新たなる接触
岡村達と1年生のグループは、再び公園の再調査へと向かった。
***午後・公園前***
空は、晴れていた。
でも。
午後の光は、どこか白く、薄かった。
岡村は、公園の入口で立ち止まった。
隣に、斎藤。
少し後ろに、山田と林。
誰も、すぐには口を開かなかった。
斎藤が、先に言った。
「……来ちゃったな」
軽い口調だったが、目は笑っていなかった。
山田が、小声で続く。
「俺、正直まだよく分かってないんだけど」
「何を、確かめるんだっけ」
林は、黙ったまま公園の中を見ていた。
岡村は、一歩踏み出した。
「俺も、うまく言えない」
「でも……行けば、分かる気がする」
三人が、岡村の背中を見た。
少しだけ、間があった。
それから。
斎藤が、ため息をついた。
「……まあ、ついてきたんだから」
「最後まで付き合うけどな」
山田が、苦笑いした。
林は、何も言わなかった。
ただ、静かに歩き始めた。
それが、答えだった。
四人は、公園の中へ入った。
***
砂場。
東屋。
桜の木。
昨日と、同じ場所がある。
子どもの姿は、今日もなかった。
斎藤が、辺りを見回す。
「……静かだな」
「平日の昼間だからか?」
山田が、腕を組んだ。
「どうだろ」
「なんか……来づらい雰囲気、あるよな」
林が、ぽつりと言う。
「足が、重い」
三人が、林を見た。
林は、続けた。
「さっきから、ずっと」
「気のせいかと思ってたけど」
「……やっぱり、重い」
岡村は、息を呑んだ。
(林も、感じてる)
斎藤が、眉を寄せた。
「俺は……どうだろ」
「特には感じないけど」
山田が、苦い顔をした。
「俺も、よく分からん」
「でも、林がそう言うなら」
岡村は、ゆっくりと歩き始めた。
「行こう」
「中央まで」
***公園・中央広場***
公園のやや中央。
広場に、四人は立った。
足を止める。
周囲を、見渡す。
人の気配は、なかった。
相変わらず。
ベンチは、空のまま。
遊具も、誰も触れていない。
風が、細く吹いた。
それだけだった。
岡村は、その場に立ったまま。
ゆっくりと、息を吐いた。
「……この辺りが、気になる」
小さく、呟いた。
独り言のような声だった。
でも。
三人には、聞こえていた。
全員が、静かに。
場に、集中した。
しばらく。
誰も、動かなかった。
やがて。
斎藤が、眉をわずかに寄せた。
「……確かに」
低い声だった。
さっきまでの余裕が、少しだけ、薄くなっていた。
「少し……気配を、感じた」
言いながら、自分でも確かめるように。
もう一度、周囲に意識を向ける。
「気のせい、じゃないかも」
山田が、腕を組んだ。
「でも」
「このくらいの感じ……」
言葉が、途中で止まった。
続けようとして。
続けられなかったような。
そんな間があった。
林が、何も言わずに。
ゆっくりと、周囲を見渡した。
東。
西。
南。
北。
一つずつ、確かめるように。
その目が、静かに動く。
岡村は、足元を見た。
昨日、夢の中で。
見ようとして、見られなかった場所。
今は。
ただの地面が、あるだけだった。
(……)
もう一度、意識を広げる。
感じようとする。
寂しさは、ある。
でも。
さっきまで感じていた。
あの「呼んでいる」感覚が。
今は。
どこにも、なかった。
「……やっぱり」
岡村は、静かに呟いた。
「気のせいか」
その声には。
安堵ではなく。
どこか、拍子抜けしたような。
それでいて。
納得しきれないような。
複雑な色があった。
林が、視線を戻した。
岡村を、見る。
何も言わない。
でも。
その目は、まだ。
何かを、探しているようだった。
斎藤が、小声で言う。
「まあ」
「考えてみりゃ」
「これまでの調査と比べたら」
「俺たち1年生4人で、十分だろ」
どこか、余裕を取り戻したような声だった。
