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【1話】グラディウス ソード・リッチの挑戦


 その日、魔法道具店ラウンレイフィは襲撃された。


 ただし、襲撃と呼んでいいのかは少し難しい。

 相手は店の商品を盗もうとした訳ではないし、店主を殺そうとした訳でもない。少なくとも、本人の認識としては、殺すより先に戦うことが目的だった。


 つまり、挑戦である。


 迷宮の最奥。

 死者の王座。

 リッチという、基本的には(・・・・・)生前に強力な魔力をもってアンデットの王となった存在。

 名は、グラディウス。

 朽ちた剣が床に突き刺さり、青白い鬼火が揺れるアンデッドの領域で、彼は長い年月を剣と共に過ごしていた。


 かつて剣の道に生き、剣の道に死に、そして剣の道を捨てられなかった男である。

 今の体には血も肉もない。

 心臓は動かず、呼吸も必要とせず、筋肉によって骨を動かしている訳でもない。

 では、なぜ剣を振れるのか。

 魔力である。

 骨を繋ぎ、鎧を支え、剣を握り、踏み込みに見える動きを再現している。

 冷静に考えれば、それは人間の剣士とはまるで違う理屈で動く体だった。


 だが、グラディウスは長い間、その事実を軽視していた。

 自分は剣士である。

 ならば、剣士として戦う。

 それ以外のことなど、些細な問題であると。


 もっとも、本人が些細だと思っているものほど、実際には致命的だったりする。

 そういうことは、世の中に意外と多い。




 ――魔法道具店ラウンレイフィの店内には、柔らかな光が満ちている。


 棚には魔法道具が並び、カウンターには作業途中の素材が置かれ、宙には透明なクリスタルが浮かんでいた。

 遠い世界へ店内の様子を届ける、配信用の魔道具である。

 そのクリスタルの向こうでは、多くの視聴者がいつものようにコメントを流していた。


:今日も平和

:作業音助かる

:カードスペルの続き?

:店主さん、今日は何作ってるんですか?


 からん、と。

 魔法道具店ラウンレイフィの扉の鈴が鳴った。

 そして、扉が開いた瞬間。

 レイの視界から、コメント欄が消える。

 来客中、神具の機能によってコメントが自動的に閉じられる。

 これは便利な仕様である。

 少なくとも、ラウンレイフィはそう思っていた。


「いらっしゃいませ。魔法道具店ラウンレイフィへようこそ」


 いつもの声。

 いつもの挨拶。


 扉の向こうに立っていたのは、鎧をまとった骸骨だった。

 黒く古びた鎧。

 欠けた肩当て。

 擦り切れた外套。

 骨だけの手は、腰に下げた長剣の柄へ添えられている。

 低級のアンデッドとは比較にならないほど濃い魔力が、店内の空気を冷やしていた。


「久しいな、ラウンレイフィよ」

 頭蓋に響くような、低い声だった。

「お久しぶりです、グラディウス」

 ラウンレイフィの声に驚きはない。

 久しぶりに訪れた常連客を迎えるような、穏やかな声だった。


 配信画面には、来店者を示すテロップが浮かび上がる。

---

グラディウス

種族:ソード・リッチ

年齢:不明

職業:ダンジョンボス/剣士


現在抱えている問題:

ラウンレイフィに何度も戦いを挑み、いずれ勝ちたいと願って修行している。

リッチであるのに、魔法が得意ではないが、それは剣に生涯を捧げた末の未練である。


来店理由:

