【8話】ドラゴンステーキ
客の来ない午後だった。
魔法道具店ラウンレイフィには、当たり前のように退屈が支配している。
客が来ない。
扉も鳴らない。
棚の魔道具は静かに光っている。
窓の外では、夜の来ない島にいつもの光が降りている。
ラウンレイフィ……レイは、少し寂しくなった棚を見ながら、次に置く品を考えていた。
眠らぬ梟の像。
眠る猫の像。
灯火用カードスペル。
道標のカードスペル。
拘束用カードスペル。
最近は消耗品と護身具が多い。
もう少し、見た目で楽しいものを置いてもいいかもしれない。
:次は何作るんだろ
:武器は世界の均衡が崩れるらしいから
:じゃあ置物?
:動物モチーフとかどうですか
:猫型セキュリティの続き見たい
:ドラゴンの置物とか
「ドラゴンですか……」
レイは少し考えた。
ドラゴンの置物。
翼を畳んで眠る小さな竜。
危険を察知すると目を開ける。
あるいは、魔力を吸って部屋の空気を整える。
見た目としては悪くない。
:ドラゴンって、実在しますか?
:異世界なら居てほしい
:美味しいのかな
:急に食べるな
:でも気になる
「いますよ、ドラゴン」
:いるんだ
:やっぱりいるのか
:ファンタジーの王道
:東洋風? 西洋風?
:強いのか?
:ステーキにして食べたら美味しい?
「食べるという発想は……そうですね……」
レイは少しだけ言葉を選んだ。
「まず、ドラゴンの肉はおすすめしません」
:食べたことある言い方
:あるの?
:まずいの?
:おすすめしないってことは食えるの?
「美味しくありません。血生臭い上に、個体によっては呪いを持っている場合もあります」
レイはさらりと言った。
:呪い
:食材にあっていい単語じゃない
:火を通せば駄目かな?
:フグみたいに可食部に分けたり下処理しても無理?
:怖い
:でも、言い方的に少しなら食べられる?
「皆様がそこまで、ドラゴン肉に憧れる意味が分かりませんが……」
:創作だと、ドラゴンステーキは定番なの!
:異世界グルメといえばドラゴン肉
:毒が無い個体なら、ワンチャンないかな?
:絶対うまいと思う
:ロマンがある
「まずドラゴンは、基本的に火耐性があります」
レイは、カウンターに置かれていた小さな魔石を指先で転がした。
「火に耐性を持つ魔物の肉は、死んだ後でもその性質が残るので、普通の火では焼けません」
:焼けないステーキ
:調理難易度が高すぎる
:肉が火耐性持ってるのか
:じゃあ刺身ならワンチャン!
:ドラ刺し
:生姜醤油で食べたい
:食材じゃなくて魔法素材か
「生食にも向きません」
:即答
:でも生なら火耐性関係ないじゃん
「生で食べると、体内で魔力が暴れます」
:駄目だった
:食べ物じゃない
:でもちょっと味は気になる
「一応、ドラゴンの血肉は強い回復効果があり、薬やポーションの材料にもなります。その上で腐敗もしないので、極まれに流通することはありますね」
レイは棚の上に置かれていた小瓶を手に取った。
透明な保存液の中に、赤黒い何かの肉片が沈んでいる。
肉というには硬そうで、鉱石というには生々しい。
瓶の表面には、細かな封印術式がいくつも刻まれていた。
:保存性はいいんだ
:謎肉サンプル
:まさかドラゴン?
:薬草とか魔物素材の瓶かな
:食材じゃなくて標本っぽい
:腐らない肉、異世界すごいな
レイは何事もなかったように、小瓶を棚へ戻した。
「薬として使う際は、ほんの少し溶かして使います。量によっては、幻覚や幻痛を引き起こして、最悪は死に至る場合もありますね」
:ひえ
:怖い
:ドラゴン肉、毒物扱いじゃん
:食べ物じゃなくて劇薬
:そもそも狩れるの?
「とても強いですよ。物理も魔法も最強格です」
レイは当然のように言った。
「過去に若い個体が乱獲された時期があります。今は個体数が減り、静かに暮らしていると聞きますね。人間や魔物、木や岩に姿を変えて、隠れている個体もいます」
:変身できるの?
:人間に化けてるドラゴンいるのか
:そのへん歩いてる可能性ある?
:もしかして店に来る?
:ドラゴン客フラグ
「来店される可能性はありますね」
:あるんだ
:絶対強い
:でもステーキにはできない
:店に来たらコメント欄荒れそう
:ドラゴンさん逃げて
:いや逃げるべきはこっちか
「皆様、食べる事への執念がすごいですね……」
:それはそう
:日本人は何でも食うよ
:失敗すると即死する魚とかも調理して食べる
:不味くても、どんな味かは気になる
:食べられないと言われると余計に気になる
:ドラゴンステーキ、諦めきれない
「食べられないものは、食べられません」
:でも薬になるなら少量なら
:下処理を極めれば
「そこまでして食べるものではありません」
:ドラゴン風ステーキなら?
:名前だけでも
レイはそこで少しだけ考えた。
ドラゴン風ステーキ。
ドラゴンの肉ではないが、竜を思わせる香辛料と魔法的な演出を加えた料理。
食材としては安全な魔物肉を使い、炎のような香りと、鱗に似せた焼き目をつける。
できなくはない。
できなくはないが。
「作るとは言っていません」
:先に釘刺された
:考えたでしょ
:今ちょっと考えたよね
:ドラゴン風ステーキ回、いつかお願いします
:常連限定メニューで
:店は飲食店じゃないからな
「食事を出すとしても、常連の方や、こちらが特別に必要だと判断した方に限ります。それにドラゴンは出しません」
:食への執念が勝ちつつある
:ドラゴンは無理でもドラゴン風ならワンチャン
:ドラゴンじゃないドラゴン風の肉ってなんだ
「皆様の執念は、よく分かりました」
レイは小さく息を吐く。
「ただ、本物のドラゴンは食べないでください。危険ですし、希少ですし、たぶん怒られます。ドラゴン本人に」
:そりゃそう
:食べようとしたら怒られる
:当たり前すぎる
:でもドラゴンの置物は見たい
「置物なら、安全ですね」
レイは新しい木片を手に取った。
小さな竜が、翼を畳んで眠っている姿。
侵入者を見つけると、ゆっくり目を開く。
火は吐かない。
爆発もしない。
もちろん、食べられもしない。
「では、ドラゴン型の置物を試作してみましょうか」
:やった
:ドラゴンきた
:食べられないけど勝った
:ドラゴンステーキから置物になった
:平和
:ドラゴンさんも安心
レイは彫刻刀を手に取った。
しゃっ、しゃっ、と木を削る音が、静かな店内に戻ってくる。
客の来ない午後。
魔法道具店ラウンレイフィは、今日も平和だった。
少なくとも、視聴者がドラゴンを食べる方法を真剣に考え続けていることを除けば。




