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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の四

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15/32

報酬は必要なもの

 朱莉が言語り「箕島勘助」を呼び出してからあっという間に一週間が過ぎた。

 言語りについて説明を一切しなかった智人に関しては、丸一日朱莉が敬語を使い続けた結果、全力で泣きを入れてきたために、その後丸一日後に解除した。

 まあ、言語りについてよくよく聞こうとも知ろうともしなかった朱莉にも非があったのだ。長引けば引っ込みが付かなくなっていただろうし、ちょうど良かったともいえる。

 丸一日後なのは恨みの分である。



 宗形からあらかじめ言語り回収に関する手引き書が送られてきていたため、会社から帰宅後はそれを片手に勉強会を開くのが朱莉の日課になっていた。


霊布(れいふ)で包まれれば、簡易的な封印となって見聞きすることはありませんので」

「この話はほんと真宵ちゃん」

「ん。ほんと。でもなければ、本をとじられていてもしばらく自由にできる。真宵の中だと特に」


 食堂の机で冊子と本を広げていた朱莉は、真宵の言葉を受けて冊子に書き付ける。

 朱莉の隣の椅子に座って足を揺らめかせる姿は大変に楽しそうだ。

 書斎もあるにはあるが、電球が取り替えられていないため夜は使えない。

 反対側に座る智人がものすごく悲しそうな顔をしていたが、綺麗に無視をした。


 活字で印字されているそれは、几帳面に注意事項と手順をまとめられているためわかりやすかった。

 その勤勉さときまじめさはどう考えても宗形と重ならなかったため、別の人間がまとめたものだろう。

 普通なら流してしまいそうな部分まで詳しく掘り下げているそれの作成主に、朱莉は大変好感を持った。できるならば会ってお礼を言いたいものだ。


 さりさりと鉛筆を滑らせ、かなり余白が埋まった冊子に満足していた朱莉だったが、扉を開けられる音に顔を上げる。

 智人が敵愾心たっぷりのまなざしでにらむ中、食堂にふらりと勘助が入ってきた。


「おおうい、嬢ちゃん帰ってたのか。毎日毎日ご苦労さんなこって」

「ただいま勘助。そりゃ働かないとご飯食べられないからね……ってちょっと待って、なんで酔ってるの?」

「そりゃあさっきまで昼酒してたからなあ。嬢ちゃんのおかげで久々に飲めて楽しいぜ」

「そうじゃなくて、今日はお酒買ってきてないはずでしょ?」


 上機嫌の赤ら顔で言う勘助に朱莉が眉を寄せれば、はっとした様子で真宵が立ち上がって厨房へ走る。

 戻ってきた真宵は涙目で悔しそうに言った。


「お料理用のお酒、からっぽだった」

「そこか……っ!」


 朱莉も頭を抱えていれば、全く気にした風もない勘助が人を食った態度で言った。


「まあそこそこ良いの使ってんじゃないの。悪くなる前に飲まないといけねえからな。うまかったぜ」

「その咥えてるやつも私のおやつのするめじゃない……!」

「嬢ちゃんずいぶんしぶい趣味してんのな」


 からっからと笑いながらするめを噛む勘助を朱莉はじっとりとにらみつける。

 このやりとりがこの一週間、ほぼ毎日繰り広げられていた。

 が朱莉が口を開く前に、智人が耐えかねたように立ち上がって勘助へと身を乗り出した。


「勘助、うちの財政圧迫しないでください! 朱莉様がお優しいから良いものをこの一週間で何本空けてるんですか!」

「んなもん、覚えてねえよ。もちろんそれぞれの酒はうまかったけどな」

「じゃあ安酒でもいい?」

「それとこれとは別だ」


 朱莉が横から問いかければ、勘助があっさりと手のひらを返す。

 あっさりとした朱莉の態度に動揺した智人が朱莉に詰め寄った。


「あ、朱莉様はいいんですか! お金を稼ぐために明日行くんでしょう!?」

「いやでも報酬欲しいって言うんだから、あげないと」


 そう、ただ働きは良くないと思うのだ。

 とりあえず朱莉が感じた印象で、箕島勘助という言神は典型的な飲み助だった。


『まあ、俺の仕事はわかった、が。ただではできねえな』


 呼び出した内容を理解した勘助は、屋敷内のひと部屋に居座ると、仕事の報酬として酒を要求したのだ。

 朝起きては迎え酒を飲み昼は二日酔いだと言ってだらしなく寝そべり、夜には本番だと酒盛りをしているらしかった。

 放っておくと1人で一升瓶をからにするため、朱莉のお財布はさらに危機的状況に陥っている。

 それでも言神だったとしてもただ働きは良くないと思い、朱莉は仕事帰りに適当な酒を購入して帰っていた。

 とはいえこの有様を見ていると、護衛役として本当に役に立つのは少し疑問に思ってしまうのは仕方がない。

 そろそろ近所の酒屋さんに顔を覚えられてしまっていて恥ずかしいし、と朱莉が考えていれば、まだ承服できない様子の智人が出し抜けに言った。


「あと勘助、確かに朱莉様はじじむさい嗜好をされておりますが、それもまた朱莉様の魅力なのですよ!」

「智人ちょっと黙って」

「はいっ!?」


 朱莉が冷淡に言えば、智人はどことなく嬉しそうながらも黙り込む。