かつてより繰り返している、ラウンレイフィへの再挑戦。

---


 グラディウスは店内を見回した。

 棚。

 カウンター。

 魔道具。

 宙に浮くクリスタル。

 以前にはなかったものも増えているが、彼が触れるべきものではない。


「先に言っておく」

「はい」

「棚には触れん。カウンターを割る気もない」

「学習されていますね」


 偉そうな口調だった。

 だが、その言葉には妙な実感があった。

 この店では、商品に手を出した時点で客ではなくなる。

 店内で暴れた時点で、客ではなくなる。

 そして客ではなくなった者は、店の外へ強制的に叩き出される。


 それは人間でも、魔物でも、アンデッドでも変わらない。

 平等と言えば、平等である。


「今日は何をお求めですか」

「決まっておる」

 グラディウスは剣の柄を握った。

 青白い炎が、空洞の眼窩に灯る。

「儂と戦え、ラウンレイフィ」

 普通の店なら、ここで警備を呼ぶところだろう。

 だが、魔法道具店ラウンレイフィに警備はいない。

 必要ないからだ。


「店内での戦闘は禁止です」

「知っておる。だから戦う場所を用意しろ。前のようにな」


 レイは少し考えた。

 考えたと言っても、迷った時間はほんのわずかである。

 カウンターの上に置いていた羽ペンを静かに戻し、空いている床の方へ視線を向けた。


「では、拡張戦闘空間を使用します」

 床に薄い光が走った。

 店内の空間が歪む。

 棚が遠ざかり、カウンターが引き、天井が高くなり、足元の木床が石畳へ変わっていく。


 魔法道具店ラウンレイフィは、店である。

 だが、神具でもある。

 客を迎え、商品を並べ、配信を行い、必要ならば戦闘用の空間すら作り出す。


 便利すぎる。

 ぶっちゃけ、店というより小さな異世界に近い。

「相変わらず、ふざけた店だ」

「神具ですので」

「それで済ませるな」


 グラディウスは剣を抜いた。

 刃は古く、しかし美しい。

 死者の手に握られてなお、その剣は武器としての誇りを失っていなかった。


「参る」

 骨の剣士が踏み込んだ。

 その動きは速い。

 人間の目なら、消えたように見えただろう。

 魔力で動く骨の体は、疲労を知らない。

 筋肉の限界もないく、呼吸も乱れない。


 だが、レイは半歩だけ横へ動いた。

 グラディウスの剣が、彼女の髪の横を通り過ぎる。

「遅い、というほどではありません」

「ならば何故避けられる」

「分かりやすいからです」


 レイは指先で剣の腹を軽く当てて押した。

 それだけで、グラディウスの斬撃はわずかに軌道を逸らされる。


「肩を動かし、腰を回し、足で踏み込む。全てに人間らしさが残っています」

「何が悪い」

「今の貴方にとって、それは本当に合理的ですか」


 グラディウスの眼窩に灯る炎が、強く揺れた。

「儂の剣を否定するか」

「いいえ」

 レイは一歩踏み込んだ。

 彼女の手には、いつの間にか細い剣が握られている。

「特別です。剣でお相手を務めましょう」

「今まで魔法ばかりだった貴様が、剣も扱えるのか」

 商品ではない。

 店主が使うための、簡素な剣だった。


「変わっていませんね」

 剣を受け流しながら、レイが言った。

「……誉め言葉では無いのだろう?」

「はい」

「くっ……舐められたものよ!」

 グラディウスの剣が重くなる。

 鎧が軋み、青白い炎が強く燃える。

 剣士としての怒り。

 敗北を重ねてきた者の執念。

 それらが、骨の体を前へ進ませる。

 レイは、その剣を受けながら続けた。

「剣筋は見事です。生前に積み重ねたものなのでしょう」

「当然よ!」

「ですが、体の使い方が人間のままです」

 グラディウスの剣が止まった。

 一瞬だけ。

 その一瞬を、レイは逃さない。

 片手剣の柄尻が、骸骨の胸甲を軽く叩いた。

 重い音。

 グラディウスの体が一歩下がる。

「ぬ……」

「なぜ、死んでなお人間と同じ体の動きをするのでしょう」

 レイは静かに言った。

「貴方には、もう肉がありません。呼吸も、血流も、疲労もない」

「何が言いたいっ!」

「動きが、分かりやすい」

 グラディウスの眼火が揺れた。

「肩を動かし、腰を回し、足で踏み込む。全てに人間らしさが消せてない」


 刃が鳴る。

 骨の剣士は後ろへ跳んだ。

 正しい動きだった。

 美しく、無駄がない。

 ただし、それは人間の剣士としての正しさである。


 骨には骨の合理がある。

 血がないなら、首筋や手首を守る必要はない。

 筋肉がないなら、筋肉の収縮に合わせる必要はない。

 痛覚がないなら、痛みを避ける動きすら削れる。


 生きていた頃の剣技は、確かに彼の誇りだった。

 だが、今の体はもう、生きていた頃とは違う。


「儂は剣士だ。肉を失おうと、血を失おうと、骨になろうと、儂は剣士であることを捨てぬ!」

「捨てる必要はありません」

 レイの剣が、グラディウスの長剣を軽く弾く。


「剣士であることと、人間の真似を続けることは同じではありません」

 その言葉は、多分、攻撃よりも深く刺さった。

 グラディウスは声を荒げ、さらに踏み込む。

 剣が縦に、横に、斜めに走る。

 どれも人間の剣士としてなら見事な太刀筋だった。

 だが、レイは受け流し、逸らし、歩くような速度で間合いを外していく。

「その体は、骨と魔力で動いています。ならば、その体に合った合理があるはずです」

「……」

「そもそも、首の肉を守る動きをする意味は? まだ半歩踏み込めるではないですか。動く直前に握りを強く、骨を軋ませて……読まれて機先を失う事に、何の道理があるのです?」

