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そしてその後の卒業生達

「攻略対象」とサーフェイ。

「倒れたと聞いたぞ、大丈夫なのか、サーフェイ」

「……ああ、これは殿下」

 客がきた、と聞かされたとほぼ同時に部屋に飛び込んできた少年にサーフェイは呻くように応じた。

 少年、と言うには些か薹が立ってきた。サーフェイよりは年下だが、それでも学園は既に卒業して騎士団に所属したはずだ。未だ、当たり前のように三人の護衛を引き連れている。

 ちなみにここは辺境のブリュー公爵邸。アダティスが言うように、サーフェイが体調を崩して寝込み、ようやっと少し落ち着いたところなのだ。

「ただの疲れです、お気になさらず」

「ここんとこ爵位の継承とか何とかでばたばたしてたせいで、過労だそうですよ」

 応じるサーフェイにかぶせるように、枕元に立ったソルが付け加える。

「……無理はするなよ」

 上体を起こしてはいるもののまだサーフェイの顔に血の気は薄い。案じるアダティスの言葉に彼は苦笑した。

「まあ、ちょっといっぺんにいろいろありすぎでしたので。一応は区切りもつきましたし、少し休ませていただきました」

「いやほんと、無理しないでくださいよ、導師」

「ありがとう、トパジェ。……一つ言っとくともう学園は辞めたのだから『導師』呼ばわりも辞めてくれないかな」

 しかも明らかに敬っていなくて(まあ敬われても困るが)単なる呼び癖だ、特に彼の場合は。

 サーフェイの苦情に小首を傾げてそれから彼は人好きする笑顔を浮かべた。

「では、ブリュー公爵」

「どっちだか判らない」

 笑顔で言ってのける彼をサーフェイはあっさり切って捨てる。

 通常王都で『ブリュー公爵』と言えばそれはサーフェイの伯父、王宮魔導師長タザニア・ブリュー公爵を指す。まあここ辺境では、サーフェイ自身のことが殆どではあるが。

「えー、じゃあ何て呼べばいいんですか」

「……サーフェイでいい。なんというか……今更だし」

 許可を出すとトパジェはちょっと目を丸くしてからアダティスにウインクして寄越した。それに王子も頷く目元が笑っている。他方、エイメッドは感心しない様子で吐息をつき、パルミナも複雑な様子でそっと寝台に寄り添ってきた。

「サーフェイどう、……サーフェイ、もう少し休まれた方がよろしいでしょう。顔色があまり良くありません」

「そうだな、ありがとう」

「あ、ブランシェの令嬢方からもお見舞いをお預かりしてきましたので置いておきますね」

 にこやかに付け加えられて目を(しばたた)く。

「それはまた……気を遣わせてしまったかな」

「ご令嬢方も、案じていらっしゃいました。お元気になられたら、是非お会いしたいそうです」

 今一つ状況が飲み込めていないサーフェイに、トパジェがますます混乱するようなことを言い出す。

「ブランシェ公の令嬢なら、ブリュー公爵に娶せても遜色ないでしょうね」

「……何でそうなる」

 苦い顔でサーフェイは彼を睨みあげ、ちらっとアダティスの様子を伺った。

「いやだって。公爵位継いでその歳で婚約者もいなかったらそりゃ狙われますって」

「こんな辺境来たがるご令嬢なんかいるのか」

「星の数ほど」

 どこまで本気か図りかねるトパジェの言葉に、投げやりに返せば思ってもみないほど真剣な返事が返った。目を丸くし、他の青年達に目を向けるが彼等も揃って真顔である。

「言っておくがサーフェイ。今のところ、父上達は動いていないが、おまえとの婚姻を許可してくれという請願はそれこそ無数に出されているぞ」

「はいー!?」

「領地も最近はずいぶん賑やかになったしさあ。もう辺境とは言いにくいぞ、伝を辿って住みつく人間も増えたし」

「こちらに神殿の建設をさせていただきたいと要請があったと思いますが……」

 パルミナのいうように、神殿は基本的にある程度栄えている土地にしか建てられない。神殿にも経済的事情はあり、利があると判断された場所を選ぶのは当然だ。つまり、寄付を集めてでもブリュー領へ神殿を建設する意義があると考えた、ということだ。

