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【Amazonで発売中!】妻殺しの冤罪で七年間独房に閉じ込められた俺、脱獄後にダンジョンガチャで復讐を果たす  作者: 月瀬 リュカ


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第21話 閉鎖された共同墓地

 ローデンの町が見えたのは、日が傾き始めた頃だった。

 迷宮を出てから、半日。

 足は止めなかった。

 全能力が上昇したおかげで、身体にはまだ余力がある。

 それでも、黒鉱蠍に刺された左腕は鈍く痛み、何日も続いた戦闘の疲れが消えたわけではない。

 城門の前には、町へ入る商人や旅人が列を作っていた。

 俺も最後尾へ並ぶ。

 冒険者証を確認した門番が、そこに記された名前を読み上げた。

「シュナイダー。Fランク冒険者か」

「ああ」

「ずいぶん汚れているな」

「迷宮に潜っていた」

 門番は俺の革鎧と、乾ききっていない傷を見た。

 それ以上は尋ねず、冒険者証を返す。

「入っていいぞ」

 城門を通る。

 人の声。

 荷車の音。

 焼いた肉とパンの匂い。

 数日前と変わらない町の中へ戻ってきた。

 だが、俺の頭にあるのは一つだけだ。

《ローデン旧市街》

《閉鎖された共同墓地》

 次の証拠が、そこにある。

◇

 最初に冒険者ギルドへ向かった。

 迷宮で集めた素材を、すべて出すつもりはない。

 Fランクになったばかりの男が、奥に生息する魔物の素材を大量に持ち込めば目立つ。

 俺は《収納》の中から、傷のある鉱殻蟻の大顎と、鉄牙百足の牙を数本だけ取り出した。

 ほかには、洞窟蜥蜴の皮を一枚。

 黒鉱蠍の毒腺は高く売れる。

 だが、それを新人が何個も持ち込めば、どこで手に入れたのか聞かれるだろう。

 一個だけにしておく。

 買取窓口の前へ素材を置いた。

 職員が一つずつ確認する。

「鉱殻蟻の大顎に、鉄牙百足の牙……こちらは洞窟蜥蜴ですね」

「ああ」

「黒鉱蠍の毒腺までありますが、これはご自身で解体を?」

「そうだ」

 職員が毒腺を光へ透かす。

「傷がありません。中身も漏れていない。かなり丁寧な処理です」

 《解体》が示した線に沿って、小刀を入れただけだ。

 それでも、普通に切り出した物とは違うらしい。

「黒鉱蠍の毒腺は、傷があると買取価格が大きく下がります。これは状態がいいので、通常より高く買い取れます」

 職員が計算板を動かす。

 提示された金額は、予想よりも多かった。

 食料や薬を買っても、しばらくは困らない。

 迷宮で魔石を売らずに済む。

「これで頼む」

「分かりました。ただし……」

 職員が冒険者証を見た。

「シュナイダーさんは、まだFランクですよね」

「ああ」

「黒鉱蠍の生息場所は、Fランク冒険者が一人で向かうような場所ではありません」

 責める口調ではない。

 死者を出したくないのだろう。

「仲間は?」

「いない」

「では、なおさらです。今回は戻ってこられましたが、次も同じとは限りません」

「気をつける」

 それだけ答えた。

 黒鉱蠍を十二体倒したとは言わない。

 迷宮をコンプリートしたことも。

 氷魔法や魔法のテントを持っていることも。

 職員は何か言いたそうだったが、硬貨の入った袋を差し出してきた。

「無理はしないでください」

 受け取り、ギルドを出た。

◇

 道具屋で必要な物を揃える。

 暗い灰色の外套。

 予備の包帯。

 新しい解毒薬。

 短い縄。

 小型の鉄梃。

 手に持つ明かりは、必要なときだけ狭い範囲を照らせる物を選んだ。

 墓地へ忍び込むなら、明るすぎる物は使えない。

 次に、町と旧市街が描かれた地図を買う。

 共同墓地について直接尋ねることはしなかった。

 証拠が隠されている場所を探していると知られれば、余計な目を引く。

 地図を広げる。

 ローデン旧市街は、現在の町の西側にあった。

 かつて城壁の内側だった区画。

 町が東へ広がったことで、人も店も減り、今では古い建物ばかりが残っている。

 共同墓地は、そのさらに外れ。

 地図には、小さな印しか描かれていなかった。

 宿へ戻る前に、露店で食事を買った。

 焼いた肉を挟んだ黒パン。

 腹に入れる。

 温かい。

 味もある。

 だが、食事を楽しむ余裕はなかった。

 共同墓地が、なぜ閉鎖されたのか。

 今も誰かが管理しているのか。

 墓地のどこに証拠があるのか。

 分からないことが多すぎる。

◇

 宿屋で湯を借りた。

 何日分もの血と汗を洗い流す。

 黒鉱蠍に刺された左腕は赤く腫れていたが、毒の痺れはほとんど消えている。

 湯へ浸かり、傷を確認する。

 独房にいた頃より、身体は明らかに強くなった。

