再び、あの場所へ
祐一は、また。あの場所の事が気になっていた。
***提案***
お茶を飲みながら、祐一が口を開いた。
「……実はさ」
全員が、祐一を見た。
「この風水スポット」
祐一は、窓の外の庭木を見た。
「あの場所にも、いくつか作ろうと思っているんだ」
部室が、静かになった。
あの場所、という言葉だけで、全員が分かった。
あの山のふもとの、集会所。
高原会長が守り続けてきた、あの土地。
誰も、すぐには答えなかった。
でも、否定する者も、いなかった。
峯川が、腕を組んだ。
少し考えるように、天井を見た。
それから、口を開いた。
「……それは、ナイスアイデアだ」
全員が、峯川を見た。
峯川は、続ける。
「集会所やあの周辺に、いくつか風水スポットを作っていけば」
「あの場所も……また、活気を取り戻せるかもな」
静かな声だった。
でも、確信があった。
星川が、身を乗り出した。
「複数のスポットを作れば、相乗効果で結界の働きも強くなる」
「あの土地には、長年の澱みがある」
「一度や二度じゃ、完全には変わらないかもしれないけど」
「続けることで、少しずつ……場の質が変わっていくはずだ」
祐一が、頷いた。
「僕たちにできる事は、霊を祓うことじゃない」
「でも、場を整えること。良い気を集めること」
「それなら……できる」
広末が、湯呑みを置いた。
「あの土地の人たちのためにも……いいよね」
「高原会長も、きっと喜んでくれる」
あゆみが、静かに言った。
「これが、私たちにできる事ね」
「専門家じゃなくても。霊能者じゃなくても」
「できることが、ある」
誰も、反論しなかった。
***準備***
翌日から、準備が始まった。
星川が、ノートに地図を広げた。
「まず、集会所の四隅にスポットを作る」
「それから、周辺の要所に……ここと、ここ」
鉛筆で、印をつけていく。
「全部で、七か所くらいが理想だな」
祐一が、リストを書き出した。
炭。水晶。エネルギーグッズ。
写経する半紙の枚数。
植える庭木の種類。
松井あゆみが、民俗学の文献を引っ張り出してきた。
「あの地域に縁のある植物を選んだ方がいいと思う」
「土地に合ったもので、場を整える方が……効果があるはずだから」
「調べてみるわ」
峯川が、高原会長に連絡を入れた。
電話口で、会長の声は明るかった。
「来てくださるんですか」
「……ありがたい」
その一言に、長年の苦労が滲んでいた。
小川が、車の手配を始めた。
「今度は……怖い目に遭わないといいけど」
「遭わない」祐一が、静かに答えた。
「今回は、違う目的で行くんだから」
小川は、少し考えて。
「……そうだな」
と、頷いた。
***出発***
週末の朝。
空は、よく晴れていた。
軽トラックに、道具が積み込まれていく。
スコップ。炭の袋。水晶。
丁寧に写経された半紙が、何枚も。
松井あゆみが選んだ、土地に縁のある植物の苗。
峯川が、荷物を確認しながら言う。
「……忘れ物はないか」
「大丈夫です」小川が答えた。
「よし」
全員が、車に乗り込んだ。
エンジンがかかる。
祐一は、窓の外を見た。
青空大学の景色が、ゆっくりと遠ざかっていく。
(また、あの場所に行く)
怖くはなかった。
あの時とは、違う。
今度は、自分たちから。
自分たちにできる事をしに、行く。
「……行くか」
峯川が、静かに言った。
「ああ」祐一は、頷いた。
車は、山道へと向かって走り出した。
***再訪***
集会所が、見えてきた。
あの時と、同じ景色だった。
山が、静かにそこにあった。
木々が、風に揺れていた。
でも、何かが違った。
あの重さが、なかった。
あの息苦しさが、なかった。
「……穏やかだな」
星川が、窓の外を見ながら言った。
「ああ」祐一も、頷いた。
「寮さんたちが、やってくれたことが……効いているんだと思う」
駐車場に車が停まった。
ドアが開く。
高原会長が、集会所の前に立っていた。
顔が、ほころんでいた。
「来てくださった」
深く、頭を下げる。
「本当に……ありがとうございます」
祐一は、答えた。
「今日は、霊の話じゃないですよ」
少し、微笑んだ。
「ただ、この場所に……良い気を集めに来ました」
会長は、もう一度頭を下げた。
今度は、何も言わなかった。
でも、その表情が、全てを語っていた。
***はじまり***
荷物を降ろして、全員が集まった。
星川が、地図を広げる。
「まず、集会所の東側から始めよう」
「太陽が昇る方角から整えていくのが、基本だ」
全員が、頷いた。
スコップが、土に差し込まれた。
炭が、丁寧に埋められた。
水晶が、そっと置かれた。
写経した半紙が、折り目を崩さずに納められた。
誰も、喋らなかった。
でも、静かな集中があった。
広末が、苗を植えながら言った。
「なんか……あの時とは、全然違う」
「同じ場所なのに」
「怖くない」
松井あゆみが、土を戻しながら答えた。
「私たちが、変わったのかもね」
「この場所も、少し変わった」
「お互いに……少しずつ」
一か所目が、完成した。
全員が、しばらくその場を見た。
風が、吹いた。
木の葉が、ゆれた。
「……いいな」小川が、呟いた。