「……うわ、また面倒な」

「……うちの、祖父が」

 サーフェイが呻くと、今までずっと沈黙を守っていたエイメッドがおもむろに口を開いた。

「お世話になったとずいぶん感謝していた。何か、手伝えることがあれば是非仰っていただきたいと」

「え、えぇ?」

「もちろんうちの親兄弟も似たようなことは言ってるし。あとアンドレシアス侯爵からもそんな感じの伝言を預かってきました」

 トパジェの実家は伯爵家、エイメッドは侯爵家の嫡男。そしてパルミナは神殿から仲介を託されてきたらしい。アダティスは言う間でもなく第二王子だ、非公式ながら王家からの使者とも言える。

「……そう、言われましてもねえ」

 唸りながらサーフェイは体を起こしてきちんと座り直す。彼を囲むように座った友人達の中、アダティスの後ろを守るように立ったままのパルミナと寝台脇のソルも座らせる。

「新しい技術や料理を秘匿するとか独占しようとは思わないんですが」

「申し訳ないが既にそういう問題の話ではなくなっている。……私にも、サーフェイを紹介してくれとあちこちから言われているくらいだ」

 エイメッドは侯爵子息で既に爵位を継いだサーフェイより地位が低い。少なくとも世間はそう見るだろう、そういう立場で普通に口を聞くのはやりにくいらしくどこかぎこちない。

「いや、口利きと言われても……」

 サーフェイはいったん言葉を切った。ちょっと考えて、これまでに幾つか決めていたことの一つを口にする。

「……結婚はしないつもりで考えている。本家から魔道の才がありそうな子どもでも引き取って後を継がせればいいんだし」

「え、えぇー」

「そんなの、通るのか?」

 呆れたように問い質されて肩を竦める。

うち(ブリュー公爵家)の場合は通ると思いますよ。何しろそういうのは初めてでも無い、結構ある話なのでね」

 サーフェイの父こそ血がつながっているが、その前の辺境公は直系では無く大叔父に当たる。それも馬鹿がつくほど魔道にのめり込む研究者で、サーフェイの前世的に言えばマッドサイエンティスト的な人物だったらしい。

 妻も娶らずもちろん子も成さず、最終的に本家筋からサーフェイの父が養子として後を継いだ。そういうことが割に起きる家系、それだけ魔道に耽溺しやすい血筋であるらしい。

「まあ、適当な子がいなかったら学園の卒業生で見込みがありそうなのを連れてきてもいいし。……後ですね、俺が嫁をもらうとしたら貴族のお嬢様でしょう」

「それはそうだろう、サーフェイだって公爵なのだから」

「そうすると、年齢的に概ね俺が教えた子達なんですよね。……何というか、ちょっと気が咎めるので……」

 サーフェイは普通より早く魔道学園に入学し、そして普通より短い期間で卒業した。その後教える側に回ったので、自分と同じ年代から下に掛けてはほぼ教え子である。

「……判らないでもないが」

「気に、なさいますか? ……これから学園に行く子なら構わないのでは?」

「そうすると年が違いすぎる。……まあ、絶対とは言わないけれど気が進まないのは同じ、なので」

 その手の倫理観はこの世界の方が前世よりずっと緩いのは確かだ。王族を頂点とする身分社会であることもあって下の身分の者を取り上げることは取り上げられた者の名誉とされるが、身分がそれほど変わらなければ教える立場として教え子に手を出すとか囲い込むとかはあまり褒められた話で無いのが実情。

 そして何よりサーフェイ自身が、そうしたやり方に忌避感を覚える質なのだ。双方合意であれば、そしてきちんと判断力があれば別に教師と教え子でも気にしない。ただし他人事なら、の話だ。



「そう言えば、ソルはこの先どうするんだ?」

 サーフェイは顔色も良くないし、まだ本調子ではないのだろうと休んでもらった。そのまま応接間に移動してお茶を淹れ直す友人にアダティスは気負わず話しかける。

「あ、えー……」

 応じかけてソルは言葉に詰まる。その様子にトパジェが不思議そうに首を捻った。

「何、どうかした? この面子だよ、今更気を遣わなくても」

「……んじゃまあ、お言葉に甘えさせてもらいますけど」

「それで、どうするんだ」

 この場でソルとパルミナは何の地位も持たない平民だ。神官職の資格を持つパルミナはまだいいが、ただの一般庶民であるソルにとって本来高位貴族の彼等は最大限の敬意を要する相手なのだ。

 もちろんサーフェイもそこに入る。学園内では建前上、家の地位による上下はないとされていたから、気安く振る舞っていたがそのことを無視するほどソルは周りが見えないわけではない。

