#189 紅茶と和解
1つ目の部屋。
そこは、静寂が部屋全体を覆っていた。
響いたのは、静かに扉が開く音。
そして、小さく文字を書く音。
「⋯こんにちは」
シフリスが挨拶をする。
その相手は、セレナだった。
「もうこんな所まで来てしまったわけね。私の書斎へようこそ」
そう言って、セレナはおもむろに立ち上がった。
「⋯戦うつもりなのか」とフェイタルが言う。
すると、セレナは確かな言葉で否定した。
「いいえ。私はないわよ」
そして、小物入れを開く。
「――紅茶でも飲んで行きなさい。きっと他は時間がかかっているだろうから」
魔力で火を沸かし、手慣れた動きで淹れる。
しかし、出来たのは一つだけだった。
「淑女の嗜みとして、シフリスも覚えておいた方がいいわ」
そう言って、何も入っていないカップ2つと茶葉の入った筒を渡した。
「⋯そう。気をつけて勢い良く注ぎなさい。そのあと、すぐに蓋を閉じて――」
フェイタルの目に映るのは、戦う人の姿ではない。
先生と生徒――その言葉が似合う関係だった。
「ここから2,3分待つ」
そう言って、二人が腰を下ろす。
そして"待ってました"と言わんばかりに、フェイタルの質問攻めが始まった。
「他の2人は今何をしているんだ。"社長"は何がしたい?」
そして、包み隠さずセレナは答えた。
「まずは前者から。あの子達には戦ってもらっているわ」
その言葉に違和感を覚えた。
「戦闘音は一切しないが⋯」
すると、セレナは説明を付け足した。
「この壁は特別製。一切の音を外に漏らさないのよ」と言って壁を叩く。
しかし音は全て吸収され、消えてしまった。
「私にも、向こう側で何が起きているのかは分からない」
⋯実質的な分断。
しかも、強度も中々あるだろう。
「どうして"社長"は神格者を消し去りたいのですか?」
シフリスが、話をもとに戻す。
――と同時に、2分経った。
「先に紅茶の準備よ。ポットの中を少しだけ混ぜてから、濃さが均一になるように注ぎなさい。茶殻を抑えるのも忘れないように」
シフリスは、忠実に指示に従っていた。
そうしてできたのは、紅茶2人前。
シフリスはフェイタルの方を向いた。
「⋯それなら、いただきます」
なるべく音を立てないように静かに飲む。
シフリスもそれを真似した。
「⋯美味い」
思わず口に出た。
「自分の妻に淹れてもらうのは格別でしょう?」とセレナは言った後「今の時代だといい表現ではないのかもしれないけれど」と訂正した。
しかし、自分もそう思っていた。
「⋯シフリスが淹れてくれたから、美味しくなったのだろうな」
褒められた当人は顔を赤らめ、下を向いていた。
「――それで、貴方達の疑問だけれど」
閑話休題。
「実のところ、私にもよく分からないのよ。"社長"が何をしたいのか、何を考えているのか⋯だなんて」
その言葉は、少し意外だった。
「一枚岩だと思っていたが⋯そうではないのか」
すると、セレナは少し声を低くして言った。
「それこそ貴方達やリゼリア=アークライトのように、旧ラグナ帝国に一切関わっていなかった神格者もいる。ミリア=ルナのように純粋な者もいれば、エスピリト=ポラリスのように歪んでいるけれど仲間思いな者も。それを全て『悪』と捉えるのは少し違う気がするのだけれど⋯」
そう言って、ため息を付いた。
「地獄の氷河を作り出したのも、アトシマツをつけたのも神格者となると、判断が難しいのよね」
しばらくの間、沈黙が流れた。
そして、セレナは明るい声で言う。
「今後の処罰は、貴方達の手に懸かっているのかもしれないわね。"運命王"の手も借りず、自分の力で運命を決めなさい」
セレナは静かに立ち上がった。
「話はここまで。今後のことは――」
そう言いながら、二人の後ろに回り込む。
「挙式のときは、私も呼んでくれるのよね?」と言いながら、カップを回収した。
廊下に戻されてから、二人は何も言わなかった。