 失っていた筋肉も戻り、その頃よりさらに力が増している。

 だが、傷跡は消えない。

 腕。

 胸。

 背中。

 七年間に刻まれた跡が残っている。

 部屋へ戻り、鏡の前に立った。

 焼いた顔。

 片側を隠す包帯。

 シュナイダーという偽名。

 門番も、ギルド職員も、誰も俺が妻殺しの罪で処刑された男だとは気づかなかった。

「この顔にも慣れたな」

 鏡の中の男へ呟く。

 顔は捨てた。

 名前も隠した。

 だが、マリエルの夫だったことまで捨てたわけではない。

 俺は灰色の外套を羽織った。

◇

 共同墓地について、もう少し情報が必要だった。

 酒場へ入り、安い酒を一杯だけ注文する。

 カウンターの端で飲みながら、周囲の話を聞いた。

 冒険者。

 荷運び人。

 年老いた職人。

 酔った男たちの会話に、旧市街の話が混じる。

「西側は暗くなると危ねえぞ」

「建物が崩れかけてるからな」

「昔の墓地も、まだ残ってるんだろ?」

「共同墓地か。とっくに閉じられたよ」

 俺は杯へ口をつけたまま、耳を向ける。

「何で閉じたんだ?」

「新しい墓地ができたからだろ。旧市街の方は地下まで古くて危ねえらしい」

「墓荒らしが入ったって話もあったな」

「夜は巡回が来るぞ。捕まりたくなきゃ近づかないことだ」

 地下。

 巡回。

 それだけでも十分だった。

 別の店では、年老いた露店商から旧市街の道を聞いた。

 墓地の話は出さない。

「西へ行くなら、日が落ちる前に戻ってきな。あっちは人が少ない」

「巡回兵もいるのか?」

「たまに通る。だが、毎日同じ時間じゃない」

 決まった間隔ではない。

 侵入するなら、先に動きを見る必要がある。

◇

 夕暮れ前。

 俺は旧市街へ向かった。

 新しい町並みを抜けると、人の数が急に減った。

 閉じた店。

 板で塞がれた窓。

 屋根の一部が崩れた家。

 石畳の隙間には雑草が伸びている。

 足音が遠くまで響きそうな静けさだった。

 俺は《隠密》を発動する。

 革靴が石を踏んでも、音はほとんど出ない。

 外套も風に合わせて揺れるだけだ。

 地図を頼りに西へ進む。

 やがて、高い石壁が見えてきた。

 壁の向こうには、傾いた墓石。

 枯れた木。

 崩れかけた礼拝堂。

 鉄柵の正門には、太い鎖が巻かれていた。

 頭へ流れ込んだ光景と同じだ。

「ここか」

 すぐには近づかない。

 向かいにある空き家の陰へ入る。

 姿勢を低くし、墓地の周囲を観察した。

 正門。

 石壁。

 周囲の建物。

 人の通る道。

 裏手へ回れば、石壁の一部が低くなっている。

 越えることは難しくない。

 だが、着地した先に何があるか分からない。

 罠。

 見張り。

 番犬。

 地下へ魔物が住みついている可能性もある。

 日が沈むまで、俺は動かなかった。

 一度、二人組の巡回兵が通った。

 墓地の門へ近づき、鎖を確認する。

 内部へは入らない。

 そのまま旧市街の奥へ消えた。

 次に来る時間は分からない。

 空が暗くなる。

 家々の影が長く伸びた。

 旧市街から、人の気配が消えていく。

 俺は墓地を見続けた。

◇

 完全に日が落ちてから、足音が聞こえた。

 一人。

 ゆっくりと旧市街を歩いてくる。

 暗い外套を着た男だった。

 顔は深く被った頭巾に隠れている。

 男は何度も背後を確認した。

 迷っている様子はない。

 まっすぐ共同墓地へ向かう。

 俺は空き家の陰で呼吸を止めた。

 男は正門の前へ立った。

 太い鎖へ手を伸ばす。

 壊すつもりではない。

 懐から小さな鍵を取り出した。

 錆びた錠へ差し込む。

 小さな音。

 錠が開いた。

 閉鎖されているはずの共同墓地へ、男は正規の鍵で入っていく。

 門を閉じ、再び鎖を巻いた。

 俺は動かない。

 ここで追えば、男に気づかれる可能性がある。

 まず見る。

 男は墓石の間を通り、崩れかけた礼拝堂へ入った。

 しばらく何も起きない。

 やがて、礼拝堂の窓に小さな明かりが灯った。

 その光が下へ移動する。

 地下へ続く階段がある。

 報酬で見た場所だ。

 男は地下へ下りた。

「証拠を隠した人間か」

 それとも。

「証拠を消しに来た人間か」

 今すぐ確かめたい。

 だが、相手が一人とは限らない。

 俺は剣の柄から手を離した。

 まだ入らない。

 出てくるまで待つ。

 どれほど時間が経ったのか。

 礼拝堂の地下で、もう一つ明かりが灯った。

 最初の光とは離れた場所。

 中には、少なくとも二人いる。

 俺は暗闇の中で、共同墓地を見つめ続けた。


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