 まだうら若き乙女でいるつもりなので、渋いは許せてもじじむさいと言われて喜ぶ趣味はない。


 勘助はそのやりとりを面白そうに見つつ、朱莉の差し向かいの椅子を引き出して、勝手に手酌で酒を飲み始めた。

 もちろん料理用に使われていた酒で、するめは朱莉のおやつである。

 ちょっぴり悔しかった朱莉は、上半身を伸ばして細かく裂かれたするめを脇からかっさらった。

 目利きしたとおり、我が愛しのするめは大変に美味だ。

 夕飯後でもおやつは別腹とかじっていれば、愉快げに勘助が酒とっくりを振った。


「おう、嬢ちゃんも一杯やるか」

「やりません。明日は仕事ですし」

「そういえばそうだったな」


 もはや目上だろうがなんだろうが気にするのも馬鹿らしく、敬語もほぼなしだ。

 ただ、心底うまそうに酒を呑む姿を見ているとなんだか毒気を抜かれてしまうのも、憎めないところだった。

 朱莉がぼんやりと眺めていれば、くい、と猪口を傾けた勘助がこちらを向いた。


「嬢ちゃん、んなに根詰めたところで、金がもらえるわけじゃねえだろ。とっとと寝ろよ」

「んなっ朱莉様の努力を馬鹿にするのですかっ」


 智人が聞き捨てならないと勘助の前へと歩いて行く。真宵もむっとした表情で勘助をにらみつけ一触即発の事態にも関わらず、勘助は全く動じた風もなかった。

 ただ悠然ともてあそびながらこちらを見つめるのを、朱莉はじっと見返した。


「……そうね。そろそろ引っ込むわ。明日はちゃんと付いてきてくれるのよね」

「まあな、これだけ愉快な酒をもらったんだ。酒代くらいは働いてやんよ」

「勘助っ」


 智人が咎めるのも全く意に介さず勘助は立ち上がると、すれ違いざま彼の肩を叩いて去って行った。

 見送る形になった智人は怒りに震えていたかと思うと、朱莉に向かって頭を下げる。


「朱莉様あのような男を勧めてしまい申し訳ありません。完全に僕の間違いでございました。あれでしたら僕だけが付いていく方がまだマシです」

「前々から気になっていたんだけど、智人はどうして私にあの人を薦めたの」


 完全に大まじめに言いつのる智人に朱莉が問いかければ、彼は少し言いよどんだ。


「……純粋に、強いからです」


 それでも智人は口惜しげな様子ながらも続ける。

 偽ることなどできない、とでも言うように。


「鬼神殺しと定義される言語りは多々あれど、実際に切ったとされる存在はごく少数です。伝承された逸話だけでも効力を発揮するとはいえ、その差は封じられた言神にとって計り知れぬほど大きい。そして箕島勘助は数少なく史実に鬼や神殺しが記録されている存在なのです」

「そうね、主君に任された鵺狩りに、さらわれた妹を助けるためにやった鬼駆けは人間離れしていたわ」

「はい。弁士要らずとすら称された武士です。故に言語りに定義された箕島勘助は、ありとあらゆる神魔魍魎を切ることができます。今回の仕事にこれ以上ないほど適任です」

「でも言語りに書かれた悪い逸話が表に出るって事はないの」


 智人が一瞬言葉に困ったように言いよどむのに、朱莉はなんとなく察しながら言葉を続けた。


「箕島勘助は確かに鬼神殺しで有名だけど、もう一つ有名な悪名があるわよ。それでもあなたは私に持たせたの」

「朱莉様が言語りを語らない、とおっしゃったからこそ、おすすめしました。語らずとも強い。むしろ語らないからこそ力を発揮しますので」

「あんな昼行灯を絵に描いたような飲んべえでも?」

「そ、それを言われると弱いのですが……僕らが顔を合わせた時は違ったのですよ……」


 しょんぼりと眉尻を下げる智人は気を取り直したように言った。


「普通は悪名も権能として使われますし、よほどの物でも写しを作られる場合は省かれる事が多いですから。普通は問題にはならないんです……ええとあのこれも言った方が良いことでしたでしょうか」


 智人はよほど朱莉に敬語を使われた事が堪えたらしい。

 おずおずと伺うようにこちらを見る青年に、朱莉は思わず吹き出した。


「私は言語りの語り方も分からないのよ。語れって言われても無理だから、教えてもらってももらわなくても同じだったわ。今教えてもらったからこれは問題なし」

「そうですか、よかった」


 心底ほっとしたため息をついた智人は、朱莉が荷物をまとめているのに気がついて瞬いた。


「本当に、今日は終わりにするのですか」

「まあね。最近ちょっと夜更かし気味でもあったし、明日に響かないように早く寝るわ」

「確かに、寝室にこもられて何かされていたようでしたが。どこからか書物を借りられていたようでしたし」


 立ち上がった朱莉は、智人が何気なくつぶやいた事に、冷めたまなざしを向けた。


「智人、なぜ知っているのかしら」

「い、いえ違うんですよ!? ただ窓から明かりがこぼれていましたのでっ」

「まあ、そういうことにしておいてやりましょう」


 朱莉が納得したのに息をついた智人が、きらきらとしたまなざしで朱莉を見つめた。


「でしたら、明日は僕が……」

「真宵ちゃん。悪いけど明日寝坊しそうになったら起こしてね」

「わかった。主さん、ちゃんと起こすね」

「ああご無体なっ」


 今までのんびり手遊びをしていた真宵が任せろと胸を叩くのににっこり笑って、朱莉は自室に戻ったのだった。



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