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オカルト研究部 田中祐一 今日も怪異あり  作者: waku


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147/153

鎮魂

祐一達は、どこか不思議な世界に入り込んでしまったようだった。

***鎮魂***


静寂が支配する異空間。


春香の指先が、数珠の一粒一粒を辿る。


「これは……」


吐息のような声。


「今から、鎮めます」


その言葉は、決意というより祈りに近かった。


瞼を閉じる。


意識を研ぎ澄ます。


そして――口が、ゆっくりと開く。


「オン……アビラウンケン……ソワカ……」


声は低く、澄んでいる。


だが、震えていた。


恐怖ではない。


悲しみ。


深い、深い悲しみ。


経文が空間に溶け込んでいく。


見えない波紋のように、静かに広がっていく。


すると、赤く染まっていた空が、脈打つように明滅した。


ドクン……


ドクン……


まるで心臓の鼓動。


止まっていたはずの血が、一滴。


ポタリ……


地面に落ちる。


時間が、動き始めた。


いや、時間そのものが、歪んでいる。


その瞬間――


亜里沙の呼吸が、止まった。


「……っ」


息が、吸えない。


肺が、動かない。


見下ろすと――


自分の手が、透けている。


指先から。


ゆっくりと。


まるで、存在が薄れていくように。


「亜里沙!」


寮の声が遠い。


とても、遠い。


亜里沙の視界が揺れる。


そこに映ったのは――


自分。


だが、違う。


白い着物を着た、自分。


うつむいて、立っている。


死んだ、自分。


ゾクリ。


背筋を冷気が駆け上がる。


これは――


「……黄泉……」


亜里沙の唇が、震える。


「私たち……侵されてる……」


生者と死者の境界。


それが、溶けている。


このまま居続けたら――


戻れなくなる。


寮は、その変化を感じ取り静かに告げる。


「陽菜」


囁くような声。


「これは……悪霊だ。浄化を頼む」


「早く……!」


陽菜は無言で頷く。


両手を胸の前で合わせ、ゆっくりと前に突き出す。


深く、深く息を吸う。


肺の奥まで、冷たい空気が満ちる。


「……霊光弾」


その言葉は、呪文というより――祈りだった。


刹那。


周囲の闇が震えた。


そして――


光が生まれた。


一つ。


二つ。


三つ。


やがて数十。


白く、儚い光。


それらは宙に浮かび、ゆらゆらと揺れている。


蛍火のように。


魂のように。


「……行って」


陽菜の声は、あまりに静かだった。


光の粒が、ゆっくりと動き出す。


音もなく。


ただ、静かに。


霧の中へ。


影たちへ。


光が、白い女たちに触れた瞬間――


ァ……ア……


声にならない声。


苦痛ではなく、解放。


女たちの身体が、光に包まれていく。


輪郭が溶ける。


霧のように薄れていく。


落ち武者たちも。


首のない影も。


腕のない兵も。


全てが、静かに消えていく。


光の中へ。


一人。


また一人。


音もなく。


ただ、静かに。


亜里沙の身体が――戻り始める。


透けていた指先に、色が戻る。


呼吸ができる。


「……ハッ……ハァ……」


荒い息。


生きている。


まだ、生きている。


寮が亜里沙の肩を支える。


「大丈夫か」


亜里沙は震えながら頷いた。


「ここは……異空間……いえ、違う……」


目を見開く。


「……黄泉……」


その言葉が落ちた瞬間、全員の身体が凍りついた。


黄泉。


死者の国。


生者が決して踏み入れてはならない、境界の向こう側。


祐一の首筋が、じわりと熱くなる。


五本の指の痕。


それが、まるで生きているかのように脈打つ。


黒い紋様が、血管を這うように広がっていく。


痛い。


熱い。


そして――


祐一の記憶が、揺らいだ。


誰かの名前。


大切な、誰か。


それが――


思い出せない。


「……誰だ……?」


祐一の口から、かすれた声が漏れる。


春香?


