第13話 ローデン地下迷宮
翌朝、俺は旧店舗を離れ、冒険者ギルドへ向かった。
マリエルへ送られた手紙は、金属箱ごと《収納》へ入れてある。
ヴァルドが妻へ執着し、拒絶された末に俺たちを脅していた証拠。
殺害当日に店へ向かうと書かれた手紙まで残っている。
だが、これだけでは足りない。
ヴァルドがマリエルを殺した瞬間を証明するものではない。
奴に協力した人間も、俺を犯人に仕立て上げた方法も分かっていない。
証拠を探すにも、ヴァルドを倒すにも、今の俺には力が必要だ。
その力を得るためには、再びダンジョンへ入らなければならない。
◇
冒険者ギルドは、七年前と同じ場所に建っていた。
石造りの大きな建物。
入口の上には、剣と盾を重ねた紋章が掲げられている。
扉を開けると、酒と汗、革を手入れする油の匂いが鼻へ入った。
依頼票が貼られた壁。
素材を運ぶ職員。
武器を腰に下げ、仲間と話している冒険者たち。
俺は投獄される前、冒険者ではなかった。
マリエルと小さな店を営んでいた、ただの町人だ。
剣を握ることはあっても、それは護身のためだった。
今では、その剣を使って魔物を殺している。
俺は受付の列へ並んだ。
順番が来ると、茶色い髪を後ろでまとめた女性が顔を上げた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「冒険者として登録したい」
「新規登録ですね。身分証明書はお持ちですか?」
盗賊から奪った身分証を取り出す。
受付の女性は、記された内容と俺の顔を交互に確認した。
「シュナイダーさんですね」
「ああ」
呼ばれても、もう反応に遅れることはない。
この町へ入ってから、何度も使った名だ。
本当の俺の名前は、妻を殺して脱獄した罪人として手配書に書かれている。
ヴァルドを追い詰めるまでは、シュナイダーとして生きる。
「ほかの町で冒険者登録をしたことはありますか?」
「ない」
「では、最下位のFランクからとなります。登録料は銀貨一枚です」
ガチャで手に入れた銀貨を一枚置く。
女性から渡された書類へ、身分証と同じ名前と年齢を書いた。
使用武器の欄には、剣。
「戦闘経験はありますか?」
「旅の途中で、魔物に何度か襲われた」
「討伐できましたか?」
「ああ」
嘘ではない。
討伐した数と場所を話していないだけだ。
「分かりました。こちらが基本規則になります」
依頼を達成すれば実績が記録される。
実績と実力が認められれば、Eランク以上へ昇格できる。
階級によって受けられる依頼や、ギルドが推奨するダンジョンの範囲も変わる。
冒険者同士の窃盗や暴力は禁止。
ダンジョン内での負傷や死亡は、原則として自己責任。
一通りの説明が終わると、小さな金属板が差し出された。
《氏名:シュナイダー》
《冒険者ランク:F》
「こちらが冒険者証です。身分証明書としても使用できますので、紛失しないようにしてください」
「分かった」
俺は冒険者証を懐へ入れた。
これで、ダンジョンへ入るための身分は手に入った。
「ローデン地下迷宮について知りたい」
「これから向かわれるのですか?」
「ああ。二泊か三泊するつもりだ」
「Fランクの方でしたら、最初は第一層での活動を推奨します。下層へ進むほど、魔物も強くなりますから」
「迷宮に出る魔物と、売れる素材を調べたい」
受付の女性が壁際の棚を指した。
「ローデン地下迷宮の資料は、あちらにあります。解体方法も載っていますよ」
俺は礼を言い、資料棚へ向かった。
目的は、これから倒す魔物の素材を無駄にしないためだ。
魔石は売らない。
すべて《魔法のテント》へ使う。
代わりに、牙や甲殻などを持ち帰り、活動資金へ変える。
棚から《ローデン地下迷宮・魔物素材一覧》と書かれた冊子を取り出した。
最初のページには、迷宮に生息する七種類の魔物が描かれている。
《鉱殻蟻》
《石角兎》
《洞窟蜥蜴》
《鉄牙百足》
《鎧甲虫》
《岩喰い山羊》
《黒鉱蠍》
ボスと呼ばれる特別な魔物は存在しない。
七種類の魔物が、階層や場所によって生息しているらしい。
俺の視界にも、表示が浮かんだ。
《ローデン地下迷宮討伐記録:0/7》
ここでも、すべての種類を倒せば報酬を得られる。
まずは第一層に多く出現する魔物を調べる。
《鉱殻蟻》
《売却対象:大顎、背部甲殻》
