あるべき者へのプレゼント
砂の嵐が次第に薄れていき、白い世界に様々な色が戻り始めた。
ブロンザは光の網の前で悪戦苦闘していた。張り巡らされた光に斬りかかっている。
やはりあの砂塵の魔法で身を隠した隙に逃げる算段だったようだ。
「どう? アタシの檻は? なかなか頑丈でしょ?」
「ああ。びくともしねえ。やはり魔法は伊達に破れねえなあ」
「アンタの剣も敗れたり! ってところかしら」
「今のはちょっとカチンときちまったなあ。お嬢ちゃん、死ぬ覚悟はいいか」
あ、感情を逆なでしてしまったみたい。
ちょっとカチンときたで死ぬ覚悟なら、かなりカチンときたではどんな覚悟が必要になってしまうのか。
……まあどんなのでもいいか。
「アンタこそ脇役にやられる覚悟はできてんの?」
「オレは覚悟できてないなあ。なぜならオレは主役。最後には勝つ男だからだ!」
ブロンザは語尾を強めに発するとともにアタシ目掛けて駆け出してきた。
狙った獲物は確実に捕らえんとする目をアタシに向けている。
それは弱者を屠る肉食動物のような、猟奇的な目だった。
「サーチャ殿は必ず守るっ!」
「サーチャには指一本触れさせない!」
その時、ブロンザを阻もうとアタシの前にアイラとシエルが立ちはだかる。
そしてブロンザの勢いのまま繰り出された二刀流と衝突。ブロンザの長剣とアイラの剣が、一方では矢筒と短剣が、ギリギリと音をたてて睨み合った。
「このあとシエル殿は弓矢での遠距離射撃を! サーチャ殿は魔法で支援と攻撃を! 私は近接戦闘でコイツと戦う! 三人がかりで仕留めるぞ!」
「脇役どもが揃いも揃ってごちゃごちゃとうるせえぞ! うらぁあ!」
「うわあっ!」
「シエルッ!」
ブロンザの力任せなひと押しにより、シエルが弾き飛ばされてしまった。
斬られてはいないようだけど、弾かれた拍子に足を挫いてしまったようだ。シエルは立ち上がれないで足首を押さえている。
「また一人脱落したようだなあ。これで女騎士とお嬢ちゃんの二人。女だけでオレに勝て--」
「アンタだけは! 絶対に許さないっ! 氷結! アイスブレード!」
ブロンザが言い終わる前にアタシは中級魔法--アイスブレードを唱えた。
パキパキと音を立て、空気中の水分が凍っていく。アタシの怒りが具現化したそれは、一本の氷刃となった。
その氷刃はブロンザの胴体へ向かってぶれることなく直進。遮るものは何もない。
このコースなら確実に突き刺さるはずだった。
「うぐぁっ!!」
しかし、その苦しみを含んだ声を絞り出したのはアイラだった。
アイラの背中に、氷刃が突き刺さっていた。薄手の銀鎧すらも貫通している。
「嘘……でしょ?」
なぜ? なぜアイラに当たったの?
一瞬で周辺の空気が凍ったような気がした。
背筋から流れる冷や汗までもが凍っていく感じがした。
「まるで連携がなっちゃいねえ。それにそんな見え見えの魔法も使っちゃあいけねえ。思わず女騎士を盾に使っちまいたくなるからよお」
アタシの感情任せの呪文は、発動したその瞬間から悪用される運命だった。
ブロンザは二刀流でありながら、対峙する相手を盾に使うことまでやってのけたのだ。
やはり実力が違いすぎた。
アタシの中で微かに残っていた希望が、自信が、萎んで消えていく。
あの時みすみす見逃して次回に戦いを延ばせば良かった。
アタシが光の檻に閉じ込めたせいで……。
アタシのせいだ。
アタシのせいで、みんな死ぬ。
アタシ、みんなの足枷にしかなってないな。
アタシは足枷。だったら、これからずっと下を見続ければいいよね。もう上を見たくなんかないよ。
「ははは……やっぱりダメだった……。自信だけじゃどうしようもなかった……。もう……自信すらも湧かな--」
「サーチャ殿っ! まだ! まだ諦めるなっ! 顔を上げて戦うんだっ!」
死にかけの耳に届く生者の声。
アイラの声はまだ死んでいなかった。
死んだようなアタシをまだ励ましてくる。
アイラはなぜそこまでして戦えるの?
アイラを支えているのは何?
あんなにボロボロになって、味方のアタシから魔法まで受けても--
え?
アタシが顔を上げたところ、アイラの背中についさっきまで突き刺さっていたはずのモノがなくなっていた。
どこに? どこにいったの?
「この女騎士! どこまでも面白いッ!」
「褒めていただいて光栄だよ!」
ふと二人を見てみる。
アタシの視界に飛び込んできたのは、二刀流対二刀流だった。アイラの手には血塗られた氷刃。
一度斬られてだらりと下がっていた左腕も、活力を取り戻したかのように氷刃をがっしりと掴み、上を向いていた。
アイラはアタシから受けた凶刃すらも戦う力に変え、限界ぎりぎりまで戦っていた。
騎士として、この街を、私を、アイラが支える全てを、守るために戦っているのかもしれない。そう思った。
アタシは、何を守っているの?
