#133 トラウマ
「心的外傷後ストレス障害の可能性があります。暫くは、そっとしておいた方が良いでしょう」
白く清潔にされた部屋のベッドは、思いの外少ない。
それは、施設そのものを地下に退避させるためだ。
ここだけではない。災害から逃げるための準備が各地で進んでいる。
「…ありがとうございました」
セレナは深々と頭を下げた。
「お大事に。心を強く持ってくださいね」
50代ぐらいの男性はそう言って、部屋のドアを閉じた。
一人の女性が、ギルドの廊下を進んでいた。
高校生ぐらいの背丈――そう。葵である。
葵に取って今最も重要なことは、白石の復帰である。
あの後、白石君は一言も話さなくなっている。
医者にはそっとしておいたほうが良いなんて言われたけれど、そんな状況じゃない。
とてもほっておけないのだ。
ガラガラ…
古びた滑車が回る音。
部屋のスライドドアをこじ開けた。
「…白石君?」
湊は一瞬視線を向けた後、すぐに戻す。
「いなくなっちゃったのはアレだけど…きっともとに戻す方法があるよ!だから…」
「…ほっといて下さいよ」
白石は見向きもせずに言った。
「僕は一番大切な時に戦えなかったんだ。何のためにそこにいたのか分からない」
「…そんな事ないよ。きっと、白石君にしか出来ないことが…」
すると、湊は無言で立ち上がる。
――スパァン…
叩くような、鋭い音が響いた。
葵の頬が、赤く腫れている。
「もうほっといて下さいよ!この世界が滅ぶのも、結局全部僕のせいですよ。今更何か出来る?忠告も聞かずに失敗した子供が何をしても無駄ですよ!」
今まで聞かなかった荒々しい言葉が出る。
「…白石君。そう…」
少し驚いた後、葵は立ち上がった。
お返しとばかりに、叩き返す。
「…最っ低ね」
湊が言い返す前に、間髪入れずに立ち去る。
最後に、こう言って。
「本気でルナちゃんの事を愛していたなら、一度や二度ぐらい生き返らせてみなさいよ!もう知らない!」
湊は、呼び止めようとはしなかった。
自分の手を見て、震えていた。
一方、また別に廊下を歩く人達がいる。
「済まないわね。わざわざ呼び出してしまって」
セレナが言った相手は、法皇具に身を包んだ彼女――
カノンだった。
「良いですよ。ピンチの時にはお互い様。ところで、私にやってほしいこととは…?」
聞いた瞬間に、前から葵が走ってきた。
「…どうして?」
葵は止まらず、走り抜ける。
「…今のは、何だったんでしょうか…?」
「暫く、話しかけない方が良いかも」
そう言って、セレナはカノンの腕を掴んだ。
「ちょっと話をしましょう」
「つまり、トラウマが生まれてしまったってことですね」
「そう。何も出来なかった無力感から来るもの…って言っていたわ」
カノンは考え込んだ。
「こういうのは、自分から動いてくれない限りはどうにもならないんですよね…何かきっかけがあれば良いんですけど」
「葵が何をしたのかも分からない分、下手な手出しは逆効果…ま、落ち着くまで静かにしておいたほうがいいわ」
そう言って、セレナは立ち上がる。
「暫くここにいても大丈夫そうなの?できればいてほしいんだけど…」
「…大丈夫でしょう。ユレールに任せてますので」