山田が、大きく頷く。
「だよな」
「先輩たちも、近くにいるし」
「大丈夫だって」
少しだけ、間があった。
「……岡村の違和感も」
「気のせいかもな」
岡村は、何も言わなかった。
ただ、広場の中央を見つめたまま。
その言葉を、黙って聞いていた。
林が、静かに口を開いた。
「でも」
「油断は、禁物だ」
斎藤が、林を見る。
林は、表情を変えなかった。
ただ、まっすぐに前を見ていた。
岡村は、小さく頷いた。
「……装備品の再確認をしよう」
三人の視線が、岡村に集まる。
岡村は、カバンを開けた。
「カメラ」
取り出す。
問題ない。
「浄化スプレー」
確認する。
残量、十分。
「お守り」
胸元に、確かにある。
「霊府も――」
自分のポケットを確かめる。
「OK」
それから、山田を見た。
山田が、少し得意げに言う。
「俺は念のために、10枚持ってきてる」
カバンから、丁寧に束ねられた霊府を取り出した。
「これだけあれば」
「十分すぎるだろ」
斎藤が、目を細めた。
「……お前、意外と用意いいな」
「褒め言葉として受け取っとく」
山田が、にやりとした。
林は、自分の装備を静かに確かめていた。
何も言わなかった。
でも。
その目は、ずっと。
公園の中心を。
見ていた。
岡村は、深く息を吸った。
カバンを閉める。
「よし」
四人の顔を、見回す。
「さっそく、目的地に進もう」
斎藤が、軽く首を鳴らした。
「おう」
山田が、霊府をしまいながら頷く。
「行きますか」
林は、無言で一歩踏み出した。
それが、合図になった。
四人は、並んで歩き始める。
足音が、静かな公園に響く。
砂場を、過ぎる。
東屋を、過ぎる。
桜の木が、風もないのに。
かすかに、揺れた。
***公園の中心***
四人は、再びそこに立った。
岡村は、カバンに手を入れた。
取り出したのは。
小さな、水晶だった。
透明な、澄んだ色をしていた。
手のひらに乗せると。
午後の光を、静かに受けた。
四人が、それを見ていた。
岡村は、膝をついた。
地面に、そっと手をあてる。
土は、少し冷たかった。
ゆっくりと、掘る。
深くは、ない。
でも。
丁寧に。
確かめるように。
水晶を、そこに置いた。
土を、戻す。
手で、軽く押さえる。
立ち上がった。
斎藤が、腕を組んで言う。
「念には念を入れて置くのも」
「正解だ」
落ち着いた声だった。
山田が、埋設した場所を見ながら頷く。
「ああ」
「これで……」
一度、その場の空気を確かめるように。
静かに、息を吸った。
「違和感も感じられなくなれば」
「任務完了だ」
誰も、すぐには答えなかった。
四人で、しばらく。
その場に立っていた。
風が、ゆっくりと通り抜ける。
さっきとは、少しだけ。
空気が、違う気がした。
重さが、薄れたような。
気のせいかもしれない。
でも。
確かに。
何かが、変わった気がした。
林が、周囲に目を向けた。
「後は」
「周辺を見回って」
「撤収しよう」
静かな、でもはっきりとした声だった。
岡村が、頷く。
「そうだな」
岡村は、もう一度だけ。
水晶を埋めた場所を、見た。
土の上は、何も変わらない。
ただの地面だった。
でも。
(頼む)
心の中で、小さく言った。
それだけだった。
顔を上げる。
「行こう」
四人は、静かに歩き始めた。
***周辺・見回り***
広場を離れ。
四人は、公園の周辺を歩き始めた。
東屋の裏。
桜の木の周囲。
フェンス沿いの茂み。
一つずつ、確かめていく。
特に、異常はなかった。
空気も、さっきより落ち着いている。
山田が、小声で言う。
「やっぱり、問題なさそうだな」
斎藤が、周囲に目を向けながら頷く。
「みたいだな」
「水晶、効いてるのかもな」
岡村は、黙って歩いていた。
林も、無言で周囲を確認している。
