3『旅立ち』
肇がユズベルの許で修行を開始してから、半年の月日が経った。基礎体力の向上、組手、能力の制御。それらの合間にこの世界の事や文字の読み書きを教わっている。不思議な事に、言葉は通じるのだが、読み書きはできなかったのだ。
この世界では魔術が基幹技術である。その魔術に長けた種族「魔族」が存在しており、長きにわたり人間と領地を巡って小競り合いが続いていた。
ここまでにしよう、そう言ってユズベルが構えを解く。途端、肇はその場にへたり込んだ。能力の制御には慣れたが、ユズベルにはかすり傷すら負わせる事ができないでいた。
そうして、更に時が経ち、先生の許に召集令状が届いた。魔族の主要都市を攻略する為の戦力としてユズベルの力に軍の上層部が目をつけたのだ。
「私はおそらくこの戦いで死ぬ。ハジメ同行しろ」
「先生……」
「辛気臭い顔をするな」
ユズベルは笑った。虚勢ではない。諦観の境地で己の運命を受け入れているのだ。
「出発は明朝だ。寝過ごすなよ」
そう言って、ユズベルは私室に向かう。肇はその背中を見送る事しかできなかった。
明朝。ユズベルと肇は軍が手配した馬車に乗り込んで、行軍する軍隊と合流した。今回の目的は魔族の主要都市リスラの占領だ。既に戦争は始まっており、援軍に混じってリスラ入りを果たした二人は、魔族の兵士を圧倒しつつ首長の許へ向かった。
不意にユズベルが足を止めた。それに倣って肇も立ち止まる。すると、家の影から抜き身の剣を提げた男が現れた──瞬間、肇の背中を冷たい汗が流れた。只者ではない。思わず身構える肇を制止して、ユズベルが男に話しかけた。
「私はユズベル・レイノール。この戦争を人間側の勝利で終わらせにきた」
「……」
男は応えず、剣を構えた。
「問答無用か」
ユズベルも拳を構える。途端、ユズベルが動いた。男の刃圏に踏み入ると、渾身の中段突きを鳩尾に打ち込む。だが、次の瞬間、男がユズベルの右腕を斬り落とした。ユズベルはすかさず距離を取る。男は吐血した。内臓を潰した代価が右腕だ。割に合わんな、とユズベルは口辺に笑みを浮かべた。
ユズベルと男は五間の距離を置いて睨み合う。次に動いたのは男だ。瞬く間に距離を詰め、剣を横に払う。その剣をユズベルは左肘と左膝で挟み込む。直後、身を翻して男の後頭部に廻し蹴りを叩き込んだ。ユズベルの蹴りは岩をも砕く。決着だ。そう確信して肇はユズベルの許へ走り寄る。
「ばっ──」
男は警戒心も無く刃圏に踏み入った肇に、逃す間も与えず刺突を繰り出した。突如、肇は突き飛ばされる。男の剣はユズベルの心臓を貫いていた。咄嗟に肇を庇ったのだ。男は剣を引き抜いて、距離を取る。ユズベルの蹴りが効いていたからだ。
頽れるユズベルを肇が抱きかかえる。
「そんな、俺のせいで、先生!」
「これも天命だ。気にするな。そら、これを持っていけ」
ユズベルが左手に光の球を作り出す。
「私の力だ。融合しろ。そして必ずあの男を倒せ」
「……はい!」
肇は光の球に触れると、その力を取り込んだ。同時に、ユズベルは息を引き取った。
肇はユズベルを丁寧に地面に寝かせると、立ち上がり、男に向き直る。即座に男が踏み込んで剣を振り下ろす。それを軽々と掴むと、空いた手で男の身体を貫いた。男が絶命したのを確認して、肇はユズベルを抱きかかえて来た道を戻る。丁度、人間側の勝ち鬨が聞こえてきた。戦争は終わったのだ。
「帰りましょう先生」
戦地からユズベルの屋敷に戻ると、ユズベルの死を知った使用人達が嘆きの声を上げた。
「皆、そんな顔をしていたらユズベル様に怒られるわよ!」
気丈に振る舞うリドリーの眼尻には涙が浮かんでいた。
ユズベルの遺体はこの世界の葬送に則って弔われた。遺言書によると財産は使用人達だけではなく肇にも分配されており、その後、肇は特に世話になったリドリーに声をかけ、屋敷を後にした。
向かったのはヨール村だ。エレイシアに帰還術について進展があったか訊ねる為だ。しかし、というか、やはり、帰還術についての情報は分からなかった。しきりに謝るエレイシアを残して、肇は帰還術の情報を求めて旅に出た。




