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【Amazonで発売中!】妻殺しの冤罪で七年間独房に閉じ込められた俺、脱獄後にダンジョンガチャで復讐を果たす  作者: 月瀬 リュカ


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第10話 出口の見張り

 背筋を撫でた冷たい感覚に従い、俺は足を止めた。

 ダンジョンの出口までは、あと十歩もない。

 外から差し込む光が、暗い岩肌を薄く照らしている。

 兵士の姿は見えない。

 足音も話し声も聞こえなかった。

 それでも、《危険察知》は消えない。

 俺は鋼鉄の剣から手を離し、姿勢を低くした。

 何が危険なのか。

 敵が隠れているのか。

 罠が仕掛けられているのか。

 《危険察知》が教えてくれるのは、危険が存在するという事実だけだ。

 その正体までは分からない。

 俺は足元から順番に調べた。

 岩。

 砂。

 枯れ葉。

 一見すると、何も不自然なところはない。

 だが、入口のすぐ手前で、細いものが光を反射した。

「糸か」

 膝ほどの高さに、細い糸が張られている。

 毒脚蜘蛛の糸ではない。

 人間が使う、普通の細紐だ。

 片方は岩の陰へ伸びていた。

 視線で追うと、その先に小さな鈴が隠されている。

 糸へ足を引っかければ、鈴が鳴る。

 ダンジョンから何かが出てきたと、外にいる者へ知らせる仕掛けだ。

 危険察知がなければ、気づかず触れていたかもしれない。

 俺は糸を跨がず、その場へ伏せた。

 地面へ身体を近づけ、入口の外を覗く。

 人影はない。

 少し離れた場所に、消えかけた焚き火があった。

 灰の一部から、まだ細い煙が上がっている。

 周囲には切り落とされた枝と、食べ終えた保存食の包み。

 木の幹には、馬をつないだと思われる縄の痕が残されていた。

 誰かが、つい先ほどまでここにいた。

 完全に監視をやめたわけではない。

 俺は入口付近の地面を観察した。

 複数の靴跡がある。

 だが、人数は多くない。

 同じ形の足跡が何度も重なっている。

 大勢が駐留しているのではなく、少人数が繰り返し出入りしているようだ。

 馬の蹄の跡も、街道の方向へ続いていた。

 兵士が巡回している。

 そう考えた直後、遠くから蹄の音が聞こえた。

 俺は身体を後ろへ引いた。

 入口から光の届かない岩陰へ移動する。

 鋼鉄の剣を抜き、地面と平行に構えた。

 蹄の音が近づいてくる。

 二頭。

 やがて馬が止まり、革の軋む音がした。

「異常はないか?」

「見れば分かるだろ。鈴も鳴っていない」

 男たちの声。

 兵士は二人らしい。

 俺は呼吸を抑え、会話へ耳を澄ませた。

「本当に、まだ見張る必要があるのか?」

「命令だ。明日の朝までは定期的に確認する」

「ダンジョンに入ってから何日経ったと思ってる。食料もろくに持っていなかったんだろ?」

「盗賊の荷物を奪った可能性がある」

「それでも、中にはあの熊がいる。昨日も咆哮が聞こえたじゃないか」

 大爪熊のことだ。

 俺が倒したことを、兵士たちは知らない。

「脱獄囚が生きているとは思えん。熊に食われたか、ほかの魔物の餌になったんだろ」

「遺体を確認していない」

「なら、お前が中へ入って確認するか?」

 しばらく沈黙が続いた。

「……いや」

「俺も嫌だ。上の連中だって本気で探す気はない。大規模な捜索は昨日で終わった。俺たちは、明日まで入口を見ておけばいい」

「見つからなければ?」

「野良ダンジョン内で死亡。魔物に捕食され、遺体の回収は不可能。それで報告は終わりだ」

 俺は岩陰で、静かに息を吐いた。

 大規模な捜索は終わっている。

 残っているのは、交代で入口を確認する二人だけ。

 明日の朝になれば、それも終わる。

 今ここで兵士を殺せば、逃げたことが知られる。

 死体が発見されれば、捜索は再開されるだろう。

 旧店舗へ向かうことも難しくなる。

 兵士たちは俺を追っている。

 だからといって、妻を殺した者ではない。

 俺を七年間独房へ閉じ込めた当人でもない。

 人間を殺しても、神の祝福は得られない。

 何より、復讐の邪魔になる殺しをする理由がなかった。

 俺は剣を下ろした。

 外で足音がする。

 一人が入口へ近づいてきた。

 危険察知の反応が強くなる。

「糸は切れていないな」

 兵士が鈴へつながる糸を持ち上げたらしい。

「ああ。中から何か出れば鳴るはずだ」

「小さな魔物が引っかかるんじゃないか?」

「それなら鈴が鳴ったあと、足跡が残る。今のところ何もない」

 糸が軽く揺れた。

 俺は身動き一つせず、岩陰へ身体を押しつけた。

 兵士が気まぐれで数歩でも中へ入れば、見つかる距離だ。

「念のため、少し覗いてみるか?」

「冗談はやめろ」

 もう一人が即座に答えた。

「暗い野良ダンジョンだぞ。何が潜んでいるか分からん。脱獄囚一人のために命を捨てるつもりはない」

「しかし、死んだ証拠がない」

「生きていたとしても、外へ出れば鈴が鳴る。俺たちはそれを確認すればいい」

 足音が入口から離れていく。

 危険察知の反応も、少し弱まった。

 二人は消えかけていた焚き火へ薪を足した。

 火が弾ける音がする。

 すぐに去るつもりではないらしい。

 俺は剣を鞘へ戻し、岩壁へ背中を預けた。

 待つ。

 独房で七年間、俺は待つことだけは覚えた。

 食事が運ばれてくるのを待った。

