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【3話】ロウガン・ヴェルド 老冒険者と魔法の剣

 ロウガン・ヴェルドは、自分が老いたことを知っていた。


 知らないふりをしていただけである。


 若い頃は、夜明けまで剣を振っても疲れを知らなかった。

 迷宮の石床に寝転がっても翌日には体が動いたし、多少の傷なら酒を飲んで寝れば治ると思っていた。

 実際、治った。

 腕の傷も、背中の打撲も、魔物の爪で裂かれた太腿の痛みも、若い頃は明日には薄れていた。


 だが、今は違う。


 雨の日には膝が痛む。

 階段を降りる時、右足をかばう癖がついた。

 傷跡は消えず、古傷は季節の変わり目に疼く。

 長く剣を振れば肩が重くなり、若い冒険者のように連戦は利かない。


 それでもロウガンは、剣を捨てなかった。


 剣を握れなくなったら冒険者を辞める。

 そんなことを若い頃から何度も口にしていた。

 酒場で笑いながら、仲間にそう言ったこともある。

 自分がそうなる日など、遠い未来の冗談だと思っていた。


 結論から言えば、遠い未来など、気づけば足元まで来ている。


 それが人生というものなのだろう。


 ロウガンは迷宮の通路を歩いていた。

 灰色の外套の裾には土がつき、革手袋には古い傷がいくつも残っている。

 腰には、一振りの魔剣。


 派手な剣ではない。

 宝石がはめ込まれているわけでも、名工の銘が見える場所に刻まれているわけでもない。

 鞘には傷があり、柄の革は何度も巻き直されている。

 見る者が見れば、大切に手入れされていると分かる。

 だが、何も知らない若者が見れば、ただの古い剣だと思うだろう。


 それでよかった。


 若い頃のロウガンは、剣など道具だと考えていた。

 折れれば替える。

 欠ければ研ぐ。

 使えなくなれば捨てる。

 命を預けるものだからこそ、道具に感傷を挟むべきではない。


 それは間違っていない。


 今でも、間違ってはいないと思っている。


 ただ、正しさというものは、歳を取ると少しだけ形が変わるらしい。


 この剣は、ロウガンが二十代の頃から使っている。

 迷宮で拾ったものではない。

 倒した魔物から奪ったものでもない。

 ダンジョンの奥で、地図にない扉を見つけた時、そこで注文した剣だった。


 魔法道具店ラウンレイフィ。


 冒険者の間では、ダンジョン七不思議のひとつとして知られる店。

 見つけたら幸運。

 襲ったら終わり。

 そんなふうに噂されている、半ば怪談じみた魔法道具店である。


 若いロウガンは、その店に三度ほど訪れたことがある。


 一度目は、偶然だった。

 二度目は、怪我をした仲間のために治癒道具を買った。

 三度目に、この剣を注文した。


 無骨でいい。

 頑丈でいい。

 長持ちする剣が欲しい。

 見栄えも、飾りも、過剰な機能もいらない。

 迷宮の奥で折れず、持ち主の魔力に素直に応える剣がいい。


 若い頃の自分は、洒落た注文とは無縁だった。

 思い返すと少し苦笑したくなる。


 だが、出来上がった剣は、確かにその注文通りだった。


 振った分だけ斬れる。

 流した分だけ応える。

 無理をすれば軋み、雑に扱えば切れ味が落ちる。

 便利すぎず、勝手に持ち主を助けることもない。

 だからこそ、ロウガンはこの剣を信用した。


 それから、何十年も経った。


 仲間は減った。

 死んだ者もいる。

 引退した者もいる。

 酒場で武勇伝を語るだけになった者もいれば、家庭を持ち、剣を売り払った者もいる。


 ロウガンだけは、まだ迷宮に潜っていた。


 理由は単純である。


 他にやることがなかった。


 もっと格好の良い理由があればよかったのだが、事実だけ言えばそれだった。

 冒険者として生きてきた。

 他の生き方を知らない。

 なら、歩けるうちは迷宮へ行く。

 剣を握れるうちは、剣を振る。


 ただ、それだけだった。


「……鈍いな」


 ロウガンは腰の剣に手を添えた。


 最近、この剣の調子が悪い。

 刃そのものは折れていない。

 研げば切れる。

 だが、魔力の通りが悪かった。


 昔なら、魔力を流せば刃の奥まで素直に通った。

 今は違う。

 剣の中で何かが詰まっているような、細い通路に泥が溜まっているような感覚がある。

 無理に流せば動く。

 だが、このまま使い続ければ、内部から割れる。

 そんな予感があった。


 鍛冶師にも見せた。

 魔道具職人にも見せた。

 答えは、だいたい同じだった。


 修理不可。

 寿命。

 買い替えた方がいい。


 正論である。


 だが、ロウガンはその言葉を受け入れられなかった。


 剣は道具だ。

 使えなくなれば替えるべきだ。

 若い頃の自分なら、そう言っただろう。

 実際、後輩にもそう説教したことがある。


 武器に執着して死ぬな。

 命より大事な剣などない。

 どれほど名のある剣でも、死ぬくらいなら捨てろ。


 全部、正しい。


 正しいが、だからといって、この剣を簡単に手放せるかは別問題だった。


 気づけばロウガンは、迷宮の通路の先に現れた扉を見つめていた。


 古びた木の扉。

 金色の取っ手。

 小さな看板。


 そこに刻まれた文字を、ロウガンは覚えている。


 魔法道具店ラウンレイフィ。


「……まだ、縁は残っていたか」


 低く呟き、ロウガンは扉へ手を伸ばした。


 からん、と鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ。魔法道具店ラウンレイフィへようこそ」


 店内には、柔らかな光が満ちていた。


 白い砂浜と青い海を思わせる光が窓から差し込み、棚に並ぶ魔法道具の金具を淡く照らしている。

 ダンジョンの奥から扉を開いたというのに、そこには湿った石壁も、血の匂いも、魔物の気配もなかった。


 あるのは、小さな魔法道具店である。


 そして、カウンターの向こうには銀髪に赤い瞳の店主がいた。


 ロウガンは帽子を取って、静かに頭を下げた。

 配信では、老剣士の情報が視聴者に向けて暴かれていた。

---

ロウガン・ヴェルド

種族:人間

年齢:58歳

職業:冒険者

現在抱えている問題:

長年使い続けてきた魔剣の修理。

刃そのものは折れていないが、魔力の通りが悪く、このまま使い続ければ内部から割れる危険がある。


来店理由:

