#144 思
「これは…」
ある一人の兵が、雪原に落とされたメモ帳を拾った。
「そこ!足を止めるな!」
後ろから激しい叱咤の声が響いた。
「あの頑固隊長め…」
「何か言ったか?」
鋭い眼光で睨みつけられ、慌ててそれを内ポケットに隠す。
――後で読もう。
仲間とともに進軍する。
ぺんぺん草も生えない極寒の地を、一隊が踏みしめていた。
「今日はここに宿場を作る!各々準備するように」
隊長から命令が下され、準備期間に入った。
どちらかと言えば、自由時間。
誰もいないような所であの手帳を取り出し、中を開くと――
全く読めなかった。
虫が這ったような字が十ページに渡って続いている。
そして、急に途切れてしまった。
その後は真っ白である。
「――おじさんに聞いてみるか」
そう言って、テントへと向かった。
雪に杭を打つ音が静かに鳴っていた。
「おじさん!これなんて書いてるか分からない?」
そう言って手帳を渡す。
"おじさん"と呼ばれていたのはそう呼ぶに相応しくない見た目をした若い男性。
なぜおじさんと呼ばれているのか。
それは、博識であること。それと…
「字が小さくて読みにくいな…」
目が悪いからである。
「つべこべ言わずに解読!」
「分かったよ」
眼鏡を押し上げ、目を近づける。
「これは…」
「分かった?」
食いつくが、渋い顔で見るだけだ。
「昔"ある人"がこの文字を使っていたような…」
「昔って、まだそんなに年行ってないはず」
「そうか。まだまだ捨てたもんじゃないな」
声が得意げだった。
「本当のこと言うんじゃなかった」
「そうか。ならいいことを教えてあげよう。最後まで読んだか?」
そう言って手帳を返してきた。
「見たよ。なんにも書いて無かったじゃないか」
すると、軽く軽蔑したような目をしていった。
「これだから若い者は…魔力を見ろ」
「魔力ぅ?」
言われたまま、情報確認を使用する。
「この文字は…?」
それはよく見た文字だった。
「一体、どんな気持ちで残したんだろうな」
胸がギュッと締められる思いを味わった。
「何処かで会えるだろ。そうそう時間はたってないんだから」
…そうかな。
「こらぁ!こんな所で油売りやがって!仕事に戻れ!」
「げ、頑固隊長…」
「逃げるぞ!」
一目散にテントから退散。
「まったく、あいつら…」
残された隊長はそこに落ちていた手帳を手に取った。
「…落書きか。こんなもの」
放り投げようにも、手が止まった。
それは、決戦した者の手記だった。
全て読めた。
せめて炊き上げてやる。
キャンプの中心にあった焚き火に本を投げた。
その事に兵士が気がつくのは、しばらく先である。
天国、天極、天獄…
ひとえに"てんごく"と言っても、意味は様々。
勿論、僕にとっては"天獄"である。
最近、気が滅入ることばかり。
どれだけ抗おうが自分の存在はちっぽけで、風前の灯のようだと知らされる。
いっその事全て知らないほうが良かった。
無知は罪だと誰かが言ったが、叡智も人の罪である。
真実を知りすぎて、真実が何なのかがさっぱり分からない。
挙句の果てに、誰かの意思を遂行しようとしている。
仲間がいなければ腐っていただろう。
頼れる人って大切だ。
もし平和に過ごせたなら。
それを何回思っただろう。
結局は夢物語でしかなくて、世界に募る悪意を血で拭うしかなかった。
もしあの人が生きていれば。
きっとこんな姿にはなっていなかっただろう。
武器なんか持たずに、滅びの時を迎えれたのに。
人に頼られるのは不愉快だし、頼るのも不愉快だ。
今まで歩いた道は後悔の道。
あと何回往復するのかも知らないけれど、全て背負っていきたい。
そう思える私でありたい。
私達は神様を信じるが、神様は果たして人を信じるのだろうか。
どちらかが滅びるまで続く、永遠の片想いは実らない。
愛想を尽かして消えてしまったのかもしれない。
だって、人は自ら争うのだから。
神に仕える身も、本当の神は見たことがない。
いつも神格者か現人神ばかり。
本当にそう呼べるのは、もしかしたら一人だけなのかもしれない。
私を救った"救世主"であるただ一人だけ…
リゼリアが消えた――
それを聞いたヴェルナは、何も言わなかった。
緊急事態の盾を敷いて、心に蓋をしたのかもしれない。
その後、なぜかクロードを呼びだした。
クロードの周囲に怨念が見えた。
今の自分と、どこか似ていた。
過去の犠牲者なのか、今も犠牲者なのかは分からなかった。
…やっぱり、こんな事考えるのは性に合わないな。
母には会えない。
巫であり、大切な役目と言われたがピンとこなかった。
俺が無知なだけかもしれないし、心の底で認めたくなかったのかもしれない。
竜族の長い寿命でも、母の愛は支え。
こんな運命、大嫌いだ。
しかし、俺がどう足掻いても運命なんかに勝てないし、ましてや誰かが仕組んだなんて嫌気が差す。
生きるもの全てがそう思うだろう。
今日も凛と立つ世界樹を守りながら、気が吹くままに精神を揺らすのだ。




