#192 月光、二人重ねて
『このままだと、先に身体の方が潰れてしまうな』
その言葉が、焦りを加速させる。
「ルナ!お願いだから、もう止めてくれ!」
たまらず、声を上げてしまう。
しかし、ルナは耳を傾けなかった。
「私は、こんなところで止まっていられないの!」
また速度が上がる。
その負担は、生身の体にはあまりにも負担が大きすぎた。
体重が上手く乗らず、ルナの身体はよろけている。
それでも、それでも――
その手は止まらなかった。
次第に、僕自身もこうげきを受けきれなくなる。
力が抜け、構える力も入らない。
(すみません。補助だけでもお願いできませんか⋯?)と、へりくだって出る。
『分かった。ほんの少しだけ、私の力を貸してあげる』
"配縁王"ディストリス=エレンの魔力が流れ込む。
盾を持つ手に、力が加わる。
ガァン!
部屋に音が共鳴し、その音が消えるより早く再び音が響く。
それは、戦闘の凄まじさを示していた。
僕もルナも、互いに満身創痍。
「こんなのじゃ駄目⋯⋯私は」
ルナから放たれる魔力が、一層濃くなった。
『勝負を決めるつもりだ。全力で対処しろ』
思念はそう告げた。
勿論、言われずとも分かっている。
しかし、ルナが放った一言が――
測らずとも、心を揺さぶった。
「こんなのじゃ、パートナーを守れない!」
一瞬、思考が飛んだ。
力が抜ける。
『白石湊!』
ファルトの言葉で我に返った時には、既にルナの間合いに入っていた。
槍が全力で振られる。
慌てて盾を出すも――弾かれた。
槍も、どこかの方角へ飛んでいく。
ルナは一瞬槍が飛んだ方向を向き――その後、すぐに視線を戻した。
槍は消えた。
にも関わらず、そのまま距離を詰める。
『防御結界!!』
エレンが結界を張る。
最高強度の、完全結界――
それは、音を立てて崩れ去った。
『避けて!!』
エレンは悲鳴混じりの声を上げた。
慌てて回避しようとした。
しかし――
削り取られるように、拳がそこにあった。
死の恐怖が、脳を襲う。
アドレナリンも、一切作用しない。
意識が消えそうなこれまで以上の激痛に、手から剣が落ちた。
そして、感覚が消えた。
ただ殴られただけではなかった。
スキルによる威力の上乗せと、吸収。
あの花が、咲いていた。
今度は痛みではなく、吸われるように消えていく。
ルナは動かなかった。
「⋯もう、ダメだ」
今回こそ、本当に死ぬかもしれない。
そんな事を悟ってしまった。
魔力も、体力も、すべてが消えていく。
感覚も、この思いさえも⋯
「ル⋯ナ…⋯」
最後に名前を呼んだ。
意識は、そこで潰えた。
手が熱い。
危険なものを掴んだような、そんな感触だけが残っていた。
「私は、何を⋯」
視界が暗い。
頭も⋯回らない。
『好きにするといい』
⋯たしか、"社長"から言われたんだ。
「私達に⋯何をするつもり?
息を切らしながらも、その目は"社長"を睨みつけていた。
「⋯なんともしないさ。少しばかり、自分に正直になってもらうがね」と社長は言っていた。
「⋯私がしたいこと」
戦う?
