最終決戦
祐一たちは、怨霊の訃音へとさらに沖へと向かっていた。
***十一***
ザッ、ザッ、ザッ……
足音は、十だ。
全員が歩いている。
十人分の足音。
だから、十。
それ以外は、ありえない。
祐一は、もう一度数えた。
一、二、三……
四、五、六……
七、八、九、十……
……十一。
頭の中で、何かが軋む。
気のせいだ。
絶対に、気のせいだ。
「どうした、部長」峯川が振り返る。
「足が止まってるぞ」
「……ああ、すまない」祐一は前を向いた。
歩き出す。頭の中で、数えるのをやめた。
山道は、細くなっていく。
***頂***
山頂まで、あと少し。のはずだった。
道が、消えた。正確には。
ある一点から。踏み跡が、なくなった。
草が、倒れていない。
枝が、折れていない。
人が通った痕跡が、全て。
消えている。
「……ここから先は」
寮が、立ち止まる。
「地図にない」
小川が地図を覗き込む。
「そんなはずは……」
「地図には道がある」
寮は、淡々と続ける。
「だが、道がない」
二つの事実が、静かに並んだ。
矛盾したまま、解消されない。
亜里沙が、前方の空気を読む。
目を細める。
「……濃い」
「何が」と、星川。
「全部」
亜里沙は一言だけ答えた。
それ以上の説明は、しなかった。
必要なかった。
全員が、感じていたから。
肌が、ざわついている。
毛穴が、開いている。
本能が、叫んでいる。
引き返せ、と。
だが。
峯川が、前に踏み出す。
草が、音もなく沈んだ。
「行くぞ」それだけ言って歩き出した。
誰も、止めなかった。
一行は、道なき道を進む。
木々が、密になる。
根が、絡み合う。
空が、見えなくなる。
紫色だった空が。
今は、ただ黒い。
夜ではない。
昼のはずだ。
だが、空が黒い。
「……光が、吸われてる」
陽菜が、静かに言う。
「この山全体で」
「何かが、光を食っている」
春香の手の中で、数珠が小さく震えた。
隣の一粒に入ったひびが。
じくり、と痛む。
春香は、唇を噛んだ。
気づかれてはいけない。
まだ、動けるから。
大丈夫だ。
そう、自分に言い聞かせた。
草を分けて進む。
十歩。
二十歩。
三十歩。
開けた。
小さな、円形の空間。
木々が、まるで意図したかのように円を描いて立っている。
中央には、岩。
人の背丈ほどの、黒い岩。
その岩の表面に。
刻まれている。
無数の、文字。
文字というより。
叫び。
爪で引っ掻いたような、必死の痕。
「……読めますか」
松井あゆみが、春香に尋ねる。
春香は岩に近づき、目を細める。
「……封印、です」
「誰かが」
「ここに、何かを閉じ込めた」
静寂。
「昔にずっと、昔に」
寮が岩の周りを一周する。
「状態は」
春香は、岩の表面をそっと指でなぞる。
指先が、わずかに震えた。
「……ほとんど、消えています」
「封印が」
「長い年月で」
「摩耗して」
一息。
「もう、ほとんど機能していない」
その言葉が落ちた瞬間。
岩が、鳴った。
ぼ、ん。
低く。
腹の底に響く音。
地面が、震えた。
足裏から振動が伝わる。
「っ」
星川がよろめく。
小川が壁代わりの木を掴む。
岩の表面に。
一本。
亀裂が走った。
細く、黒く。
まるで墨を垂らしたように。
「離れろ!」寮が叫ぶ。
全員が後退する。
春香だけが、動かない。
動けない。
岩に、手が張り付いている。
「春香さん!」祐一が駆け寄る。
春香の手を掴む。引き剥がそうとする。
だが。離れなかった。
岩が、春香を引いている。
「春香!」
数珠が、光った。
弱い、瞬きのような光。
春香の手が、解放される。
祐一が春香を抱えて後退する。
二人が離れた瞬間。