愛用の魔剣の補修とメンテナンスを依頼するため、店を訪れた。


---


「久しいな、店主殿」

「お久しぶりです」


 その声は、二十年以上前と変わっていなかった。


 銀の髪も。

 赤い瞳も。

 穏やかに客を迎える声も。

 何ひとつ、変わっていない。


 ロウガンは思わず、店内を見回した。

 棚の位置。

 カウンター。

 商品。

 完全に同じではない。

 だが、変わらないものの方が多い。


 こちらは膝が痛む歳になったというのに、この店だけ時間の流れが違うようだった。


「今日は売買ではない。補修を頼みたい」


 ロウガンは腰の剣を外し、両手でカウンターの上へ置いた。


 鞘に収まったままの剣は、静かだった。

 だが、長く使われた道具だけが持つ重みがあった。


「この剣も俺も、随分と歳を取ってしまった」


 そう言ってから、自分で少し笑う。

 剣を人と同じように語るなど、若い頃の自分なら馬鹿にしただろう。


 店主――ラウンレイフィは、剣を手に取った。

 彼女はレイとも呼ばれている。

 たしか、ずいぶん昔に本人がそう名乗っていた。


 レイは鞘から剣を抜いた。

 刃に青い光が走る。


 派手ではない。

 だが、まだ死んではいない。


「長く使いすぎた。最近、魔力の通りが悪い」

「拝見します」


 レイは刃を指先でなぞった。

 金属の欠けを見るのではない。

 刃の内側を走る魔力の流れを読んでいる。


 鍛冶師の目ではない。

 魔道具職人の目だった。


 ロウガンは、その横顔を見ながら、かつてこの店で剣を受け取った日のことを思い出していた。


 若かった。

 自分も、仲間も。

 この先に何十年も迷宮へ潜る日々が続くなど、考えてもいなかった。

 ただ、強い剣が欲しかった。

 折れない剣が欲しかった。

 自分の腕に応えてくれる道具が欲しかった。


 それが、今では相棒と呼びたくなるほど手に馴染んでいる。


 人生とは、よく分からない。


「刃そのものは、まだ使えます」

「そうか」

「ただ、魔力回路に損傷がありますね。このまま使い続ければ、内部から割れる危険があります」

「直るか」


 ロウガンの声は、思っていたより低かった。


 自分では平静なつもりだった。

 だが、返答を待つ間、手袋の下で指がわずかに強張っている。


「直ります。ただし、今日中には返せません」

「明日で構わない」


 答えは早かった。

 直る。

 その一言だけで十分だった。


 ロウガンの視線が、宙に浮かぶクリスタルへ向いた。

 透明な結晶のようなものが、店内の少し高い位置に浮かんでいる。

 昔はなかったものだ。


「それは、以前はなかったな」

「配信用の魔道具です。最近、店に追加されました」

「……配信?」


 聞き慣れない言葉だった。


 レイは少しだけ考えるようにしてから、簡単に説明した。


「遠い世界の方々に、店の様子を見せています。このクリスタルの向こう側には、たくさんの観衆がいる、ということですね」

「観衆」


 ロウガンはしばらく黙った。


 理解しようとした。

 だが、すぐに諦めた。


 この店は昔から、こちらの理解が追いつかないことを平然と行う。

 そういう店だった。


「……相変わらず、ここはよく分からん店だ」

「最近は、少し賑やかになりました」

「そうか」


 ロウガンはもう一度クリスタルを見た。


 目には見えないが、どこか遠くに人がいる。

 店主がそう言うなら、そうなのだろう。


 若い頃なら、その仕組みを知りたがったかもしれない。

 今は、まあ、そういうものかで済ませることも覚えた。


 歳を取ると、驚く体力も減るらしい。


「では、こちらへどうぞ」


 レイは剣を持って、店の奥へ向かった。


 店には鍛冶場のような炉がない。

 代わりにあるのは、透明な結晶で囲まれた円筒形の装置だった。

 火ではなく、高密度の魔力を循環させるための錬金設備。

 魔導炉である。


 炉の中では、温度も、圧力も、魔力密度も、作りたいものに合わせて変えられる。

 鉄を熱で叩いて鍛えるのではない。

 素材の性質を、望む形へ近づけるための炉だった。