いや、違う。


もっと――


「祐一!」


春香の声。


その声で、記憶が戻る。


ハッとする。


今、忘れかけた。


大切な人の名を。


祐一は春香の隣に膝をついた。


「春香さん……僕も」


手を、強く握る。


離したら――


消えてしまいそうで。


春香が、薄く目を開ける。


その瞳に、祐一の姿が映る。


二人の声が、重なり始める。


「オン……アビラウンケン……ソワカ……」


「オン……アビラウンケン……ソワカ……」


声が共鳴する。


空間が、大きく震えた。


赤い空が、色を失い始める。


まるで血が抜けるように。


地面に落ちていた血が――


逆流した。


一滴、また一滴。


空へ戻っていく。


時間が、巻き戻っている。


いや。


違う。


これは――


「結界が……ほどけている」


寮の声は、あまりに静かだった。


霧が薄れていく。


影たちが消えていく。


空間そのものが、透明になっていく。


だが。


その中心に――


彼女は、まだそこにいた。


白い着物の女。


だが、もう歪んでいない。


もう、裂けていない。


生前の姿。


若く、美しく、そして――


あまりにも悲しい顔をしている。


女は、五人を見ていた。


その瞳には、もう何もない。


怒りも。


憎しみも。


ただ――


深い、深い悲しみだけが、そこにあった。


「……ありがとう……」


唇が、かすかに動く。


声は、もう聞こえない。


ただ、その口の形で分かる。


「……やっと……」


涙が、一筋流れた。


「……終われる……」


そして――


女の唇が、もう一度動いた。


「……あの夜……私は……」


それ以上は、聞こえない。


言葉にならない。


ただ、その表情だけが。


あまりにも悲しい表情だけが。


全てを物語っていた。


その瞬間。


女の身体が、光に包まれた。


それは、霊光弾とは違う光。


柔らかく。


温かく。


静かに。


女の姿が、透けていく。


まるで、朝霧が消えるように。


「……何百年も……」


声が、遠くなる。


「……待っていた……」


もう、輪郭が見えない。


「……もう……いい……」


そして――


女は、微笑んだ。


初めて。


本当の、安らぎの笑顔。


次の瞬間。


光が――弾けた。


音もなく。


ただ、静かに。


白い光が、空間全体を包み込む。


五人は、ゆっくりと目を閉じる。


耳鳴りがする。


身体が、浮いている。


重力が、消えている。


落ちている――


いや。


戻されている。


静かに。


とても、静かに。


そして――



***帰還***


意識が戻る。


ゆっくりと。


五人は、朽ちた建物の前に立っていた。


赤い空は、もうない。


青い空。


白い雲。


風が、優しく頬を撫でる。


鳥が、どこかで鳴いている。


「……戻った……」


亜里沙の声は、震えていた。


祐一は、そっと首に手を当てる。


痕は――


まだある。


薄くなったが、完全には消えていない。


黒い紋様は消えている。


だが――


指先に、ほんの一瞬。


黒い影が走った気がした。


気のせい、だろうか。


春香が、ゆっくりと立ち上がる。


「浄化……できました」


その声は、涙を堪えているようだった。


だが――


春香の手の中の数珠。


その一粒に、髪の毛ほどの細いひびが入っている。


春香は、それに気づいていない。


陽菜は、静かに頷く。


「気配が……もう、ない」


寮は、朽ちた建物を見上げる。


崩れた壁。


落ちた屋根。


だが――


もう、何もいない。


ただの廃墟。


静かな、廃墟。


そのとき。


遠くから、声がした。


「おーい!!」


峯川の声。


五人は、ゆっくりと振り向く。


山道を、峯川たちが走ってくる。


橘美紀。


小川。


松井あゆみ。


星川。


全員、無事だった。


「大丈夫か!?」


峯川が、息を切らしながら駆け寄る。


祐一は、小さく頷いた。


「……ああ」


「終わった」


峯川は、一瞬だけ目を見開く。


そして静かに、頷いた。


「……そうか」


橘美紀が、建物を見つめる。


「気配が……ない」


星川も、静かに言う。


「もう……」


小川が、言葉を継ぐ。


「どうやら、静まったみたいだ」


沈黙が落ちる。


風だけが、木々を揺らす。


葉擦れの音。


それだけが、この場所に響いている。


春香が、空を見上げた。


「安らげたんですね……」


その声は、とても穏やかだった。


寮が、静かに歩き出す。


「よし、先に進もう」


全員が、無言で従う。


山道をさらに登り、広場を目指す。


祐一は、一度だけ振り返った。


「あの廃墟の奥の霊は救われたみたいだ……おやすみなさい」


山は、何も答えない。


ただ、静かに、そこにあるだけだった。


松井あゆみが祐一に尋ねる。


「どうかした? 部長」


「いや、さっきの霊たちの事が気になって……」


春香が静かに答えた。


「成仏しました」


その声には、安堵と――わずかな悲しみが混じっていた。


峯川が前を向く。


「よし、先を進もう。慎重にな」


一行は再び歩き出す。


山道を。


頂へと。


祐一は、ふと空を見上げた。


青い空。


白い雲。


だが――


山頂の方だけ。


ほんのわずかに。


空が、紫がかっている気がした。


まるで――


夕暮れでもないのに。


「……気のせい、か」


祐一は小さく呟き、前を向く。


だが。


首の痕が、ほんの少しだけ。


じわり、と熱を持った。


一瞬だけ。


すぐに冷える。


やはり、気のせいだろう。


そう思いたかった。


一行は、山を登っていく。


静かに。


ただ、静かに。


風が、木々を揺らす。


ザッ、ザッ、ザッ……


足音が重なる。


祐一は無意識に、その音を数えていた。


一、二、三……


四、五、六……


七、八、九……


十……


……十一。


祐一の足が、一瞬止まる。


だが――


気のせいだ。


そう、自分に言い聞かせる。


前を向く。


だが。


祐一は、もう一度だけ首に触れた。


痕は薄い。


熱もない。


だが――


心臓の鼓動が聞こえる。


一つ。


二つ。


三つ。


……四つ。


多い。


祐一は、静かに手を下ろした。


山は、何も語らない。


ただ、彼らを――


見送っていた。


いや。


違う。


山は――


彼らを、飲み込んでいた。


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