岩が。
割れた。
中央から。
真っ二つに。
音は、しなかった。
ただ。割れた。そして。中から。出てきた。
***顕現***
最初は、煙だと思った。
黒い煙が、岩の割れ目から漏れ出ている。
だが違う。煙は上に昇り広がつていった。
四方八方に地を這うように。空気を染めるように。
黒が、円形の空間を満たしていく。
「全員、中央に!」祐一が叫んだ。
十人が、固まる。
背中を合わせるように。
黒い霧が、足元まで来ている。
触れた草が、音もなく枯れた。
一瞬で。
茶色くなり。朽ちて。消えた。
「あれが触れたら」
橘美紀が、低い声で言う。「駄目だ」
「分かってる」と、峯川が答える。
寮は、黒い霧の中心を見ていた。
霧の中に。
形が、ある。
輪郭が。
ゆっくりと。
作られていく。
足。
胴。
腕。
首。
頭。
人の形。
だが。
大きい。
木々より高い。
見上げるほどに、大きい。
顔は。
人ではなかった。
能面に似ている。
だが、目が多すぎる。
一つの顔に、いくつもの目が。
全て、開いている。
全て、こちらを見ている。
口は。
横に、裂けすぎている。
耳まで。
その奥に、歯が並んでいる。
何列も。
「……化け物だ」小川が、かすれた声で言う。
誰も否定しなかった。
巨大な影が、ゆっくりと頭を下げ、十人を。見下ろすした。
その瞬間。
祐一の首の痕が。
焼けるように熱くなった。
「――ッ!」
思わず手を当てる。
熱い。
熱い。
頭の中に、声が響く。
声ではない。
圧力だ。
意味になる前の、何か。
怒り。
飢え。
憎しみ。
全てが混ざった、巨大な感情の塊が。
頭蓋の内側を、叩いている。
「祐一さん!」春香が叫んだ。
祐一は、歯を食いしばった。
「……大丈夫」
大丈夫ではなかった。
だが、倒れるわけにいかなかった。
影が、手を持ち上げた。
巨大な手。五本指。
それが。振り下ろされた。
「散れ!」
寮の声と同時に。全員が、弾けるように走った。
手が、地面を叩く。
轟音。
衝撃波。
地面が割れる。
土が、宙に舞う。
「怪我はないか?」と、寮が尋ねた。
ありません!」と、小川。
「大丈夫!」と、星川。
散らばった十人が、各々答える。
影は、次の獲物を探すように頭を巡らせる。
無数の目が、回転する。
「陽菜!」
寮が叫ぶ。
陽菜は、すでに両手を構えていた。
「……霊光弾」光が生まれる。
一つ。
二つ。
三つ。
だが。
さっきより、弱い。
揺れている。
「効かない……」陽菜の声が、初めて揺れた。
「あれは……只の霊じゃないみたい」
「何だって?」と、寮が尋ねる。
陽菜は即答した。「怨念の塊、まるで古代悪魔並の力だ」
「無数の死者の、怨みが一つに、凝り固まったんだ」
「だから……」霊光弾が、影に触れた。
光が、弾ける。
影の表面が、一瞬揺れる。
だが。
すぐに、戻り再生する。
何事もなかったように。
「効いていないわ」と、橘美紀。
「じゃあ、どうするんだよ」と、星川。
誰も答えられなかった。
影が、また手を持ち上げる。
今度は、陽菜に向けて。
「陽菜!」
祐一が走る。
間に合わない。
間に合わない。
速度が、違いすぎる。
手が。
振り下ろされる。
刹那。
春香が、叫んだ。
「オン――アビラウンケン――ソワカ!!」
光ではなかった。
音だった。
経文が、空気を震わせた。
影の手が、止まった。
一瞬だけ。
本当に、一瞬だけ。
だが、確かに。
止まった。
影の無数の目が、春香に向く。
全て。
同時に。
春香を、見た。
春香は、震えていた。
全身が、震えていた。
だが。
退かなかった。
数珠を、両手で強く握る。
ひびの入った一粒が。
指に食い込む。