 レイは剣を構え直した。

「貴方が遺したいと願ったのは、己の闘志ではなく、貴方が人間の頃に培った『流派』だけなのでしょう?」

「——」

 ラウンレイフィは、はっきりと剣士の構えを取る。

 視聴者にも分かるほど、姿勢が変わる。

 足を置き、腰を落とし、肩を整え、剣先を向ける。

 まるで、グラディウスが戦う時のような構え。


「……道を示してあげましょう。来なさい」

「言われずとも!」


 グラディウスが踏み込む。

 剣が走る。

 金属音が連続する。

 斬撃と斬撃がぶつかり、火花が散る。

 今度のレイは、先ほどよりも達人らしく動いていた。

 それでも十分に速い。

 十分に強い。

 グラディウスの剣を真正面から受け、弾き、打ち返す。

 剣士同士の戦いとしては、見ごたえがあった。

「ラウンレイフィ!」

 グラディウスが叫ぶ。

 その剣に、死者の魔力が絡みついた。

 床の石畳が震え、青白い炎が剣身にまとわりつく。


 必殺の一撃。

 あるいは、本人がそう信じているもの。

 唯一、死後に身につけた技術。

「話にもなりませんね」

 あっさりと、横なぎの一振りで炎を消した。

 グラディウスが剣を構え直した。

「ならば、どうすれば良いのだ!」

 静かに怒りを顕にして睨む。

「では、少しだけ、見せましょう」

 レイは剣を下げた。

 構えが消える。

 剣士の視点から見れば、隙だらけだった。

 腰も落ちていない。

 肩にも力がない。

 剣先は下がり、視線は穏やか。

 攻撃の気配は、どこにもなかった。

 グラディウスは今までと違う雰囲気から、様子見を選択する。


「たとえば――」

 次の瞬間、レイの体は操り人形が如く、剣を無理やり動かした。

 踏み込みはない。

 起こりもない。

 腰の回転もない。

 ただ、剣だけが空間を滑るように走った。

 グラディウスの頭蓋の横を、刃が通り過ぎる。

 遅れて、青白い炎が揺れた。

「な……」

 首の骨を捉えて、グラディウスが吹き飛ばされる。


「首の骨、硬いじゃないですか」

 今まで、グラディウスは己が剣の技で、挑戦してくる冒険者を圧倒してきた。

 己に並ぶ事はなく、最強であり続けたいと常に願ってきた。

「むぅ」

「こうやって、動けばいいじゃないですか」

 レイは静かに言った。

「……今のは、魔法であろう」

「魔力操作です」

「同じではないか」

「いい加減、未練者の『できない』に付き合うのは、嫌になりますね」

 もう幾度の挑戦か分からない。

 配信機能が実装される前、魔法だけで戦った初期の頃、レイは足元にも及べないグラディウスに情けをかけた。

 それでも折れず来るから、倒さずにダンジョンへ返し続けた。

 生きていれば(?)、いずれ成長が見られるだろうと、わずかに期待を込めた。

 店には『出入り禁止』に設定する機能がある。

 それを使わないのは、グラディウスの工夫が見られると『期待』していたのに。


「——魔力と親和性が高い体を得て、普段は魔力操作で体を動かしてる存在が、自分がどう動いてるかすら分からないのですか? 剣士に限らず武人とは、身体の動かし方から学ぶというのに?」