そんな時だった。
「……あれ」
山田が、立ち止まった。
視線の先。
公園の北側。
人影があった。
一人ではない。
数えると。
六人。
全員、若い。
大学生くらいだろうか。
バラバラに散らばって。
それぞれが、真剣な顔で周囲を確認している。
リーダーらしき人物が、仲間に向かって落ち着いた声で指示を出していた。
「もう一度、北側を確認してくれ」
「ここは、まだ何か残ってる可能性がある」
斎藤が、眉を上げた。
「……俺たちと、同じことやってる」
林が、静かに言う。
「別の、サークルか」
岡村は、そのグループを見た。
装備は、それなりに整っている。
動きも、慌てていない。
素人ではない。
でも。
「特別、異変は感じられない……様だな」
岡村は、小声で呟いた。
斎藤が、頷く。
「ああ」
「ただ歩いてるだけ、って感じじゃないけど」
「危ない雰囲気は、ない」
山田が、少し安心したように息を吐く。
「じゃあ、俺たちはもう一度」
「こっち側を見回って終わりにするか」
「あのグループのことは――」
その時。
リーダーらしき人物が。
こちらを、見た。
目が、合った。
一瞬。
相手が、何かを確認するように。
岡村たちを、じっと見た。
それから。
ゆっくりと、近づいてきた。
落ち着いた歩き方だった。
背が高く、細身。
丸眼鏡をかけていた。
表情は、穏やかだった。
「君たち」
静かな、でもはっきりとした声だった。
「ちょっと、尋ねたいことがあるんだけど」
四人が、その人物を見た。
相手は、軽く会釈した。
「僕たちは」
「緑大学の、オカルト部」
一度、言葉を切る。
「部長の、西崎です」
岡村は、思わず斎藤を見た。
斎藤も、岡村を見た。
山田が、小声でぼそりと言う。
「……同業者だ」
林は、無言のまま。
西崎を、静かに見ていた。
その目は。
警戒でも、驚きでもなく。
ただ、静かに。
相手を、確かめているようだった。
岡村は、一歩前に出た。
「……僕たちは」
「青空大学の、オカルト研究会です」
「1年生の、岡村といいます」
西崎が、少しだけ目を細めた。
「青空大学……」
少し、遠くを見るような目をした。
「確か」
「ずっと以前」
「合同で調査していた記録が、残っている」
岡村は、思わず西崎を見た。
「合同調査……ですか」
西崎は、静かに頷いた。
「うちの部に、古い記録があってね」
「青空大学のサークルと、一緒に動いていた時期があったらしい」
「かなり前の話だけど」
斎藤が、小声で山田に言う。
「知ってたか?」
山田が、首を振る。
「初耳だ」
西崎は、続けた。
「ここ何年間の間」
「交流も、途絶えていたようだけど」
一度、言葉を切る。
「まだ、サークルが続いていたんだね」
その声は、穏やかだった。
どこか、安堵したような。
「良かった」
岡村は、その言葉に。
思わず、胸が少し動いた。
西崎は、丸眼鏡の奥の目を細めた。
「良かったら」
「また、君たちとの交流を再開できると嬉しいんだけど」
少し間があった。
それから。
「……部長は、君かい?」
岡村は、小さく首を振った。
「いいえ」
「今は、田中さんが部長です」
「私たちは、1年生で」
「今日は、先輩方に代わって」
「再調査に来ていました」
西崎は、小さく頷いた。
「なるほど」
「田中さん、か」
どこか、その名前を確かめるように。
静かに、繰り返した。
斎藤が、岡村の隣で言う。
「田中部長は、今日は別の場所で待機しています」
「連絡は、取れますが」
西崎は、頷いた。
「そうか」
「なら、ぜひ」
「改めて、部長同士で話ができると嬉しい」
少し、間があった。
山田が、おずおずと口を開く。
「あの……西崎さん」
「尋ねたいことがある、って言ってましたよね」
「それは……」
西崎の表情が、わずかに変わった。