誰も、返さなかった。
でも、全員が思っていた。
同じことを。
「次、行くか」
峯川が、スコップを持ち直した。
「ああ」祐一が、頷いた。
青空の下。
全員が、歩き出した。
あの山を、背景に。
静かに、でも確かに。
この場所に、良いものを残しに。
それが、今日の目的だった。
それだけで、十分だった。
***寮への電話***
風水スポットの準備を進めながら、祐一は寮に連絡を入れることにした。
報告、というより。
相談に近かった。
電話をかけると、寮はすぐに出た。
「祐一君か。どうした」
「実は……」
祐一は、計画を話した。
集会所とその周辺に、風水スポットをいくつか作ること。
場のエネルギーを高めて、あの土地を少しずつ整えていくこと。
今回は、オカルト研究会の単独活動であること。
話し終えると、少しの間があった。
「……なるほど」
寮の声は、落ち着いていた。
「それは、いい活動だと思う」
祐一は、少し肩の力が抜けた。
「賛同してもらえますか」
「ああ」寮は、はっきりと答えた。
「確かに、あの場は色々な因縁が蓄積されている所だからな」
「祐一君の活動は、良いと思う」
***寮の言葉***
「ただ」
寮が、続けた。
「一つ、分かっておいてほしいことがある」
祐一は、姿勢を正した。
「なんですか」
「前回の活動は……あくまでも、一つの強力な怨霊を鎮めたに過ぎない」
静かな声だった。
でも、重かった。
「えっ」
祐一は、思わず聞き返した。
「それは……どういう事ですか」
寮は、ゆっくりと説明した。
「あの場所は、長い歴史を持っている」
「僕たちが対処した存在は、確かに強力だった」
「そして、それを鎮めたことは、大きな意味があった」
「だが……それだけじゃない」
「あの場所には、津波の被害もあった」
「多くの人が、あの地で亡くなった」
「悲しみが、苦しみが、恐怖が……長い年月をかけて」
「あの土地に、積み重なっている」
祐一は、黙って聞いていた。
「一つの強い怨霊を鎮めたからといって」
「その全てが、一度に消えるわけじゃない」
「まだ……完全には、整っていない」
電話口の向こうで、寮が少し間を置いた。
「分かるか」
「……はい」
祐一は、静かに答えた。
「分かります」
***だから***
「だから」
寮の声が、少し柔らかくなった。
「祐一君の活動は、意味がある」
「浄化活動や、パワースポットの設置で……場のエネルギーを高めていく事」
「それを、続けていく事が大切だ」
「一度や二度で、全てが変わるわけじゃない」
「でも、続けることで……あの場所は、少しずつ変わっていく」
「時間をかけて、丁寧に」
「それが、あの土地には必要なんだ」
祐一は、しばらく考えた。
(一つの怨霊を鎮めた。でも、それだけじゃなかった)
(あの土地には、もっと長い……もっと深いものが、残っている)
「……僕たちに、できることをやります」
祐一は、静かに言った。
「地道に、続けていきます」
「ああ」寮は、答えた。
「それでいい」
少し、間があった。
「何かあれば、連絡しろ」
「はい。ありがとうございます」
電話が、切れた。
祐一は、しばらくスマートフォンを手に持ったまま、立っていた。
***メンバーに伝える***
集会場に戻ると、全員が顔を上げた。
「寮さんは、なんて?」星川が聞いた。
祐一は、椅子に座った。
一つ、息をついてから。
寮から聞いた話を、そのまま伝えた。
前回の活動は、一つの怨霊を鎮めたに過ぎないこと。
あの場所には、津波の記憶や、長年の悲しみが、まだ残っていること。
まだ、完全には整っていないこと。
部室が、静かになった。
峯川が、腕を組んだ。
「……そうか」
短く、言った。
「やっぱり、そう簡単じゃないんだな」
松井あゆみが、文献から顔を上げた。
「でも……だから、私たちの活動に意味があるってことよね」
「一度で終わりじゃない」
「続けていくことが、大事なんだ」
広末が、静かに頷いた。
「あの土地の人たちは、ずっとそこで生きてきたんだもんね」
「私たちが、ちょっと来て、全部解決、なんて……そんな話じゃないよね」
小川が、膝の上で手を組んだ。
「地道に、続けていく……ってことですね」
「ああ」祐一は、頷いた。
星川が、地図を広げた。
「だったら」
静かな、でも確かな声で言った。
「今回の七か所のスポット設置は、始まりに過ぎない」
「次も、また来よう」
「あの場所が、少しずつ変わっていくまで」
誰も、反論しなかった。
峯川が、ノートを開いた。
「記録して、考察して、報告する」
「今回の活動も、しっかり残しておく」
「次に来たとき、何がどう変わったか……比較できるようにな」
祐一は、全員の顔を見渡した。
怖い顔は、一つもなかった。
疲れた顔も、なかった。
ただ、静かな、前を向いた顔があった。
「……ありがとう」
祐一は、小さく言った。
「みんな」
誰も、答えなかった。
でも、全員が頷いた。
窓の外に、青空が広がっていた。
穏やかな、青空だった。
あの土地への道は、まだ続いていた。
焦ることなく。
でも、確かに。
一歩ずつ。
購読、ありがとうございました。




