岡村の提案
公園の調査を終えたが、1年生の岡村は、なにか気になる違和感を感じていた。
***その夜***
その日の夜。
岡村は、一人で寮の部屋にいた。
机の上には、今日まとめたメモ。
公園の見取り図。
気になった場所に、小さな印がいくつもついていた。
(……土台、か)
祐一の言葉を思い出す。
間違っていない。
それは、分かる。
でも。
胸の奥に、まだ何かが引っかかっていた。
岡村は、ペンを手に取った。
見取り図の中央。
公園の中心に、小さく丸をつけた。
(あそこ……)
目を閉じる。
昼間、あそこに立った時の感覚を思い出す。
寂しい。
それは、確かだった。
でも、それだけだっただろうか。
何かが、もう一つ。
ごく薄く。
引っかかるような感覚があった気がする。
岡村は、目を開けた。
「……気のせいか」
小さく呟いた。
でも、その手は止まらなかった。
丸の横に、小さく書き込む。
――“中心、要再確認”
ペンを置いた。
その時。
カタン、と。
部屋の隅で、小さな音がした。
岡村は、顔を上げた。
誰もいない。
窓も閉まっている。
「……」
しばらく、動かなかった。
やがて、小さく息を吐いた。
「疲れてるな……」
そう言って、立ち上がる。
電気を消そうとした、その時。
ふと。
机の上の見取り図に、視線が戻った。
中央に書いた、小さな丸。
その周囲だけ。
なぜか、ほんのわずかに。
紙が、湿っているように見えた。
「……?」
近づく。
指で触れる。
乾いている。
何も、おかしくない。
岡村は、眉をひそめた。
そのまま、しばらく見つめた。
やがて、首を振る。
「……考えすぎか」
電気を消した。
部屋が、暗くなる。
ベッドに横になる。
すぐに、目を閉じた。
疲れは、確かにあった。
だから。
眠りは、すぐに来た。
***
その夜。
岡村は、夢を見た。
誰もいない、公園。
昼間と同じ場所。
でも、少し違う。
空が、暗い。
風が、ない。
音も、ない。
岡村は、公園の中央に立っていた。
動けなかった。
体が、重い。
視線だけが、ゆっくりと動く。
東屋。
砂場。
桜の木。
どれも、そこにある。
でも。
どれも、少しずつ。
遠ざかっているように見えた。
(……?)
足元に、違和感。
何かが、ある。
見ようとする。
でも、視線が落ちない。
まるで、見てはいけないように。
無理やり、止められているような感覚。
その時。
――誰かが、いる。
はっきりと、そう思った。
公園の“下”に。
岡村の喉が、ひくりと動いた。
声は、出なかった。
次の瞬間。
足元から。
冷たい何かが、ゆっくりと――
***
岡村は、飛び起きた。
荒い息。
全身に、汗。
部屋は、暗いままだった。
時計を見る。
深夜、三時過ぎ。
「……っ」
言葉にならない声が漏れた。
胸を押さえる。
心臓が、早い。
しばらく、そのまま動けなかった。
やがて。
ゆっくりと、視線を机に向ける。
暗闇の中。
見取り図が、そこにある。
中央に描いた、小さな丸。
岡村は、ベッドから降りた。
足音を立てないように、近づく。
手を伸ばす。
紙に触れる。
冷たい。
「……」
しばらく、黙っていた。
やがて、小さく呟く。
「……もう一回、行くべきだな」
その声は、震えていた。
でも。
迷いは、なかった。
***翌日・部室***
翌日。
部室には、いつも通りの空気があった。
窓から、柔らかい光が差し込んでいる。
湯呑みから、湯気が立っている。
峯川が、資料をめくり。
星川が、静かにノートを取っていた。
その中で。
岡村は、少しだけ様子が違っていた。
落ち着かないように、指先が動いている。
祐一は、それに気づいていた。
「……岡村」
静かに声をかける。
岡村が、顔を上げた。
少し、迷っている顔だった。
でも。
すぐに、口を開いた。
「部長」
一呼吸。
「昨日の公園なんですが」
部室の空気が、少しだけ変わった。
峯川が、顔を上げる。
