玉も竿もガッチガチ大作戦
ブロンザは背中に刺さったナイフを引き抜き、地面に投げ捨てた。血が付着した刃物がカランと音を立てる。
「お互い背中に刃物が刺さるとはな。なんと不思議なことか。これでおあいこだな。いや、私が勝つか--」
「うるせえぞ女騎士! おらあっ!」
「甘いっ!」
「があっ!?」
ブロンザの一閃がアイラにかかるよりも前に、再び力を取り戻したアイラの剣が素早く振り切られる。
どうやら背中にダメージを負ったせいで、ブロンザの動きが鈍くなったらしい。
そしてついに、ブロンザに一太刀浴びせられた。そう思っていたのだけれど……
「くっくっくっ。ぎゃははははは! 甘いなあ! 甘い! 忘れてるんじゃあないのか? 俺が鋼鉄のブロンザだってことをよお!」
そうだ。完全に忘れていた。
ブロンザは能力者だった。
アイラがブロンザに付けたはずの傷は一切見られない。まさに無傷。
「オレに傷を付けるなら、さっきみたいに不意打ちするか、俺よりも硬いもので攻撃しないとなあ!」
「くっ! 能力者が!」
「負け惜しみか? 能力者が憎いか?」
まずい。
アイラでもまともに傷を付けられないなんて。やはりあの男、強すぎる。
でももう不意打ちなんてものもできそうにないし。アタシは、アタシ達はこれからどうすれば……?
「どうすればいいのよっ!」
アタシの投げやりな言葉が地面に落ちる。
すると、
「俺にいい案がある。みんな聞いてくれ」
アタシ達に語りかけてきたのは、再び立ち上がったおっさんだった。
リマの治癒術を受けたものの、肩や脇腹からは未だに出血している。
どうやら今回は完全に回復できていないらしい。
「ナイトさん! まだ傷が塞がっていません! 大人しくしてください!」
「俺はいつまでも大人になれない子どもだ!こんな場面で大人しくなんてできん! それにアイラの命が危ういんだぞ!」
おっさんはそう叫ぶと、アイラを指さす。
アイラは勇気を取り戻したのか、引き続きブロンザと向かい合って鍔迫り合いという状況だった。
しかしそれも風前の灯。だんだんとアイラは押されていく。まさしく最後の悪足掻きとでもいうに相応しかった。
おっさんは再びこちらを見て、
「このままだとアイラは確実に負ける。そして俺達全員も天国か地獄行きだ」
「じゃあどうすんのよ! どうやったら奴にダメージを食らわせられるのよ! 何か策でも--」
「策はある」
おっさんは短く、そして力強く言葉を発した。
すると剣を交える二人の方を突然振り向き大声で、
「獣耳男! お前に話がある!!」
「……ああ? 話? 何の話だあ?」
ブロンザはアイラに向けた手を止めることなく、おっさんと話を始めた。
「アイラと話がしたい。それとここにいる仲間全員とだ。まあ、いわゆる作戦会議ってやつだ」
「なんでオレがわざわざお前らの作戦会議を許さなきゃあらんのだ?」
「まあ、そう言うな。お前にも好都合の話がある」
このおっさん、何を考えているの?
