幕間 ミネルヴァとミューズ
白石がゲルゼズに向かった日。
ガーディアンは一人佇んでいた。
荒れた本の片付けに追われていたのである。
「これは…どこから手を付けましょうか」
ため息を付いた時だった。
「キー」
遠くから、本体が飛んできた。
「5番に噂にしてもらいましたか?」
すると、「キー!」と喜んだような音を立てた。
周囲を飛び回る。
「先に片付けましょうか」
ガーディアンは本を拾い上げ、元の棚にしまうだけ。
しかし、体がすっかり小さくなった本体はそうは行かなかった。
「キー…」
拾い上げることも、ましては持ち上げることも出来てない。
「そうですね。このままだと大変なので…」
少し考えてから、ガーディアンは言った。
「少しだけ、"解除"しましょうか」
すると、本体から光が出る。
能力、"霊力"の解除――
本を持ち上げれたからなのか、それとも力が戻ったからなのか、喜んでいた。
「決して、変な事に使わないで下さいね」
これでも、昨日まで操られていたのだ。
制御する必要がある。
なので、制御権はガーディアンに渡った――と言うよりも、本体が自ら渡したのだ。
戒めの意味が籠もっているのかも知れないが、真実は本体のみが知る。
その気になればガーディアンは分かる。しかし、そんなことはどうでも良かった。
どちらかと言えば、従者が増えたことに喜びを感じていたのだ。
「黒蝶だと、見ることしか出来ませんからね」
それに、可愛いことも評価の内。
黒蝶は言葉を話せない。
「キー」と鳴くだけでも会話にはなるのだ。
「来てくれてよかったですよ。私も暇でしたし――」
「キー?」
首を傾げるような動作をした。
――首はないが。
「フフッ。何でも無いです」
再び、本の整理に戻るのだった。
本を整理していると、不意に開いたその内容に、つい魅入ってしまうことがある。
誰しも経験したことがあるだろうこの現象に、まんまと本体も引っかかっていた。
なにも話さず、本を覗いている。
「――何見てるんですか?」
すると、本体はバタンと本を閉じた。
その本を手に入れると、そこには『ゼルティアの歴史』と書かれている。
よくリゼリアが読んでいた本だ。
「貴方――興味があるの?」
「キ」
頷くような素振りをした。
「いいわよ。でも、先に――」
「キー!」
高らかに叫んだ。
すると、認識できる範囲の本が全て元の位置に戻っている。
「…"解除"しすぎたようね。また封じようかしら」
「キ、キー…」
「冗談よ」
それから、本体はずっと本を読んでいた。
一言も話さずに。
また少し暇になったので、ガーディアンは"黒蝶"から校内を覗いていた。
普通の授業が展開されている、変わらない毎日だった。
「校内に犬でも入ってきてくれないかしらね…」
そんな事を望んだ時だった。
「キー…?」
「読み終わったの?」
「キー」
単眼だと、読むのが早くなったりするのだろうか。
「私とは違いすぎるものね。形も、目の数も」
「――キ」
大きな目を瞬きさせた。
「――そうね。いつまでも"本体"呼びするわけにもいかないわね。貴方名前は?」
「キ〜」
分からないようだ。
「楽器…らしい見た目ではないけれど、音楽――」
立ち上がって、本を取りに行った。
「ミューズとかどうかしら」
「キー!」
嬉しそうだ。
「でも、自分から名乗れないんだと意味ないわね」
すると、ミューズの翼がこっちを向いていた。
「私の名前?ガーディアンよ」
すると、ミューズは頭を横に振った。
「本当の名前は――」と、聞きたいのだろう。
「私の名前なんか知らないほうがいいわよ。名乗る資格もないシロモノだから」
しかし、ミューズは中々下がらない。
「キ、キ」
急かすように言った。
そして――
「――ミネルヴァよ。ホント、バカみたいよ。叡智を名乗るくせに、何も知らなかったんだから」
「キー!」
否定したいのだろう。
しかし、ガーディアンは続けた。
「貴方は、こうならないといいわね」
ミューズを撫でる。
どこか深みのある声に、ミューズはただ黙っていた。