「本格的な補修は、炉を安定させてからになります」


 レイは魔剣を炉の台座へ置いた。

 透明な結晶壁の内側に、青白い光が巡り始める。

 刃に残っていた古い魔力が、薄い煙のように浮かび上がった。


「今は、滞留魔力を抜いているだけです。ここ十年ほどで炉の純度が上がりまして、いきなり精製に入ると魔力圧が違って剣が壊れてしまいます」

「相変わらず、鍛冶屋とはまるで違うな」

「私は鍛冶師ではありませんから」


 レイはカウンターの引き出しから、小さな札を取り出した。

 薄い金属板に、店の紋章と番号が刻まれている。


「こちらが預かり証です」

「明日、これを持って来ればいいのだな」

「はい」


 ロウガンは預かり証を受け取った。


 このやり取りにも、どこか覚えがあった。

 昔も、似たような札を受け取った気がする。

 その時の自分は、明日が待ち遠しくて仕方なかった。

 新しい剣を手に入れるというだけで、胸が高鳴っていた。


 今は違う。

 剣がない一晩が、妙に落ち着かない。


 ロウガンは懐から古びた革袋を取り出した。

 中には金貨が多めに入っている。

 さらに、深い緑色をした魔石と、小さな宝石もいくつか詰めてあった。


「先に払っておく。足りなければ、明日追加で払う」

「確認します」


 レイは魔石や宝石を手に取り、光に透かすように見た。

 そして静かに頷く。


「十分です。何か追加の要望などはありますか」

「余計な機能はいらん」


 ロウガンは迷わず言った。


「切れ味を増す必要も、軽くする必要もない。炎も、氷も、勝手に動く機能もいらん」

「はい」

「ただ、昔のように魔力が素直に通ればいい。振った分だけ斬れて、流した分だけ応える。それで十分だ」


 レイは炉の中の魔剣を見つめた。


「性能を伸ばすのではなく、癖を残したまま整える、ということですね」

「ああ」


 ロウガンは短く頷いた。


「こいつは、もう俺の手に馴染みすぎている。今さら別者になられても困る」

「承りました」


 レイは、少しだけ懐かしむように目を細めた。


「昔も、似たようなことを仰っていましたね」

「昔?」

「余計な飾りはいらない。無骨で、頑丈で、長持ちする魔法剣が欲しい、と」

「……そんな昔のことまで覚えているのか」

「はい」


 当然のような答えだった。


「宝石も、細工も、見栄えのする演出も不要。ただ、迷宮の奥で折れず、持ち主の魔力に素直に応える剣がいい。そういうご注文でした」

「若い頃から、あまり洒落たことは言わんな、俺は」

「良い注文でしたよ」


 ロウガンは少しだけ口元を緩めた。


「そうか」


 炉の中の魔剣を見た。

 青白い光を受ける古い刃は、今も派手さとは無縁だった。


「なら、今回も同じだ。あの時の注文から、何も変えなくていい」

「承りました」


 レイは静かに頷いた。


「無骨で、頑丈で、長持ちする剣のまま。今のあなたに馴染むように整えます」

「頼む」


 その言葉は、剣を預ける言葉としては少し重かった。


 ロウガン自身も、それを理解していた。

 だが、言い直す気にはならなかった。


 レイはふと思い出したように、店の奥の棚へ向かった。


「そういえば、明日まで剣がないのは不便でしょう」

「……いや、手持ちの短剣でも足りるが」

「魔物は、こちらの都合を聞いてくれませんから、念のため」


 レイが棚から取り出したのは、一振りの剣だった。

 装飾の少ない、実用一点張りの片手剣。

 柄も鞘も新しくはない。

 だが、大切に使われていたことが分かる程度には手入れが行き届いている。


「代剣です。預かり品の補修が終わるまで、お使いください」


 ロウガンは差し出された剣を見た。

 それから、炉の中の自分の剣を見る。


「代剣、か」


 口に出してみると、不思議な言葉だった。


 武器は消耗品。

 若い頃の自分なら、何の抵抗もなく受け取っただろう。

 むしろ、よく手入れされた代剣を貸してもらえるならありがたいと考えたはずだ。


 今も、理屈ではそう思う。


 だが、腰に差そうとした瞬間、胸の奥に小さな引っかかりが生まれた。


 長年連れ添った相棒の目の前で、別の剣に手を伸ばしているような。

