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オカルト研究部 田中祐一 今日も怪異あり  作者: waku


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149/153

最終決戦

 祐一たちは、怨霊の訃音へとさらに沖へと向かっていた。

***十一***


ザッ、ザッ、ザッ……


足音は、十だ。


全員が歩いている。


十人分の足音。


だから、十。


それ以外は、ありえない。


祐一は、もう一度数えた。


一、二、三……


四、五、六……


七、八、九、十……


……十一。


頭の中で、何かが軋む。


気のせいだ。


絶対に、気のせいだ。


「どうした、部長」峯川が振り返る。


「足が止まってるぞ」


「……ああ、すまない」祐一は前を向いた。


歩き出す。頭の中で、数えるのをやめた。


山道は、細くなっていく。


***頂***


山頂まで、あと少し。のはずだった。

道が、消えた。正確には。

ある一点から。踏み跡が、なくなった。

草が、倒れていない。

枝が、折れていない。

人が通った痕跡が、全て。

消えている。

「……ここから先は」

寮が、立ち止まる。

「地図にない」

小川が地図を覗き込む。

「そんなはずは……」

「地図には道がある」

寮は、淡々と続ける。

「だが、道がない」

二つの事実が、静かに並んだ。

矛盾したまま、解消されない。

亜里沙が、前方の空気を読む。

目を細める。

「……濃い」

「何が」と、星川。

「全部」

亜里沙は一言だけ答えた。

それ以上の説明は、しなかった。

必要なかった。

全員が、感じていたから。

肌が、ざわついている。

毛穴が、開いている。

本能が、叫んでいる。

引き返せ、と。

だが。

峯川が、前に踏み出す。

草が、音もなく沈んだ。

「行くぞ」それだけ言って歩き出した。

誰も、止めなかった。


一行は、道なき道を進む。

木々が、密になる。

根が、絡み合う。

空が、見えなくなる。

紫色だった空が。

今は、ただ黒い。

夜ではない。

昼のはずだ。

だが、空が黒い。

「……光が、吸われてる」

陽菜が、静かに言う。

「この山全体で」

「何かが、光を食っている」

春香の手の中で、数珠が小さく震えた。

隣の一粒に入ったひびが。

じくり、と痛む。

春香は、唇を噛んだ。

気づかれてはいけない。

まだ、動けるから。

大丈夫だ。

そう、自分に言い聞かせた。

草を分けて進む。

十歩。

二十歩。

三十歩。

開けた。

小さな、円形の空間。

木々が、まるで意図したかのように円を描いて立っている。

中央には、岩。

人の背丈ほどの、黒い岩。

その岩の表面に。

刻まれている。

無数の、文字。

文字というより。

叫び。

爪で引っ掻いたような、必死の痕。

「……読めますか」

松井あゆみが、春香に尋ねる。

春香は岩に近づき、目を細める。

「……封印、です」

「誰かが」

「ここに、何かを閉じ込めた」

静寂。

「昔にずっと、昔に」

寮が岩の周りを一周する。

「状態は」

春香は、岩の表面をそっと指でなぞる。

指先が、わずかに震えた。

「……ほとんど、消えています」

「封印が」

「長い年月で」

「摩耗して」

一息。

「もう、ほとんど機能していない」

その言葉が落ちた瞬間。

岩が、鳴った。

ぼ、ん。

低く。

腹の底に響く音。

地面が、震えた。

足裏から振動が伝わる。

「っ」

星川がよろめく。

小川が壁代わりの木を掴む。

岩の表面に。

一本。

亀裂が走った。

細く、黒く。

まるで墨を垂らしたように。

「離れろ!」寮が叫ぶ。

全員が後退する。

春香だけが、動かない。

動けない。

岩に、手が張り付いている。


「春香さん!」祐一が駆け寄る。