 レイは人差し指で、グラディウスの体を示して、口の端を上げて呟いた。

「雑魚」


 グラディウスは沈黙した。

 反論したい。

 だが、できない。

 感情が怒りに振り切れて、でも心当たりがあって冷却される、その繰り返し。


「もう一つ」

 レイは、片手剣を左手へ持ち替えた。

「さっきから言い続けておりますが……」

 レイの手首が、不自然な角度で動いた。

 人間の剣士ならば、力が入らない角度。

 肩も腰も使えない角度。

 だが、剣は横へ走った。

 グラディウスは咄嗟に受けた。

 重い。

 ありえない角度からの一撃なのに、剣に乗った力は本物だった。

 骨の体が後ろへ押される。

「ぬうっ」

「今の体なら、人間の限界を真似る必要はありません」

 それを聞いた瞬間、では目の前に居るのは『何』なんだと、グラディウスは思った。

 魔法戦闘で負けるなら、まだ言い訳はできたが、己が専門分野に立たれたら異質さが際立って見えた。

「……貴様は、本当に人間か?」

「もちろん。体から血肉に至るまで、正真正銘の人間です」

 レイの声は淡々としていた。

 責めているわけではない。

 ただ、事実を述べている。

「死してなお剣を振るう。リッチとなってなお『魔法使い』でなく『剣士』である。それを選んだのなら、人間であった頃の形に縛られる必要はないでしょう」

「……」

「己に満足する者に、ここまで言いません。ただ、貴方がこちらに来て、負け続けても挑むのであれば、工夫をこそするべきです。違います?」

「……」

「貴方のできる事は、その体を使いこなしてこそ、違いますか?」

 グラディウスは、剣を握り直した。

 骨の指が、かすかに軋む。

「儂は……」

 声が低くなる。

「儂は、生前の剣を捨てられない。肉が落ち、骨になり、魔力で動く体となっても、剣だけは昔のまま残したかった。そのせいで負け続けておると?」

「挑戦者を相手に、自らの流派が到達点であると示し続ける事が、悪いとは言いません。それは帰ってからも、ダンジョンの最奥で続ければいい」

 ラウンレイフィは一呼吸置いて、言葉で相手の急所を突く。

「でも、勝ちたくて私の元に来てるのに、工夫足りてないんじゃないですか? いい加減、雑魚の相手はしたくないので。出禁にしますよ?」

「……」

 グラディウスは、かすかに笑ったようだった。

 骸骨なので表情は分からない。

 だが、眼窩の炎が揺れた。

「よかろう」

 彼は剣を構え直した。

 ただし、先ほどとは少し違っていた。

 足の位置は同じ。

 剣先も同じ。

 しかし、肩の力が消えている。

 腰の沈みも、ほんのわずか浅い。

「もう少し、時間がかかると思いましたが」

「試すだけよ」

「良いことです」

 グラディウスが動いた。

 先ほどより遅い。

 いや、違う。

 起こりが少ない。

 踏み込みは小さい。

 それなのに、剣が先に来る。

 完全ではない。

 ぎこちない。

 長く続けてきた人間の剣技と、今の体に合わせた魔力駆動が噛み合っていない。

 だが、一瞬だけ、グラディウスの剣は先ほどより読みにくくなった。


「今の方が良いです」

 レイの剣が、それを受けた。

 金属音。

「ぬ……!」

「ですが、まだ迷っていますね」

 レイは二撃目を受け、三撃目を弾く。

「人間の剣を捨てるのではありません。骨の体に合わせて、組み直してください」

「簡単に言いおる……貴様の顔が、腹立たしい」

「顔?」

「できて当然と、言いたいのであろう」

 グラディウスの斬撃が乱れる。

 怒りではない。

 迷いでもない。

 新しい動きを試そうとするがゆえの乱れ。

 レイは、それを一つずつ受け流す。

 時に弾き。

 時に避け。

 戦いというより、稽古だった。

 しかし、その稽古は、並の冒険者が踏み込めば一瞬で命を落とす密度を持っている。



 やがて、レイが下がった。

「今日は、ここまでにしましょう」

「まだだ! あと一歩、儂は進める!」

 グラディウスの眼火が燃える。

「まだ儂は、貴様に一太刀も浴びせておらん」

「そもそも、斬撃を食らったら死んでしまいますよ」

「貴様がその程度で死ぬ未来が見えぬ!」

 レイは、追い詰めすぎて、自己評価が低くなったグラディウスを憐れむ。

 きっと、一般的には、多分。ダンジョンのボスが弱い訳がない。

「次回の課題ができたでしょう」

「勝手に終わらせるでない!」

「この魔法の維持にも、魔力を使いますので」

「貴様がその程度を惜しむか」