 そんな、馬鹿げた後ろめたさだった。


 馬鹿げている。


 剣は剣だ。

 あれは炉の中で眠っているだけで、これは明日まで借りるだけの代用品だ。


 そう思いながらも、ロウガンは炉の中の魔剣へ一度だけ視線を向けた。


「少しの間だけだ」


 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


 それから代剣を腰に差す。

 鞘の位置を整え、重心を確かめる。

 長年の習慣で、身体はすぐに新しい重さを覚えた。


 だが、左腰にあるはずの重みだけが、まだ少し遠かった。


「いい剣だな」

「癖の少ないものを選びました。魔力の通りも穏やかです。普段の剣より切れ味は落ちますが、扱いやすいはずです」

「十分だ。早々に遅れは取らないつもりではある」


 ロウガンは低く笑った。


「では、明日以降にお越しください。時間に余裕を持って、遅いくらいでいいですよ。札を使えば入口が繋がります」

「助かる」


 ロウガンは預かり証を革袋へ丁寧にしまった。


「大切に使っていただいているようですので」

「……分かるか?」

「魔法的な修理はされていませんが、きちんと手入れはされた形跡があります。綺麗に使われていますね」


 ロウガンは返事をしなかった。


 言葉にすれば、余計なものまで零れそうだったからだ。


 代わりに、深く息を吐き、帽子をかぶり直す。

 腰の剣の重みを確かめてから、静かに頷いた。


「では、明日また来る」

「お待ちしています」


 扉の向こうには、来た時と同じ迷宮の薄暗い通路が続いていた。

 ロウガンは振り返らず、灰色の外套を揺らしてその中へ戻っていく。


 からん、と鈴が鳴った。


 扉が閉まると、店内に静けさが戻る。

 そして、宙に浮かぶクリスタルへ、止まっていた文字の群れが流れ始めた。


:常連っぽい人きた

:渋い

:老冒険者だ

:剣の修理回?

:魔剣?

:派手じゃない魔剣いい

:鍛冶じゃなくて錬金術なのか

:魔導炉かっこいい

:預かり証あるの店っぽくて好き

:翌日受け取りシステム、生活感ある

:渋いおじさんだった

:魔剣メンテナンス回助かる

:続き明日?

:明日受け取り配信ありますか?


「早速、作業を始めましょうか」


 レイは預かった魔剣を見つめた。


 炉の内側で、青白い光がゆっくりと巡る。

 火花は散らない。

 槌音も響かない。

 ただ、魔力が金属の奥へ染み込み、古い傷を静かにほどいていく。


「まずは滞留していた魔力を抜きます。次に、魔力回路を読みます」


 刃の内側に刻まれた細い流路が、青白い線となって浮かび上がった。


:始まった

:工房回だ

:火花なしなのに見入る

:魔力の血管みたい

:これ、修理っていうより精密検査だな


 レイはコメントを横目に見ながら、炉の温度と圧力を少し上げた。

 熱は金属そのものを柔らかくするほどではない。

 刃の奥に沈んだ魔力を、傷口からそっと浮かび上がらせる程度の熱。


 剣の反発はなかった。

 むしろ、閉じていた息を吐くように、薄い青の光をこぼしている。


「注文は、現状維持。余計な飾りも、追加機能も不要、でしたね」


:渋い注文

:でも魔剣って聞くと強化したくなる

:ロマン的には何か付けたい

:本人は嫌がりそう


「ええ。ロウガンさんは、自分の技へ剣の機能によって介入されることを望んでいません」


 レイは刃を見つめたまま言う。


「振り方を補正する。踏み込みを助ける。刃筋を整える。そういう機能は便利ですが、あの方には不要です」


:達人ほど嫌がりそう

:剣に勝手に体を動かされたら違和感ありそう

:ホーミング付きの剣みたいなものか

:言い方w

:でも分かる


「ですので、そういう補助は入れません」


 レイは淡々と言い、魔導炉の中へさらに細い魔力を通した。


 刃の奥に、鈍い影がいくつか見えた。

 ひびではない。

 折れ目でもない。


「皆さんにも見えるようにしましょうか」


 レイが指で炉の結晶壁をなぞると、青い光とは違う黒い影のようなものが浮かび上がった。


:汚れ?

:何これ

:詰まり?