《腹部から噴き出す体液は強い臭いを持つ》
《素材を回収する場合は腹部を傷つけず、頭部または脚の関節を狙うこと》
大顎と背中の甲殻。
狙う場所は、頭部と脚の付け根。
腹部へ剣を入れれば倒しやすいが、素材の価値は落ちる。
次に、《石角兎》の項目を読む。
《売却対象:額の角、毛皮、後脚》
《角の根元を砕くと価値が大きく低下する》
《高い跳躍力を持つため、正面からの突進に注意》
《洞窟蜥蜴》は皮と尾。
《鉄牙百足》は牙と外殻。
《鎧甲虫》は傷の少ない甲殻が高値になる。
《岩喰い山羊》は角と毛皮。
《黒鉱蠍》は毒針、鋏、甲殻が売却対象だった。
必要な情報を頭へ入れ、冊子を棚へ戻す。
すべてを完璧に解体する必要はない。
最初は、分かりやすい部位だけでいい。
時間をかけすぎて別の魔物に襲われれば、素材どころではなくなる。
◇
ギルドを出た俺は、冒険者向けの道具を扱う店へ向かった。
解体用の小刀。
厚い革手袋。
素材を包む油布。
大顎や爪を入れるための革袋。
細い紐と、小さな鈴も二つ買った。
ダンジョン内で《魔法のテント》を使うなら、人が近づいてきたことを知る仕掛けが必要だ。
《危険察知》は危険へ反応する。
だが、通りかかった冒険者が必ずしも危険とは限らない。
テントを見られれば面倒なことになる。
次は食料品店へ向かった。
二泊三日を想定し、硬焼きパン、干し肉、固いチーズ、乾燥豆、塩を買う。
水も革袋へ入れてもらった。
《生活魔法》で飲み水は作れる。
だが、使わずに済む魔力まで消費する必要はない。
水を失ったときの予備として使えばいい。
「三日分なら、この量で足りるか?」
「一人なら十分だ。迷宮へ行くなら、パンを二つほど余分に持っておいた方がいい」
「そうしよう」
独房では、出された物を食べるしかなかった。
量も味も、食べる時間すら選べない。
今は、三日間に何を食べるかを自分で決めている。
それだけのことに、わずかな戸惑いがあった。
追加のパンを受け取り、代金を払う。
道具と食料の一部は背負い袋へ入れた。
残りは、人目のない場所で《収納》へ移す。
何も持たずにダンジョンへ入れば、不自然に見える。
シュナイダーは、収納能力を持たない普通のFランク冒険者でなければならない。
◇
翌朝、俺は北門から町を出た。
ローデン地下迷宮は、町から歩いて半日ほどの岩山にある。
街道には、同じ方向へ向かう冒険者が何組もいた。
三人から五人ほどの集団が多い。
剣士。
盾を持った戦士。
弓を背負った者。
杖を持つ魔法使い。
一人で向かう者は少ない。
俺は歩く速度を調整し、誰とも一緒にならないよう距離を取った。
昼を過ぎた頃、岩山の麓へ到着する。
大きく開いた岩穴の前には、簡素な詰め所と露店が並んでいた。
素材を運ぶ荷車も停まっている。
入口を管理する職員へ冒険者証を渡した。
「シュナイダー、Fランク。初めてか?」
「ああ」
「第一層から下へ続く道には標識がある。Fランクなら、深くまで行かない方がいい」
「分かった」
「一人なら、ほかの冒険者が戦っている場所へ割り込むな。素材や魔石を巡る揉め事が一番多い」
「手は出さない」
冒険者証を返される。
俺は鋼鉄の剣を抜き、暗い入口へ足を踏み入れた。
最初の野良ダンジョンとは違い、壁には一定の間隔で灯りが置かれている。
地面にも大勢の足跡が残っていた。
入口付近には、魔物の姿がない。
多くの冒険者が通るため、出現してもすぐに狩られるのだろう。
俺は人の声が聞こえなくなるまで進んだ。
分かれ道では、通路の広さと足跡を確認する。
人が少ない道を選ぶ。
しばらく進んだところで、《危険察知》が反応した。
足を止める。
前方の地面から、硬い物が擦れ合う音が聞こえた。
何か一体ではない。
音が重なっている。
俺は壁際へ寄り、剣を構えた。
暗い通路の奥から、黒い影が現れる。
大型犬ほどの蟻だった。
黒褐色の甲殻。
岩を砕けそうな大顎。
その後ろから、さらに一体。
三体。
五体。
次々と姿を現す。
最後尾まで数える。
「十三体か」
最初から、大群だった。
鉱殻蟻が大顎を鳴らす。
一体が走り出すと、残りも一斉にこちらへ向かってきた。
通路の幅では、同時に襲いかかれるのは三体ほど。
包囲される前に、数を減らす。
先頭の一体が大顎を開いた。
俺は身体を半歩ずらし、正面から振り下ろした。
鋼鉄の剣が、頭部と胴体の間へ食い込む。
