#115 "魂久王"その二
午後5時50分、図書館の中には四人の声が響いていた。
静かにしなければ、普段なら司書に怒られてしまうだろうが、閉館間際の図書館には人っ子一人いない。
その事が、ちょうどよかった。
一般人を巻き込むわけにはいかない――
「作戦を整理しよう。まず考えれるのは2つ」
指を2本立てる。
「1つ目。ミヅハに怒っただけ」
何度も押しかけてくるミヅハに腹を立てて、闇落ちしてしまったパターンだ。
「ミヅハを連れてきて謝るように言えば解決できるから、こっちはまだ簡単。そして――」
こっちが、最悪なパターン。
「2つ目。誰かに洗脳されてる」
ピンと空気が張った。
「そうなると…どうにかして解くしかありませんね」
そう、そこなんだよ。
「フェイタルの時は殴れば解決したけど、なんせ幽霊だもんね…」
カノンかフェイタルを連れて来たほうが良かったかもしれない。
「それか…繋がりのある小生が言い包めるかですね」
すると、ルナが反応した。
「繋がりってなんの?」
「――言う必要あります?」
ファントは心底嫌そうな顔をした。
「もちろん。情報は沢山あった方が良いからね」
すると、ファントは折れた。
「そんな大層なものでもないですよ。彼女に生贄になって貰っただけです」
さも当然のように言うが…
「じゃあ、なんで幽霊なのさ」
「それは、生贄になったのは彼女だけじゃなかったからですよ。残りの七不思議が全員――」
過去を思い出すように、ファントは目を閉じた。
「またいつか話します。今は――」
話が切れる。
ゼルティアが、5時55分を迎えた。
そして、どこからか鐘の音がなる。
その時が、やってきたのだ。
景色が移り変わる。
「ここは…いつもと変わらないけど」
視界に映った廻廊は、平穏そのもの。
今のところ、異変は感じられなかった。
――ガーディアンがいないこと以外。
「やっぱり怒ってるのかな?私もあるよ、顔も見たくなくなる時」
「そんな簡単な事かな…?」
とにかく、今は進むしか無い。
「3番曰く、結構奥まで進んでから出会ったと言っていたので…」
廻廊の深部、所蔵庫。
そして――ガーディアンの大切な記録が置かれている場所でもある。
「普段ならここまで進むと怒るんですけど…」
ファントが言った。
「出てこないということは、やっぱり…」
その時、どこからか図書館にふさわしくない音が鳴った。
「これって…ピアノ?」
その音は、紛れもなくピアノだった。
鍵盤を叩く音がメロディに乗って届く。
「行ってみよう!」
ルナは少々はしゃぎ気味で駆け出した。
――そこには、楽しそうにピアノを弾くガーディアンの姿があった。
弾むような手つきで鍵盤を操作する。
その姿は、とても怒っているようには見えなかった。
「良かったじゃん。元気そうで」
ルナが安堵の声を漏らすが…
反対に、ファントはまだ緊張を解いていない。
「…話しかけてみましょう」
おずおずとガーディアンに近づく。
すると、ガーディアンも気が付いたのか、鍵盤を閉まった。
無言で立ち上がる。
「何の用ですか?」
向こうから最初に話しかけてきた時は安心した。
その声は、いつも通りだったからだ。
「ミヅハが君にびっくりして、小生の所に逃げてきたんだよ。怒ってるとしたら…連れてきて謝らせるけど」
すると、ガーディアンは笑顔で言った。
「大丈夫ですよ。もう怒ってもいませんから。彼女もなにかしたかったんでしょうし」
「…そうか。なら良い」
え、もう帰っちゃうの?
「白石君、私たちも行こうか」
――なんか拍子抜けだったな。
「そうそう。ミヅハがきっと今後も来るだろうから、対応よろしく」
ファントが帰り際に言った。
「良いですよ。ミヅハもなんとか――」
その違和感を、ファントは聞き逃さなかった。
「今、誰のことを言ったんですか?」
「だから、ミヅハの――」
その事に気がついたのか、言葉が止まった。
「ガーディアンはいつもなら、ミヅハのことを"愚龍"と呼んでいる」
ガーディアンは取り繕うとしたが、もう無駄なことを知った。
そして――
「――チッ。まさかこんな事で見抜かれるとはな」
彼女の口から発せられた、彼女がしない言動。
「パートナー!今は…」
通用するかは分からないけれど、剣を向ける。
「我らの恨み、晴らさせてもらおう!」
視線が合う。
丸眼鏡越しの目は、真紅に染まっていた。