「汚れではありません。魔力を流す時の癖で、この部分に負荷がかかって変質しているんですね」


 レイは静かに説明する。


「この剣は、ロウガンさんの魔力を覚えています。どこで強く握るか。どの瞬間に魔力を流すか。どの程度までなら刃が耐え、どの程度から危ういか」


:相棒じゃん

:武器が使用者を覚えてるのいいな

:長年使った道具って感じ

:それ消したら別物になりそう


「はい。これは、消してはいけません」


 レイは炉の設定を変えた。


 洗浄ではなく、定着。

 詰まりを取り除きながら、持ち主の魔力に馴染んだ部分は残す。

 それは、単に新品へ戻す修理ではなかった。


 過去を削り落とすのではなく。

 古くなったものを古いまま、もう一度使える形へ整える作業だった。


 しばらく、魔導炉の低い唸りだけが店内に響いた。


 青白い光が刃の奥へ染み込み、黒ずんでいた魔力路を少しずつほどいていく。

 その途中で、レイはふと手を止めた。


「……おかしいですね」

:また何か見つかった?

:割れてる?

:やばい?


「いえ。悪いものではありません」


 レイは首を傾げる。


 魔力を通すと、ひび割れのように見える部分がある。

 だが、それは物理的な金属の割れではなく、不規則な魔力の経路だった。


 炉の中で、剣が小さく鳴った。


 音というより、魔力の震えだった。


 命令されたわけではない。

 術式が起動したわけでもない。

 けれど、剣の奥に、わずかな欲求のようなものがあった。


 もっと応えたい。

 まだ折れたくない。

 この手に、もう少しだけ相応しくありたい。


 そんな形にならない声が、魔力路の奥から伝わってくる。


「……剣の方が、少し変わりたがっています」

:剣が?

:魔剣だから意思っぽいのあるの?

:エモい

:持ち主は変えないでくれって言ってたのに

:でも剣側が望んでるのか


 レイはしばらく考えた。


 ロウガンは余計な機能を望まなかった。

 切れ味を増す必要はない。

 軽くする必要もない。

 派手な飾りもいらない。

 自分の技へ介入する機能など、なおさら不要。


 その注文は正しい。


 けれど、剣はただ現状に戻るだけではなく、持ち主のこれからに追いつこうとしていた。


 人が剣に相応しくあろうとした。

 ならば今度は、剣が人に相応しく進もうとしている。


「難しいですね」


:悩んでる

:勝手に改造したら怒られそう

:でも剣の意思を無視するのも違う気がする

:注文の範囲内で何かできる?


「注文の範囲を越えずに、剣の望みを叶えるとしたら……」


 レイは炉の横にある素材棚へ視線を向けた。


 小瓶に入った粉末。

 薄く延ばされた金属箔。

 結晶化した魔石片。

 その中から彼女が選んだのは、淡く銀色に輝く金属だった。


「これはミスリルです。柔らかくて、あまり剣向きではないのですが」


:ミスリルきた

:ファンタジー金属代表

:混ぜて合金にするとか?


「全面的な再成形はしません。形も重さも、ほとんど変えません」


 レイはミスリルを炉の副台座に置いた。

 固体だった金属が、青白い光の中で霧のようにほどけていく。


 液体ではなく、粉でもない。

 魔力を帯びた銀の膜となり、刃の表面へゆっくり沈んでいった。


「薄く馴染ませます。飾りではなく、魔力を蓄える層として」


 レイは続ける。


「剣の使い勝手は変えません。重心も、握りも、刃渡りも、そのままです」

:じゃあ何が変わる?


「まず、自己修復です」


 レイはそう言った。


「持ち主が普段から無意識に流している魔力を、少しずつ蓄えます。その魔力で、細かな傷や魔力路の摩耗を自分で整えるようにします」


:自己修復!

:派手じゃないけどめちゃくちゃ良い

:長く使うための機能だ

:ロウガンさん向けすぎる


「ただし、戦闘中に即座に直るものではありません。刃こぼれが一瞬で消えるような機能でもありません。使い終わった後、鞘の中でゆっくり休むように整う。そういう程度です」


:休む剣

:いいなそれ

:道具も休息が必要

:地味だけど名剣感ある


 レイは小さく頷き、炉の中の魔力密度を上げた。


 刃の表面に、銀の細い線が生まれる。

 それは装飾にも見えたが、華美ではなかった。

 古い剣の印象を壊さない程度に、刃の根元と峰に沿って淡く走るだけ。

 鞘に収めれば、ほとんど分からない。

 抜き身にした時だけ、以前より少しだけ品のある光を返す。


 長く使われた道具が、丁寧に磨かれた時のような変化だった。


「もうひとつ、必要ですね」


:まだある?

:何を足すんだろ

:派手なのはダメだぞ


「斬れないものを斬るための余力です」


 コメント欄が一瞬止まり、それから一気に流れた。


:斬れないもの?