きっとアタシが守っているのは自分自身のちっぽけなプライド。
失敗したくない。足でまといになりたくない。強い自分だと思われたい。そんなちっぽけなプライドを守っていたのかもしれない。
そんなもの、捨ててしまえばいいのに。
ただ、プライドを全て捨てて無闇に戦うのはダメ。
アイラのような本物のプライドを、真に守るべきものを心の内に決めて、それで戦うの。
それがないと、戦えないの。
じゃあアタシが守りたいのは何?
アタシは、シエルを守りたい。
アタシは、アタシを守ってくれる人達を守りたい。
今のアタシが戦う理由は、これだけでいい。
これを守るために戦うんだ。
ついに見つけた。アタシの中に鬱蒼と広がる、深い迷宮の中から一筋の光明を見つけることができた。
真に見えるべきモノが見えた気がした。
どんな形でもいい。次へと繋げるんだ。
光の先に、未来への一手がある。
「ぐううぅ!!」
「いい声だなあ、女騎士さんよお。今日は楽しかったぜ。久々に熱い戦いだった。だがもう終わりだ。さっさとこの氷刃のように冷たくなれや」
アタシが光明を見つけたその瞬間、ブロンザの冷酷ともいえる言葉がアイラに突き刺さり、熱い命を刈り取ろうとしていた。
アイラはついに力を失ってしまったのか、剣を地面に落とし、武器を持たざる両手がぶらりと虚しく垂れ下がっている。
そして跪きながら、
「くっ、殺せ」
静かに呟いた。
何かを覚悟してしまったかのような言葉だった。
その時、シエルが最後の抵抗かのごとく思いっきり矢を放った。地面に膝をついたままの体勢だった。しかし踏ん張りがきかないのか、弱々しく放たれた矢はブロンザに容易く叩き落とされてしまった。
時間がない。これが最初で最後のチャンス。失敗したらみんな死ぬ。
「そこの筋骨男! アンタには事前に教えといてあげる。この街ではね、放ったモノが有るべき者の所にちゃんと届くのよ。不思議なことにね」
ブロンザは唐突なアタシの発言に対し、
「はあ?」
と見下したような顔を浮かべている。
「放ったモノだあ? 有るべき者の所に届くだあ? それはこれかあ?」
ブロンザは地面に転がる矢を掴み、シエルへと投げ返す。
さきほどシエルによって放たれた一本の矢は、地面に擦れ、ザザザッという音を立てながら、持ち主の元に返ってきた。
「それともこれかあ?」
ブロンザが続けて、アイラの手を離れ地面に落ちていた氷刃をアタシに投げつける。
シエルの矢と同じように、途中で地面に落下しカランカランと音を立て、アタシの元へと返ってきた。
「意味わかんねえこと言いやがって! 頭がおかしくなっちまったかあ? ざまあねえなあ! ぎゃはははは!」
「最後に忠告よ。この戦いでアンタのやったこと。始めから終わりまでまで、一から順に振り返ってみなさい」
「……は?」
その時、見下した表情から一変。
苦悶に歪んだ表情へと切り替わったブロンザがいた。
そのまま真後ろを振り返り、そこで何かを確認したブロンザは、
「脇役ふぜいがああああアアアァッ!」
発狂したかのように激しく叫び声を上げた。
ブロンザの背中には、一本のナイフが突き刺さっていた。
そのナイフを放ったのは--アホ毛だった。
アホ毛の脚に一度刺さったナイフが、持ち主--ブロンザの背中に深く突き刺さったのだ。
光の網の向こう側から投擲されたナイフは、網をくぐり抜け、有るべき者の所に届けられた。
「ユーのナイフ、リバースします」
網の外からすり抜けたアホ毛の声がアタシ達の元まで届く。
アイラはアホ毛の活力を取り戻したのか目を潤ませていた。
「アフォゲート……! お前……!」
「アイフォーゲット。アイラ様、そして皆さん、ミーのこと忘れていましたね?」
最初に脱落してから空気だっただけに、ブロンザの意識からも、アイラの意識からも完全にアホ毛のことは忘れ去られていたようだ。
まあアタシも忘れていたんだけど。
そう。アタシが気づけたのは偶然だった。
アイラの励ましを聞いて顔を上げたときに丁度、光の網よりも明るく輝いている特徴的な三日月が、ぴょんぴょんと跳ね動いていたから気付けたのだ。
それからは、チャンスを見計らってナイフを投げ返そうとするアホ毛がちゃんと見えていた。
結局アタシはブロンザを足留めして、アホ毛のサポートをする言葉しか言えなかったけど。
でも、アタシはそんな足枷の役割でもよかった。それがみんなを守ることに繋がるのならば。
しかし、一回きりのチャンスで確実に当てるなんて。やはりあのアホ毛はやる男だった。素敵投擲だなんて言われてたのも納得がいく。
「だから言ったでしょ。放ったモノが有るべき者の所に届くって」
「ち、畜生……! 脇役のくせに……!」
「物語はね。脇役が活躍するから素晴らしいのよ。そして脇役が重要なカギを持ってるものなのよ。アタシ達のような脇役がね」
「やかましいぞ脇役! 最後に勝つのはこのオレ! 主人公のオレだあ!」
ブロンザは苦しみを浮かべながらもまだ戦おうとしていた。諦めることなく、意地とプライドを張り、己の命を張り、アタシ達の命を刈り取ろうとしている。
まだ戦いは終わっていない。
まだ油断はできない。




