#100 海神と罔象
案内されたのは、世界樹から少し離れたところにある、小さな家だった。
「ワダツミ様。ミズハ様のご友人を連れてきました」
傭兵の一人がへりくだって言う。
視線の先には、玉座がある。
カーテンが掛かっていて、薄っすらとだけ姿が見えた。
「ではこれで、失礼します」
そうして退出していった。
「――あの、僕は…」
最近、権力者への謁見が増えた気がする。
「白石湊、ここへは調査で来ました」
すると、玉座に座っていた人が口を開く。
「分かっておる。ミヅハは達者か?」
声からして男性。
深い声には威厳があった。
「達者――というより、幽霊になってますけど…」
それを聞いたワダツミは――
「ハハハ!勿論分かっているさ。変な質問をしてすまん」
口調が変わった。
そして、兄妹であることを実感させる、ミヅハとどこか似た高笑い。
「遠路はるばるどうも、俺様はワダツミ、わけあって世界樹の番人をしている。よろしくな!」
カーテンをくぐり、姿を表す。
僕はその豪快な、番人とは思えない言動にただただ驚かされていた。
「なんだ。失望したか?親からよく言われたぜ、『言葉を慎め、お前は次の番人だからな』って。勿論変わらなかったがな!」
なんというか、常識破りの人だ。
「それで、ここには一体何しに来たんだ?こんな田舎に来るって、何かあったんだろう?流刑か?それとも島流しか?」
それ、どっちも同じ意味だけど…
「いや、僕は"真実"を知りにきたんですけど…」
「真実?なんのだ?」
グイグイ迫ってくるなこの人。
「地獄の氷河のです」
すると、少し考える素振りをしてから言った。
「それは俺様にはよく分からない。俺様はそれよりも後に生まれてるもんで」
「それでこの若さ!?」
とても年老いたようには見えなかった。
「そりゃ、俺様達は竜族だぜ?400年なんて一瞬だ」
――なるほど。
どこか納得する。
「そうだな、地獄の氷河なら…そのへんの竜族達に聞いたほうが早いと思うぜ。俺様の名前を出せば分かってくれるはずだ」
「そんな事いいんですか?」
見ず知らずの人に優しくしすぎでは…?
「妹の友人というのなら手伝ってやるのが筋だろうぜ」
なんとも義理堅い人だ。
これこそ、人の上に立つ者の器だろう。
「…とは言え、ここは日が暮れるのも早いだろうし、今日は帰るほうがいい。なんせ山の上だからな」
たしかに、気がつくと外は暗くなりかけていた。
「応援してるぜ。何かあったらまた言えよ」
「――なんて事があったんだよ」
一転して、ここは宿の一室。
事のあらましを説明したところだ。
「で、番人さんと仲良くなったわけ?良かったじゃない」
先輩は普通の反応。
「その分野の支配者に接近する事はビジネスにおいても通じることですね」
相変わらず仕事に絡みつけてくるなこの人。
「もしかして…仕事好き?」
「いいえ。大嫌いですよ」
即答されてしまった。
「それはそうとして、ルナちゃん遅いね」
そう、さっきから気になっていた。
「きっと、"聖霊王"のことを調べて回っているのでしょうね。約束は守ってほしいわ」
セレナが言ったことに、その事をまだ知らない先輩が反応した。
「"聖霊王"って何?新手の神格者?」
――これ言っちゃっていいのかな。
ルナが渋ってたし、あんまり軽率に言わない方が――
「それは、この剣の中に入っている人の事だそうですよ」
セレナが普通にバラした。
「セレナさんはあの時いつからいたんですか?」
「最初からですが何か?」
畜生が。
「ええ!?この剣の中に人が?」
先輩、なんでそんなに驚くんですか。
「リゼリアのアレも似たようなものですよ先輩」
似たような――ものだよな?
剣を眺める。
その剣は、いつもと同じように光っていた。
「最初の頃も…こんな感じだったよな」
手入れの賜物なのか、元からそういう武器なのか。
「なおさら、綺麗に磨かなきゃいけないよな」
手に取り、汚れを拭き取り始める。
一通り拭いてから、今度は目立つ汚れを拭く。
「僕のこと、どんなふうに思ってるんだろう」
何度も救ってくれてるから、僕からは悪い印象はないけど。
剣に嫌われたら笑えない。
「ルナも早く戻ってこないかな…」
この剣はどうなるんだろうか。
そのまま無くなるのか、剣だけ残るのか。
…どっちもあり得る。
せめて、剣だけは残りますように…そう願ったのだった。