「……聞こえますか」
春香は、影に向かって言った。
怒鳴っていない。
叫んでいない。
静かな声で。
しかし、はっきりと。
「あなたたちの声が、聞こえますか」
影が、揺れた。
黒い霧が、乱れた。
「私には……聞こえます」
春香の目に、涙が滲む。
「あなたたちが、どれだけ苦しかったか」
「どれだけ、悲しかったか」
「どれだけ、誰かを憎んだか」
「全部……聞こえます」
影の輪郭が、歪む。形が、崩れかける。
そして。また、固まる。より大きく。より黒く。
「……春香さん」祐一の声は、震えていた。
「聞いてます」春香は、前を向いたまま。
「聞いているから、怒っているんです」
影が、口を開いた。横に裂けた口が。
さらに、広がった。
声ではなかった。圧力だ。
全員の鼓膜が、内側から押される。
目の前が、暗くなる。
足が、竦む。
逃げろ、と本能が叫ぶ。
だが。
春香は一歩、踏み出した。「私は……逃げません」
数珠が。光る。ひびの入った一粒から。
細く。白く。光が漏れる。
「逃げられません」
「あなたたちを、ここに残して」
「いけない」
その言葉に。
寮が動いた。
「僕も行く」と、低く話す。
峯川が続いて「当然だ」
亜里沙が前に出る。「私もです」
陽菜は、無言で並んだ。
祐一は、春香の隣に立った。
春香の手を、握った。
「一人じゃない」
春香が、祐一を見る。
目が赤い。
それでも、微笑んだ。「……ありがとう」
***決戦***
影が、動いた。両腕を、広げる。
黒い霧が、収縮した。一点に。
影の胸に。集まっていく。
まるで息を吸うように。
「あれは」と、亜里沙が叫ぶ。
「溜めてる!」
「一点に集中して放つつもりだ!」
「散るんだ!」と、寮。
「散ってはいけません!」春香の声が、鋭く響いた。
全員が、止まった。
「散ったら、一人ずつ消されます!まとまって!今すぐ、全員で声を合わせて!」
誰かが、何かを言う前に。
春香は、声を上げた。
「オン……アビラウンケン……ソワカ……!」
一人の声。細い声。
だが。祐一が続いた。
「オン……アビラウンケン……ソワカ……!」
寮が。峯川が。亜里沙が。陽菜が。
橘美紀が。小川が。星川が。
そして松井あゆみが。全員の声が。
重なっていく。
「オン……アビラウンケン……ソワカ……!」
影の胸が。
揺れた。
「オン……アビラウンケン……ソワカ……!」
収縮が。止まった。
黒い霧が。乱れ始める。
「もっと!」
春香が叫ぶ。
「声を!」
全員が、叫ぶ。
「オン……アビラウンケン……ソワカ……!!」
「オン……アビラウンケン……ソワカ……!!」
だが。
影は、崩れない。
乱れながらも。
耐えている。
黒い霧が再び集まり始める。
反撃の、準備をしている。
「効いていない……!」
星川の声に、焦りが滲む。
「なぜだ……!」
亜里沙が、影の中心を凝視する。
目を細める。
「……核がある」
「どこに?」と、寮。
「影の中心に」
「何か……固いものがある」
「あれが、怨念の核だ」
「あれを壊さない限り」
「いくら唱えても」
「再生し続ける」
沈黙。
「どうやって壊せば。。。。」と、峯川が尋ねる。
亜里沙は答えなかった。
答えられなかった。
「……私が行きます」春香の声。
全員が、春香を見た。
「危険です」と、祐一が答える。「即座にあの霧に触れたら消えてしまいます」
春香は、祐一を見た。静かな目で。
「消えません」
「根拠は」と、寮。
春香は、数珠を見た。
ひびの入った一粒。
隣の一粒にも。
今、新しいひびが入っている。
春香は、その事実を全員に告げた。
初めて。
「……ずっと」
「数珠が、身代わりになっていました」
「廃墟でも」
