#36 ゼルティア戦争 終戦
黒い圧が、脈打つ。
床が、軋む。
空気が、濁る。
ラセルフの背後に渦巻くそれは、
神格とは違う――歪んだ“到達”。
「来い」
低く、告げる。
次の瞬間――
消えた。
「上!」
リゼリアが叫ぶ。
遅い。
バンッ!!
ルナが叩き落とされる。
床が砕け、瓦礫が舞う。
「っ……!」
即座に起き上がる。
だが――
「遅い」
横。
斬撃。
「――っ!」
ガキィン!!
間に入ったのは、機械群。
リゼリアが、滑り込んでいた。
「一人でやる気?」
冷たい声。
「冗談でしょ」
「……連携か」
ラセルフが、静かに構え直す。
「非効率だな」
「効率だけで勝てるなら――」
ルナが、立つ。
口元を拭う。
「苦労しないよ」
空気が、変わる。
二人の“呼吸”が、揃う。
リゼリアが場を“縛る”。
ルナが一点を“壊す”。
だが――
「甘い」
ラセルフが踏み込む。
“最適解”。
攻撃を避け、
最短で急所を狙う。
剣が――
ルナの喉元へ。
「――そこ」
小さな声。
ピタッ
刃が、止まる。
「……なに?」
ラセルフの眉が、初めて動く。
見えない“何か”が、剣を縛っている。
「時間、止めたの」
ルナの目が、強く光る。
「正確には――」
リゼリアが続ける。
「“遅らせた”だけですけど」
重力と時間の歪み。
“最適化”では計算しきれない領域。
「今よ!」
ルナが、踏み込む。
拳。
だが、それは“殴る”ではない。
“存在の押し潰し”。
ドォン!!
ラセルフが、吹き飛ぶ。
壁を突き破り、
奥の応接室へ。
「まだ!」
リゼリアの機械が追撃。
四方から包囲。
逃げ場は――ない。
「……いい連携だ」
瓦礫の中。
ラセルフが立ち上がる。
「だが――」
足元が、揺らぐ。
剣を、構える。
「“不確定要素”は排除する」
その瞬間。
黒い力が、収束する。
全てを一点に。
「消えろ」
放たれる。
“最適化された破壊”。
必中。
回避不能。
「――いいよ」
ルナが、前に出る。
「受ける」
ルナは、止まらない。
両手を広げる。
「私一人じゃ、無理だけど」
その背後。
リゼリアの機械が、展開。
「支えるわ」
短く。
「……うん」
笑う。
次の瞬間――
直撃。
光が、全てを飲み込む。
静寂。
煙。
「……やった?」
ノイズ混じりの声。
だが――
煙の奥。
立っている影が、二つ。
「効いたよ」
ルナが、息を吐く。
「でも――終わり」
リゼリアが、手をかざす。
空間が、歪む。
ラセルフの動きが――止まる。
完全に。
「な……ぜ……」
声が、震える。
「簡単ですわ」
リゼリアが、静かに言う。
「貴方の“最適化”は、“選択肢”があって初めて成立する」
一歩、近づく。
「でも今は――」
ルナが、拳を構える。
「全部、潰した」
逃げ場も、選択肢も。
そして――未来も。
「だから――終わり」
拳が、振り抜かれる。
ドォンッ!!
衝撃。
空気が、裂ける。
ラセルフの身体が、浮く。
そのまま――
崩れ落ちる。
剣が、音を立てて転がる。
静寂。
数秒。
動かない。
「……終わった」
ルナが、小さく呟く。
リゼリアも、息を吐く。
「ええ」
視線を落とす。
「これで――」
その時。
ラセルフの指が、微かに動く。
「……まだ」
低い声。
二人が、構える。
だが――
「……負けだ」
自嘲気味に、笑う。
「最適では……なかったか」
目を閉じる。
「不確定要素……か……」
静かに、呼吸が止まる。
完全沈黙。
戦いは――終わった。
その瞬間。
《ビー ビー ビー》
警報。
『センターベース、第三層突破!』
ヴェルナの声。
「……余韻なしだね」
ルナが苦笑する。
「行くわよ」
リゼリアが、背を向ける。
「ええ」
ルナも、頷く。
二人は、同時に走り出す。
守るために。
まだ――戦いは終わっていない。
―――――――センターベース第三層―――――――
爆音。
壁が崩れ、煙が充満する。
「侵入確認!第三層、制圧率70%突破!」
「まだ押されてるの!?」
ヴェルナが歯を食いしばる。
モニターには――
黒。
統一された動き。
無駄のない制圧。
「……これが、黒死無双の本隊」
誰かが呟く。
次の瞬間。
ドォン!!