穏やかさの中に。
少しだけ。
真剣な色が混じった。
「そう」
「実は」
公園の中心を、一度だけ見た。
「この公園のことで」
「君たちに、聞きたいことがあってね」
林が、口を開いた。
「……何を、ですか」
西崎は、林を見た。
少し、驚いたような顔をした。
それから。
静かに、言った。
「君たちが」
「ここに来るのは」
「今日が、初めてじゃないだろう?」
誰も、すぐには答えなかった。
岡村は、西崎の目を見た。
穏やかな目だった。
でも。
その奥に。
確かに何かを、知っているような。
そんな光があった。
風が、また細く吹いた。
桜の木が、静かに揺れた。
岡村は、まっすぐに西崎を見た。
「……昨日も、来ています」
一拍。
「何か、ご存知ですか」
西崎は、答える前に。
もう一度だけ。
公園の中心を、見た。
水晶を埋めた、あの場所を。
それから。
ゆっくりと、口を開いた。
西崎は、静かに言った。
「この場所は」
一度、公園の中心を見る。
「1つの、発端でしかない」
誰も、口を開かなかった。
西崎は、続けた。
「ここを解決しても」
「根本的な問題は」
「解決しない」
その言葉が、空気に溶けた。
しばらく。
誰も、動かなかった。
斎藤が、低い声で言う。
「……根本的な問題、って」
西崎は、斎藤を見た。
「詳しい話は」
「責任者同士でしたい」
「1年生の君たちに、今すべて話すのは」
少し、言葉を選ぶように。
「適切ではない、と思っている」
山田が、息を呑んだ。
林は、黙ったまま。
西崎を、じっと見ていた。
西崎は、岡村に視線を戻した。
穏やかな目だった。
でも。
その奥にある真剣さは。
さっきより、はっきりしていた。
「良かったら」
「田中さんと、連絡を取りたいんだけど」
一拍。
「取次を、お願いできるかい?」
岡村は、西崎を見た。
一瞬だけ、考えた。
(信用していい相手か)
(でも)
(この人は、何かを知っている)
胸の奥の、あの感覚が。
静かに、頷いているような気がした。
岡村は、まっすぐに西崎を見た。
「……分かりました」
スマホを、取り出す。
田中への連絡先を、開く。
発信する前に。
もう一度、西崎を見た。
「西崎さん」
「一つだけ、聞かせてください」
西崎が、静かに待つ。
「私たちの部員は」
「危険な状況に、ありますか」
西崎は、すぐには答えなかった。
少しだけ。
目を伏せた。
それから。
「今すぐ、ということはない」
「でも」
顔を上げる。
「早い方が、いい」
その言葉は。
短かった。
でも。
十分だった。
岡村は、頷いた。
発信ボタンを、押した。
呼び出し音が、静かな公園に響く。
一回。
二回。
三回。
「――はい、田中です」
部長の声が、聞こえた。
岡村は、一度深く息を吸った。
「部長」
「岡村です」
「今、公園にいます」
「緑大学のオカルト部の方と、接触しました」
「部長と、直接話したいとのことで」
少し、間があった。
「……緑大学」
田中の声が、わずかに変わった。
「西崎さん、という方です」
また、間があった。
今度は、少し長かった。
「……分かった」
「代わってくれ」
岡村は、スマホを西崎に差し出した。
「どうぞ」
西崎は、丁寧に受け取った。
「田中さん」
静かな、でもはっきりとした声で言う。
「はじめまして。」
「緑大学、オカルト部代表の西崎です」
「少し、込み入った話があります」
「直接、お会いできますか」
岡村は、その言葉を聞きながら。
公園の中心を、見た。
水晶を埋めた、あの場所。
(発端)
西崎の言葉が、胸の中で繰り返す。
(ここは、始まりに過ぎない)
では。
本当の問題は。
どこに。
何が。
あるというのか。
風が、また吹いた。
今度は、少し。
冷たかった。
購読、ありがとうございました。