:概念斬り?

:急に強そう

:炎も氷も出ないのにかっこいいやつ

:斬れないものを斬る、いい響き


 レイは首を横に振る。


「常時発動ではありません。普段の切れ味は変えません。ロウガンさんが振った以上の結果を、剣が勝手に出すこともしません」


:そこ大事

:技に介入しない

:じゃあどういう機能?


「時々、ありますから」


 レイは静かに言った。


「硬い魔物の外殻。結界の継ぎ目。呪いを含んだ骨。通常の刃では、力を込めても通らないもの」


 炉の中で、剣の青白い流路が細く輝いた。


「そういう時に、蓄えた魔力を一瞬だけ刃へ重ねます。刃そのものを鋭くするのではなく、斬るべき一点に魔力を集中させる。持ち主が『ここで斬る』と決めた瞬間だけ、後押しする機能です」


:必殺技!

:めちゃくちゃ渋い

:普段は変わらないけど必要な時だけ応える

:ロウガンさんの意思が前提なんだ

:剣が勝手に斬るんじゃなくて、決めた斬撃を通すのか


「はい」


 レイはミスリルの膜に、さらに細い魔力紋を刻んだ。

 どれかが断絶しても、生き残ったどれかが修復するための相互術式である。

 肉眼ではほとんど見えない。

 しかし、魔導炉の光の中では、刃の奥に淡い銀の回路が生まれていく。


 それは宝飾ではない。

 長く戦ってきた剣が、これからも戦うために得た、静かな余白だった。


「装飾を増やす必要がありますね」


:え、飾りなし注文では?

:怒られない?


「見た目を飾るためではありません。魔力を蓄えるための器です」


 レイは柄の根元、鍔に近い部分へ小さな銀の留め金を追加した。

 それは新しい宝石のように目立つものではない。

 古い鞘金具に合わせた、控えめなミスリルの補強。

 刃の根元にも、細い銀の線が一筋だけ入る。


 抜けば少し豪華に見える。

 だが、知らない者が見れば、手入れで光を取り戻したのだと思う程度。


「これなら、重さも重心も変わりません。手癖にも干渉しないでしょう」


:絶妙

:地味に高級感出るやつ

:職人の改修って感じ

:派手な強化じゃなくて、名剣として一段上がった感じ


「達人は獲物を選ばない、と言います」


 レイは炉を見つめながら、ぽつりと言った。


「確かに、一般に達人と呼ばれる人物であれば、武器は選ばないでしょう」


:だろうな

:ロウガンさんの説得力

:獲物を選ばない人ほど良い武器持ってほしい


「ですが」


 レイは指先で炉をなぞる。

 青白い光が、剣の奥へ深く沈んだ。


「求めることを、求められた通りに実現する武器を持つ資格がない、という意味ではありません」


 コメント欄が少しだけ静かになった。


「過分な道具は持ち腐れかもしれませんが、達者な者が粗末な道具でよい、ということではないと思います。技があるからこそ、道具の良さを引き出せる。道具もまた、その持ち主に応えられる」


:いいこと言う

:職人回だ……

:ロウガンさんに聞かせたい

:剣も報われるな


 魔導炉の中で、剣が小さく震えた。

 さきほどよりも澄んだ音だった。


 古い魔力が抜け、詰まりがほどけ、ロウガンの魔力の跡だけが静かに残る。

 そこへ薄いミスリルの層が重なり、自己修復のための小さな循環が生まれた。


 鞘の中で休む時、持ち主の魔力を少しずつ吸い上げる。

 吸い上げると言っても、疲労を生むほどではない。

 息をするような量。

 手に取った時、自然に流れ込む程度の魔力。


 それを剣が蓄え、細かな摩耗を直し、必要な時の一撃へ備える。


 炎は出ない。

 氷も出ない。

 雷鳴も響かない。

 斬撃が飛ぶこともない。


 けれど、斬るべき時に、斬るべきものへ刃が届く。


 それは派手な魔剣ではなく、老いた冒険者の手に相応しい魔剣だった。


「……これで、方向性は決まりました」


:完成?


