#76 急
法皇専用医療室――
法皇と、もう一つの人影があった。
「…誰だ」
「お目覚めになられましたか。法皇様」
「この声…大司教か?いや…違うな」
その声の主、大司教は少し不満気な顔をした。
「そんな事ないですよ。私は正真正銘の――」
「違うな」
遮る言葉は、とても力強い。
「姿だけは大司教そっくりだが、心の内までは真似れていない。貴様は…誰だ」
大司教らしき人は、小さくため息をついた。
「…仕方ないですね。老いた水先案内人には去って貰います」
そう言って、武具を取り出す。
今にも戦闘が始まりそうな、その瞬間…
「誰か来たようですね。この気配だと…白石 湊ですか」
武器を収め、法皇に近づく。
「いいですか。もし何か助けでも求めようものなら…貴方のお孫さん、カノンさんでしたっけ。彼女がどうなるか…分かりますよね」
そう言い、消えた。
「法皇様。体調の方は…」
入れ替わるように、白石が入る。
「前置きはいい。何か言いたい事があるのだろう?」
「…カノンが、会いたがってました」
「カノンが?それは駄目だ」
キッパリと返す。
「少しぐらい会ってもいいんじゃ――」
「カノンを危険な目に遭わす訳にはいかない」
さっきの事もあり、法皇は一層心配していた。
「…そうですか。なら、無事の報告だけ入れておきます」
そう言い、去っていく白石を、最後に法皇が呼びとめる。
「…次の法皇はきっと――いや、なんでもない。コレを持っていけ」
一つの封書。
そして、「カノンを任せた」と言い、送り出した。
「…まだいるのだろう。出てこい」
部屋に向かって言う。
「さすがですね。気配は消えていたはずですが」
「貴様見たいな奴は、口にしていないかどうか確かめるために聞いていると思っていた」
「良かったですね。彼女、命拾いして」
「誰の仕業だと…」
「"貴方のせい"になる事でした。子供を危険に晒すとは、なかなか――」
「そうだな。今から出来る事は――貴様を倒すぐらいか」
その言葉には、静かな怒りがこもっている。
「老害だと舐めてかかると、後悔するぞ」
神聖具…希望ノ槍。
元来は宗教の祭具。
しかし、法皇の信仰心により、武器へと昇格した。
「娘には…指一本触れさせん!」
それを見た大司教は、少し面倒臭そうな顔をした。
「…仕方ないですね。回り道と行きましょう」
こちらも、武器を取り出す。
――最初に動いたのは、法皇だった。
「おや、流石は病人ですね。簡単に避けれてしまいますよ」
「そうか?ならこれはどうだ」
槍を――投げた。
「血迷いましたか?耄碌者の遊興に付き合う趣味はありません」
そう言って、走りかかるが…
槍がほんの少し、かすった。
――その途端、赤い雫が一つ、また一つと絶え間なく垂れ続ける。
「な、なぜ…!」
これには大司教らしい者も、同様を隠せなかった。
希望ノ槍は、使用者が望む斬撃を与える。
傷の深さも、速度も自由自在。
そして、今回は本気…つまり、最大級。
少し当たるだけで、致命傷にもなるのだ。
「終わりだ。地獄に堕ちろ」
首に槍を向けた、その瞬間――
「法皇…様」
目の前にいたのは…涙ぐんでいるカノンだった。
思考が止まる。
本能的な力が、手を動かさなかった。
その隙を、カノンは見逃さない。
「はは……あはははは!」
口元を歪め、笑う。そこに浮かんだのは、見る者の背筋を凍らせるような笑みだった。
そして、剣が法皇の身体を貫いた。
「惜しかったですね。あと少しで…倒せたのに」
カノンの気配が変化する。
「変化の術、ですよ。簡単に引っ掛かりましたね」
上機嫌なように話す。
「貴様の事は…誰かが必ず罰を下らせる」
最後に、希望ノ槍を託す。
これが、大司教、いや…親として出来る、最後の抵抗となった。
「最期に護りたかった人が見えて、良かったですね」
そして、剣を抜く。
「彼女の事は…悪いようにはしませんから」
その顔は、邪悪な笑みを浮かべていた。