最終隔壁が、破壊される。
「来る……!」
静寂。
そして――
足音。
ズラッ……
数十。
いや――百に迫る。
完全武装。
無機質な視線。
「対象:戦略部」
「排除を開始します」
銃口が、一斉に向く。
「……全員、構えなさい」
ヴェルナの声が、低くなる。
「ここが――最後の防衛線よ」
その時。
天井のダクトが、爆ぜた。
バキィン!!
「うわっ!?」
「派手に来たね〜!」
降ってきたのは――
湊、葵、イリス、ガルド。
「遅くなりました!」
「待たせたな!」
「ほんとダクト狭すぎでしょ!」
一気に、空気が変わる。
「来たわね……!」
ヴェルナの表情が、わずかに緩む。
「これで、揃った」
ガルドが、前に出る。
ハンマーを構える。
「じゃあ――」
ニヤッと笑う。
「反撃開始だ」
ドォン!!
最初に突っ込んだのは、ガルド。
衝撃波で前列を吹き飛ばす。
「まとめて来い!!」
だが――
「無駄だ」
黒死無双が、即座に陣形を変える。
被害の最小化。
再展開。
「……さすがに統率がエグいね」
葵が、冷静に見る。
「なら――」
手をかざす。
「炎華爆発!」
ドォォン!!
広範囲殲滅。
だが――
「分散回避」
致命打にならない。
「ちっ……」
「じゃあ私の出番だね♪」
イリスが、銃を構える。
「刻印、全部見えてる」
目が光る。
「ここっ!」
パァン!パァン!パァン!
精密射撃。
一人ずつ、撃ち抜く。
バタバタと崩れる兵。
「すご……」
呟く。
「これが……情報収集の応用」
――だが。
「対策済み」
黒死無双の一部が、装甲を展開。
「な!?」
「だったら――」
ガルドが、踏み込む。
「力で!!」
ドォン!!
装甲ごと叩き潰す。
「強引すぎるでしょ……」
「それがコイツの強みよ」
ヴェルナが即答。
だが、数が減る気配がない。
むしろ――増えているように感じる。
「これは…増援!?」
地上から?
最悪だ。
物量で押し潰される。
そんな…
「数なんて考えるな!とにかく倒せ!」
「でも、弾がもう…(泣)」
駄目だ。
全然減らない。
これじゃ…
勝てない。
「――おとなしく降伏しろ」
「そうすれば――命だけは助けてやる」
耳に入った言葉。
その言葉を、とても魅力的に感じれた。
もう――
「白石君!」
叫びも遠く聞こえた。
カラン
武器が、床に落ちる。
終わりだ――そう思った、その瞬間。
ガキィン!!
「……は?」
黒いフードの男がそこに立っていた。
音もなく。
気配もなく。
まるで――“最初からそこにいた”かのように。
「誰……?」
誰も、答えられない。
理解が追いつかない。
「総員、撃て!」
黒死無双が即座に反応する。
訓練された動き。
一斉射撃。
だが――
パァンッ
乾いた音。
一発だけ。
それだけで――
バタッ
一人、倒れた。
「……は?」
遅れて、もう一人。
さらに、もう一人。
まるで“順番に選ばれている”ように。
「射撃を止めるな!!」
だが。
弾は、当たらない。
避けているのではない。
“当たる未来が存在しない”かのように、外れる。
「位置を変えろ!」
隊列変更。
包囲。
死角を潰す。
それでも――
パァン
また一人。
「な、なんだこれは……!」
初めて、黒死無双に動揺が走る。
フードの人物は――
一歩も動いていない。
ただ、そこに立っているだけ。
なのに。
倒れていく。
「……見えてるの?」
葵が、思わず呟く。
「違う……」
イリスが、息を呑む。
「“見てる”んじゃない……」
銃を構えたまま、震える声で言う。
「“知ってる”……」
次に倒れる人間を。
次に撃たれる場所を。
全部。
最初から。
「対象変更。近接戦へ移行」
数名が、同時に踏み込む。
完璧なタイミング。
死角からの同時攻撃。
――普通なら、終わり。
だが。
フードの人物が、わずかに手を上げた。
それだけ。
次の瞬間――
ドンッ
空気が、ズレた。
「がっ……!?」
踏み込んだ全員が、“同時に”吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、動かなくなる。
「今の……何?」
誰も答えられない。
“現象”そのものが、書き換わったような。
異質。
あまりにも。
「排除対象……再評価……」
黒死無双の一人が呟く。
その声に――
初めて、フードの人物が反応した。
ゆっくりと。
顔を、こちらに向ける。
だが。
フードの奥は――
見えない。
「……っ」
無意識に、一歩下がる。
本能が告げている。
「……」
フードの人物が、口を開く。
だが――
声が、ズレる。
男とも女ともつかない。
近いのに、遠い。
「終わりだ」
その一言。
直後。
パァン
連続する“選択”。
倒れていく黒死無双。
抵抗すらできない。
まるで――
“戦う前から結果が決まっていた”かのように。
静寂。
完全制圧。
誰も、動けない。
「……何者だよ」
ガルドですら、構えを解けない。
フードの人物は、ゆっくりと振り返る。
そして――
湊を見る。
まっすぐに。
「……君とは、また会う」
その言葉だけが、妙に“鮮明”に届く。
「白石 湊」
「!?」
名前。
"なぜ知っている?"