「いえ。今日は下処理と術式の定着までです。明日まで炉に入れて、剣と新しい回路を馴染ませます」


:明日受け取り回あるやつ

:見たい

:ロウガンさんの反応楽しみ

:でも抜いたら分かるんだろうな


「見た目は隠せませんが、変わっていない、と感じてもらえたら成功ですね」


 レイはそう言って、魔導炉の蓋を閉じた。

 内側で、青白い光が静かに満ちていく。


 剣はその中心で眠るように置かれていた。


 新しい名を与えられたわけでもない。

 けれど刃の奥では、持ち主の魔力を待つための小さな器が追加されている。


 人が剣に相応しくあろうとした年月。

 その年月に応えるように、今度は剣が、人に相応しくなろうとしていた。


「おやすみなさい」


 レイは炉の中の魔剣へ、まるで誰かを見送る時のように穏やかに言った。


「明日、持ち主のもとへ帰りましょう」


 炉の光が、ゆっくりと脈を打つ。

 返事のように、刃の中で銀色の線が一度だけ淡く輝いた気がした。


 翌日。


 ロウガン・ヴェルドは、預かり証を手に再び扉を開いた。


 からん、と鈴が鳴る。


「いらっしゃいませ。魔法道具店ラウンレイフィへようこそ」

「受け取りに来た」


 ロウガンは短く言い、カウンターの上へ金属板の預かり証を置いた。


 昨日と同じ灰色の外套。

 腰には代剣。

 だが、その位置はわずかに浅い。


 一晩使っただけの借り物は、悪い剣ではなかった。

 むしろ、十分すぎるほどよく出来ていた。


 それでも、腰の重みが違う。

 触れた時の距離が違う。

 鞘が脚に当たる角度が違う。


 ほんのわずかな違和感が、昨日からずっと身体の隅に残っていた。


「お待ちしていました」


 机の上に、ロウガンの魔剣が置かれていた。


 昨日よりも、静かだった。

 壊れかけた魔法剣の危うさはない。

 だが、新品のような感じでもない。


 長く眠り、目を覚ます直前の獣のような気配があった。


「修理は終わっています」


 鞘に収められたままの姿は、ほとんど変わらない。

 古びた鞘。

 何度も巻き直された柄。

 深い傷の残る金具。


 だが、ロウガンの目はすぐに気づいた。


 鍔の根元に、控えめな銀の補強が入っている。

 装飾というには地味だし、飾り立てるためのものではない。

 だが、それでも以前の剣とは違う。


「……飾りはいらんと言ったはずだが」

「見た目のためではありません。魔力を蓄えるための器です」

「そうか」


 ロウガンはそう答えた。


 不満はなかった。

 むしろ、そのことに自分で驚いた。


 若い頃なら、余計なものをつけるなと言っただろう。

 武器は飾るものではない。

 剣は斬るための道具だ。

 派手な宝石も、見栄えのする細工も、迷宮の奥では何の役にも立たない。


 今でも、その考えは変わっていない。


 それなのに。


 自分の相棒が、静かに飾られているのを見ると、胸の奥に妙な感傷が生まれた。


 誇らしいような。

 照れくさいような。

 馬鹿げていると思いながら、目を逸らせないような。


 剣は剣だ。


 そう思いながらも、ロウガンはその銀の補強を見つめていた。


「抜いても?」

「どうぞ」


 ロウガンは柄を握った。


 その瞬間、心臓が強く鼓動を打った。


 重さは変わらない。

 握りも変わらない。

 指の置き場も、掌に当たる革の硬さも、昔から知っているままだ。


 だが、そこに流れる魔力が違った。


 濁りがない。

 魔力を流そうとしたわけでもないのに、剣の方から静かに呼吸を合わせてくる。


 ロウガンはゆっくりと刃を抜いた。


 青い光が走る。

 昨日よりも鋭く、しかし派手ではない。

 刃の根元から峰に沿って、淡い銀の線が一筋だけ浮かび上がる。


 宝石の輝きではない。

 炎でも、水でも、氷でも、雷でもない。


 ただ、磨かれた刃が、長い年月を越えてなお戦えるのだと告げている。


 ロウガンの心が、震えた。


 懐かしさではない。

 寂しさでもない。


 まだ行ける。


 そう思ってしまった。


 年齢を考えれば、いつ死んでもおかしくない歳に差しかかっている。

 膝は昔ほど素直に動かない。

 息は長く続かない。

 若い頃のように、魔物の群れを相手に大立ち回りを演じることなど、もう厳しい。


 それは分かっている。

 分かっているはずなのに。


 この剣を振る機会が欲しいと、思った。


 この刃が、何を斬れるようになったのか試したいと思ってしまった。


「……これは、魔剣だな」


 ロウガンは低く呟いた。


「持ち主を死地へ誘う魔力を持っている」

「そのような機能は入れていませんが……」

「分かっている」


 ロウガンは刃を見つめたまま、口元をわずかに緩めた。


「だが、そういう剣だ」


 そう言いながらも、それが嫌だとは微塵も思わなかった。


 死地へ向かいたいわけではない。

 死にたいわけでもない。


 だが、まだ自分には試すべき一太刀が残っている。

 そう思わせるだけの何かが、この剣にはあった。


「僭越ながら、追加した機能について説明します」


 レイは静かに言った。


「まず、自己修復です。刃こぼれが一瞬で戻るようなものではありません。鞘に収めている間、持ち主の無意識の魔力を少しずつ受け取り、細かな摩耗や魔力回路の傷を整えます」

