日常活動へ
オカルト研究会は、本来の平穏な活動へと戻っていた。
***日常***
あの集会所への初訪問から、数ヶ月が経っていた。
オカルト研究会の活動は、静かに、でも着実に続いていた。
物置の調査。
庭の調査。
古い蔵の調査。
依頼が来るたびに、全員で向かった。
でも、ほとんどの場合。
結論は、同じだった。
「心霊現象ではない、と思います」
「ただ……少し、整理してみましょうか」
気がつけば、スコップを握る時間より、ほうきを握る時間の方が長くなっていた。
***それでも***
それでも、星川は必ず、こっそりと炭を埋めた。
広末は、水晶をそっと置いた。
祐一は、誰にも気づかれないように、一枚の写経をたたんで土に戻した。
掃除が終わり、依頼人が「すっきりしました」と言うたびに。
全員が、少しだけ目配せをした。
それだけで、十分だった。
***依頼***
そんなある日。
部室に、一枚のメモが届いた。
近くの公園のことで、相談があるという。
子どもたちが、怖がって近づかなくなった。
夜になると、妙な気配がする。
ただそれだけが、書かれていた。
全員で、地図を確認した。
市の管理する、小さな公園だった。
遊具がいくつかと、古い東屋。
桜の木が、数本。
特別、曰くのある場所ではなさそうだった。
「……行くか」
峯川が言うと、全員が頷いた。
***公園へ***
当日の朝。
全員が集合した。
道具を確認する。
スコップ。炭。水晶。
そして、祐一が丁寧に書き溜めた写経の束。
山田が、荷物を見ながら言った。
「……また、掃除活動になりそうですね」
誰も笑わなかった。
でも、否定もしなかった。
松井あゆみが、鞄を肩にかけながら答えた。
「そうかもね」
少し間を置いて。
「まあ……社会貢献には、なってるわ」
峯川が、首の後ろを掻いた。
「オカルトなのか、清掃活動部なのか」
「だんだん、分からなくなってきたぜ」
星川が、道具袋を持ち直しながら、静かに言った。
「それでも、こっそり場を浄化したり、エネルギーグッズを埋設したりはしてるんだから」
「結果的には、オカルト活動になってるけどね」
小川が、頷いた。
「そうそう。特別、悪霊退治をしなくても」
「場を清めているわけだから」
「十分、オカルト活動だよ」
祐一は、写経の束をバッグに仕舞いながら言った。
「今回は公園だし、書き溜めた写経を埋設して清めることも出来る」
「調査も、きちんと行う」
「良いトレーニングには、なるよ」
全員が、祐一を見た。
祐一は、続けた。
「いきなり、強力な悪霊と対峙して……危機に陥るよりはさ」
「少しずつだけど、メンバー全員、確実に能力を高められている」
「それだけで、十分なんだよ」
しばらく、誰も喋らなかった。
峯川が、バッグを肩に担いだ。
「……まあ、そうだな」
それだけだった。
でも、全員の顔が、少し柔らかくなっていた。
***公園***
公園は、住宅街の中にあった。
小さな入り口。
錆びかけた鉄棒。
砂場には、誰かが忘れたバケツが、ひっくり返ったまま置いてあった。
東屋の屋根に、枯れ葉が積もっていた。
桜の木が、静かに立っていた。
「……誰も、いないな」
山田が、あたりを見回した。
平日の午前中だったが、子どもの姿は一人もなかった。
「依頼人の言う通り、近づかなくなっている感じがするな」
星川が、目を細めた。
「気は……重くはない」
「でも、澱んでいる」
「長い間、誰にも気にかけてもらえなかった場所みたいだ」
祐一は、公園の中に一歩踏み入れた。
足の裏から、何かが伝わってくるような気がした。
怖くはない。
ただ、寂しかった。
(誰かに、気にかけてほしかった場所なのかもしれない)
そう、思った。
***始める***
全員が、道具を降ろした。
星川が、手帳を開く。
「まず、全体を一周してみよう」
「気になる場所を、確認してから」
「それから、スポットを決める」
全員が、頷いた。
一人ひとりが、公園の中を歩いた。
松井あゆみが、東屋の柱に手を当てた。
小川が、桜の根元にしゃがみこんだ。
山田が、砂場のバケツをそっと立て直した。
峯川が、フェンス沿いを歩きながら、何かをメモした。
祐一は、公園の中央に立った。
目を閉じた。
風が、吹いた。
枯れ葉が、少し舞った。
(悪意は、ない)
(ただ……長い時間、忘れられていた)
目を開けた。
「……ここは、祓うというより」
「また、賑やかにしてあげた方が、いいかもしれない」
星川が、隣に来た。
「同感だ」
二人は、しばらく、公園の中を眺めた。
子どもたちが、また来てくれるといい。
誰が言ったわけでも、なかった。
でも、全員が思っていた。
同じことを。
「よし」
峯川が、スコップを手にした。
「始めるか」
青空が、公園の上に広がっていた。
***部室にて***
公園の調査から戻った翌日。
全員が、部室に集まった。
お茶が、湯気を立てていた。
峯川が、報告書をまとめている。
星川が、考察をノートに書き込んでいる。
今回の活動も、無事に終わった。
怪我もなく。
危険もなく。
静かな、穏やかな調査だった。
全員が、それぞれ頷いていた。
そんな中。
岡村が、少し迷うように口を開いた。
「……部長」
祐一が、顔を上げた。
「今の活動は、充実しています」
岡村は、湯呑みを両手で包んだ。
「でも……」
言いかけて、止まった。
もう一度、口を開いた。
「これで、いいんでしょうか」