 とりあえずトパジェの許可をアダティスが追認するのを確かめてから口を開く。

「実は、サーフェイ……ブリュー公爵から、側仕えになってくれないかって頼まれてまして」

 その言葉に相手の青年達は顔を見合わせた。驚愕、というか戸惑う雰囲気を感じながら後を続ける。

「ただそうすると、公爵の側仕えに無位ってわけにはいかないでしょう。そんでどうするか、といろいろ話はしてるんですが」

「……とりあえずソルは、その無理矢理気を遣った口調は止めるべきだと思う」

 何が驚いたって、礼節とか口調には意外と厳しい、その割に他人には差し出口をしないエイメッドが口火を切ったことにソルは驚かされた。

「……確かにな。サーフェイそういうの嫌がりそうだ」

「何て言うか今更だね、ソル実家の方とか問題ないのか?」

「それはない、うちの祖父さんも親父も恩義感じてるから。サーフェイには骨身を惜しまず尽くせと言われてるんで」

 実際、ソルの生家はサーフェイが発案した肉の加工で財を成し、今や王都でも人気の店を出していた。卸売りも盛んで、有名な店や或いは高名な貴族が顧客になっている。

 それをもたらしたサーフェイには祖父や父、ソル自身だけでなく感謝している。そもそもブリュー領は彼の手腕なくばもっと貧しく生活も厳しいところだった。

 彼がまだ五歳くらいの頃、魔導具を王宮の魔導師達にその仕組みごと売った金で学校を設立した。簡単な読み書きと四則演算程度の計算を教え、そのため集めた子どもには昼食まで取らせた。

 後で本人にその話を聞いたところ、働き手を駆り出すには対価が必要と考えた故だったらしい。無料でも今現在の利が無ければ人はなかなか動かないと、彼はそれをよく知っていた。

 またそうして知恵を付けた領民達は畑を耕すのも物を作るのも、或いは商売をする者も才覚を発揮する者が増えた。人口が増えたのは他所からの流入ももちろんあるが、貧しさに死ぬ子どもや離散する家族が減って生活が安定したことが大きい。

 ソルだけでなく、彼等はいずれもサーフェイに恩義と親愛を感じている。取っ付きは悪いし貴族らしくもないが、能力があってそれをひけらかさず他者のために活かすことをいとわない。

 本人は気づいていないが、学園時代には懸想する令嬢もいたらしい。もっともあの様子では望み薄だ。貴族同士の駆け引きは嫌っているというか疎んじているのか、とにかく好まない様子だが男女間の機微はそもそも目に入ってさえいない。或いは、最初から自分には縁の無いことと切り捨てているのかもしれない、それくらい徹底している。

「まあ、サーフェイ自身が独り身を貫くというなら、端からどうこう言えるものでもあるまい」

「そりゃそうでしょうが、目の色変えてる連中が退きますかね」

「だからといって、先程の意向を公にすれば、自分の手の者を弟子にと押し付けかねないのでは?」

「どっちもありえそうだな……」

 トパジェとパルミナそれぞれの発言にアダティスは茶を飲みながら苦い顔をする。

 未だに当人自覚が薄いが、彼の才能と知識は貴族社会で垂涎の的となっている。滅多に表に出てこないことが、いっそう稀少性を高めていると言っていい。伯父であり王宮魔導師長でもあるタザニア・ブリュー公爵が睨みをきかせているが、それで大人しく諦める者ばかりではないだろう。

「殿下、本人にも言って聞かせますけどちょっと気をつけてやってもらえませんか」

「おまえに言われるまでもない。……なんというか、彼は自分のことには無頓着だな」


 サーフェイ・ブリューは辺境公として、政治の表舞台に立つことはなかった。一説には人嫌いの魔道狂いとも言われるが、学園時代の彼の教え子はよく彼を慕い長く友誼を保つ者が多かった。

 魔道や領地経営に限らず、多くの革新的な技術やそれまでに知られていなかった作物やその利用方法をもたらした彼の功績は計り知れない。

 そんな彼は、生涯に残る悔いについて語っている。一つは、両親を救えなかったこと。特に母親のアイオラについてはその持って産まれた魔力の強さが原因だったと伝えられるだけに、後になって魔力を魔石に封じて少しずつ鎮める術を編み出した際、『これがもっと早く出来ていれば』と悔やんだそうだ。

 そしてもう一人、学園の講師時代にも同じような状態の少女を力及ばず死なせたことを同様に悔やんでいたという。『どんなに話が通じなくとも、何度でも何度でも話してみるべきだった。途中で諦めてしまったから、結局こうして未だに後悔し続けている』のだと。

何だかけりを付けるつもりで書いた話ですがどんどん泥沼化してしまいました。

これがまあ、限界かなあ。

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