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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の四

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14/32

言語り「鬼神殺し」

 数多くの言語りが納められている書庫は、相変わらず静謐で神聖な空気で満たされていた。

 なんとなく、汚して置くのがためらわれて朱莉もここだけは自分で時々掃除をしていた。


 書庫内の壁に並んだ言語りの棚の数々を見回して、よくこんなところで寝てられたな、と思いつつ、朱莉は智人に話しかける。


「で、どうしたら良いのかしら。そもそもどれにしたらいいの?」


 なるべく面倒そうじゃないやつが良い、と言う本音を隠していれば、智人は右手の書棚の特に広く取られた一角を指し示した。


「今回、朱莉様に起こしていただくのはこちらです。神書棚の前で、二拍手一礼をしたあと、取り出していただけますか」


 その細いしめ縄と札が貼られた本棚の一角に朱莉は向き合うと、言われるがまま二拍手一礼をする。

 どこか空気が和らいだような気がして、やはりここは特別な場所なのだなと改めて感じながら朱莉は棚の上に手を伸ばした。

 朱莉の目線の上にある棚であるために、表紙が確認できなかったのだ。


 取り出したのは、和綴じの書物だった。真宵の時とは違い、表紙は補強された和紙で、それなりに厚みがあり、手にずっしりと重みを感じる。

 さらに、黒々とした墨書きで達筆に記されていた題名に、朱莉は目を見開く。


「こちらは、ある侍の生涯を記した……」

「鬼神殺し箕島勘助(みしまかんすけ)!」

「ご存じなのですか? 確かに歌舞伎や浄瑠璃の題材にもなっていますが、物語がお嫌いですからてっきり……」


 目を丸くする智人に朱莉はしまったと思った。

 けれどどきどきと胸が高鳴るのを押さえて、平静を装って応じた。


「いちおう教養程度には知ってるし、学校の成績は良かったから、歴史上の箕島勘助はそこそこ詳しいわよ」

「なるほど。そちらまでは把握していませんでした。言語りではあくまで記された逸話で能力や強さが決まるものですから。史実がどうであったかはあまり関係がないのです」


 不審には思われていないようで少しほっとしつつ、朱莉は少し疑問を覚える。


「多くの人に語られている物語はそれだけ力があるって事なら分かるけど、人間の逸話も言語りにするのね。妖もの封じる手段だと思っていたのだけど」

「ええ。人もまた、恨みを持ち怨霊や妖怪。鬼と化す事はありますから」

「け、結構えぐいこと言うのね」


 朱莉が少々身を引いていれば、智人は不思議そうに小首をかしげた。


「そうですか? 害意となるものを封じるための言語りですから。怨霊と化せば人も封じる対象ですよ。古の皇や武将なども言語りが生まれる以前には現人神として祭られておりますし」

「いや、うん。そうだけど」

「あと、強力な言神の封じられた言語りの場合、写しを作ることで分霊し利用される事もよくあるのです。原典と違い様々な解釈を入れられるのが常ですので、力は衰えますが……」


 箕島勘助だったらそういったこともありうるだろうと朱莉はひとまず納得することにした。彼の逸話と功績と罪は何百年も前にも関わらず多くの人々を引きつけてやまないのだから。