「子供の霊の時も」
「ここに来るまでの全てで」
「この子が、守ってくれていた」
手の中の数珠が。
かすかに、温かい。
「だから」
「私には」
「触れられない」
言い切った。
祐一は、春香の手を握ったままだった。
離さなかった。
「……なら」
低い声。
寮だ。
「俺も一緒に行く」
「寮さん」と、亜里沙。
「お前は残れ」
寮は、亜里沙を見た。
「お前の目が必要だ」
「核の位置を」
「俺たちに教えろ」
亜里沙は、一拍置いて。
頷いた。
峯川が前に出る。
「俺も行く」
橘美紀が続く。
「私も」
春香は、全員の顔を見た。
何も言えなかった。
言葉が、出なかった。
ただ。
頷いた。「……行きます」
全員が、影に向かって踏み出した。
黒い霧が、足元まで押し寄せる。
「春香さん!」祐一が、春香の手を引く。
「唱え続けて!」
「声が届いている!」
「あれを動かせるのは、春香さんだけだ!」
春香は、頷いた。
深く、息を吸う。
「オン……アビラウンケン……ソワカ……」
声が、広がる。
影の輪郭が、揺れる。
隙が、生まれる。
「今だ!」
亜里沙が叫ぶ。
「中央、やや左!」
寮と峯川が、同時に影の中へ踏み込んだ。
霧が、二人を包もうとする。
だが。
春香の経文が、霧を押し返す。
薄い。
薄い通路。
それでも、確かに。
道が、ある。
「見える!」
峯川が叫ぶ。
霧の中に。
小さな黒い塊。
拳ほどの大きさ。
だが、密度が違う。
周囲の霧とは比べ物にならない、圧倒的な。
暗さ。
「これか……!」峯川が、手を伸ばす。
触れた瞬間。
峯川の顔が、歪んだ。
「……っ!」
声が、頭に流れ込む。
怒り。
怨み。
悲しみ。
憎しみ。
人の感情の、全て。
醜い側面の、全て。
それが一気に。
頭の中に。
流れ込む。
「峯川さん!」橘美紀の声。
峯川は、歯を食いしばった。
「うるさせえんだよ……!」
誰に言ったのか。
流れ込む声に。
言ったのか。
「俺は……お前らじゃない……!」
手に、力を込める。
核が、軋む。
ひびが入る。
「春香!!」
寮が叫ぶ。
「今だ!!」
春香の目が、見開かれる。
数珠を。
頭上に。
掲げる。
ひびの入った一粒が。
もう一粒が。
全ての割れかけた粒が。
同時に。
光を放つ。
「オン――アビラウンケン――ソワカ――!!!」
声が、爆発した。
経文が、空間を満たす。
影が。
のけぞった。
峯川の手の中の核が。
悲鳴のように。
震えた。
「……今です……!!」
春香の声が、かすれながらも。
届く。
峯川は。
目を閉じた。
怒りじゃない。
峯川は、核に語りかけた。
思念で。
感情で。
「……分かった」
「お前らが、苦しかったのは分かった」
「それでも」
「もう、終わりにしろ」
「お前らの怨みを晴らす相手は」
「もうここにはいない」
「時間が、経ちすぎた」
「憎む相手も」
「悲しむ理由も」
「もう、ここにはない」
核が。
震えた。
震えながら。
収縮した。
「……峯川!離れろ!!」
寮の声。峯川が、手を引く。
間一髪。核が。内側から。砕けた。
音は、なかった。
光も、なかった。
ただ。崩れた。黒い砂のように。
霧の中に。溶けていった。次の瞬間。
影が。崩れ始めた。輪郭から。指先から。
足先から。ゆっくりと。しかし確実に。溶けていく。
無数の目が。
一つ、また一つと。
閉じていく。最後の一つが。
閉じる前に。祐一には見えた気がした。
疲れた目だ、と思った。
ずっと。何百年も。怒り続けて。
疲れ果てた。老いた。目。
「……終わるんだ」祐一は、小さく呟いた。
目が。閉じた。影が。消えた。
***静寂***
音が、戻ってきた。
風。葉擦れ。鳥の声。