星川のペンが、止まる。
岡村は、続けた。
「もう一度、調査したいです」
はっきりとした声だった。
小川が、眉をひそめた。
「……なんでだ?」
岡村は、少しだけ言葉を探した。
「うまく言えないんですけど」
「何か……引っかかるんです」
「昨日の調査で、十分だったとも思います」
「でも、それとは別に」
「見落としているものが、ある気がして」
部室が、静かになる。
広末が、やわらかく言った。
「気のせい、じゃないかな?」
「場の状態も、かなり良くなってたし」
「子どもたちも、そのうち戻ってくると思うよ」
峯川も、腕を組んだまま言う。
「俺も、あれで一区切りだと思うな」
「危険な感じは、なかった」
「深追いする必要はないだろ」
小川も、頷いた。
「正直、あれ以上はやることも少ないと思う」
「無理に“何かあるはず”って考えるのは、逆に危ないぞ」
岡村は、黙って聞いていた。
否定は、できなかった。
みんなの言うことは、正しい。
それでも。
「……それでも、行きたいです」
小さく、でもはっきりと、言った。
視線は、祐一に向いていた。
部室の空気が、少し張り詰める。
祐一は、すぐには答えなかった。
岡村を、じっと見ていた。
その目の奥を、確かめるように。
やがて。
静かに、口を開いた。
「理由は、“違和感”か」
「……はい」
「具体的な危険の兆候は?」
「ありません」
「ただ、感覚的に……です」
祐一は、少しだけ考えた。
それから。
ゆっくりと頷いた。
「分かった」
全員が、祐一を見る。
次の言葉を、待っていた。
「再調査は、やろう」
岡村の表情が、わずかに変わる。
安堵と、緊張が混じった顔だった。
だが。
祐一は、続けた。
「ただし」
その一言で、空気が引き締まる。
「今回は、全員では行かない」
峯川が、眉を上げた。
「どういうことだ?」
祐一は、落ち着いた声で言う。
「岡村が感じた違和感は」
「まだ、はっきりした“危険”ではない」
「でも、完全に無視するのも違う」
「だから――」
一度、言葉を切る。
「1年生だけで、再調査に行ってみるといい」
部室が、静まり返った。
「……は?」
峯川が、思わず声を上げる。
小川も、目を見開いた。
「それ、大丈夫なのか?」
祐一は、頷いた。
「だからこそ、だよ」
静かに続ける。
「今の段階で」
「いきなり強いものに当たる可能性は、低い」
「昨日の時点で、場はかなり整っている」
「もし“何か”があったとしても」
「表層ではなく、もっと浅い違和感のはずだ」
星川が、腕を組んだ。
「なるほど……」
祐一は、続ける。
「そして」
「岡村が感じたものを、岡村自身が確かめること」
「これは、成長に繋がる」
岡村が、息を呑んだ。
祐一は、視線を合わせる。
「ただし」
もう一度、念を押すように。
「絶対に、無理はしないこと」
「少しでも異常を感じたら、すぐに引く」
「その判断も、訓練の一つだ」
岡村は、強く頷いた。
「はい」
広末が、少し心配そうに言う。
「私たちは……?」
祐一は、穏やかに答えた。
「待機」
「連絡は、常に取れるようにする」
「必要なら、すぐに向かう」
峯川が、ため息をついた。
「……まあ、完全に無茶ってわけでもないか」
小川も、渋々頷く。
「軽い再確認、って位置づけならな」
星川が、岡村を見た。
「いい機会だ」
「自分の感覚を、ちゃんと観察してこい」
岡村は、まっすぐに頷いた。
「はい」
その声には、昨日とは違う強さがあった。
祐一は、最後に言った。
「じゃあ、決まりだ」
「準備をして、午後にでも行くといい」
岡村は、深く息を吸った。
そして。
静かに吐き出した。
(確かめる)
あの違和感の正体を。
自分の感覚が、正しいのかどうかを。
部室の窓の外。
空は、穏やかに晴れていた。
けれど。
どこか、昨日とは違って見えた。
購読、ありがとうございました。しばらく忙しい日が続いた事から更新が停滞していました。




