#164 イタズラ
最近疲れてます。風邪です
「もし、仮にさ。僕が今ここで致命傷を負ったら、ラファエルはどうする?」
背中を預ける身として、一応聞いておきたかった。
「不吉な事を言う前に頭を働かして下さい。見捨てると使用主から並大抵ではない仕打ちを受けると分かりきっています」
ラファエルは少し身震いをしていた。
「⋯安心した」
"見捨てる"だなんて言われたらどうしようかと思っていたのだ。
「ただし、私に戦闘能力はありません。期待しないで下さい」
もとより、加勢して貰おうなんて気はなかったから関係無い。
そっちのほうがフェアだ。
「敵だとしても、余裕がなかったとしても一対一」
暴力で蹂躙するだけでは、過去の傷は解決しない。
そんな事をセレナさんが言っていた。
『相手に真っ向からぶつかって、相手の気持を全部受ける。それぐらいの意気がないと、罪を背負うことなんて出来ないわよ』
その時のセレナさんの目は、何処か遠くを向いていた。
その理由が、何となく分かった。
「来い。正々堂々相手になって――」
暗い木々の間から、目が光る。
思わず足が竦んだ。
「やっぱり呼ぼうかな⋯」
怖気付いた時だった。
膨大な魔力を感知する。
まさに、一瞬の心の揺らぎを狙ってきたかのように。
三本の斬撃が体を襲った。
「クロー!?始めて見た⋯」
それを、とっさに避ける。
――重大なことを見逃していた。
ポラリスが別行動しているということは、剣がないということ。
「拳で抵抗しないといけなかったり⋯」
それ以外の武器がないから仕方がない。
受けるのは不可能。
この暗闇に包まれた森から、突然として飛び出してくるのを避けるしかない。
「ラファエル!攻撃・防御系バフって全部付けれてる?」
「勿論です。しかし、無理はしないで下さい。使用主が悲しみますから」
「⋯どうして?」
接点がほぼほぼ無いと言っても良いだろう。
ルナも言っていた通り、別れた数は半端ではないはず。
「鈍感ですね。女たらし」
⋯はい?
「その言い方だと、もしかして――」
「はい。使用主は貴方のことが好きのようです」
思いがけない一言に、脳が困惑する。
「集中して下さい。それとも、呼びましょうか?」
誰のせいだと⋯
しかし、相手は待ってくれない。
少しでも隙を見せた途端に襲いかかってくるだろう。
――それは、今かもしれない。
殺気が肌に刺さる。
憎しみを表したような、おどろおどろしい感情が。
それらとともに、現れた。
「小回りはこっちのほうが⋯上!?」
視線の先は、黒洞々たる闇が広がっているだけだった。
低いっ⋯!
マズイ。退避が――
「完全防御」
ラファエルの声とともに、爪が弾かれる。
そして、怯んだように再び森の中へ。
「助かった⋯」
「死なれては困ります」
さっきまで何気ない心配だと思っていたものが、恋愛感情によるものだと知って少し怖くなった。
「とはいえ、このままだと防戦一方。何か手立てがないものか⋯」
「捕まえてしまえばどうでしょうか」
ラファエルの無謀とも思える提案だ。
「無理。見たでしょ?あの爪」
切れ味と言ったら刃物を凌駕するだろう。
「ちょっとの傷だったら私が回復させてみせます」
貫通するかもしれないんだよ?
「それ以外ありません。やりましょう」
ラファエルは従順だと思っていたら、随分推しが強かった。
「また来ます」
二つの目が光る。
「…痛いのは嫌だけど――」
赤い光が揺らぐ。
大地を蹴りつけ、駆けた。
「来い!」
3本の煌めきが、体に刻々と迫る。
「白石氏、交戦中とのこと。援軍を呼ばないようにしてほしいとの連絡が入りました」
オペレーターのその言葉に、葵は頭を傾けた。
「どういうこと?仲間がいなくてもいい――って…」
それほどまでに弱い敵なのか、それとも強すぎるのか。
もしかして、下手に神格者と合わせると手がつけられなくなるから…?
どちらにせよ、向かうのはよそう。
「にしても、武器無しでどうやって戦ってるの…?」
疑問はそれだけだった。
――そして、それを盗聴していたのが、最悪の人――ポラリスである。
「…なんで呼ばないの?」
拳をグッと握っていた。
「私が…やらないといけないのに」
堪えきれず、走り出した。
体を捻り、相手の左手を避ける。
そのまま腕を掴んで、相手の体勢を崩す。
相手の力を利用して抑え込む。
これは、フェイタルから教わった技。
武道に精通しているようで、合間にこういうのを習っておいたのだ。
「素晴らしいです!傷を受けることなく抑えるだなんて…」
いや、まだだ。
まだ右手が残って――
「拘束」
ラファエルが既に塞いでいたようだ。
「さーて。話を聞かせてもらおう…」
視線を移す。
その姿は、まさしく異形だった。
猫耳――だけで見るなら可愛らしいものだが、額からは一つの角。
クローだと思っていたものは、文字通りの爪だった。
「人体実験…」
獣化とでも言うのだろうか。
長い年月が経った後も、傷跡が生々しく残っている。
「ラファエル…これは流石に――」
「治せません。最近ついたであろう傷だけでも――」
すると、彼女は口を開いた。
「ハハハ!こんなに早く捕まっちゃうなんてね。どう?驚いた?」
甲高い声と、混沌じみた発言。
「これが私よ。研究員に好き勝手に体を改造された、悲しき人類…って所。後は好きにしたら?煮るなり焼くなり…調理方法は沢山ある」
子供っぽい笑いと、その裏の憎しみ。
爪はいつの間にやら消えていた。
「…何が目的?」
「察しの通りよ。629を取り返しに来た」
やっぱり同件だったか。
「幸いなことに、死傷者は出ていない。今なら君をまだ許してくれる…」
「甘いわね。こういうのは先に潰しておくって、習わなかったの?」
…なにが言いたい?
「ともかく、私の負けだわ。動物ってのはね、優しくされたら弱いのよ」
気まぐれと言うか、何と言うか…
中途半端な悪戯だと、思ってしまった。
そして、その後に神格者が襲来することになる。