 看守が去るのを待った。

 痛みが治まるのを待った。

 何も変わらない明日が来るのを、ただ待ち続けた。

 だが、今は違う。

 目的のために待っている。

 外へ出るため。

 証拠を手に入れるため。

 あの男へ近づくため。

 しばらくすると、兵士たちが立ち上がった。

「次は日が沈む前か」

「ああ。今夜と明日の朝を確認すれば終わりだ」

「早く街へ戻りたいものだ」

 二人が馬へ乗る。

 蹄の音が、ゆっくり遠ざかっていった。

 それでも俺は動かなかった。

 兵士たちが引き返してくる可能性もある。

 蹄の音が聞こえなくなってからも、息を潜めて待つ。

 やがて、背筋に残っていた冷たさが消えた。

 危険察知の反応がない。

 俺は立ち上がり、警報用の糸へ近づいた。

 剣で切るのは簡単だ。

 だが、切れた糸を見れば、次に戻った兵士が異変へ気づく。

 俺は鈴の近くにある結び目を調べた。

 複雑ではない。

 糸を緩め、身体が通れるだけの隙間を作る。

 まず荷物のない腕を通す。

 続いて頭。

 腰の剣が触れないよう、身体を横へ向けた。

 最後に足を抜く。

 糸へ触れたが、鈴は鳴らなかった。

 俺はダンジョンの外へ出た。

 森の空気が頬へ触れる。

 木々の間を風が通り抜け、葉が擦れ合う。

 鳥の声が聞こえた。

 頭上には、石の天井ではなく空がある。

 脱獄した直後にも、同じ森を走った。

 だが、あのときは空を見る余裕などなかった。

 追手から逃げることだけを考え、泥と獣の糞を身体へ塗りつけて、必死に息を殺していた。

 今は、自分の意思で外へ出た。

 俺は一度だけ深く息を吸った。

 湿った土。

 草。

 木の匂い。

 独房にはなかった、生きている世界の匂いだ。

 感傷に浸っている時間はない。

 俺は鈴の糸を元どおりに結び直した。

 離れて確認する。

 見た目に不自然なところはない。

 兵士たちは、次の巡回まで俺が外へ出たことに気づかないだろう。

 焚き火を避け、足跡の少ない場所から森の奥へ入った。

 十分に距離を取ってから、《生活魔法》を使う。

 身体と衣服についた血や汚れが消えていく。

 防具に染みついていた魔物の臭いも薄れた。

 消費した魔力は大きくない。

 それでも、連続して使えば危険だ。

 必要な部分だけを清潔にし、魔法を止める。

 鋼鉄の剣は鞘ごと布で包んだ。

 上質な剣を堂々と持ち歩けば、盗賊に狙われる可能性がある。

 何より、追われている男が新しい装備を持っていると知られたくない。

 俺は《収納》から、盗賊の荷物に入っていた身分証を取り出した。

 そこに書かれた名前を、改めて目で追う。

 これからは、この男として街へ入る。

 顔には、自分で焼いた火傷痕が残っている。

 身体も七年前より傷だらけだ。

 当時の俺を知る者が見ても、すぐに同一人物とは気づかないだろう。

 だが、油断はしない。

 妻と暮らしていた街には、俺の顔を覚えている者がいるかもしれない。

 身分証を懐へ戻し、《復讐の手がかり》を確認する。

《七年前の事件に関する未回収の証拠が存在します》

《所在地:旧店舗地下保管庫》

《復讐達成率:0%》

 復讐達成率は、まだ零のまま。

 証拠の場所を知っただけでは、何も果たしていないということだ。

 旧店舗が今も残っているかは分からない。

 別の誰かが使っているかもしれない。

 地下保管庫が兵士に調べられている可能性もある。

 証拠が七年間そのまま残っている保証もない。

 いきなり店へ向かうのは危険だ。

 まずは街の様子を調べる。

 俺が殺したことにされた妻の事件が、現在どう扱われているのか。

 店がどうなったのか。

 そして、あの男が今どこにいるのか。

 知らなければならないことは多い。

 俺は街道を避け、木々の間を進んだ。

 投獄前の身体を取り戻したことで、足取りは軽い。

 右脚にはまだ灰牙狼の傷が残っているが、歩くことに支障はなかった。

 しばらく進んだところで、遠くから蹄の音が聞こえた。

 俺は木の陰へ隠れる。

 先ほどの兵士たちが、街道を走っていくのが見えた。

 危険察知は反応しない。

 こちらに気づいていない。

 兵士たちが見えなくなるまで待ち、再び歩き出した。

 森の中を進むうちに、空が赤く染まり始める。

 やがて木々が途切れ、視界が開けた。

 高台の下に、広い平原が伸びている。

 その先に、石造りの城壁が見えた。

 七年前、妻と暮らしていた街。

 俺の日常があり、妻の笑顔があり、生まれてくるはずだった子供がいた場所。

 すべてを奪われた場所。

 城壁の向こうには、いくつもの煙が上がっている。

 人々は七年前と変わらず、店を開き、食事を作り、家族と暮らしているのだろう。

 俺だけが、あの日から止まっていた。

「戻ってきたぞ」

 誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 妻か。

 俺を罪人にした者たちか。

 それとも、今もどこかで生きている真犯人か。

 俺が脱獄し、生きてここまで戻ったことを、まだ誰も知らない。

 あの男も知らない。

 俺は火傷痕の残る顔を布で隠した。

 旧店舗の地下に、何が残されているのか。

 まずは店の現状を調べる。

 そして必ず、七年前の証拠を手に入れる。

 夕暮れの中、俺は街へ続く道を見下ろした。


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