春香の手を掴む。引き剥がそうとする。

だが。離れなかった。

岩が、春香を引いている。

「春香!」

数珠が、光った。

弱い、瞬きのような光。

春香の手が、解放される。

祐一が春香を抱えて後退する。

二人が離れた瞬間。

岩が。

割れた。

中央から。

真っ二つに。

音は、しなかった。

ただ。割れた。そして。中から。出てきた。


***顕現***


 最初は、煙だと思った。

黒い煙が、岩の割れ目から漏れ出ている。

だが違う。煙は上に昇り広がつていった。

四方八方に地を這うように。空気を染めるように。

黒が、円形の空間を満たしていく。

「全員、中央に!」祐一が叫んだ。

十人が、固まる。

背中を合わせるように。

黒い霧が、足元まで来ている。

触れた草が、音もなく枯れた。

一瞬で。

茶色くなり。朽ちて。消えた。

「あれが触れたら」

橘美紀が、低い声で言う。「駄目だ」

「分かってる」と、峯川が答える。

寮は、黒い霧の中心を見ていた。

霧の中に。

形が、ある。

輪郭が。

ゆっくりと。

作られていく。

足。

胴。

腕。

首。

頭。

人の形。

だが。

大きい。

木々より高い。

見上げるほどに、大きい。

顔は。

人ではなかった。

能面に似ている。

だが、目が多すぎる。

一つの顔に、いくつもの目が。

全て、開いている。

全て、こちらを見ている。


口は。

横に、裂けすぎている。

耳まで。

その奥に、歯が並んでいる。

何列も。

「……化け物だ」小川が、かすれた声で言う。

誰も否定しなかった。

巨大な影が、ゆっくりと頭を下げ、十人を。見下ろすした。

その瞬間。

祐一の首の痕が。

焼けるように熱くなった。

「――ッ!」

思わず手を当てる。

熱い。

熱い。

頭の中に、声が響く。

声ではない。

圧力だ。

意味になる前の、何か。

怒り。

飢え。

憎しみ。

全てが混ざった、巨大な感情の塊が。

頭蓋の内側を、叩いている。

「祐一さん!」春香が叫んだ。

祐一は、歯を食いしばった。

「……大丈夫」

大丈夫ではなかった。

だが、倒れるわけにいかなかった。

影が、手を持ち上げた。


巨大な手。五本指。

それが。振り下ろされた。

「散れ!」

寮の声と同時に。全員が、弾けるように走った。

手が、地面を叩く。

轟音。

衝撃波。

地面が割れる。

土が、宙に舞う。

「怪我はないか?」と、寮が尋ねた。

ありません!」と、小川。

「大丈夫!」と、星川。

散らばった十人が、各々答える。

影は、次の獲物を探すように頭を巡らせる。

無数の目が、回転する。

「陽菜!」

寮が叫ぶ。

陽菜は、すでに両手を構えていた。

「……霊光弾」光が生まれる。

一つ。

二つ。

三つ。

だが。

さっきより、弱い。

揺れている。

「効かない……」陽菜の声が、初めて揺れた。

「あれは……只の霊じゃないみたい」

「何だって?」と、寮が尋ねる。


陽菜は即答した。「怨念の塊、まるで古代悪魔並の力だ」

「無数の死者の、怨みが一つに、凝り固まったんだ」

「だから……」霊光弾が、影に触れた。

光が、弾ける。

影の表面が、一瞬揺れる。

だが。

すぐに、戻り再生する。

何事もなかったように。

「効いていないわ」と、橘美紀。

「じゃあ、どうするんだよ」と、星川。

誰も答えられなかった。

影が、また手を持ち上げる。

今度は、陽菜に向けて。

「陽菜!」

祐一が走る。

間に合わない。

間に合わない。

速度が、違いすぎる。

手が。

振り下ろされる。

刹那。

春香が、叫んだ。

「オン――アビラウンケン――ソワカ!!」

光ではなかった。

音だった。

経文が、空気を震わせた。

影の手が、止まった。

一瞬だけ。

本当に、一瞬だけ。

だが、確かに。

止まった。

影の無数の目が、春香に向く。

全て。

同時に。

