1『始まり』
目を覚ますと、飛鷹肇は暗い森の中に居た。
「やった! 成功した!」
「でも何だか弱そうだよ」
「剣を持たせれば様になるだろ」
周りを囲んだ少年少女が騒ぐ中、肇はひたすらに混乱していた。まず此処は何処だろうか。先程まで学校に居た筈だ。祭木第一高校。県内でも有数の進学校である。そこで肇は昼食を摂っていた。それから──
「ッ!」
肇を頭痛が襲う。思い出せない。気が付いたら此処に居たのだ。取り敢えず状況を整理しようと、周囲の子供達に話しかけた。
「なぁ、此処は何処なんだ?」
「ヨール村よ。早速だけど私達のお願いを聞いて頂戴。鉱山に現れる魔物を倒して欲しいの」
ランタンの光を頼りに目を凝らすと、最も年嵩に見える少女が答えた。子供達は三人。少女が二人に少年が一人。全員西洋人の顔つきに古めかしい衣服を纏っている。
「ほら! 兄ちゃんこれ持って!」
そう言って、少年が手にした長剣を渡してくる。鞘に納まったそれを思わず受け取ると、ずしり、と確かな重みを感じた。
「ちょっと待ってくれ。状況がさっぱり飲み込めない。ヨール村なんて知らないし、俺はさっきまで学校に居たんだ。それが何でこんな場所に居るんだよ!」
「私達が貴方を召喚したのよ。魔物を倒して貰う為に」
「召喚?」
「そう。異世界からね。どんなヒトが喚ばれるかは私にも分からないけど」
肇には少女が嘘を言っているようには見えなかったが、それが混乱に拍車をかけた。少女の言が真実なら、肇は魔物を倒す為に、この世界に召喚された異世界人という事になる。質の悪い冗談だ。
「悪いが俺には魔物なんて倒せない。早く元の世界に帰してくれ」
肇の言葉に少女は狼狽えた。
「そんな! 困るわ! それに帰し方なんて分からないの! この古文書を頑張って解読して、何とか召喚術の方法は解明できたけど、帰還術に関しては載ってなかったわ!」
「は!? 冗談だろ!?」
無責任にも程がある。理解が及ばぬ現状への苛立ちと相まって、肇は声を荒げた。すると、少女は大粒の涙を湛えて謝罪した。
「ごめんなさい! 必ず貴方を帰す方法を見つけるから! だから、お願い! 魔物を倒して! 異世界から召喚された者には、特殊な力が宿ると言われているの! その力を使えばきっと、魔物を倒せるから!」
「特殊な力……?」
肇は少女の涙で、冷静さを取り戻したが、特殊な力には実感が無かった。
「エレイシアの父親は魔物に殺されたんだ」
少年が呟いた。聞けば、魔物が村外れの鉱山に住み着いてから三ヶ月。村は鉱石を採掘し、資源を確保・供給する事で生計を立てていたが、魔物の出没でそれが叶わなくなり、困窮に瀕していた。一度、村の力自慢や若者達が集まって魔物を退治しようと試みたが、その多くが帰ってはこなかった。その中にエレイシアと呼ばれた少女の父も含まれていたのだ。
「俺はリオル、そっちのちっこいのがタリア。俺からも頼むよ兄ちゃん! 魔物を退治してくれ!」
「タリアからもお願い。魔物を倒して」
三人から懇願されて、肇は嘆息する。
「……鉱山まで案内しろ。但し、様子を見るだけだからな! やばいと思ったら逃げるからな!」
花が咲いたように、三人が笑顔を浮かべる。自分が置かれた状況を理解した訳ではないが、取り敢えず進むべき道は決まった。
「じゃあ、行ってくる」
肇は捨て鉢な態度で鉱山の入り口に踏み入った。その手にはリオルから渡された長剣と、エレイシアから借りたランタンが握られている。
鉱山の内部は漆黒の闇だった。ランタンの光が無ければ一歩たりとも動けなかっただろう。暫く歩くと、広場のような空間に出た。中央には地下深くまで続く巨大な縦穴があり、採掘した鉱石を引き上げる昇降機も見受けられた──次の瞬間、悪寒を感じて肇はその場を飛び退いた。
ズシン、と地響きを立て、先程まで肇が居た場所に巨大な猿のような魔物が降ってきた。ランタンの光では全体は捉えられないが、体長五メートルはゆうにあるだろう。無理だ。退治どころか、逃げ出す隙すら無い。そもそも足が笑って立っているのが精一杯だ。長剣も構えられない。
魔物は肇を値踏みするように観察すると、咆哮を上げて掴みかかってきた。肇は咄嗟にランタンを投げつける。ガラスが割れて、中の油が魔物の顔面を濡らし、火が燃え移った。
「■■■■!!」
魔物は後退りしながら、顔面の火を揉み消した。地面に落ちたランタンにはまだ火が灯っている。
それは本能的な行動だった。
後から思い返しても、何故そうしたのか、自分にも分からなかった。
肇は火を掴んだ──瞬間、肇の身体は燃え上がった。魔物の時のように引火した訳ではない。身体は燃えているが、熱くも痛くも無い。衣服も無傷だ。
再び魔物は肇に掴みかかる。丸太のような腕を、肇は足から炎を発し、上空に飛んで躱した。そのまま拳を巨大な火球へと変化させると、魔物に叩きつける。
「■■■■■■■■■■■■■■!!」
全身を高温で焼かれて、魔物は咆哮を上げながら鉱山の出入り口に向かって駆け出した。
──不味い! 外にはあいつ等が!
半ば無意識で行動していた肇に、意識が戻ると同時、火炎と化していた身体が元の状態に戻った。
「くそっ! 待て!」
肇の声を無視して走り去る魔物だったが、唐突に現れた人影に、頭蓋を蹴られて動きを止めた。魔物の首は捻転し、絶命していた。
人影は魔物の死骸を無視して肇に近づく。長い黒髪を撫でつけた女だった。
「お前、私の弟子になれ」
そう言って、女は笑った。