黒かった空が。青くなっていく。
滲むように。じわじわと。
白い雲が、流れ始める。
割れた岩は、そこにある。
だが。
もう、何もない。
ただの、石だ。
峯川が、膝をついていた。
「峯川さん!」橘美紀が駆け寄る。
峯川は、片手を上げた。
「……大丈夫」
「大丈夫じゃない顔しています」
「大丈夫だと言ってる・・・」
橘美紀は、それ以上何も言わなかった。
ただ、峯川の隣に座った。
春香は、数珠を見た。ひびの入っていた粒が。
砕けていた。
三粒。
粉になって。
手のひらに残っている。
春香は、その粉を。
そっと。
指先で。
包んだ。
「……ありがとう」
誰に言ったのか。
数珠に。
消えた何かに。
それとも。
ここで死んだ、無数の誰かに。
全員、答えなかった。全員、分かっていたから。
祐一は、首に手を当てた。
痕は。消えていた。完全に。
跡形もなく。皮膚は、滑らかだ。
何もなかったように。
祐一は、小さく息を吐いた。
「……終わった」長い沈黙。風が、吹く。
「……終わったな」峯川が、ゆっくりと立ち上がる。
橘美紀が、手を貸す。
峯川は、その手を少しだけ握って。
離した。
亜里沙が、空を見上げる。
「気配が……ない」
陽菜が続く。
「全部」
「全部、消えた」
松井あゆみが、泣いていた。
声を出さずに。
ただ、涙が。
伝っていた。
小川が、その肩に手を置く。
何も言わずに。
ただ、そこにいる。
星川は、空を見ていた。
「……青い」
それだけ言った。
それだけで、十分だった。
寮は、崩れた岩を見ていた。
「ここにも封印があったのか。。。封じた者が誰なのか」
「全ては分からない」
「だが」静かに、続けた「終わったんだ」
「それは、確かだ」
誰も、反論しなかった。
春香が、手のひらの粉を見た。
「還してあげましょう」
春香は、しゃがんだ。
岩の傍の、土の上に。
そっと。
粉を、置いた。
風が来た。
粉が、舞った。
空へ。
光の中へ。
静かに。
消えていった。
「……お疲れ様でした」
春香の声は、あまりに穏やかだった。
全員が、その声を聞いた。
全員が、静かに頷いた。
***下山***
山頂には、行かなかった。
誰も、そう言わなかった。
だが。
全員が、踵を返した。
自然と。
同じ方向に。
来た道を、戻る。
墓標の間を、また通る。
今度は。
誰も、数えなかった。
数えなくても、よかった。
数えなくて、いい気がした。
廃墟の前を、通り過ぎる。
もう、何もない。
ただの廃墟だ。
風が吹いて。
枯れた草が揺れるだけの。
ただの、廃墟。
山道を下りながら。
松井あゆみが言った。
「……また来ますか、ここに」
誰も、すぐには答えなかった。
寮が、前を向いたまま言う。
「必要があればね」
「必要がなければ来なくていい」
松井あゆみは、小さく頷いた。
それで、十分だった。
青い空が、広がっている。
鳥が、鳴いている。
虫の声が、聞こえる。
風が、優しい。
山は。
ただの山だ。
祐一は、一度だけ振り返った。
山頂の空は。
もう、紫ではない。
青い。
ただ、青い。
「……終わりました」春香が、隣で言う。
祐一は、頷いた。
「終わったね」
二人は、前を向いた。
山道を。
下っていく。
足音が重なる。
ザッ、ザッ、ザッ……
祐一は、今度こそ。
数えなかった。
十人分の足音が。
山に響いている。
それだけが。
分かれば。
十分だった。
山は。
静かに。
彼らを。
見送っていた。
今度こそ。
本当に。
見送っていた。
購読、ありがとうございました。山の調査の話から、文調を変えてみました。
少し、異世界、異次元に入った雰囲気を書いてみました。




