第15話 結界を背に
テントの入口を開いた瞬間、鉄牙百足たちが一斉に動いた。
岩の小部屋を、無数の脚が擦る。
細長い身体。
黒鉄のような外殻。
頭部から突き出した二本の牙が、弱い灯りを反射していた。
一体、二体。
奥に重なっている個体まで数える。
「十二体か」
鉱殻蟻や石角兎と同じ数だ。
ローデン地下迷宮では、同じ種類の魔物が群れを作ることが多いらしい。
俺が結界の外へ足を踏み出すと、一番近くにいた鉄牙百足が牙を開いた。
地面を這う速度は速い。
剣を振り下ろす。
鋼鉄の刃が、頭部の外殻へ直撃した。
甲高い音が響く。
「硬いな」
剣は弾かれた。
外殻には浅い傷しかついていない。
鉄牙百足は身体を大きく曲げ、俺の足首へ噛みつこうとする。
横へ跳んで避けた。
別の二体が、左右から迫っている。
一体へ剣を向ければ、もう一体に脚を噛まれる。
後退する。
俺の背中が、テントの結界を通過した。
鉄牙百足は止まらない。
開いた牙を俺へ向け、そのまま結界へ突っ込んだ。
淡い光が弾ける。
鉄牙百足の身体が宙へ浮き、岩の床へ転がった。
腹部が露出する。
俺は再び結界の外へ出た。
外殻の隙間へ、剣先を突き込む。
硬い背中とは違い、腹部には抵抗がなかった。
刃が深く沈む。
鉄牙百足が脚を激しく動かしたあと、力を失った。
胸の奥に、神の祝福が流れ込む。
《鉄牙百足を初めて討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《ローデン地下迷宮討伐記録:3/7》
《所持ガチャ券:五枚》
残り十一体。
周囲の鉄牙百足が、一斉に牙を鳴らした。
仲間を殺されたことを理解しているのか、先ほどまでより動きが激しい。
三体が正面から迫る。
さらに二体が、テントの左右へ回り込もうとしていた。
結界の内側に入れば、弱い魔物は俺へ触れられない。
だが、鉄牙百足が弾かれるたびに、魔石の力は消費される。
何度でも頼れるわけではない。
俺は正面の一体へ踏み込んだ。
牙が足へ向けられる。
剣で牙を受け流し、身体の横へ回る。
外殻の隙間は狭い。
それでも、身体を曲げた瞬間には継ぎ目が開く。
剣先を脚の付け根へ突き立てた。
一本。
二本。
脚を失った鉄牙百足の身体が、片側へ傾く。
剣を外殻の下へ滑り込ませ、そのまま腹部を裂いた。
二体目。
右から迫った一体が、俺の脛へ身体を巻きつけた。
硬い脚が革鎧を掴む。
鉄の牙が開いた。
「させるか」
噛みつかれる前に、脚ごと岩壁へ叩きつけた。
一度では離れない。
二度。
三度。
鉄牙百足の脚が緩んだ瞬間、地面へ振り落とす。
裏返った腹へ剣を突き刺した。
三体目。
だが、その間に別の一体が背後へ回っていた。
《危険察知》が強く反応する。
振り向くより先に、前へ転がった。
鉄牙が外套を引き裂く。
俺がいた場所を通り抜けた鉄牙百足は、そのままテントの結界へ触れた。
光の膜が現れる。
身体を弾かれ、壁へ激突した。
立ち上がる前に、首の下へ剣を入れる。
四体目。
結界を背にすれば、完全に囲まれることはない。
危険になれば、一度内側へ戻れる。
だが、結界に頼っているだけでは強くなれない。
俺はテントから離れすぎない位置で剣を構えた。
鉄牙百足が二体、並んで突進する。
一体目の牙を剣で横へ逸らす。
続く二体目の頭へ足を置き、踏み台にして跳んだ。
二体の背後へ着地する。
振り向く前に、一体の脚をまとめて斬った。
動きを失った個体を蹴り、もう一体へぶつける。
絡み合った身体が地面へ倒れた。
外殻の継ぎ目へ、続けて剣を突き立てる。
五体目。
六体目。
残り六体。
戦い方は分かった。
正面から外殻を斬る必要はない。
牙を避ける。
脚を奪う。
裏返すか、身体を曲げたところで継ぎ目を狙う。
七体目が、岩壁を這い上がった。
頭上から落ちてくる。
俺は横へ避け、着地した直後の身体を蹴り上げた。
鉄牙百足が仰向けになる。
腹部を斬る。
七体目。
八体目は、牙を剣へ噛みつかせた。