「店の営業中です」

「客は儂しかおらんであろう」

「お客様ではなく、挑戦者でしょう」

「ぐ……」


 レイは剣を下ろした。

 避けるでも、受けるでもない。

 ただ、足を上げる。

「最後に、助言を」

 レイが言った。

「剣士であっても、魔力の体を使う以上、剣以外の合理も知っておいた方がいいでしょう」

「何――」


 レイの足先が、グラディウスの胸甲に触れた。

 軽く。

 本当に軽く。

 棚の埃を払うような動きだった。

 次の瞬間。

 魔力が一点に集まった。

 重さではない。

 圧である。

 グラディウスの体が、砲弾のように吹き飛んだ。


「ぬおおおおおおっ!」


 骸骨の叫びが、戦闘空間に響く。

 石畳の果てに、いつの間にか扉が開いていた。

 向こうには、薄暗いダンジョンの広間が見える。

 玉座。

 積み上がった骨。

 古い剣。

 青白い炎が灯る、ソード・リッチの領域。


「またのお越しをお待ちしております」

 レイはいつもの店主の声で言った。

「ラウンレイフィィィィ!」

 グラディウスの声が、扉の向こうへ消えていく。

 最後に残ったのは、低い笑い声だった。

「く、くく……また負けたか」

 骨の体が、玉座へ叩きつけられる音がした。

「次こそは……貴様に一太刀、浴びせてくれる……!」


 扉は静かに閉じた。

 広がっていた戦闘空間が消える。

 壁が戻る。

 天井が下がる。

 石畳は、いつもの店の床へ変わる。

 棚の魔道具も、カウンターの素材も、小瓶も、何一つ壊れていなかった。


 レイは軽く服の裾を整え、カウンターへ戻った。

 そして、コメント欄が視界に戻る。


:何を見せられたんだ

:ボス戦だった?

:稽古だった?

:退店処理だった?

:最後の蹴り何?

:腰入ってないのに吹っ飛んだんだけど

:ソード・リッチさん、普通に強かったよね?

:店主さんが比較対象だから分からない

:レイさん、今のダンジョンボスだよね?


「はい。昔から、時折挑みに来られる方です」

:時折?

:何年単位?

:昔からってどのくらい?

:ダンジョンボスが挑みに来る店

:店主さん、出禁にしないの?


「今のところは、まだ出禁にしません。今日も、最初は紳士的でした」

:規則守るボス

:偉い

:棚に触らないって言ってたもんな

:前回やらかしたっぽいけど

:成長してる?


「そうですね」

 レイは空になった棚を見た。

 次に作るべきものを考えていたはずの場所だ。

 だが、今日は予定外の挑戦者が来た。

 それもまた、魔法道具店ラウンレイフィの日常だった。


「次は、骨の体に合う剣の補助具でも考えてみましょうか」

:作るの!?

:敵に装備渡す気?

:ダンジョンボス強化しちゃ駄目では?

:世界の均衡が崩れるやつでは?


「商品を買いに来るだけなら、お客様として扱いますよ」

:そういう問題?

:でも作るんだ

:レイさん、楽しんでない?


「退屈ではありませんでした」

:楽しんでる

:退屈しのぎだった

:ダンジョンボス襲来が退屈しのぎ扱い

:この店こわい


 レイは小さく笑った。

 ほんのわずかに。


「では、店の掃除をしたら配信を切りましょうか」

:散らかってない

:全部無傷

:ボス戦後とは思えない店内

:店内戦闘禁止、強い


 窓の外では、夜の来ない島に、いつもと同じ光が降っている。

 風が草を撫で、海が静かに光を返す。

 何事もなかったように。


 しかし、どこか遠くのダンジョンの奥では、玉座に叩き返されたソード・リッチが、骨の指で剣の柄を握り直していた。


 肩を動かす必要はない。

 腰を回す必要もない。

 足で踏み込む必要すら、もしかするとない。

 骨を動かすのは、筋肉ではなく魔力。


 ならば。

「……骨の合理、か」

 グラディウスは低く呟いた。

 空洞の眼窩に、青白い炎が灯る。


「よかろう、ラウンレイフィ」

 彼は剣を持ち上げた。

 人間だった頃の構え。

 それを、少しだけ崩す。


 長く染みついた形を変えることは、死者であっても容易ではない。

 むしろ、死者は成長せず、未練にしがみつくだけの気質が強い。

 だが、敗北は終わりではない。

 次の修行内容が決まっただけだ。


「次こそは、一太刀」

 ダンジョンの奥で、骨の剣士はまた剣を振り始めた。


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