問いかけるより先に――
消えた。
本当に、消えた。
移動でも、転移でもない。
“そこにいなかったことになった”ように。
沈黙。
数秒。
「……何、あれ」
イリスが、ぽつりと呟く。
誰も答えない。
答えられない。
理解の外にいる。
ただ一つ、確かなのは――
(敵じゃない……でも……)
(味方とも、言えない)
その違和感だけが、残る。
通信が入る。
『大丈夫!?こっちはもう着いたけど…』
「こっちももう終わったわ。とりやえず来てくれる?聞きたい事が色々あるの」
ルナに現場検証をしてもらっている。
次々倒れていった黒死無双。
「なにか分かればいいけど…」
見つけたのは、壊れた刻印。
「これは…」
「刻印を付けた魔力と、同じ魔力…?」
"上書き"と言う事だろうか?
いやいや、それより…
同じ魔力?
つまり…操った"元凶"
だったら何で、解除したんだ?
《ピーンポーンパーンポーン》
電子音。
《戦略部によるクーデターは――情報部が、訓練を誤認しただけでした》
クロードの声。
(誤認で済むのか?)
《通常生活に戻ってください》
放送が終わる。
静けさが戻る。
まるで――何もなかったかのように。
「……終わったね」
誰かが、呟く。
「本当に……?」
イリスが、小さく言う。
周囲を見る。
壊れた壁。
焦げた地面。
倒れた人々。
「こんなに壊れてるのにさ」
少しだけ、寂しそうに笑う。
「“いつも通り”って、なんだろうね」
沈黙。
その中で――
ルナが、ゆっくりと言う。
「それでもさ」
空を見上げる。
「守れたなら、いいんじゃない?」
短い言葉。
でも――
それが、全てだった。
リゼリアが、目を閉じる。
(守るための力)
その意味を、初めて理解した気がした。
「今日はこれで終わり、解散」
ヴェルナの声。
それぞれが、動き出す。
日常へ戻るために。
その背中を見ながら、
湊は、思う。
(守れたのか……本当に)
少しだけ、迷い。
そして――
それでも。
(また、守ればいい)
一歩、踏み出す。
遠くで、鐘が鳴る。
まるで――
「次」を告げるように。
――――――――ゼルティア郊外――――――――
「……チッ」
吐き捨てるような舌打ち。
「彼奴等のせいで……私の計画が、全て……狂った」
低く、押し殺した声。
だがその奥には、隠しきれない苛立ちが滲んでいる。
情報部部長兼ゼルティア序列第一位――レイズ。
「あと少しで……“完成”だったというのに……」
拳が、わずかに震える。
その時。
――気配。
音もなく、“それ”は現れた。
黒いフード。
輪郭すら曖昧な存在。
「……遅かったな」
静かな声。
感情が、ない。
「っ……!」
レイズが振り向く。
「貴様……」
「せっかく能力を貸してあげたのに」
淡々と。
「君は、それを有効活用できなかった」
「そんな……!私はまだ――」
言い訳を遮るように、
「もういい」
一言。
空気が、凍る。
「君には、もう期待していない」
スッ――と、手が上がる。
「返してもらおう」
その瞬間。
「――ぁ」
身体の内側から、何かが“剥がれる”。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
絶叫。
膝から崩れ落ちる。
魔力が、強制的に引き剥がされていく。
「やめ……ろ……それは……私の……!」
「違う」
即答。
「“借り物”だ」
冷酷に。
完全に。
否定する。
やがて――
力は、消えた。
残ったのは、空っぽの器。
荒い呼吸だけが、響く。
「……は……ぁ……は……」
動けない。
立てない。
「君には、この後――」
黒フードの男が、背を向ける。
「“全ての責任”が降りかかる」
振り返らないまま、続ける。
「情報部らしく」
わずかに、笑った気配。
「“情報”として、使われるといい」
足音もなく。
その存在は、消えた。
残されたのは――
地面に這いつくばる、レイズ。
「……くそ……」
掠れた声。
だが、その目には――
まだ、消えていないものがあった。




