出立!!弦月ノ森へ(後編)
宵ノ国出発から2日と半日。何度目かの村を経由して、レイレス一行は護送車に揺られながら弦月ノ森へと辿り着いていた。
「意外と遠かったな……確かにこんだけかかりゃ魔法のが早いよね」
護送車から降りて森の入り口を見るレイレス。それに続いて、護衛についていた数名の魔族も車から降りてくる。
「いやぁァ!!ここは空気が澄んでェますなあァ!!」
「うるさっ……」
護送車を運転して疲労が溜まっていたホルンが伸びをする。それを見てこの場の全員がやれやれと息を吐く。
この2日と半日、全員が彼の騒がしい地声に悩まされながら旅をしていたため、ひとまずはやっと解放された気持ちだった。
「ではァゴーレム飼育係の諸君ッ!!出動の機会が無い事はァ願いたいであァアるが、もしもの時はよろしくであァアる!!」
「了解!!」
敬礼するホルンとゴーレム飼育係。その横でネーゲルがまだかと退屈そうに質問する。
「てかさぁ、なんでホルンさんがここにいるの?」
「今更であァアるか!?……まあ仕方なァいので説明はァするであァアるが……例えここォが中立地域でェあろォと戦地であァアる事に代わりなァアいため、護衛として派遣さァれたのであァアるよ」
「ふーん」
「聞いたかァらにはもう少ォし興味持って欲しいィであァアる!?」
そうこうしている内にも、レイレス一行は森の入り口へと歩みを進めて行く。
「ちょちょちょっとォオ!?護衛対象が先に行くなァであァアる!?」
森の中へ進んで行くと、開けた空間へと出てくる。
その空間は、高い木々が枝を伸ばして夜中と見紛う程暗く、自然の地形や樹を利用した建物が街を成していた。その上、色とりどりの炎が灯った灯籠が煌々と立ち並び、街を美しく彩っている。
「うわ〜、綺麗な街!!」
「こんなに幻想的な場所があったなんて……あの灯籠の火は魔法でしょうか?」
街の名は『酩都』。宵ノ国の中でも有数の大都市であり、貴重な資源採掘区域として労働者等の人々が満足に暮らせるよう様々な施設を設けられた区域である。
中でも、接待を主に重視した施設がかなり充実しているとか……。
そんな街並みに皆が見惚れていると、奥の方から数人の男女がやってくる。
「おこしやすぅ。本日はお足元の悪い中、わざわざご足労でありんしたねぇ」
集団の先頭、ほんわかとした雰囲気のエルフの女性が一行を迎える。
「お迎えッご苦労であァアる!!」
「うるさ……あ、いえぇ。ささ皆様、長旅でおつかれでありんしょう。奥にお部屋をご用意してるので、ごゆるりとぉ」
そう言って女は最前列に立って一行を先導する。
その道中、レイレスは辺りを見回してみる。
煌びやかな街の風景……そこで笑い合う人々。その中には、魔族だけでなく人族も多く存在していた。
「戦時中だってのに……ここは随分と人族が居るんだね」
「ええ、それは勿論中立地域ですからぁ……まあ、厳しい身体検査や荷物検査もありんすから大丈夫でありんすぅ。もち、武器の持ち込みも御法度でありんすしぃ」
「そう、か……」
そう呟いたその時、遠くからこちらを見てにこやかに頭を下げる人族の若者が視界に入り、はにかんで手を振った。
「ゼーエン様、客人が参られました」
「ゼーエン様、いかがなさいましょうか」
「そう急くでないでありんす。時が来れば後でこちらから呼ぶので心配ないでありんす」
それからレイレス一行は、大きな木造の建物の中へと案内される。
「ここは弦月ノ森の大都市『酩都』1の風呂宿『鬼灯』でありんすぅ。天にも昇る心地の泡風呂に、料理には名産のロブスター汁にバラクーダの刺し盛り、コカトリスの卵とスッポンの生き血のカクテルなんかもありんすよぉ」
「風呂宿かぁ……」
「立派な建物……こんな凄い所、初めてです!」
「ひろーいお風呂がありそうな所だね!!」
「多分、みんなが想像している風呂は無いのであァアる……」
いつもならけたたましい騒音で叫ぶホルンが意味深に小さく呟く。しかし、皆は場の雰囲気に飲まれてしまって気付かなかった。
そうこうしているうちにも、一行は『鬼灯』内にある、草の編まれた板状の敷物が敷き詰められた大部屋へと招かれる。
「さあさあ、美味しいものでも食べて元気付けておくんなましぃ」
中央の長いテーブルの上には、既に様々な料理が用意されていた。火を使う料理はまだ湯気が湯気が立っており、出来立てであることを強調させている。
「お、おおォ!!おォれは見事ォな料理ィ!!」
「まさに歓迎と言った催しですねっ」
「うん……そう、だね」
しかし、皆が目の前の料理に目を輝かせる中、レイレスは何か考えている様子だった。
「どったの、レイレス?」
「いや……手厚い歓迎は嬉しいんだけどさぁ。あんまりゆっくりもしていられないでしょ」
「はて、お料理がお気に召しませんかぇ?」
首を傾げる女に、レイレスは前に出て訳を話す。
「そう言うんじゃないよ。でも、僕らはゼーエンさんに呼ばれて来てるんだ。時間が惜しい……合わせてくれないか?」
頼み込むレイレスだったが、使いの女は困った顔で首を横に振る。
「なりません。ゼーエン様は今はどなたにもお会いにならないでありんすぅ」
「どうして!?だってあの人から呼ばれて来たのに……」
「今は時ではない、と言うだけでありんすよぉ。それにぃ、ゼーエン様は皆様方には万全の体調で作戦に及んで欲しいと思っているでありんすぅ。体を休めて本調子を保つのも仕事の内でありんすぅ」