鉱殻蟻と同じだ。
強く引けば、剣を奪われる。
俺は逆に剣を押し込んだ。
鉄牙百足の頭を地面へ押さえつける。
片足で首の付け根を踏み、剣を捻った。
牙が外れる。
そのまま首の継ぎ目を斬った。
八体目。
九体目が、横から身体を巻きつけようとする。
俺は後退し、わざと結界の近くまで引きつけた。
鉄牙が届く直前に、結界の内側へ入る。
魔物の身体が光に弾かれた。
だが、先ほどまでより結界の輝きが弱い。
魔石の力が減っている。
これ以上、無駄には使えない。
転倒した鉄牙百足へ走る。
腹部へ剣を突き刺した。
九体目。
残り三体が、同時に動いた。
正面から二体。
右の壁から一体。
俺は正面の二体へ向かって踏み込む。
一体目の牙を避け、剣で脚を斬る。
その身体を蹴って進路を変え、二体目の突進を遮った。
魔物同士が衝突する。
右から来た一体だけが、俺の背後へ回った。
《危険察知》が反応する。
振り返りながら剣を振った。
刃が鉄牙の一本へ当たる。
牙の先端が欠け、岩の上へ落ちた。
素材としての価値は下がるだろう。
だが、命には代えられない。
もう一度剣を振り、頭部ではなく前脚を断つ。
鉄牙百足がよろめいた。
身体を横から蹴り、仰向けにする。
腹部へ剣を突き立てた。
十体目。
《鉄牙百足を十体討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《所持ガチャ券:六枚》
残り二体。
衝突した鉄牙百足たちが、絡んだ身体をほどいている。
俺は先に、脚を傷めた個体へ近づいた。
首の継ぎ目へ剣を振り下ろす。
十一体目。
最後の一体が牙を開いた。
逃げる様子はない。
細長い身体を大きく曲げ、地面を蹴るようにして飛びかかってきた。
俺は剣を正面に構えた。
鉄牙が刃を挟む。
衝撃で腕が痺れた。
それでも剣は離さない。
俺は身体ごと横へ回った。
鉄牙百足の勢いを利用し、岩の床へ投げ落とす。
身体が半回転する。
腹部が見えた。
剣を引き抜き、外殻の隙間へ深く突き刺す。
十二体目。
無数に動いていた脚が、ゆっくりと止まった。
岩の小部屋に静けさが戻る。
俺は剣を下ろし、息を吐いた。
テントの結界は、まだ残っている。
だが、最初よりも光が薄い。
「使い方を間違えれば、魔石がいくつあっても足りないな」
結界は、弱い魔物から俺を守ってくれる。
ただし無限ではない。
眠るための安全を守るものだ。
戦える状態で、すべて結界へ任せるべきではない。
◇
まず、十二個の魔石を回収した。
そのうち数個を、すぐに《魔法のテント》へ補充する。
《魔法のテントへ魔石を補充しました》
《障壁出力が回復しました》
薄くなっていた結界の光が戻る。
残りの魔石は《収納》へ入れた。
次に鉄牙を外していく。
折れたり、剣で傷つけたりしたものは残す。
状態の良い牙だけを根元から切り取り、油布へ包んだ。
外殻は大きい。
すべて持ち帰れば、《収納》を圧迫する。
傷の少ない部分だけを、小刀で切り取った。
鉱殻蟻の大顎。
石角兎の角。
鉄牙百足の牙。
小さく、価値のある素材が少しずつ増えている。
これを町へ持ち帰れば、次の食料や薬を買える。
復讐には力が必要だ。
だが、力を得るために生き続けるには、金も必要になる。
血と体液で汚れた剣と手袋を、《生活魔法》の水で洗う。
小部屋の入口へ張った紐と鈴も確認した。
壊れてはいない。
テントへ戻り、革鎧を脱ぐ。
脇腹の傷は開いていなかった。
脚にも、鉄牙が革を掠めた跡があるだけだ。
新しい傷を作らずに十二体を倒せた。
俺は剣を手の届く位置へ置き、再び横になった。
外には魔物の死骸が残っている。
別の魔物が近づくかもしれない。
だが、弱い魔物なら結界を越えられない。
魔石も補充した。
今度こそ、朝まで眠れる。
◇
目を開けたとき、鈴は鳴っていなかった。
テントの灯りを強くする。
傷の痛みは残っているが、昨日よりは軽い。
硬焼きパンとチーズを食べ、水を飲む。
