#155 氷漠
「私は負けたのだ。後は好きにするがいい」
戦意を完全に喪失し、受け入れるつもりのようだ。
とても、災害の発生元とは思えない振る舞いだった。
それでも、僕にはできない。
「君を倒すつもりなんて無い。地獄の氷河を終わらせてくれればそれだけでいいんだ」
そのことに、"氷の魔女"は少し驚いたようだった。
「私を殺れば止まるだろう。なぜ情けをかける?」
その事が、ずっと不思議だった。
「死に執着しすぎだと思うけど⋯」
その言葉に、魔女は訝しんだようだ。
「私が何をしたのか知っているのか?」
湊が頷く。
「君のことは知ってる。400年前にありったけの人達を殺した存在」
「そうだろう⋯だから私は」
「それでも、僕は君を攻めることはできない」
たとえ、昔にほぼ全ての生命を奪った存在だとしても、それは仕方がなかったはずだ。
神格者がすべての元凶なのだから。
「⋯甘いって思われるかもしれないけれど、僕は――」
言いかけた時だった。
「ハッハッハ!」
突如として高笑いが響く。
その持ち主は――レイズだ。
「流石ですね。ラスボスですら従属させれるだなんて」
「従属⋯?」
「しかし、誰もそのような結末を望んでいない!」
憎悪が入り混じる、恐ろしい声。
「それなら、私はなんだってする」
レイズは拳を握った。
「ウッ⋯!」
"氷の魔女"が胸を抑える。
「まさか、暴走させるつもり⋯!?」
ルナが呻いた。
「それってどういう事?」
先輩が聞くと、ルナは早口で説明した。
「あのスキルは後付けで、魂と無理矢理接合しているって聞いたの。だから、遠隔からあのスキルに干渉することも出来る⋯らしい」
あまり自信がなさそうな声だ。
その時、魔女が言った。
「約束が⋯違うではないか!このスキルを消し去る約束だっただろう!?」
すると、レイズは歪んだ笑みを浮かべた。
「ええ。しかし、白石と和解してしまった。ならば約束を守る必要も⋯ありませんね」
己の利益のために使い捨てる、冷酷な笑み。
「クッ⋯しかし、こんなところで終わるわけには⋯」
横たわりながらも、魔女が手を伸ばす。
「まだ⋯仲間との⋯約束が」
「残念でしたね。それももう終わりです」
レイズは、無造作に足元に生えていた氷を踏んだ。
それは――パリンと音を鳴らして、割れた。
一方、フェイタルやセレナは、突如として感じた膨大な魔力を感じていた。
"氷の魔女"とは違う、比べ物にならない魔力。
まだ起きない二人をおいて、シフリスと共に湊の元へ寄る。
「黒幕!戻ったのか」
「此花、その呼び方は止めろと⋯でも、それ以上に大変なことになってるな」
全員が、改めて魔女を見た。
和解できたと思ったその姿。
最早別人の魔力を放ち、人ならざるものへ変わろうとしていた。
「――止めるぞ」
その言葉に頷く。
"仲間との約束"がなんなのかは知らないが、せめて意識だけでも戻してやりたい。
一層、吹雪が濃くなる。
その冷気が肌を痛みつけた。
いや、これはきっと⋯
"氷の魔女"の心の痛みだ。




