予定を話すと思うか」

 男の声に、わずかな嘲りが混じった。

 これ以上は知らないらしい。

「ほかに、支払い票の存在を知っている者は?」

「家宰と……帳簿を扱っている書記だ」

「名前は」

「知らない。本当だ」

 男の身体へ力が入る。

 右腕を捻られた状態で、左手を腰へ伸ばそうとしていた。

 隠し武器。

 俺はためらわなかった。

 剣を引く。

 男の首から血が噴き出した。

 声を上げる間もなく、身体が動かなくなる。

 人間を二人殺した。

 胸の奥へ祝福は入ってこない。

 文字も表示されない。

 それでも、こいつらを逃がすわけにはいかなかった。

 窓の外を確認する。

 人影はない。

 争う音も、ほとんど立てていない。

 俺は床へ落ちた投げナイフを回収した。

 肩へ刺さった方も抜く。

 血を水で洗い、《収納》へ戻した。

 死体も、このままにはできない。

 朝になれば、近隣の者か巡回兵に見つかる。

 クロイツ家の人間が二人死んでいれば、大きな騒ぎになる。

 だが、先に証拠だ。

 持ち上げられた床板へ近づく。

 隙間へ鉄梃を入れ、音を抑えながら外した。

 床下には、小さな革袋が隠されていた。

 袋の口は紐で固く縛られている。

 中から、折り畳まれた紙が一枚出てきた。

 古い紙。

 七年間隠されていたわりには、傷みが少ない。

 表面には、短い文章しか書かれていなかった。

 共同墓地維持費。

 金貨二枚。

 受取人の欄には、老人の名前。

 発行者の欄には、クロイツ家の家宰を示す印。

 右下には、炎をまとった剣の紋章が押されている。

 老人の話どおりだ。

 共同墓地が閉鎖されたあとも、クロイツ家は毎年「維持費」を払っていた。

 実際には、金属箱の存在を口外させないための金だ。

 これ一枚だけでは、口止め料だったと証明できない。

 だが、老人の供述書と組み合わせれば意味が変わる。

 俺は紙を広げ、印を確認した。

《復讐対象に関する証拠を獲得しました》

《証拠:クロイツ家の支払い票》

《証拠価値を確認しました》

《共同墓地管理人の供述書との関連性を確認しました》

《復讐達成率を再算定します》

《復讐達成率:18%》

 一パーセント。

 小さな上昇だ。

 だが、この一枚は老人の言葉を裏づける。

 老人が金欲しさに作り話をしたと言われても、クロイツ家の印が押された支払い票が残っている。

 俺は紙を折り畳み、《収納》へ入れた。

 死んだ男たちの身体を調べる。

 身分証は持っていない。

 硬貨も最低限。

 黒い服も武器も、どこにでもある物だった。

 クロイツ家とのつながりを示す品はない。

 捕まっても、家の名を出さないようにしている。

 一人の懐から、小さな薬包が出てきた。

 中身は灰色の粉。

 何の薬かは分からない。

 毒の可能性もあるため、触れずに包みごと《収納》へ入れる。

 もう一人の腰には、細い鋼線が巻かれていた。

 人を拘束するためか。

 首を絞めるためか。

 どちらにしても、老人を生かして連れて帰る装備ではない。

 俺は二人の死体を《収納》へ入れようとして、手を止めた。

 生物は入らない。

 死体なら入るのか。

 意識を向ける。

 一人目の身体が消え、《収納》の中へ入った。

 死んでいれば、生物としては扱われないらしい。

 二人目も入れる。

 これなら、すぐに発見されることはない。

 人目のない場所へ運び、処分する必要はある。

 血の残った床を、生活魔法の水で洗う。

 完全には消せない。

 床板や寝台へ、染みが残っている。

 それでも、外から見ただけでは分からない程度にはなった。

 荒らされた棚や引き出しは戻さない。

 クロイツ家の人間が来た痕跡として、そのままにしておく。

 老人の家を出る。

 空は、わずかに明るくなり始めていた。

 夜明けが近い。

 元の店へ戻る。

 裏口の前で足を止めた。

 誰かが入った形跡はない。

 《危険察知》にも反応はなかった。

 扉を開け、地下へ下りる。

 老人は壁際に座ったまま、こちらを見た。

「戻ったか」

「ああ」

「紙はあったのか」

 《収納》から支払い票を取り出し、老人へ見せる。

 老人が息を吐いた。

「それだ」

「この印は家宰本人のものか」

「間違いない。毎年、同じ印が押されていた」

「供述書に追記しろ」

 紙とインクを老人の前へ置く。

 老人は支払い票を確認し、新しい文章を書いた。

 これは七年前からクロイツ家より受け取っていた支払い票である。

 墓地維持費と記されているが、実際には金属箱について沈黙する対価として渡された。

 最後に署名と指印を押させる。

 これで、支払い票と証言がつながった。

「家に二人いた」

 俺が言うと、老人の手が止まる。

「クロイツ家の者か」

「家宰の命令で来ていた。支払い票を回収し、お前を殺すつもりだった」

「二人は……」

「殺した」

 老人が顔を伏せる。

 同情しているわけではないだろう。

 自分も同じように殺されるのではないかと怯えている。

「朝までに戻らなければ、家宰は異変に気づく」

「では、ここも危険だ」

「この店を知っているのか」

「私は知っている。お前が生きていると家宰が気づけば、最初に調べる場所の一つだろう」

 そのとおりだ。

 ヴァルド側は、俺が死んだと思っている。

 だが、証拠が消えた。

 処理役も、回収役も戻らない。

 老人まで姿を消した。

 七年前の事件に関係する誰かが動いていると考えるだろう。

 今夜までは安全でも、長くは使えない。

「移動する」

「どこへ」

 答えず、老人に立つよう命じた。

 足首の傷は残っているが、歩けないほどではない。

 俺は地下室に残された物を確認する。

 マリエルへの手紙を隠していた金属箱。

 古い紙。

 最低限の道具。

 証拠になりそうな物は、すでに《収納》へ入れてある。

 ここへ戻る必要はない。

 店内へ上がる。

 入口の前で、一度振り返った。

 七年前。

 マリエルと暮らした場所。

 帰れば明かりがついていた。

 店の奥から、彼女の声が聞こえた。

 今は、埃と暗闇しか残っていない。

 再び失うものはない。

「行くぞ」

 老人を連れ、裏口から外へ出る。

 朝の光が旧市街へ差し込み始めている。

 クロイツ家の家宰は、まもなく部下が戻らないことを知る。

 次に動くのは、こちらだ。

《復讐達成率:18%》

 証拠は増えた。

 生きた証人もいる。

 そして、七年前の証拠隠滅を命じた男が、今もクロイツ家の屋敷にいる。

「次は家宰だ」

 ヴァルドへ近づくため、その足元から切り崩す。


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