甲殻の継ぎ目を断ち切った。
鉱殻蟻が地面へ倒れる。
胸の奥に、熱が生まれた。
初めて倒す魔物から得られる、大きな祝福。
身体の中へ力が広がっていく。
《鉱殻蟻を初めて討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
《ローデン地下迷宮討伐記録:1/7》
表示を最後まで読む時間はない。
二体目が、倒れた仲間を乗り越えてくる。
大顎が剣へ噛みついた。
強い力で刃を挟み込まれる。
俺は無理に引かなかった。
逆に、一歩踏み込む。
鉱殻蟻の頭を剣ごと地面へ押し下げ、足で前脚の関節を踏みつけた。
硬い音とともに脚が折れる。
剣を捻って大顎から抜き、首の継ぎ目へ突き刺した。
二体目。
三体目が横から迫る。
腹部を狙えば簡単に刃が通りそうだった。
だが、腹を破れば素材へ臭いが移る。
俺は突進を避け、横を通り抜けざまに脚を一本切断した。
体勢を崩したところへ、首を斬る。
三体。
後ろの蟻が、倒れた仲間の身体につまずいた。
その一瞬を逃さない。
頭部の下へ剣を滑り込ませ、続けて二体を倒す。
五体。
最初の野良ダンジョンへ入った頃なら、すでに息が切れていただろう。
今は違う。
大爪熊を倒し、六種類の魔物を討伐した。
コンプリート報酬によって、身体は投獄前の状態まで戻っている。
さらに、魔物を倒すたび神の祝福が積み重なっていく。
剣を振るう速度。
足の運び。
敵の攻撃を見てから反応するまでの時間。
わずかずつだが、確実に良くなっている。
六体目の大顎を受け流す。
背中の甲殻を傷つけないよう、脚の付け根へ刃を入れた。
七体。
八体。
九体。
残る四体が、倒れた仲間を避けて左右へ広がった。
狭い通路の中で、こちらを囲もうとしている。
ただ突進するだけではない。
群れで獲物を追い詰める知恵があるらしい。
俺は後退し、壁から少し離れた。
右の一体が先に動く。
その突進を直前まで引きつけ、横へ避けた。
鉱殻蟻は止まりきれず、頭部を岩壁へ叩きつける。
背後から首へ剣を振り下ろした。
十体目。
《鉱殻蟻を十体討伐しました》
《ガチャ券を一枚獲得しました》
残り三体。
最初の一体が倒れたときより、動きが軽くなっている。
祝福を得た身体が、戦いの中で剣の使い方を覚えていく。
一体の前脚を斬り、倒れた身体を盾にする。
大顎が仲間の甲殻へ食い込んだ。
動きを止めた二体の首を、続けて断つ。
最後の一体が背を向けた。
逃げるつもりなのか、仲間を呼ぶつもりなのかは分からない。
俺は追いつき、後脚の関節を斬った。
地面へ崩れた鉱殻蟻の首へ剣を入れる。
十三体目。
通路に静けさが戻った。
呼吸を整えながら、周囲を見回す。
《危険察知》に反応はない。
《所持ガチャ券:二枚》
《ローデン地下迷宮討伐記録:1/7》
十三体を倒して、ガチャ券は二枚。
残り六種類。
俺は剣についた体液を拭き取り、解体用の小刀を取り出した。
まず魔石を回収する。
小さな魔石が十三個。
これは売らない。
《魔法のテント》を維持し、成長させるために使う。
次に、大顎を根元から切り取る。
冊子で読んだ通り、頭部の内側へ小刀を入れ、筋を切る。
最初の一つは、余計な傷をつけてしまった。
二つ目は少しきれいに外せた。
三つ目になると、刃を入れる位置が分かってくる。
背部甲殻も、傷の少ないものだけを切り取った。
十三体すべてを完璧に解体する必要はない。
時間をかけすぎれば、別の魔物が寄ってくる。
状態の良い大顎と甲殻を選び、油布で包んだ。
人が来る可能性を考え、一度は背負い袋へ入れる。
その後、足音が聞こえないことを確認してから《収納》へ移した。
「魔石は力に。素材は金に」
どちらも、今の俺には必要だ。
解体を終える頃には、手袋が体液で汚れていた。
《生活魔法》の水で軽く洗い、臭いを落とす。
俺は立ち上がり、再び剣を握った。
十三体を倒しても、まだ一種類目だ。
この迷宮には、あと六種類の魔物がいる。
ローデン地下迷宮の奥へ続く通路を進む。
しばらくすると、前方の岩陰から何かが飛び出した。
小さな影。
だが、その速度は鉱殻蟻よりも速い。
額から伸びた石の角が、まっすぐ俺の胸を狙っていた。
《危険察知》が強く反応する。
俺は剣を構え、突進を迎え撃った。
次の獲物は、《石角兎》だった。