アタシ達が口を挟む間もなく、あっという間にすらすらと話を進められてしまった。
「話ってのはなんだあ?」
「作戦会議終了後、俺達が一斉に攻撃を行う。もしその攻撃でお前を倒せなければ、後は煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「ぎゃははははは! 一撃に命をかけてきやがったか! 面白い! その話乗った!」
「話がわかる奴だと思ってたぜ。それで作戦会議の時間だが……三分ほどもらえないだろうか」
「はっ、三分か……。面白い。いいだろう。三分だけ待ってやる」
そう言うとブロンザはローブから懐中時計を取り出し時間を確認しだした。
「ちょっとおっさん! なに勝手に話進めてなに勝手に人の命をかけてんのよ!」
「悪い悪い。話の流れでつい」
「ついで済まないわよ!」
アタシの怒りの声がおっさんに飛びかかるも、おっさんは気にしていない様子。
このおっさんは本当に何を考えているのだろうか。さっぱり分からない。
「で、こんな話をしたってことは、ちゃんとした策があるんだろうな?」
ブロンザの元から帰ってきたボロボロのアイラがおっさんに問いかける。
リマも続けて、
「そうですよ、ナイトさん。失敗したらみんな死ぬんですよ。そこ、ちゃんと分かってます?」
「ああ、わかってるさ。失敗したら死ぬし、この話をしなかった場合でもいずれ死んでいただろうってことはな」
おっさんの一言により、みんなの顔に緊張感が走る。
そこから、おっさんの作戦がみんなに伝えられた。
アタシが担当することは、二つあった。
そのうちの一つは、おっさんをガチガチに硬くすることだった。これはアタシの口でしかできないことだと言われた。
まあ確かに、これはアタシにしかできないと思う。
ということで早速硬くしてあげたアタシは、
「おっさん、気分はどう? ちゃんと高まった?」
「ああ、最高の……気分だ。今までになく……高まってる。俺の竿も、そして玉も……ガチガチに硬くなってる。いける気がするよ」
おっさんは来たる作戦の前に興奮しているのか、少し息を荒らげながら答えた。
そして、おっさんは玉をシエルに触らせて感触を確かめさせていた。
「シエル、どうだ? 硬いか?」
「はい。こんなに硬いのは初めて触ります。これならいけると思います」
その後聞こえた話によると、シエルが最後に発射させるのだとかどうとか。
その横では、リマがはぁはぁと乱れた呼吸を漏らし、興奮した面持ちでおっさんとシエルの作戦内容を聞いていた。
そんなリマはシエルの発射に際するサポートをするらしい。
「で、私は何をすればいいのだ?」
まだ作戦を聞かされてないアイラが、焦れた顔でおっさんに聞いてきた。
「アイラは俺と一緒に突っ込んでほしい」
「なるほど、二人で同時攻めする訳だな」
「そうだ。二人でブロンザを攻め立てる。ということで、サーチャ。念の為にアイラも硬くしてやってくれ」
そうしてアタシがアイラも硬くしてあげたところで、作戦の下準備が完了した。
でも本当にこの方法で上手くいくのだろうか。一抹の不安しかない。
いや、もう今更ぐちぐち言ったってしょうがない。これからの一撃に命を、全てを懸けるしかない。
最後にアタシはみんなの目を見た。みんな覚悟ができたという目をみんなしていた。
その目を見るとアタシも活力が湧いてきた。
いいじゃない! やってやろうじゃないの! あの鋼鉄の男に一撃を食らわせてやろうじゃないの!
「さて、三分もとってくれてありがとうな。じゃあ覚悟はいいか」
「ああ、お前らこそ死ぬ覚悟はいいか」
おっさんとブロンザが本日何度目かの火花を散らす。そして、
「うおおぉぉぉおお!! 玉砕だあああぁぁ!!!」
おっさんは掛け声と同時に全力でブロンザ目掛けて走り出した。続けてアイラも駆け出す。
右側からおっさん、左側からアイラで挟み撃ちにする構図だ。
「お前らはバカか! 二人で来たって鋼鉄の前に傷は付けられねえんだぞ!」
「うるせえ! 黙って大人しくしてろ! 獣耳男!」
そうして、おっさんと竿とアイラの剣がブロンザの二刀流と衝突。
アイラは流れる剣さばきですかさずブロンザの脇腹に一太刀入れるも、やはり傷は付けられないのか、ブロンザはダメージを受けていないようだった。
ここでアタシの二つ目の作戦が開始。
それは、ブロンザの背後に何かしらの攻撃魔法を落とし、後ろに逃げられないようにすること--つまり退路を断つことだった。
ということでアタシは火球--ファイアーボールをブロンザの背後に落とす。
「どこを狙っていやがる! オレはもっと手前だぞ! 頭だけじゃあなくて目まで狂っちまったのかあ! お嬢ちゃんよお!」
ブロンザがアタシに向けて何か言ってきたけど無視。
これで作戦のとおり、ブロンザの背後は火の海。後ろの退路は絶たれることとなった。左右にはおっさんとアイラ。これで空いているのは正面だけだ。