「魔力の消費量は? あまり多くは持ってないが」

「疲労を感じるほどではありません。腰に下げている間や、傍にある時、漏れ出る魔力を吸収する程度です」

「分かった」

「もうひとつは、蓄えた余剰魔力を一度に放出する機能です」

「放出?」

「常時発動ではありません。普段の切れ味も重さも、扱いも変わりません。ただ、斬れないものに出会った時、あなたが『斬る』と決めた時にだけ、蓄えた魔力で刃を通します」


 レイは刃に新しく刻まれた銀線を指差した。


「硬い外殻、結界の継ぎ目、呪いを含んだ骨。そういったものに対して、刃を通すための余力です」

「普段の扱いは変わらないのだな?」

「はい。練習はできませんが、感覚で分かるはずです。再使用には、およそ三十日ほど時間を空ける必要があります」

「十分だ」


 ロウガンは短く答え、刃を鞘に戻した。


 音は静かだった。

 だが、その一音だけで、長く離れていたものが腰へ戻ってきたことを身体が理解した。


「代剣も、助かった」


 ロウガンは借りていた剣を外し、カウンターへ置く。


「良い剣だった」

「ありがとうございます」

「だが、やはり俺の剣ではなかった」

「そうでしょうね」


 レイは穏やかに答えた。


 ロウガンは、自分の魔剣を腰に差した。

 重みが戻る。

 その瞬間、身体の中心がひとつ定まった気がした。


「礼を言う、店主殿」

「また調子が悪くなったら、お持ちください」

「年齢的に、次があるか分からんがな」


 ロウガンは帽子をかぶり直し、扉へ向かった。


 その足取りは昨日と同じく静かだった。

 だが、どこかに若い頃の名残があった。


 迷宮へ向かう者の歩き方。

 まだ見ぬダンジョンの奥へ、心を急がせている者の歩き方だった。


「試し斬りは、ほどほどに」


 レイがそう言うと、ロウガンは振り返らずに低く笑った。


「魔物が隠れてくれるのであれば」


 扉が開く。

 向こうには、薄暗いダンジョンの通路が続いていた。


 ロウガンは灰色の外套を揺らし、その闇の中へ歩いていく。


 からん、と鈴が鳴った。


 扉が閉まる。

 店内に、静けさが戻った。


 そして、宙に浮かぶクリスタルへ文字の群れが流れ始める。


:うわ、渋い

:受け取り回よすぎる

:抜いた瞬間の空気変わったな

:これ絶対試し斬り行くやつ

:ロウガンさん、ほどほどにして

:魔剣が死地へ誘うって表現かっこよすぎる

:でも嫌じゃないんだな

:老冒険者がまた冒険者の顔になってた

:飾りいらないって言ってたのに、相棒が綺麗になって嬉しいの分かる

:自己修復いいな

:鞘の中で休む剣、好き

:必殺技あるのロマン

:派手じゃないのに強い魔剣って最高


 レイはカウンターに戻り、空になった預かり棚を一度だけ見た。


「無事にお返しできてよかったです」


:試し斬り配信は?

:ロウガン視点ください

:ダンジョン側の配信ないんですか?

:絶対今頃わくわくしてる


「配信は店内だけですから」


:残念

:店の外の物語を想像するのも楽しい

:また来てほしい


 レイは小さく頷いた。


「ええ。また来てくださるといいですね」


 その頃、ロウガンは迷宮の通路を歩いていた。


 腰の剣は静かだった。

 だが、手を添えると、確かに応えがある。


 若い頃のように走ることはできない。

 無茶も利かない。

 それでも、まだ歩ける。

 まだ戦える。

 まだ、斬るべきものを斬ることができる。


 ロウガンは薄暗い通路の先へ目を向けた。


 遠くで、何かが石床を擦る音がした。

 大きい。

 おそらく、硬い外殻を持つ魔物だろう。


 昔なら、足音だけで魔物の種類まで言い当てられた。

 今はそこまで耳が利かない。

 視界も少し落ちた。

 反応も若い頃ほど鋭くはない。


 だが、剣は戻った。


 ロウガンはゆっくりと柄に手をかける。


 得たものは、若さではない。

 膝の痛みが消えたわけでも、過ぎた年月が戻ったわけでもない。


 ただ、長く共に戦った相棒が、再び手に馴染んだ。


 古い傷は消えていない。

 刻まれた癖も残っている。

 ただ、明日へ進むための余白だけが与えられた。


 道具は、持ち主の過去を覚えている。

 ならば持ち主もまた、道具のこれからに応えなければならない。


 ロウガン・ヴェルドは、刃を抜いた。


 淡い銀の線が、一度だけ光る。


「さて」


 老いた冒険者は、低く笑った。


「少しだけ、付き合ってもらうぞ」


 暗闇の奥で、魔物が動いた。


 ロウガンは静かに踏み込む。


 老いた冒険者として。

 そして今なお、剣を携える者として。

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