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オカルト研究部 田中祐一 今日も怪異あり  作者: waku


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148/153

祠を見つけて

 廃墟を後に祐一たちは山頂へと向かった。

***十一***


ザッ、ザッ、ザッ……

足音は、十だ。

全員が歩いている。

十人分の足音。

だから、十。

それ以外は、ありえない。

祐一は、もう一度数えた。

一、二、三……

四、五、六……

七、八、九、十……

……十一。

頭の中で、何かが軋む。

気のせいだ。

絶対に、気のせいだ。

「どうした、部長」

峯川が振り返る。

「足が止まってるぞ」

「……ああ、すまない」

祐一は前を向いた。

歩き出す。

頭の中で、数えるのをやめた。

山道は、細くなっていく。

両側の木々が、密になっていく。

枝が、空を覆い始める。

青い空が、少しずつ見えなくなる。

代わりに。

葉と葉の隙間から差し込む光が、緑色に染まっていく。

「……静かですね」

松井あゆみが、小さく言う。

そうだ。

静かだ。

鳥の声が、聞こえない。

さっきまで、どこかで鳴いていたのに。

虫の声も、ない。

風の音も。

ただ、足音だけが響いている。

ザッ、ザッ、ザッ……

祐一は、唇を噛んだ。

数えない。

数えない。

数えない。

「……寮さん」

亜里沙の声が、少し強張っている。

「この道……合ってますか」

寮は立ち止まり、地図を確認する。

広げた紙の上を、指先が辿る。

「……合っている」

一拍、間があった。

「のはずだ」のはずだ。

その言葉が、空気の中に沈む。

橘美紀が、木々の奥を見つめている。

「……美紀さん?」

春香が声をかける。

橘美紀は、答えない。

ただ、じっと。

暗い茂みの一点を、見つめている。

「美紀」

峯川が、低い声で呼ぶ。

橘美紀が、はっとしたように振り返る。

「……何が見えた」

橘美紀は、少し間を置いた。

「……木」

「それだけだったんですか?」

「……木が、並んでいた」

「本当にそれだけだったのか?」と、峯川は繰り返す。


 橘美紀はすぐに答えなかった。

ただ、もう一度だけ茂みを見て、「ええ・・・」静かに、前を向いた。


 春香は、数珠を握り直した。


一行は、また歩き出す。


 ザッ、ザッ、ザッ……

道が、急になる。

息が上がる。

空気が、重くなっていく。

湿気ではない。

何か別の、重さ。

「……なあ」

小川が、誰にともなく言う。

「出発してから、何分経った?」

誰も、答えなかった。

星川がスマートフォンを取り出す。

画面を見る。

眉をひそめる。

「……電池が、さっきまで七十パーセントあったのに」

「どうなってる」

「……三パーセント」

沈黙。

「使ってないのに」

また、沈黙。

寮が淡々と言う。「時間の流れがおかしいんだ」

星川は、無言でイマホをポケットにしまった。

山道の脇に、石がある。

古い石。

苔に覆われた、低い石。

一つ。

二つ。

三つ、四つ、五つ……

等間隔に、並んでいた。

祐一は、それが墓標だと気づいた。

名前は、もう読めなかった。

ずっと昔に、消えてしまっている。

誰の墓か、分からない。

何のために、ここに建てられたのかも。

ただ、並んでいた。

道の脇に。

まるで、見送るように。

まるで、歓迎するように。

「……数えないでください」

春香が、突然言った。

祐一は、足を止める。

「え」

春香は前を向いたまま。

「お墓の数を、数えてはいけません」

その声は、穏やかだった。

だが、有無を言わせない響きがあった。

祐一は、黙って頷いた。

一行は、墓標の間を通り抜ける。

誰も、口を開かない。

誰も、横を見ない。

ただ、前だけを見て、歩く。

ザッ、ザッ、ザッ……

抜けた。

木々が、少し開ける。

視界が、広がる。

広場が、見えてきた。

草が生い茂る、開けた場所。

中央に、古びた祠がある。

屋根が傾いている。

扉が、半開きになっている。

「……着いた」

陽菜が、静かに言う。

だが。

峯川が、足を止める。

「待て」

全員が、止まる。

峯川は、広場の中心を見ていた。

祠の前に。

何かが、ある。

白いもの。

丸く、小さい。