春香を、見た。

春香は、震えていた。

全身が、震えていた。

だが。

退かなかった。

数珠を、両手で強く握る。

ひびの入った一粒が。

指に食い込む。

「……聞こえますか」

春香は、影に向かって言った。

怒鳴っていない。

叫んでいない。

静かな声で。

しかし、はっきりと。

「あなたたちの声が、聞こえますか」

影が、揺れた。

黒い霧が、乱れた。

「私には……聞こえます」

春香の目に、涙が滲む。

「あなたたちが、どれだけ苦しかったか」

「どれだけ、悲しかったか」

「どれだけ、誰かを憎んだか」

「全部……聞こえます」

影の輪郭が、歪む。形が、崩れかける。

そして。また、固まる。より大きく。より黒く。

「……春香さん」祐一の声は、震えていた。

「聞いてます」春香は、前を向いたまま。

「聞いているから、怒っているんです」


影が、口を開いた。横に裂けた口が。

さらに、広がった。

声ではなかった。圧力だ。

全員の鼓膜が、内側から押される。

目の前が、暗くなる。

足が、竦む。

逃げろ、と本能が叫ぶ。


だが。

春香は一歩、踏み出した。「私は……逃げません」

数珠が。光る。ひびの入った一粒から。

細く。白く。光が漏れる。

「逃げられません」

「あなたたちを、ここに残して」

「いけない」

その言葉に。

寮が動いた。

「僕も行く」と、低く話す。

峯川が続いて「当然だ」

亜里沙が前に出る。「私もです」

陽菜は、無言で並んだ。

祐一は、春香の隣に立った。

春香の手を、握った。

「一人じゃない」

春香が、祐一を見る。

目が赤い。

それでも、微笑んだ。「……ありがとう」


***決戦***


影が、動いた。両腕を、広げる。

黒い霧が、収縮した。一点に。

影の胸に。集まっていく。

まるで息を吸うように。

「あれは」と、亜里沙が叫ぶ。

「溜めてる!」

「一点に集中して放つつもりだ!」

「散るんだ!」と、寮。

「散ってはいけません!」春香の声が、鋭く響いた。

全員が、止まった。

「散ったら、一人ずつ消されます!まとまって!今すぐ、全員で声を合わせて!」

誰かが、何かを言う前に。

春香は、声を上げた。

「オン……アビラウンケン……ソワカ……!」

一人の声。細い声。

だが。祐一が続いた。

「オン……アビラウンケン……ソワカ……!」


寮が。峯川が。亜里沙が。陽菜が。

橘美紀が。小川が。星川が。


 そして松井あゆみが。全員の声が。

重なっていく。

「オン……アビラウンケン……ソワカ……!」

影の胸が。

揺れた。

「オン……アビラウンケン……ソワカ……!」

収縮が。止まった。

黒い霧が。乱れ始める。

「もっと!」

春香が叫ぶ。

「声を!」

全員が、叫ぶ。

「オン……アビラウンケン……ソワカ……!!」

「オン……アビラウンケン……ソワカ……!!」

だが。

影は、崩れない。

乱れながらも。

耐えている。

黒い霧が再び集まり始める。

反撃の、準備をしている。

「効いていない……!」

星川の声に、焦りが滲む。

「なぜだ……!」

亜里沙が、影の中心を凝視する。

目を細める。

「……核がある」

「どこに?」と、寮。

「影の中心に」

「何か……固いものがある」

「あれが、怨念の核だ」

「あれを壊さない限り」

「いくら唱えても」

「再生し続ける」

沈黙。

「どうやって壊せば。。。。」と、峯川が尋ねる。

亜里沙は答えなかった。

答えられなかった。

「……私が行きます」春香の声。

全員が、春香を見た。

「危険です」と、祐一が答える。「即座にあの霧に触れたら消えてしまいます」


春香は、祐一を見た。静かな目で。

「消えません」

「根拠は」と、寮。

春香は、数珠を見た。

ひびの入った一粒。

隣の一粒にも。

今、新しいひびが入っている。

春香は、その事実を全員に告げた。

初めて。

「……ずっと」

