2『内包する力』
太陽が中天に輝く頃。村は魔物を退治した祝勝会を開いていた。主賓は村人達が資金を募って雇ったユズベル・レイノールだ。ユズベルはヨール村があるアイオリア大陸の首都コークスに本拠を構える魔物専門の退治屋である。報酬は高額だがその手腕は本物であり、最古参の竜種すら倒した実績を保有する実力者だった。
「楽しんでるか?」
ユズベルは杯を片手に肇に声をかける。傍らにはエレイシア、リオル、タリアが居る。肇はこれまでの経緯をユズベルに語った。
「成程な。やはりお前は私の弟子になるべきだ。寝床のあてもないんだろ?」
寄る辺の無いこの世界では、ユズベルの提案は魅力的だった。エレイシアも帰還術に関して調べるには時間がかかるだろう。そう判断して、肇はユズベルの弟子になる事を受け入れた。
「よし! そうと決まればコークスに向かうぞ」
「コークスに着くまではどれくらいかかるんだ」
「歩いて一週間。走れば三日で着く」
そう言って、ユズベルは杯を呷ると、準備運動を始めた。
「おい……アンタまさか走るつもりか?」
「ああ。それと私の事は先生と呼べ」
「先生、俺は三日間も走れないぞ」
「心配するな。何も不眠不休で走る訳じゃない。途中に小さな町もある。まぁ私は不眠不休でも問題無いがな」
ユズベルは準備運動を終えると、早速コークスに向けて走り出した。
「本気で走るつもりか。エレイシア、帰還術の件は任せた。リオルとタリアも元気でな」
「兄ちゃんも元気でな!」
別れの挨拶を済ませて、肇はユズベルの後を追った。
ユズベルとの旅は地獄だった。町から町へと走り通しだ。肺は酸素を求め、心臓は破裂寸前、足は鉛のように重い。地獄を経て、コークスに着いた頃には肇は汗と土埃にまみれてボロボロだった。
「さて、私の家はこっちだ。ついてこい」
ユズベルは涼しい顔で肇を案内する。程なくして、広大な敷地に建つ瀟洒な屋敷に着いた。そのまま屋敷に踏み入れると、使用人のリドリーがユズベルを迎え入れた。
「お帰りなさいませユズベル様。そちらの方は……」
「弟子のハジメだ。面倒を見てやれ。まずは湯浴みと着替えだな。それが済んだら私の部屋に連れてきてくれ」
「かしこまりました」
そう言って、ユズベルはこの場を後にする。
「ハジメ様。どうぞこちらへ。今お湯を沸かしますので」
肇はリドリーの案内で浴室に向かった。
「あー生き返った」
肇は湯浴みを終え、清潔な衣服を纏った姿でユズベルの私室を訪れていた。ユズベルの部屋は屋敷の外観に似合わず簡素なものだった。恐らくこちらがユズベルの本質を表しているのだろう。
肇はテーブルを挟んでユズベルと正対する。リドリーが茶を淹れると、下がって良い、とユズベルが指示して、肇はユズベルと二人きりになった。
「私はもうじき死ぬ」
茶を啜って、ユズベルは平然と言った。
「私は自分の未来が視えてな。それが一年後を境に視えなくなってる。死を怖いと感じた事は無いが、私が身につけた知識・技術を途絶えさせるのは勿体ない気がしてな」
「それで弟子を探してたのか。でも何で俺なんだ」
「鉱山に住み着いた魔物を追い払うのを見て、面白そうだと思った」
「追い払うって……見てたのか!? 俺が魔物と戦っていた所を!」
「ああ。どんな魔物か下調べも兼ねてな」
悪びれる様子も無く、ユズベルは応える。冗談じゃない。あの時、肇は必死だった。否、死んでいてもおかしくなかった。それを助力もせず見物していたと知ると、肇は腹の底から憤りを覚えた。
「あの時、不思議な力を使ったな。もう一度見せてくれるか?」
ユズベルの言う不思議な力とは、肇が火と一体化した力の事だ。
「あの時は無我夢中で、もう一度できるかどうか……」
「構わん。物は試しだ」
そう言って、ユズベルは火の灯った蝋燭を肇に渡した。
「……」
肇は深呼吸をして、火を掴む。途端、あの時と同様に肇は火と一体化した。
「素晴らしい。次は──」
ユズベルが素早く打拳を放つ。すると、拳圧で蝋燭の火が消えた。再び火を灯すと、お前もやってみろ、と肇に指示した。
「はっ!」
肇は訳も分からぬまま、全力で拳を放ったが、火が消える事は無かった。
「よし。今度はコレを取り込んで、もう一度やってみろ」
ユズベルは、掌から光の球を発した。それを掴み、再度打拳を放つと、ユズベルの時のように拳圧で火が消えた。
「やはりな。お前が召喚された時に付与された能力は『同化』と『融合』だ。弟子にはもってこいだ」
「それは良いけど、どうやって戻るんだこれ?」
そう言って、火と一体化したままの肇は途方に暮れた。