ちなみに、なぜ魔法で直接ブロンザを狙わないのかおっさんに聞いたところ、『直接的な刺激よりも間接的な刺激のほうがいいんだよ。サーチャも大人になればわかるさ』とかなんとか言われた。
やっぱりこのおっさんの言ってることの意味は分かりそうにない。
そうして滞りなくアタシの作戦までが終わり、残すところは二人。
そのうちの一人であるリマが行動を開始しようとしていた。
しかしこの時、最悪な展開。
「舞い散れ砂塵! サンドストーム!」
リマの行動前に、なんとブロンザが本日二度目の目くらましを発動したのだ。またもや周囲を埋め尽くすほどの砂の嵐。これでは対象が視覚できない。
と思っていたのだが、
「貴方のすることは折り込み済みです! 我の前に姿を現せ! 風の精霊シルフ!」
魔法陣の描かれた布に乗ったリマが精霊シルフを召喚。
全身緑色の少年のような姿が目の前に現れた途端、猛烈な強風が吹き荒れてきた。風はアタシの方からブロンザのいる方へ目掛けて激しく吹き付ける。
そして視界を遮っていた砂塵も見事に吹き飛ばされ、ブロンザという標的が狙えるまでに回復した。
そこには、吹き付ける風に飛ばされないよう必死になって堪えるブロンザとおっさんとアイラの姿があった。
「これで王手だ!!」
おっさんが強風に逆らいながら大声を飛ばす。
そして作戦の最後、シエルが行動を始めた。
シエルはいつもの弓矢ではなく弾弓を手にしていた。その弓をめいいっぱいに引き絞り、そして手を離す。
すると、シエルから放たれた何かがブロンザ目掛けて一直線に爆進。シルフの風に乗ったそれは目にも留まらぬ速さで飛んでいき--
「馬鹿め! 鋼鉄の前には無力だと言っただ……ぐふうっ!?」
鋼鉄の身体を一瞬で貫通した。
疾風を纏った何かは鋼鉄を穿ち、彼方へと飛び去っていった。
そしてその何かを受けたブロンザ。 両手からは剣が滑り落ち、膝から地面へと崩れていった。
どうやらアタシ達の作戦が成功したらしい。
「な、なぜだ? 不意打ちではなかった。弓を持ったエルフが何か放ってくるのも分かっていた。そしてオレの鋼鉄の能力も発動していた。なのになぜ食らう?」
「それは、俺の玉がお前の硬さをも凌駕していたからだ」
「なん……だと……?」
おっさんの玉が硬かったという言葉に驚きを隠せないブロンザ。目を見開きおっさんを見上げている。
「お前は運が悪かった。なぜなら、たまたまパチンコ玉というラッキーアイテムを持っていた俺と対決してしまったからだ。しかもこれはただのパチンコ玉じゃない。魔法でガッチガチに硬化された鋼のパチンコ玉だ。更にこのパチンコ玉にスピードを付け、より大きなダメージを与えるために風の精霊シルフの力も借りた。また仮に目隠しの砂塵を発動されても、シルフの風で吹き飛ばせると目論んでいた。とまあ、これが作戦の真相だ」
「はっ……くそがっ……。なんだよそりゃあ……。誰だよこんな物語を考えたのはよお……畜生が……」
「『放ったモノが有るべき者の所に届く』アタシの言った通りだったでしょ?」
「ぎゃははは……はは……。有るべき者の所に届くどころか……オレの身体を貫通して通り過ぎてんじゃねえかよお……。くそっ……」
ブロンザの声が次第に弱まっていく。
その弱まった声を聞いたおっさんは、再び口を開き話し始めた。
「なあ、ブロンザ。お前は舐めてたんじゃねえか? 俺達のことを、心のどこかで舐めてた。こいつらにはオレの鋼鉄は破れない、だから負けない、敗れることはない、そう思ってたんじゃないのか? 」
「…………うるせえ……」
おっさんは続けて話す。
「俺達はお前を食おうとしていた。一気に食おうとしていた。だがお前は俺達のことを舐めてた。ひたすらに舐めてた。そうやって舐めてたから、俺達に一気に食われたんだ。一人で舐めるのと複数で食べるのは、どちらが胃に早く入るかくらいはわかるよな? そう。お前は一人で戦いの味をしめている間に、完食できないまま俺達に一気に完食されてしまったんだ。早く食べないと勝利は溶けて消えていくんだぜ? ソフトクリームのようにな。……俺たちは甘くなかっただろ? どうだ? 苦杯を舐めた味は?」
「くっ……苦いなあ。苦い。血の味、いや、鉄の味が……するぜ。だが、悪くはない。良薬口に苦し……といったところか。苦いからこそ……今の俺の身体には……よく効くのかもしれねえなあ」
「良薬を飲んで、心と身体を入れ替えてまた出直してきな」
「ああ。そうさせて……貰うぜ……」
ブロンザはその言葉を最後に気絶した。
「作戦名『玉砕』の……大勝利……だな……」
そして、おっさんもその言葉とともに突然気を失った。バタンと地面に倒れる。血を流しすぎていたのだろう。
「終わった……」
アタシは長い戦いが終わったことを確かめるように呟いた。
嵐のような時間だった。
空を見上げると、光の網目に遮られた曇天の隙間から、太陽が少しだけ射し込んでいた。