「数珠が、身代わりになっていました」

「廃墟でも」

「子供の霊の時も」

「ここに来るまでの全てで」

「この子が、守ってくれていた」

手の中の数珠が。

かすかに、温かい。

「だから」

「私には」

「触れられない」

言い切った。

祐一は、春香の手を握ったままだった。

離さなかった。

「……なら」

低い声。

寮だ。

「俺も一緒に行く」

「寮さん」と、亜里沙。

「お前は残れ」

寮は、亜里沙を見た。

「お前の目が必要だ」

「核の位置を」

「俺たちに教えろ」

亜里沙は、一拍置いて。

頷いた。

峯川が前に出る。

「俺も行く」

橘美紀が続く。

「私も」

春香は、全員の顔を見た。

何も言えなかった。

言葉が、出なかった。

ただ。

頷いた。「……行きます」

全員が、影に向かって踏み出した。

黒い霧が、足元まで押し寄せる。

「春香さん!」祐一が、春香の手を引く。

「唱え続けて!」

「声が届いている!」

「あれを動かせるのは、春香さんだけだ!」

春香は、頷いた。


深く、息を吸う。

「オン……アビラウンケン……ソワカ……」

声が、広がる。

影の輪郭が、揺れる。

隙が、生まれる。

「今だ!」

亜里沙が叫ぶ。

「中央、やや左!」

寮と峯川が、同時に影の中へ踏み込んだ。

霧が、二人を包もうとする。

だが。

春香の経文が、霧を押し返す。

薄い。

薄い通路。

それでも、確かに。

道が、ある。

「見える!」

峯川が叫ぶ。


霧の中に。

小さな黒い塊。

拳ほどの大きさ。

だが、密度が違う。

周囲の霧とは比べ物にならない、圧倒的な。

暗さ。

「これか……!」峯川が、手を伸ばす。

触れた瞬間。

峯川の顔が、歪んだ。

「……っ!」

声が、頭に流れ込む。

怒り。

怨み。

悲しみ。

憎しみ。

人の感情の、全て。

醜い側面の、全て。

それが一気に。

頭の中に。

流れ込む。


「峯川さん!」橘美紀の声。

峯川は、歯を食いしばった。

「うるさせえんだよ……!」

誰に言ったのか。

流れ込む声に。

言ったのか。

「俺は……お前らじゃない……!」

手に、力を込める。

核が、軋む。

ひびが入る。

「春香!!」

寮が叫ぶ。

「今だ!!」

春香の目が、見開かれる。

数珠を。

頭上に。

掲げる。

ひびの入った一粒が。

もう一粒が。

全ての割れかけた粒が。

同時に。

光を放つ。

「オン――アビラウンケン――ソワカ――!!!」

声が、爆発した。

経文が、空間を満たす。

影が。

のけぞった。

峯川の手の中の核が。

悲鳴のように。

震えた。

「……今です……!!」

春香の声が、かすれながらも。

届く。

峯川は。

目を閉じた。

怒りじゃない。

峯川は、核に語りかけた。

思念で。

感情で。

「……分かった」

「お前らが、苦しかったのは分かった」

「それでも」

「もう、終わりにしろ」

「お前らの怨みを晴らす相手は」

「もうここにはいない」

「時間が、経ちすぎた」

「憎む相手も」

「悲しむ理由も」

「もう、ここにはない」

核が。

震えた。

震えながら。

収縮した。

「……峯川!離れろ!!」

寮の声。峯川が、手を引く。

間一髪。核が。内側から。砕けた。

音は、なかった。

光も、なかった。


ただ。崩れた。黒い砂のように。

霧の中に。溶けていった。次の瞬間。

影が。崩れ始めた。輪郭から。指先から。

足先から。ゆっくりと。しかし確実に。溶けていく。

無数の目が。

一つ、また一つと。


閉じていく。最後の一つが。

閉じる前に。祐一には見えた気がした。

疲れた目だ、と思った。

ずっと。何百年も。怒り続けて。

疲れ果てた。老いた。目。

「……終わるんだ」祐一は、小さく呟いた。

目が。閉じた。影が。消えた。


***静寂***


音が、戻ってきた。

風。葉擦れ。鳥の声。

