#146 氷の魔女
「白石君は能力の保持を最優先にして。でももし余裕があれば援護も…」
後ろを覗く。
すると、レイズに明らかに目を向けられている姿があった。
「避けて!」
しかし、湊は動かない。
正確には、動けないのだ。
「…このスキル、発動している間は動けないみたいです」
悲痛に満ちた声が響いた。
「残念だったな。解除するにはそうするしかないと思っていたが、正解だったようだ」
勝ちを確信したようにレイズは声を上げ、そのまま持っていた短剣を振り下ろす。
「そのまま果てるがいい!」
「助けて下さい!」
…仕方がない。
決意を固めて地面を蹴り、二人の間に入る。
カァーン…
武器がぶつかる音が響き渡る。
レイズは一瞬舌打ちをしたが、すぐに元の表情に戻った。
「殺す側が守る側に回るとは、なんとも皮肉なことだ」
挑発か。その手には乗らない。
そもそも「だから何だ」と率直に思う。
殺すのも全て守るため。
全て自分で選んだ道だ。
ゼルティアでぬくぬく育って、ほんの些細なことで憎んだお前には分からないだろう。
「まともな戦争も経験したことのない、誰かの死に際だなんて見たこともないガキが何を言う!どれだけ過酷な道を歩んだか知らないが、そんな者が絶望する余地はどこの世界にもない!」
ハルバードを持ち変え、相手へと向ける。
大きく振りかぶり、そのまま足元を狙う。
レイズは余裕の表情を浮かべていた。
「短剣では防ぎようがありませんね。ここらで隠れるとしましょうか」
それに答えるように、ブリザードが一層濃くなった。
「逃がすか!」
服の後ろから針を取り出し、投げる。
――ドスッと小さな音と、一瞬のうめき声が聞こえた。
しかし…すぐに消えてしまった。
「逃がした…?いや」
周囲は雪が積もっている。
そう簡単に逃げられるわけがない。
つまり…どこかにまだいるという事。
「白石はそこで待機。何かあったらすぐに…」
その時、小さく人影が見えた。
もう一本取り出し、投げつける…
その直前、姿が見える。
セレナの手が止まった。
「姑息な…」
うめき声。
「セレナさん!?」
湊の悲鳴すらも動かさなかった。
「その顔…どうしてお前が」
「やはり、愛する人の顔は覚えていましたか。楽ですよ」
声もすでにレイズではない別のもの。
「そいつはニセモノです!セレナさん!」
分かっている。
彼奴はもう死んだ。
人の心を弄び、死んだ人すら利用して…
憎しみだけが湧いていた。
武器を向ければ届く距離。
頭を目掛けて投げたら仕留めれる距離。
しかし…手が動かなかった。
「早く終われ!」
湊は念じるように言った。
「僕が行かないといけないのに…」
無情にも、スキルはまだ発動している。
レイズはセレナに近付いていた。
「…誰か」
懇願する様に呟いた。
「セレナさんを…」
その時、不意に後から光があふれた。
陽光?いや違う。
希望の光となりし存在。
「チッ。もうここまで来たのか」
レイズが舌打ちするとともに睨む。
「言った通り、助けに来たよ!」
ローラス教法皇、クレシアス=カノン。
聖なる光は、迷いも全て断ち切った。
「セレナさん。立てますか?」
打ち拉がれていたセレナに向かって言う。
「…私には無理だった。後は頼んだわよ」
カノンは小さく頷くと、そのままレイズに向かっていった。
「…セレナさん。大丈夫ですか?」
「ええ。何とかね…」
ここから先はカノンの番だ。
僕は守られながら解除するだけでいい。
背中を預けて、また氷塔に向き合うのだった。
「いつかの仇討ちね」
前法皇で、祖父を殺された恨みと言うべきだろうか。
カノンは少し怒っていた。
「よくも私の国で散々やってくれましたね。落とし前をつけてもらいます!」
希望ノ槍を突き出し、叫ぶ。
そして――踏み込む。
当たれば勝ち。
手加減なしの、全てを斬り裂く勢いで槍を振るう。
レイズは小手調べとばかりに短剣で受けるが…次の瞬間には真っ二つ。
「それでも、当たらなければ良いだけです――」
その時、背中に激痛が走る。
セレナが投げた針がまだ残っていたのだ。
「クッ…」
余裕をなくして避けた。
一方、神聖具は翼のように軽々と動ける武具。
手負いの者を追い詰めるのにそうそう時間はかからない。
「ならば…これでどうだ!」
変怪にカノンも一度止まった。
「やはり人の本能。愚かな事だ!」
勝ち誇ったように言うが、カノンには通用しなかった――
「その手には乗りません。このまま死んでもらいます」
槍を振りかざす。
「貴方は敵を作りすぎです。ローラスの教えでも守ることはできません」
刃を下向きに、振り下ろす――
「止め!武器を下ろせ」
ブリザードが晴れる。
圧倒的な魔力を持つ存在。
まさに、"氷の魔女"
「コイツには果たしてもらわなければいけない約束がある」
そう言ってゆうゆうとレイズへと向かった。
「――すべての元凶!覚悟…」
カノンが我に返る。
すると、魔女はこう言った。
「…元凶?私が?」
威圧感と憤慨、少しヒステリーが混じっていた。
「私を生み出したのは他でもない。貴様ら人だ。私は元凶ではなく被害者。はき違えるな!」
カノンは後退。
「そのために、私は魔女となった。すべてを破壊するために!」
手を一振り。
青い魔力が氷塔へと流れ込んだ。
そして――崩壊する。
「これは貴様らへの…復讐だ!」
氷塔から、神格者の姿が発現する。
しかし、目は虚ろで、操られていた。




