4『新生する決意』
肇は魔族の領地を歩いていた。フードを目深にかぶり、人間だと悟られないようにして帰還術の情報を収集している。
魔族は魔術に長けた種族であり、一般的な魔族は褐色の肌と尖った耳が特徴だ。それ以外に身体的特徴は人間と差は無い。だが、中には獣人など人間とは根本的に違う種族も居る為、人間以外のモノを人間側が魔族と称しているのだ。
帰還術について調べている内に、分かった事がある。それは召喚術が頻繁に行われているという事だ。正式かつ高等な召喚術は召喚される者の資質や能力を予め推し量る事も可能である。人間と魔族の小競り合いが続いている現状、召喚術を執り行い戦力を増強させる事が目的だった。
夕刻。街道に沿って歩いていた肇は廃村に辿り着いた。戦火にのまれたのだろう。比較的に大きな村だが、家屋は破壊され、焼け落ちた痕跡もある。その中で、軽微な被害で済んだ建物があった。
「教会か」
この異世界にも宗教はある。肇の眼前に建つ立派な家屋には、女神のシンボルが描かれている。更に中にはヒトの気配があった。扉を叩くと、中から女が顔を覗かせた。気品のある美しい女だった。
「旅の者だが一晩泊めて欲しい。金は払う」
「構いません。どうぞ」
中には十余人の子供達が居た。
「ここは孤児院か」
「似たようなもの。全員戦争で家族を失った子達です」
教会内に踏み入ると、来客が珍しいのか、屈託のない笑顔を浮かべた子供達に囲まれた。
「ねー何処からきたの?」
「お話してー」
肇が困惑していると、咳払いをして紳士然とした老爺が現れた。
「私はエルウッド。子供達のご無礼をお許し下さい。皆さん旅人さんは疲れておいでです。今は休ませてあげましょう。その前に少しお話したい事があるのですが、よろしいですか?」
「ああ」
肇はエルウッドと外に出た。
「さて、単刀直入にお聞きしますが、人間が何の用ですか? 私は鼻が利くもので、顔は隠せても匂いまでは隠せませんよ」
エルウッドは鋭い眼で肇を睨めつけた。
「俺は異世界から召喚された者で帰る為の方法を探しているだけだ。敵対する意思は無い」
「そうですか。では貴方から微かに香る魔族の血の匂いはどう説明するおつもりですか?」
ユズベルを殺した魔族を敵討ちにした時のものだろう。説明しようにも、既にエルウッドは臨戦態勢に移っていた。
「!」
瞬く間にエルウッドは肇の間合に踏み込んだ。貫手で肇の喉を狙うも、その一撃を肇は何とか躱す事に成功した。油断できない。肇は構えを固めた。
「やはり昔のようにはいかないものだ。ですがこれならどうですか」
エルウッドの姿が変貌していく。その正体は人狼だった。
「やめなさい!」
本格的な戦いの前に待ったがかかる。
「しかし、イザレアお嬢様」
「二度言わせる気?」
「……分かりました」
構えを解いて、エルウッドは闘気を抑えた。肇もフードを被り直すが、人間である事がバレた以上、此処に居場所は無い。それでもイザレアと呼ばれた女は肇を再び招き入れた。
「いいのか?」
「はい。確かに人間は憎いですが、貴方が憎い訳ではありませんから」
そう言って、イザレアは肇を教会内に促し、全員で簡単な食事を摂った。そうして子供達が寝静まった後、肇とエルウッド、イザレアの三人は酒を酌み交わした。聞けば、イザレアは領主の娘であり、エルウッドはその執事を務めていた。しかし、人間の軍隊に攻め込まれ、領主と共に多くの死者を出した。生き残った者も奴隷として連行されたが、エルウッドの采配で子供達と一緒に隠れていたイザレアは難を逃れたのだ。
「そう言えば、まだ貴方の名前を訊いていませんでしたね。私はイザレア。貴方は?」
「飛鷹肇。異世界人だ。元の世界に帰る方法を探して旅をしている」
「召喚術の話は耳にしますけど、元の世界に戻ったという話は聞いた事が無いですね」
「気長に探すさ。そろそろ俺達も寝よう」
肇の言に頷いて、三人はそれぞれ寝床に就いた。
翌朝、教会を出て、肇はイザレア達に別れを告げた。
「世話になった。約束の宿代だ」
「またいつでもいらして下さい」
子供達に手を振って、肇は街道を歩き始めた。
一時間が経った頃だろうか、風に乗って、焦げ臭い匂いが鼻腔をくすぐった。焦燥に駆られ、肇は踵を返して走り出した。
「なっ!?」
教会から火の手が上がっていた。付近には人間の兵士の死体が転がっている。死体には深い爪痕や食いちぎられたような痕が残っていた。エルウッドだろう──その時、剣戟の音が響いた。まだ生存者が居る。肇は音がした方に駆け出した。
人狼の姿をしたエルウッドが、周囲を取り囲んだ兵士達を次々と打ち倒していた。更にイザレアも魔術を駆使して兵士達を子供達から遠ざけてる。
──全員無事だ!