「でも……」
言葉が出ず詰まるレイレス。その時、横で見ていたネーゲルがテーブルの前に置かれたクッション状の敷物に座って手招きをする。
「ほらレイレス!あったかい内に早く食べようよ!!」
「ちょっ、ネーゲル……」
「そうですねっ。こんな御馳走、いつ食べられなくなるかこの先分かりませんからね」
「ヒ、ヒューゲルまで!!」
今度はヒューゲルが席に着くと、他の皆も敷物に座り始める。
「そうであァアるなぁァ!!何しろ一兵隊であァアる私、このよォうな豪勢な料理はァ初めてであァアる!!」
「見てください!スジエビのかき揚げと……大根の漬け物にローストビーフの煮物です!!」
「カブの酢漬けとすき焼きでありんすねぇ」
「みんな……」
その場にいる皆の楽しそうな笑顔を見て、レイレスはふと思う。
この先、戦争の火種はおそらく大きくなって行くだろう。それ故、こうやって皆と笑い合えるのはいつまでなのだろうか、と。
皆同じなのだ。こうしていられるのも今のうち……何度もそう思っている。
「肩に力を入れる。息を抜く。切り替える事は大事でありんすよぉ」
「…………」
レイレスが席に着くのを待つ皆を、ゆっくりと見渡す。
今まで短い間に、辛い事が沢山あった。なら、今だけでも……。
「……うん、分かったよ。食べよう、みんな!」
レイレスが席に着くと、皆一斉に目の前のご馳走に食い付き始める。
それからは皆、しばらく御馳走に舌鼓を打つ。
エルフたちが作った料理はどれもこの世の物とは思えない程に美味であり、各々談笑しながら時を忘れてそれを堪能した。
そして一行は食後、宿に備え付けられている風呂に入り、用意された個室で休息を取っていた。
「いやぁ〜思ったよりお風呂広くなかったなぁ」
「ですねぇ〜……ご飯は美味しかったですけどねっ」
「そうだね……ははは……」
無邪気に笑う2人に、レイレスも笑い返す。ここに来るまでの間、森に迫る危機に彼の胸の内は穏やかでは無かった。
しかし、『酩都』の人たちの手厚い歓迎や、ここまで着いてきてくれた仲間たちの笑顔を見てほんの少し気が楽になっていた。
レイレスは微笑み、楽しそうな2人の様子を黙って眺めている。
「どったのレイレスぅ?ニヤけちゃってぇ」
「ん、なんでもないよ」
それだけ言って、敷いてある布団に身を埋めて寝たふりをし、そのうち完全に眠りに着いたのであった。
それから一夜明け、旅の疲れにより深い眠りの中にあったレイレスたち3人は、唐突に飛び込んで来たノックの音で目を覚ました。
「おはよう御座いますぅ」
「んが……っ」
「っれぇ……もう朝ぁ?」
「いえ……まだ暗いようですが……」
「ここは朝でも暗いんどすぇ」
「ああそっか……そういや昨日も夕方だってのに夜中みたいに暗かったもんなぁ……ふぁあぁ」
3人は眠い目を擦りながらも、布団から這い出て伸びをする。
「それはそうと早く身支度するでありんすぅ。ゼーエン様がお呼びでありんすよぉ」
「ぅえっ、ゼーエンさんが?」
「昨日は会えないと言っていましたが……」
「言ったでありんしょうぅ?まだ時では無い、と。今し方、その時が来たまでの事でありんすぅ」
女はそう言って手を叩くと、従えていた使いの者と共に3人分の着替えを持ち運び、瞬く間にレイレスたちへ身支度を施していく。
「おわっ!?」
「い、いつの間に服が!?」
「ほらほら行くでありんすよぉ。ゼーエン様の元へと案内するから付いてくるでありんすぅ!」
全ての支度が終わると、女はレイレスたちを引っ張りながらそそくさと部屋から飛び出して行った。
「ちょっ、早いって!!」
それから数分後、レイレスたち3人は『酩都』から外れた場所へと使いの女たちに連れられ、木製の赤い枠のようなものが連なって建てられている道に招かれていた。
都の方には既にちらほらと人影はあったが、この場所には彼らの他に人の姿は無く、不気味な空気を放っている。
「ささ、ここからは御三方のみで進んでいただくでありんすぅ」
「えっ……案内ここで終わり?」
「ええぇ。この先に進めるのは王族とその直属の使い、そしてゼーエン様の御付きの者のみとなっているでありんすぅ。故に、でありんすぅ」
そう言って、女は脇に逸れて道を開ける。
「それでは行ってらっしゃいませ、王子」
「あ、ああ……」
レイレスたち3人は言われた通りに、赤い枠の連なった道を真っ直ぐに進んで行く。
道は分岐のない完全な一本道であり、進めば進むほど赤い枠は数を増して行く。
そして……その道の終わりは光と共に目の前に見えて来た。
「わ……っ、なんだここ……」
目の前にあったのは、木漏れ日に照らされて煌びやかに輝く広大な泉だった。
「これが、魔力を帯びているという例の泉……」
「ここにゼーエンさんがいる……んだよね?」
3人は辺りを見回してみる。しかし、そこには人影ひとつ見当たらなかった。
「もしかして僕ら、担がれた……って事はないよなぁ?流石に」
「ええ……得体の知れない方とは言え、それは無いかと……」
その時、木々に覆われた上空から2つの巨大な人型の影が現れ、羽を広げて泉の真上へと降り立って姿を見せた。
『凪を侵してはなりません。森の魔力を乱しますので』
『凪を侵してはなりません。森の平穏を乱しますので』
「な……っ!?僕らの知らない、エヴィル……?」
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