幕間 宿題終了大作戦
あの後、どれだけ歩いたのだろう。
気が付けば、電車に乗っていた。
足が勝手に帰ろうとしている。
もうあそこには戻りたくない。
気が付いたらあのゲートごと消えて、今までの事みんな忘れていつも通りの日常に戻りたい。
そんな事を考えながら、トンネルしかない景色を見ていた。
平日ということもあり車内に人影は少なく、感情に浸るだけの余裕はある。
家に帰るまでのしばらくの間、どこか上の空だった。
東京駅を過ぎたあたり、聞き馴染みのある声が私を呼んだ。
「あれ?部長じゃないですか。こんな所で何を?」
声の主は松尾だった。
「…特に。そっちこそ何してたの?」
「自分は越後湯沢へ行っていました。ほら、あの有名なフレーズの」
聖地巡礼に近いのだろうか。
変わった奴だ。
「で、ついでに温泉に入って来たと」
「勿論です。熱海に続いて入れたので幸せでした」
松尾は充実した夏休みだったのか。
それに比べて私は…
再び嫌悪に陥りそうになった。
「それより、宿題は済ませたんです?」
その一言が、青天の霹靂となり曇りを晴らす。
そして、どっと緊張感が襲った。
「まさか…まだやってない?」
松尾が心配そうに言う。
「自分は1週間あれば終わりましたが…あと5日ですよね」
思わぬ大ピンチが降りかかったものだ。
願い通りに、あの世界の事を全て忘れる事になった。
「ただいま…」
勿論、返事は返ってこない。
当たり前だ。
もう盆休みは終わり、仕事に出ている頃。
一人バッグから出されていない宿題を見て、絶望する事になる。
スマホもテレビもゲームも全て立ちきって、黙々と机に向かう。
簡単な国語から終わらせてしまおう。
そういうことで、一度開いてみたのだが…
「え?」
思わず声が出た。
50もあるなんて聞いていなかった。
思わぬ大誤算である。
車内で宿題にかかる時間を計算していた自分がバカみたいだ。
そもそも、1ページ3分の計算も達成不可能だが…
とにかくやる。それしか道は残されていないのだ。
たとえ、それが邪道だとしても。
そう思い、もう一冊を机に広げた。
――答えである。
12時を超えた頃、ようやく終わった。
しかし、安堵する間もなく次に手をかける。
やる気が残っている内に終わらせないと、それこそ試合終了。
頑張れ私、そう思って次に進むのだ。
手に取ったのは数学。
こちらも分厚く、50ページはあるだろう。
得意ではないが苦手でもないので、こちらもパパっと終わらせよう――
そう思っていた。
気がつけば、遠くで烏が鳴いていた。
もう夕方である。
手には、あと少し残ったワーク。
…全然終わらない。
無限にあるように思えた時間があっという間だとは、数学恐るべし。
とりやえず、これさえ終わらせてしまおう。
後は明日やろっと…
やっと終わった。あの数学教師め…
やけに多い宿題出してるんじゃないよ。
しかしまあ…振り返ってみると、よく終わったものよね。
ここまでがむしゃらにやったのは久しぶり…
その時、今まで蓋をした感情が蘇ってきた。
宿題が一段落したから?
それとも、思い出したから?
私にはよく分からなかった。
とにかく自分が泣いていることに気が付いて、枕を濡らした。
また明日考えよう――そう決めたのだった。