祐一は目を細めた。


「……お守りだ」寮が言った。

「誰かが、置いていったんだ」

「ええ・・・・」

橘美紀が続けた。

「でも、こんな山の中に」

松井あゆみの声が、上ずっている。

「誰が……」

そのとき。

祠の扉が、動いた。

風もないのに。

きぃ、と。

古い蝶番が鳴く。

全員が、息を止める。

扉の隙間から、暗闇が見える。

ただの暗闇。

何もない。

何もい、ない。

はずだ。

「……春香さん」

祐一は、低い声で言った。

春香は、すでに数珠を両手で構えていた。

目が閉じられている。

唇が、わずかに動いている。

声は、聞こえない。

だが、確かに動いている。

寮が一歩、前に出る。

「僕が先に行く」

「待ってください」

春香が、目を開けた。

その瞳が、まっすぐ祠を見る。

「……中に、います」

一拍。

「でも」

「悪霊じゃない」

全員が、春香を見た。

春香は、静かに続ける。

「……待っているんです」

「誰かを」

風が来た。

草が揺れる。

木々がざわめく。

祠の扉が、さらに開く。

きぃぃ……

暗闇の中から。

ゆっくりと。

何かが、出てくる。

小さい。

白い。

子供だ。

幼い子供が、一人。

うつむいて。

ぼろぼろの着物を着て。

広場の中央に、立っている。

顔は、見えない。

俯いているから。

ただ、小さな手が。

何かを、握っている。

赤い、細い紐。

その紐の先が――

広場の端の、暗い茂みへと。

消えている。

祐一は、紐の先を目で追おうとした。

そこで、春香が祐一の腕を掴む。

「見てはいけません」

強い力で。

「紐の先を、見てはいけません」

祐一は、視線を子供の顔に戻す。

子供は、まだうつむいている。

動かない。

ただ、立っている。

「……誰かを待っている」と、春香は繰り返した。

「誰を」と、寮が問う。

春香は、しばらく黙っていた。

やがて。

ゆっくりと、子供の方へ歩き出す。

「春香さん!」

祐一が声を上げる。

春香は、振り返らない。

一歩。

また一歩。

子供との距離が、縮まる。

五メートル。

三メートル。

一メートル。

春香は、子供の前で、膝をついた。

目線を、合わせるように。

「……ねえ」

柔らかい声。

「誰を待っているの」

子供は、動かない。

「……もう、来ないよ」

春香の声が、わずかに揺れる。

「その人は、もう来られないの」

子供の肩が、小さく震えた。

「だから」

春香は、そっと手を伸ばす。

「一緒に行こう」

その瞬間。

子供が、顔を上げた。

目がない。

鼻がない。

口だけが、ある。

ゆっくりと。

縦に、開いていく。

「ーーーー!」

松井あゆみの悲鳴が、山に響いた。

だが。

春香は、落ち着いて手を、伸ばしたまま。

「大丈夫」

「怖くない」

「もう、大丈夫だから」

口だけの顔が、春香を見ている。

見ている、のかどうかも分からない。

けれど。

確かに、向いている。

春香の方に。

長い沈黙。

やがて。

子供の手から、赤い紐が。

するり、と落ちた。

草の上に。

音もなく。

そして。

子供が、春香の手を握った。

小さな、冷たい手。

春香は、微笑んだ。

「……よかった」

光は、今度は来なかった。

音も、震えも、何もない。

ただ。

春香の手の中に重みがあって。

次の瞬間には。

なかった。

草が揺れる。

風が吹く。

広場は、静かになった。

春香は、ゆっくりと立ち上がる。

振り返る。

その頬を。

一筋の涙が、伝っている。

「……終わりました」

誰も、何も言えなかった。

地面に落ちた赤い紐を、陽菜が見つめた。


祐一は、春香の隣に並び見つめた。

何も言わずに。

春香も、何も言わなかった。

ただ、空を見上げた。

山頂の空は。

やはり、紫がかっていた。

さっきより、濃く。

「……例会に還って行きました」

春香の声は、穏やかだった。


寮が、静かに話す。

「先を……行くか」


全員が、歩き出した。

山頂へ。

紫の空へ。

足音が重なる。

ザッ、ザッ、ザッ……

祐一は、数えなかった。

数えない、と決めた。

だが。

首の痕が、また熱を持った。

今度は、冷えなかった。

山は。

静かに。

彼らを。

迎えていた。

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