守るために――
そうだ。戦わないと⋯
そう思い、顔を上げる。
思考の外から、声がした。
「ル⋯ナ……」
そんな声が、微かに聞こえた。
「今のは⋯パートナー?」
ここに居るはずのない声。
すると、今度は機械的な声が脳裏に響いた。
『スキル:情報確認発動』
[解析完了]
個体名:白石湊の魔力を確認。
『スキル:星巡記憶により、吸収を開始します』
その名前は、絶望させるのに充分過ぎる情報だった。
視界が、一瞬で晴れる。
そして、そこにある現実を、嫌というほど受け止めることになる。
目の前に、意識を失った白石湊がいた。
放たれた腕は、完全にその体を貫いていた。
「⋯嘘」
手に流れた血の感触が、因果を決定づける。
慌てて引き抜こうとするも、無意味に等しかった。
氷の華が咲いていた。
理解し切るよりも早く、魔力の一端が、ルナに流れ始める。
ついさっきまで、湊のだった魔力――
「⋯嫌!こんなの嫌!」
スキルを解除しようとするも[天罰]に妨害されて上手くいかない。
戸惑っている間に、湊のあらゆる力を奪っていく。
すでに、彼の意識は潰えていた。
血は、氷が蓋となり流れない。
しかし、その氷が生命を奪う――皮肉のような結末。
ルナの心は、次第に絶望が強くなっていった。
「⋯お願い。止まって!」
半分、泣きかけていた。
自分が殺した。
手に付いた血と、立っているのがやっとな足が全てを物語っていた。
「⋯こんなのって、ないよ⋯」
必死に願うも、叶わない。
エレンもファルトも、何も手出しをしなかった。
スキルが止まったのは、全てを喰らい尽くした時。
命が消えた時だった。
「そんな⋯」
力が抜け、膝から崩れる。
食らうものが消えた華は、自然に消える。
その全てを、使用者の糧として。
「私のせいだ⋯」
喪失感と自己嫌悪が混ざり合い、吐き気を催す。
しかし、無常にも吐くことはできなかった。
幽霊のように生気をなくしきった目で、自らの武器を拾う。
自分がやったことと、同じように。
静かに、自分の傷口に武器を当てた。
大粒の涙が、自然と溢れる。
「来世で⋯私を嫌わないで」
最後にそう残して、自らに槍を刺した。
「もし、貴方達に危害を加えようとする人がいるなら、迷わず力を使いなさい」
深い思考という海の底で、誰かに昔言われた言葉を思い出した。
それが誰に言われたのか、いつ言われたのかはもう忘れてしまったけれど。
「その力を、自分が正しいと思えるように。これから先、誰かのためにもね」
今まで海底につもり、完全に忘れていた記憶の一部。
⋯⋯なんで今思い出したんだろう。
なにか、他にもっとやらなきゃいけない事があるはずなのに。
そう思い、身体を動かそうとするも、力が入らなかった。
金縛りに合っているような、自分よりも強い力で押さえつけられている感覚。
少し、焦りが見えた。
「なんで、なんで動かないの!?」
その言葉も、空虚に消えた。
「私には、やらないといけないことが⋯」
しかし、その言葉は続かなかった。
ルナの心を、強烈な寂寥感が襲った。
「やらないといけないことって⋯何だっけ」
そんな疑問が、心に現れる。
「私はなんで⋯」
すると、どこかから声が聞こえた。
『もう、止めちゃえば?』
近くに、誰かの気配を感じる。
「誰!?」
すると、真っ暗だった視界から一人、誰かが現れた。
その姿は、ルナそっくりだった。
細かいところはほんの少しだけ違うけれども、瓜二つ――
『私は、貴方が押さえつけた、本当の私』
ルナよりも遥かに澄ました声で、彼女はそう名乗った。
「私を離して!」とルナは喚く。
すると、彼女は冷静に『いいの?今離すと、深い底に真っ逆さま。一生上がってこれないよ』と言った。
死⋯
人生で初めて、それが何なのかを本当に理解した。
『いや、それでもいいか』
すると、彼女が続ける。
『自分で自分を刺した。パートナーを貴方が殺した』
その瞬間、フッと体が浮く。
『いいよ。自由になりな。今まで他の人にそうしてきたように』
「どういうこと?私は⋯」
『もしかして、忘れてるの?貴方が知らないふりをし続けた実験の数々』
「なんで?私はそんな事⋯」
『貴方の姉、ポラリスは覚えていたよ。それなのに自分だけ忘れるなんて――虫の良い』
すると、彼女の声音が変わる。
『貴方がやったことは、一生消えない。誰も許さない』
ヒトゴロシを、誰が許す。
『パートナーだって、きっと恨んでるよ』
すると、喉の奥が熱くなった。
「そんな訳ない!きっと分かってくれてる!」
必死に否定する。
『本当にそうだと思う?自分のことに最後まで気づかず、苦しめて殺した。魂を吸われる感覚は、想像を絶するの。死にたい――そう思うほどに』
彼女は、ルナの頬を抑え付ける。
『さようなら。もう一人の私』
視界がまた暗くなる。
深い海の底に、意識が遠のいていった。