安堵するのも束の間、肇は弓を引いていた兵士に殴りかかった。
「ハジメ殿!? 何故此処に!?」
「昨日の酒があまりにも美味くてな! 銘柄を教えて貰う為に戻ってきた!」
「この難局を凌ぎ切れたら一本差し上げますよ!」
イザレアもエルウッドもまだ軽口を叩く余裕がある。二人は壁を背にしている。逃走は不可能だが、背後からの攻撃の心配はない。後は正面と左右に展開した兵士を片付ければ良い。幸い兵士の数は小隊規模だ。巡見の部隊だろう。上手く立ち回りさえすれば勝てない戦いではない。
そう、勝てない戦いではない筈だった。あの男が現れるまでは。
「ぐっ!?」
突然、エルウッドの心臓が貫かれた。貫かれたと言うより、心臓から剣が生えているようだった。
「ったく、お前ら鈍過ぎ。俺が片付けるわ。邪魔だから下がってな」
そう言って、現れたのは銀色の長髪が特徴の男だった。片手に剣を握っているが、剣の先端から中程までが消えていた。
「あらよっ」
男が剣を引くと、エルウッドを貫いていた剣が消えて、男が手にした剣に血に塗れた先端部分が現れた。
気が付いた時には肇は走り出していた。あの男は放置しては不味い。本能がそう告げていた。だが、
「ふん」
男が剣を払うと、剣先が現れて肇の両足を斬り裂いた。勢いよく地面を転がる肇に、男が声をかけてきた。
「お前人間じゃん。なんで化物の味方なんてしてんの?」
「化物じゃない! 俺達と変わらないヒトだ!」
「あー頭イッちゃってんねー」
肇は両足に力を込めて立ち上がる。
「面倒臭いから死んどいてくれる?」
そう言って、男が左右に剣を振るうと、斬撃が肇を斬り裂いた。
「はいとどめ」
男は剣を大きく振るうと、肇は袈裟斬りに裂かれた。そこで肇の思考は暗転した。
雨が降っていた。
頬を打つ水滴に、肇は目を覚ました。目を覚ましたものの、直に永遠の眠りが訪れるだろう。瀕死の深手を肇は負っていた。
全身に力を込めて上体を起こす。眼前の光景に、肇は絶望した。
「あ……ああ!……うわぁぁ!」
全員死亡してた。エルウッドも、イザレアも、子供達も。
「ぅ……」
微かだが、呻き声が上がる。イザレアの声だ。肇は這うようにしてイザレアの許へ向かう。
「イザレア! しっかりしろ!」
肇は冷え切ったイザレアを抱きかかえた。全身を斬り裂かれ、血の気を失ったイザレアが、肇の顔を見つめる。
「子供達は……?」
肇は無言で首を振った。
「そう……ああ、悔しいなぁ。私にもっと力があればなぁ」
イザレアは涙を流した。
「頼みがある。イザレア。お前の命を俺にくれ。必ず敵を取る」
「ハジメ……うん……良いよ」
「それなら……私の命も貰って下さい」
「エルウッド……!」
人間の姿に戻ったエルウッドは、イザレアを護るように、傍らに倒れていた。
「二人の命、俺が貰い受ける」
そう言って、肇は二人の身体に手を置いた。肇の能力は『同化』と『融合』だが、二つを同時に使うと『略奪』と呼ばれる能力に変じる。肇は呼吸を整えて、イザレアとエルウッドの命を『略奪』した。途端、全身に激痛が走る。身体が内側から溶けるような感覚を味わいながら、泥に塗れて叫ぶ。
どれ程の時間そうしていただろうか。肇は静かに立ち上がった。その姿は以前の飛鷹肇のものではなかった。金の髪。金の瞳。褐色の肌。楕円形の耳。魔族と人間の中間のような姿に変貌していた。
「……」
肇は無言で地面に手を翳すと、大地に穴を穿った。それを繰り返した後、子供達とイザレア、エルウッドの亡骸を埋葬すると、最後に空の墓穴を埋める。それは飛鷹肇の墓だ。
もう自分は飛鷹肇ではない。名前の無い復讐者だ。その決意の為の墓だった。