部室が、静かになった。
***それぞれの感覚***
祐一は、少し考えてから、答えた。
「ああ……」
「入学早々、色々な事件があったから」
「今の活動は、ぬるま湯みたいに感じるのかも知れないね」
峯川が、腕を組んだ。
「確かにな」
「ほとんど、ギリギリで助かって来たから」
「今の活動は……物足りなさがあるのは、分かる」
小川も、静かに頷いた。
「自分の魔法が、全く通じない相手と対峙してきた分」
「今は……ぬるま湯に浸かった感じ、かもな」
星川が、ペンを置いた。
「確かに、やりがいという点では」
「物足りなさがあるだろうね」
岡村が、少し安堵したような顔をした。
自分だけが、そう感じているわけではなかった。
広末が、首を横に振った。
「私は……今の活動でも、十分楽しいです」
穏やかな声だった。
「少しずつ、場が良くなっていくのが分かるし」
「私たちの身の丈に合った活動だと思うから」
岡村が、広末を見た。
それから、また俯いた。
「でも……なんというか」
言葉を選ぶように、続けた。
「限界を超えたスリルとか」
「全力を出し切った活動では、ないです」
「このままでは、僕たちは……大きく成長できないと思います」
誰も、すぐには答えなかった。
***祐一の言葉***
祐一は、しばらく黙っていた。
岡村の言いたいことは、分かった。
間違ってもいない、と思った。
でも。
「実践が、一番の成長に繋がる」
静かに、言った。
「それは、そうだ」
「でも……」
一度、息をついた。
「もし、失敗したら」
「命が、ない可能性もあるんだ」
岡村が、顔を上げた。
祐一は、続けた。
「そういったスリルに慣れてくると、物足りなくなる」
「もっと強いものと、やり合いたくなる」
「その気持ちは、分かる」
「でも……それで一生、ダメになってしまうリスクも、あるんだ」
部室が、静まり返った。
峯川も、小川も、星川も。
誰も、口を開かなかった。
祐一は、全員を、ゆっくりと見渡した。
「僕たちは、学生なんだ」
「霊能者じゃ、ない」
「サークル活動として……そういった危険なことに、自分から飛び込んでいくのは」
「避けた方がいいと、思っている」
岡村は、黙って聞いていた。
反論は、しなかった。
でも、何かがまだ、胸の中に残っているようだった。
***峯川***
しばらくして、峯川が口を開いた。
「俺も……正直、祐一と同じ考えだ」
岡村を見た。
「あの時、俺たちが助かったのは」
「実力だけじゃ、なかった」
「運も、あった」
「寮さんたちの助けも、あった」
「それを、忘れちゃいけないと思う」
小川が、続けた。
「魔法が通じなかった時」
「俺、本当に怖かったよ」
「今、思い返しても……背筋が寒くなる」
「あの経験があったから、今の活動がぬるま湯に感じるのかもしれないけど」
「あの経験は、二度としたくない、とも思ってる」
岡村は、俯いた。
「……そうですね」
小さな声だった。
***星川***
星川が、静かに言った。
「成長したい、という気持ちは正しい」
「でも、成長の仕方は一つじゃない」
岡村が、顔を上げた。
「今やっていることを、深めていくことも……成長だ」
「掃除一つにしても、場の気を読みながらやるのと」
「ただ掃いているのとでは、全然違う」
「写経を埋設する場所の選び方も」
「エネルギーの流れの読み方も」
「少しずつ、確実に上手くなっている」
「それが分かるか」
岡村は、少し考えた。
それから、小さく頷いた。
「……言われてみると」
「最近、場に入った時の感覚が、変わってきた気がします」
「最初の頃より……何かが、分かるような」
「そうだ」星川が、頷いた。
「それが、成長だ」
***広末***
広末が、温かい声で言った。
「強い敵と戦わなくても」
「場を読む力は、確実についてきてるよね」
「公園に入った時、みんな……最初に来た頃とは、違う目で見てたと思う」
岡村は、広末を見た。
「……確かに」
「入学当初の自分だったら、ただの古い公園にしか、見えなかったかもしれないです」
「でも今日は……なんか、この場所は寂しがってるな、って」
「自然に、そう感じられました」
広末が、微笑んだ。
「それって、すごいことだよ」
***祐一、最後に***
祐一は、岡村を見た。
「焦らなくていい」
静かに、でもはっきりと言った。
「強くなりたいなら、今の活動を、丁寧にやり続けることが一番の近道だ」
「土台のない力は、いざという時に崩れる」
「僕たちは、今、土台を作っているんだと思う」
岡村は、しばらく祐一を見ていた。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
「もう少し、今の活動を……ちゃんと、見直してみます」
祐一は、頷いた。
「また、何か感じたら言ってくれ」
「それも、大事なことだから」
岡村は、少し表情が緩んだ。
「はい」
部室に、静かな空気が戻った。
峯川が、報告書の続きを書き始めた。
星川が、ノートを開いた。
広末が、お茶を注ぎ足した。
窓の外に、夕暮れが広がっていた。
穏やかな、橙色だった。
何も、解決したわけじゃない。
岡村の中の、何かがなくなったわけでも、ない。
でも、今日の話は、した。
それで、十分だった。
今は、まだ。
土台を、作る時間だった。
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