黒かった空が。青くなっていく。

滲むように。じわじわと。

白い雲が、流れ始める。

割れた岩は、そこにある。

だが。

もう、何もない。

ただの、石だ。

峯川が、膝をついていた。

「峯川さん!」橘美紀が駆け寄る。

峯川は、片手を上げた。

「……大丈夫」

「大丈夫じゃない顔しています」

「大丈夫だと言ってる・・・」

橘美紀は、それ以上何も言わなかった。

ただ、峯川の隣に座った。

春香は、数珠を見た。ひびの入っていた粒が。

砕けていた。

三粒。

粉になって。

手のひらに残っている。

春香は、その粉を。

そっと。

指先で。

包んだ。

「……ありがとう」

誰に言ったのか。

数珠に。

消えた何かに。

それとも。

ここで死んだ、無数の誰かに。

全員、答えなかった。全員、分かっていたから。

祐一は、首に手を当てた。


痕は。消えていた。完全に。

跡形もなく。皮膚は、滑らかだ。

何もなかったように。

祐一は、小さく息を吐いた。

「……終わった」長い沈黙。風が、吹く。

「……終わったな」峯川が、ゆっくりと立ち上がる。

橘美紀が、手を貸す。

峯川は、その手を少しだけ握って。

離した。

亜里沙が、空を見上げる。

「気配が……ない」

陽菜が続く。

「全部」

「全部、消えた」

松井あゆみが、泣いていた。

声を出さずに。

ただ、涙が。

伝っていた。

小川が、その肩に手を置く。

何も言わずに。

ただ、そこにいる。

星川は、空を見ていた。

「……青い」

それだけ言った。

それだけで、十分だった。


寮は、崩れた岩を見ていた。

「ここにも封印があったのか。。。封じた者が誰なのか」

「全ては分からない」

「だが」静かに、続けた「終わったんだ」

「それは、確かだ」

誰も、反論しなかった。

春香が、手のひらの粉を見た。

「還してあげましょう」

春香は、しゃがんだ。

岩の傍の、土の上に。

そっと。

粉を、置いた。

風が来た。

粉が、舞った。

空へ。

光の中へ。

静かに。

消えていった。

「……お疲れ様でした」

春香の声は、あまりに穏やかだった。

全員が、その声を聞いた。

全員が、静かに頷いた。


***下山***


山頂には、行かなかった。

誰も、そう言わなかった。

だが。

全員が、踵を返した。

自然と。

同じ方向に。

来た道を、戻る。

墓標の間を、また通る。

今度は。

誰も、数えなかった。

数えなくても、よかった。

数えなくて、いい気がした。

廃墟の前を、通り過ぎる。

もう、何もない。

ただの廃墟だ。

風が吹いて。

枯れた草が揺れるだけの。

ただの、廃墟。

山道を下りながら。

松井あゆみが言った。

「……また来ますか、ここに」

誰も、すぐには答えなかった。

寮が、前を向いたまま言う。

「必要があればね」

「必要がなければ来なくていい」

松井あゆみは、小さく頷いた。


それで、十分だった。

青い空が、広がっている。

鳥が、鳴いている。

虫の声が、聞こえる。

風が、優しい。

山は。

ただの山だ。

祐一は、一度だけ振り返った。

山頂の空は。

もう、紫ではない。

青い。

ただ、青い。

「……終わりました」春香が、隣で言う。

祐一は、頷いた。

「終わったね」

二人は、前を向いた。

山道を。

下っていく。

足音が重なる。

ザッ、ザッ、ザッ……

祐一は、今度こそ。

数えなかった。

十人分の足音が。

山に響いている。

それだけが。

分かれば。

十分だった。

山は。

静かに。

彼らを。

見送っていた。

今度こそ。

本当に。

見送っていた。


購読、ありがとうございました。山の調査の話から、文調を変えてみました。

少し、異世界、異次元に入った雰囲気を書いてみました。


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