#168 目と視覚を疑え
――ボォーッ⋯
蒸気船のような音で目が覚める、いつもより早い朝。
視界の先は少し黄ばんだ天井が見えていた。
「見知らぬ⋯天井」
そう言えば、昨日は確か⋯
朝起きてすぐ、周囲を見渡す。
シングルの部屋には他に人はいない。
――あの剣を除いて。
「夜這いなんか絶対にするなよ。洒落にならないからな」
一人で剣に向かってそう言うさまは、事情を知らぬ人からすれば狐憑きだろう。
それでも、妖狐は剣の方なのだ。
幸い、剣は昨日の位置から動いていなかった。
最後の脅しが通用したのだろう。
「もしやったら⋯捨てるよ」
これを言ったのはルナである。
ルナは気がついていないが姉妹ということもあり、扱いには慣れているようだ。
それを聞いた時、ポラリスの思考は驚きと悲しみと恐怖で溢れていたが⋯
「ま。少しは信じても良いかもな⋯」
剣が変な光り方をした。
「やっぱりよそう」
光が消えた。
テレビの付け方は簡単。
ほんの少しの魔力で念じるだけでいい。
『おはようございます。朝のニュースです。昨夜ソル=ラグナで火事があり、そこに住む三人を含む五人が怪我を負いました。また、一人の男性と連絡が――』
異世界という割には陳腐な内容。
天気、強盗、パワハラ⋯
嫌というほど聞いたニュースが次から次へと耳に入る。
勿論、それは心に残ったものではない。
所詮は頭を通り抜けるだけの――
『速報です。ラグナ東海岸近海で大型客船から救助要請が送られていた事が明らかになりました。既に救助が進んでいるようです』
画面は突如として切り替わる。
『座礁ではないようですが、周囲に小型船が何隻も集まっています』
救助はとっくに進んでいるようで、とりやえず胸をなで下ろした。
「朝から荒れてるな…」
そう呟いて、テレビを切った。
「で、今日はどうするの?」
「そりゃ…怪しい人とか建物がないか歩いて確認するのよ」
果たしてそれに効果はあるのだろうか…?
とは言え、他に両案が思いつかないのも事実。
「分かりました。やりましょう」
「それじゃ郊外から攻めていこう。虱潰しに探していけばいつかは――」
そう言って、南に向かって歩いていった。
――太陽が昇りきった頃、昼時。
なんの成果もなく歩いていた。
「もうすぐで街の半分が終わるよ。この方法で合ってるの?」
「時間はたっぷりある。なんとかなるはず…」
先輩の声にも、自信はあまり籠もっていなかった。
「あの橋から、何か見えないかな…?壊れかけの塔とか、そういう相手がいそうな所…」
しかし、方や海、もう片方は遠くに山と普通のものしか見えない。
「…なんにもないね」
予想はできていたが、ここまでとは。
「あ、あれは?」
先輩が刺したのは、海の上。
「どこ指してるんですか。ひょっとして疲れて…」
同じ方向を向く。
すると、確かに海の上に建物がある。
「蜃気楼…?」
ゆらゆらとそれは動いていた。
「蜃気楼だとしても、近くに建物がある事になるけど」
よくよく目を凝らす。
それは塔のような建物ではなく、ホテルのような巨大な物体であるということ。
そして、明らかに大きくなっている。
「まさか⋯」
声を漏らした時だった。
《ウウゥゥゥゥーー!》
小さな町に警報が鳴り響く。
『こちらはレーベル町役場です。ただいま、レーベル全土に避難指示が発令されました。高台に避難して下さい』
「地震も起きていないのに津波⋯?」
先輩が疑問をぶつけるが、原因はそれではない。
上空にはヘリの音が鳴り響く。
まるで遠くに見える建物を追うように。
「あれは、朝見たフェリー⋯」
エンジントラブルが起きているのだろう。
このまま進むと、町に激突する――
人探しどころではなくなった。
『衝突までの予想時間は凡そ10分と推測されます。今すぐに避難して下さい』
無情な機械音声が、町を埋め尽くしていた。