「でも封じた存在の写しを作るなんて、一体何のため?」

「たいていは神魔言神に対抗するためです。分霊という形でその題材となった言語りの力を利用することができますから」

「……つまりは武器として作られるって事」


 朱莉が踏み込めば、智人は曖昧な表情で沈黙した。

 それは肯定しているようなものだろう。朱莉は息をついて青鈍(あおにび)色をした表紙を撫でた。

 このさわり心地は、とても良い物なのだが。


「呼び出すだけでしたら、真宵の時と同じように名を呼ぶだけで充分ですので」

「了解」


 智人の言葉に応じ、ちょっと呼吸を整えた朱莉は、はらりと青鈍の表紙をめくる。


「”定義されしは鬼神殺し、名を箕島(みしま)勘助(かんすけ)”」


 開いた頁から、青鈍色の帯が力強く伸び上がる。

 真宵の時とも、智人の時とも違うそれは、朱莉の目の前でゆるりと絡み合い人の形を作り出す。

 朱莉はその形取った姿の大きさに目を丸くした。

 やがて青鈍色の帯が解けると、精悍な面立ちをした30代ほどの男がたたずんでいた。

 背丈は背が高い方である智人とほぼ変わらない。

 実用一辺倒の青鈍の着流しに身を包み、高い位置で無造作にくくった髪がざんばらに広がり、背中にまで流れている。

 腰にはやけに鮮やかな黒地に金の塗りをした打刀を一振差していた。

 圧迫感を感じるのは、表情や全体からにじみ出る険しい空気のせいだろう。

 しかし箕島勘助は鋭い三白眼をゆるりと開いたかと思うと、大きくあくびをした。


「ふ、ぁあああ……よっく寝たぁ」


 緊張していた朱莉が面食らう中で、勘助はまったく気にせず無造作にぼりぼりと腹を掻いている。

 そうすると纏っていた空気が一気に砕け、怠惰な気配に変わった。

 さっきまでの鋭さなどみじんもなく、おっさん臭すら漂う姿に面食らう。


「あなたが、箕島勘助さんですか」

「おう、俺が勘助だ。いちおうハジメマシテだな、嬢ちゃん」


 にっと粗野に唇の端をつり上げる勘助の、含みのある言葉は引っかかったが朱莉が追求する前に智人が声を発した。


「おはようございます。勘助」

「よう智人。あんたが俺を呼び出させるなんざどういう風の吹き回しだよ。明日にゃ血の雨が降るって事はねえよな」

「仕事ですよ。来週末この朱莉様の護衛役をしていただきたいのです。あなたが一番適役ですから」


 茶化しながらも物騒な事を言う勘助に智人は平静な表情で事情を説明する。

 おすすめ、と言うからには朱莉はそれなりに親しいのだろうと思っていたのだが、気安くはあるものの、どこかぴりっとしたものが漂っている気がして面食らう。

 しかし勘助はそのような気配など感じていないように、ざらと無精ひげの生えるあごを撫でた。


「ふうん。話は分かった」

「よろしくお願いします御作朱莉です」

「……ま、久々の娑婆だ。それくらいはしてやらあな。ただ人前で着替えないようにした方が良いぜ」


 いくら怪しかろうと、社会人の基本は挨拶からだ、と朱莉はぺこりと頭を下げたのだが、勘助に奇妙な事を言われてきょとんとした。


「ひとまえ?」

「俺たちは言語りに封印されていても、なんとなく周囲が見えたり感じられたりするもんだからな。だいたい人間の目と同じくらいか? 育っているところは育っているみてえだがちょいとばかりやせすぎじゃねえか」


 勘助がしみじみと言うのに、ようやく思い至った朱莉はがっと顔に血が上るのを感じた。

 思わず周囲を見回せば空きはいくつかあるものの、それなりの数の言語りが今も眠っている。

 初日にはここで眠っていたのだ。朱莉は。あまつさえこの部屋で何度か着替えもした。

 智人を追い出しただけで満足していたが。もしここに居る言語りがすべて意識があったとしたら。


 そういえば思い当たることはいくつかある。真宵が名乗った覚えもないのに朱莉の名前を知っていたし、なんとなくこちらの行動を把握している時があった。

 タイミング良く智人が現れるときは、必ず本鞄を持っている時だったじゃないか。

 すべて言語りを通して把握していたのだとしたら、すべて説明が付く。


 朱莉の中で感じたことがないほどの熱がこみ上げる。本を誰に開かせるかを自由にできるのであれば、気づけてもおかしくなかったのに。気づかなかった己への怒りと、勘助の指摘の仕方の意地悪さにも怒鳴り散らしたい思いでいっぱいだったが。


「あの、朱莉様? どうなされましたか」


 朱莉はまず、目の前で困惑する智人をぎん、と睨みあげた。


「どうなさったもこうもございません夜行様」

「あ、朱莉様!?」

「しばらく近づかないでくださいませ。部屋のしたくも食事の仕度も真宵ちゃんに任せます」

「そんなご無体なっ」

「無体かどうかはごじぶんの胸に手を当ててお考えくださいませ」


 朱莉が愕然とする智人を絶対零度のまなざしでにらんでいれば、くつくつと笑う勘助が朱莉の脇を通り過ぎる。


「せいぜい俺をうまく扱ってくれ。嬢ちゃん」


 ざんばらの髪をゆらし、部屋から出て行く勘助のうさんくささも朱莉は気になったが、今は半泣きで取りすがろうとする智人を優先したのだった。




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