#165 聖霊王とワンコ
「よしよし。いい子だ…」
白石湊は、彼女を手懐けることに成功した。
犬みたいな奴…
「復讐心も収まっているようです。流石ですね」
これでも歴代の悪者を仲間に取り込んできたんだ。
最近は自分のトークスキルに自信が持ててきた。
「それでも、使えないときは徹底的ですけどね…」
ラファエルが嫌味のようなことを言った。
「そんな事はない…はず」
きっと、偶々気がついていないだけだから。
「そうだ。終わったって連絡しないと――」
この暗闇だ。
カメラもまともに機能しているか怪しい。
「もうすぐでリツカに会えるよ」
すると、シッポを振った。
無慈悲にも、実験の後が残っていた。
「スキルを使って改造したのでしょうか…?」
すると、彼女は首を横に振った。
「遺伝子…確かDNAって言ってたな。それを改変していろんな動物のを突っ込んだ。お陰でほら。こんなカオスな体」
猫耳、牙、角、尻尾――
ざっと上げられるだけで矛盾が幾つも見られる。
「悪くないんだけど、時々すっごく痛む。体から外れようとしているみたいに」
「…ラファエル。もう一度聞くけど――」
「方法が分かった今、遺伝子改変から行えば可能ですが、切除は命の危険があります」
すると、彼女は諦めたように言った。
「もう分かってる。何もしなくていい」
それは、あまりにも惨酷だった。
「――そうだ。君の名前を…」
その時、暗闇なのに光を見た。
「眩しっ――」
くらむ目を手で塞ぐ。
光の正体は、"聖霊王"エスピリト=ポラリス。
呼んでいないのにどうして…
「ラファエル。貴方がいながら…」
声を聞く限り、怒っているようだった。
「…使用主。私は湊様の希望により、連絡しないようにと――」
「だから?それが私に伝えない理由?それとも、彼が悪いとでも?」
まるで、嫌なパワハラ上司みたいな攻め方。
僕はまだ経験したことはないけれど、なんとなく分かった。
流石は天界のトップだ。
「…いえ。ですが――」
「もういい。下がっていなさい。貴方には失望しました」
最後にラファエルは一瞬口を開きかけたが、すぐに引き下がった。
「さて。貴方が今回の元凶ね。ある程度暴れて満足した?」
不味い。来ないよう言っておけば良かった。と今になって思う。
彼女とポラリスを会わせてはいけなかった。
彼女からすると、自身を改造した敵。
ポラリスは…なぜか苛立っている。
張り詰めた空気が漂っていた。
そして、その事に気が付かなかったポラリスは、見事に地雷を踏んでしまう。
「まさか本当にやっていたなんて。趣味の悪い…」
この言葉は、決して彼女に向けられたのではない。
しかし、その言葉が彼女を怒り立たせた。
「まるで他人事のように…誰にされたと思っている!?貴様らが私を――!」
敵意を剥き出しにした目を向けた。
「駄目だって。君が戦えば間違いなく…」
死んでしまう。
ポラリスは「襲いかかる火の粉は天気を雨にして消す」ぐらい容赦がない。
戦えば間違いなく…
「強硬手段!ルナを呼んでください!」
オペレーターに向かってそう叫ぶ。
リツカに会えば何とか落ち着くだろうと取った手段だ。
しかし、それまで彼女を抑えておかなければいけない。
「離せ!さもないと君にも容赦しない!」
暴れまわり、今にも振りほどかれそう。
「ラファエル!力を――」
その言葉に、ラファエルが反応して動いた。
すると、ポラリスに止められる。
「駄目よ。下がっていなさい」
…なんでだよ。
「全部、貴方が悪いのよ」
冷静に、そして見下すように言った。
「僕が何をしたって…」
僕には、ポラリスが何を言っているのかが分からなかった。
その奥の絶対的な悪意も、全て。
その時、不意に甲高い音が鳴る。
「この音、まさか――」
エネルギーが一点に集まり、凝縮される音。
「爆発させるつもり!?不味い…」
怒りに我を失った彼女を止める術は、もう――
「パートナー!私が来たよ!」
声と共にルナが現れる。
「もう来たの…」
ポラリスが憎たらしそうに声を上げたが、そんなのはどこ吹く風。
ルナはリツカの魂を具現化させ、虚像として顕現させる。
その瞬間、音が止んだ。
「…」
絶句。
敵意は消え去っていた。
と言うよりも、神格者の事が視界に入っていないようだった。
もう、安心してもいいだろう。
「ホログラムみたいなものだから、触れることは出来ないけど…確かにそこにいるからね」
ルナが優しく言っていた。
安心しきったように、尻尾を下ろしていた。
「なんとかなったかな?」
良かった。
一時はどうなるかと思ったが、これで一件落着――
「…やっぱり、私がいなくても解決できるんだ」
そう言えば、問題らしきものが一個残っていた。
あの彼女の事はルナに任せた。
「…一体、何が不満なの」
僕のことを邪魔しようとしたり、好きだとしたら随分捻くれていないか?
「…貴方は良いよね。自分で何でも解決できる。私がいなくたって、楽勝そうに――」
嫉妬?いや…
「私がどれだけ頑張ろうとしたって、全部止めて……そりゃそうだよね。自分でやった方が速いんだもの」
いや、そんな事は無いと思うけど。
今回だって頼りっぱなしだし。
ところが、ポラリスはそう思っていないようだ。
「どうせ私なんて、必要ないんでしょ?武器として、道具としての役目さえしていれば、そこに"私"は要らないんだよね……それとも、もしかして私の存在すら要らなくなった?」
話が飛躍し過ぎ――だが、それを指摘することもできないほど、間がなかった。
今まで溜め込んでいた思いを解き放つように、連続して捲し立てる。
「私がもっと強くなればいいの?国一個ぐらい潰せるようになって、そうしたら私のことを見てくれる?」
「ちょっとラファエル!召喚!」
疑似ではあるが使用主の権限を使って、ポラリスを振りほどいて召喚。
「福祉の名に命じる。ポラリスを一度落ち着かせて!」
「了解」
⋯
⋯
「つまり、神格者を見せると彼女が興奮して手が付けられなくなる可能性があるから私を呼ばなかったってこと⋯?」
そう説明しようとしたんだよ。
「私は捨てられて⋯⋯」
「ないない。捨てるわけ無い。大切な仲間だから」
「そんな事、よくシラフで――」
顔が赤く染まると思うと、途端にポラリスが剣に戻った。
「⋯どういう事?」
その剣を拾い上げる。
「きっと、いい所見せたかったんです。それなのに、頼りにされていないように思えて悔しかったんじゃないでしょうか」
ラファエルがそう言った。
「使用主、昔からそうなんです」
そう言えば、先輩が一度こんな話をしていたような――
『重い人ってね、寂しがり屋の裏返しなのよ。また一人になることを恐れて異様に執着して、束縛して――そういう人に会った時は、しっかり自分の感情を伝えなさいよ』
流石は先輩。
「僕にはもう心に決めた人がいるから、きっと君の気持ちに応えることはできない。けれど――側にいてくれるだけで、頼もしいよ。ありがとう」
剣が静かに光る。
さっきよりも温かな光だった。
「戻りましょう」
「そう言えば、君はポラリスに戻らなくても良いの?」
「見損なわれましたし、戻る義理も――」
再び剣が光る。
「心にもないこと言ったって」
剣からそんな感情が伝わった。
「分かってます」