独房にいた頃は、朝が来ても何も始まらなかった。
次に食事が出されるまで、壁を見るだけだった。
今は違う。
今日倒す魔物を自分で選べる。
進む道も、休む時間も、自分で決められる。
食事を終え、道具を片づけた。
外へ出る。
鉄牙百足の死骸は、半分ほど迷宮へ吸収されていた。
残った魔石や素材はないことを確認する。
入口の紐と鈴を外し、《魔法のテント》を収納した。
《ローデン地下迷宮討伐記録:3/7》
《所持ガチャ券:六枚》
《復讐達成率:8%》
十一連ガチャまで、あと四枚。
残る魔物は四種類。
俺は剣を腰へ差し、昨日よりも迷宮の奥へ進んだ。
◇
通路の幅が、少しずつ広くなっていく。
壁に設置された灯りの間隔も長くなっていた。
足元には、ほかの冒険者が残した靴跡がある。
だが、新しいものは少ない。
Fランク冒険者が活動する範囲から、離れ始めているのだろう。
岩壁に、大きな引っかき傷を見つけた。
四本の爪。
近くには、灰色の鱗が一枚落ちている。
資料で見た形と同じだ。
「洞窟蜥蜴か」
売却対象は、皮と尾。
皮を傷つけずに倒すなら、頭か首を狙う必要がある。
危険を感じると、自分で尾を切り離して逃げる。
逃がさないためには、一撃目で動きを止めるべきだ。
俺は剣を抜いた。
通路の先を確認する。
何もいない。
だが、《危険察知》が反応していた。
前方だけではない。
後ろ。
俺は身体を沈めた。
頭上を、大きな顎が通過する。
振り返る。
岩壁だと思っていた場所から、灰色の蜥蜴が飛び出していた。
体長は、人間の背丈よりも長い。
皮膚の色と模様が岩に似ている。
壁へ張りつき、獲物が通り過ぎるのを待っていたらしい。
洞窟蜥蜴が着地する。
すぐに振り返り、口を大きく開いた。
並んだ牙が、俺の腕を狙う。
横へ避ける。
顎が閉じる音が響いた。
俺は首へ剣を振る。
洞窟蜥蜴が頭を下げた。
刃は首を外れ、背中を浅く切る。
「ちっ」
皮へ傷をつけてしまった。
洞窟蜥蜴が、太い尾を振る。
腕で受ける。
強い衝撃で身体が横へ流された。
壁へ肩をぶつける。
洞窟蜥蜴は、こちらへ追撃しなかった。
背を向けて走り出す。
逃げるつもりだ。
俺は追いかけた。
洞窟蜥蜴の後脚は太く、見た目以上に速い。
距離が少しずつ開く。
次の瞬間、洞窟蜥蜴の尾が根元から切れた。
地面へ落ちた尾が、まるで生きているように激しく動く。
一瞬、足元へ意識を奪われた。
その隙に逃げるつもりか。
俺は動く尾を無視した。
洞窟蜥蜴だけを追う。
通路が曲がる直前で、距離を詰めた。
後脚へ剣を振る。
腱を切られた洞窟蜥蜴が、前のめりに倒れた。
地面を掻き、逃げようとする。
俺は首の横へ回った。
今度は外さない。
鋼鉄の剣を、首の付け根へ振り下ろす。
骨を断つ感触。
洞窟蜥蜴の頭が地面へ落ちた。
胸の奥へ、大きな祝福が流れ込む。
《洞窟蜥蜴を初めて討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《ローデン地下迷宮討伐記録:4/7》
《所持ガチャ券:七枚》
残り三種類。
ガチャ券は、あと三枚。
洞窟蜥蜴の魔石を回収する。
切り離された尾は、まだ動いていた。
資料によれば、尾も売却できる。
自分で切り離したため、切断面もきれいだ。
尾を油布へ包み、《収納》へ入れる。
背中の皮は俺が傷つけた。
それでも、無傷の部分は残っている。
解体を始めようとしたとき、《危険察知》が反応した。
一方向ではない。
周囲すべて。
俺は小刀を戻し、剣を握った。
岩壁の色が、ゆっくりと変わっていく。
一枚の岩だと思っていた場所から、巨大な目が開いた。
別の壁からも。
天井からも。
擬態を解いた洞窟蜥蜴たちが、次々と姿を現す。
一体。
三体。
五体。
十体。
最初に倒した一体を含めれば、十一体になる。
十体討伐まで、残り九体。
十一連ガチャまで、あと三枚。
俺は鋼鉄の剣を構えた。
「十体いるなら、ちょうどいい」
洞窟蜥蜴たちが、一斉に岩壁を蹴った。




