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異世界軟弱物語  作者: よっきゃ
第二章
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僕、女の子になっちゃった

「アンタ、旅に出るのね……」


 リマさん達とのやり取りを傍から聞いていたサーチャが突然口を開いた。


「うん。リマさん達についていこうと思う。この村ともお別れだね」


「……なら、アンタの病気について話があるわ。黙って聞いて」


 と言ってサーチャは一呼吸置いたあと続けて、


「アンタは確かに病気かもしれない。けど、アンタの家族が死んでから二年は経っているし、今のところ発症の気配は感じない。つまり、しばらくの間は大丈夫のはずよ。まあ、あくまでも可能性の話だけどね。あと発症してない間はエルフにも人に感染はしないわ。そもそも、人には感染するのかも怪しいんだけどね」


 病気の発症と感染の可能性について告げてきた。確かにサーチャの言うとおり、家族が死んでから二年経ってはいるが、今のところ発症はしていない様子だ。


 でもどうして? どうしてサーチャが僕の、エルフの病気についてこんなに詳しく知っているのだろう?


「サーチャは僕の病気のことについて、よく知ってるんだね」


「あ、アタシが病気に詳しいのはたまたま勉強してたからなの! だからただの偶然よ! グーゼン! 気にしないでっ!」


 ぷいっとそっぽを向いて僕に伝えてきた。

 夕日に照らされた彼女は、髪と同じ緋色に染まっているように見えた。

 ……もしかしたら、たまたま勉強したんじゃなくて、僕の病気について調べてくれていたのかもしれないな。


「ふふっ。偶然か。そういうことなら気にしないでおくよ」


「そ、そうよ。ただの偶然よ。……でも、病気を治したいアンタが旅に出るのは偶然じゃなく必然なの。必然じゃなきゃいけないの」


 と言うと、サーチャはこちらを振り向き指を突きつけながら、


「だから、今のうちにその旅とやらに行ってきなさいよ! あ、困った事があったら私にすぐ連絡しなさいよね! 屋敷で待ってるから!」


 僕に向けて真っ直ぐに、伝えてきた。

 そしてサーチャは再び顔を逸らした。紅潮した横顔だけが僕に見えている。


 ……そうだ。サーチャの言う通り、発症していない今だからこそ、旅に出ないといけないのかもしれない。


 これまでの僕は、人目に触れないように、そして身を隠すようにしながら、家の中でひっそりと万能薬を作るのを人知れず夢みてきた。


 だけど、それは違っていたのかもしれない。


 これからの僕は、僕という存在を世界に飛び込ませて、世界中のみんなが見ているこの世界で、夢を叶えないといけないのかもしれない。


 このことに気付けたのは偶然なのか、それとも必然なのかは分からない。

 だけど、サーチャが言ってくれなかったら気付けなかった。これだけは分かる。


「サーチャ。まずは、ごめん。家が燃えた時、何の根拠もなくサーチャを疑って悪かった。それから、ありがとう。僕のことを気遣ってくれて。おかげで大切なことにも気付けたよ。……あともう一つ、毎日のようにパンを届けてくれてありがとう。まあ、今日のパンは貰いそびれちゃってるんだけどね」


「パ、パンはいいのよっ! それより……アタシの方こそごめん。いつも冷たい態度取ったり、酷い言葉を言ったりして……悪かったわ」


「へっ!?」


 まさかサーチャから謝られるとは思わなかった。予想外の出来事に僕は驚いて声が出てしまう。


「な、なに変な声出してんのよ! そんなにアタシが謝るのが意外だったって訳?」


「はははっ。……うん。意外だった」


「もうっ!」


 サーチャはまだ緋色に染まっている。この横顔は一生覚えておくことにしよう。



 --



 その後、僕達はついに出発した。この見慣れた森ともお別れだ。


 とは言ったものの、既に日も暮れてしまっている。ということで、村の宿屋に泊まることにした僕達は、早速宿屋へと向かった。


 そして宿屋に着き、リマさんは宿屋の主人と話しはじめた。宿の空き室を聞いたりしているようだ。

 僕もナイトさんと話でもしようかな。


「ナイトさん、突然で申し訳ないですけど、僕の病気のこと知って、どう思いました?」


 マザーベアに襲われたせいで聞きそびれていたことを、思い切って聞いてみた。

 僕のことを他人がどう思っているか、答えが知りたい。


「正直に言うと、怖いと思った。そんな病気があるなんて知らなかったし、もし俺に感染したらとか思うと、身震いもした。俺はまだ死にたくないから。だが、俺以上に感染したシエルの方が死にたくないとか怖いとか考えてんのかな、と思うとまだ俺の怖いは本当の怖いではないのかな、とか思ったりしてさ。……すまん、答えになってないな。とにかく、俺はそんな怖い病気で死にたくなんてないから死んでも感染はしない。そういうことだ」


 言い終えると同時に親指を上げ、自信ありげにニッと白い歯を見せ、ナイトさんは答えた。


「いえ、それだけ正直に話していただけて嬉しいです。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げお礼を伝えた。


 やはり異世界からきた人でも、この病気のことは怖いと思っているようだ。でもまあ、それもそうか。何せ世界中で恐れられている病だから。誰だって怖いと感じるはずだ。


「それより、シエルと俺って結構似てると思うんだよな。なんというか、考え方とか、波長とか」


「に、似てますかね……?」


 僕がナイトさんに似てる? 僕もいつか変態と呼ばれてしまうのだろうか。


 そんな不安を感じていたところ、話を終えたリマさんが浮かない顔をして戻ってきた。


「みんな、空き室なかったよ。今日は野宿だね。……ところで、さっき二人で真剣な顔をしてなんの話をしていたんですか?」


 一瞬で浮かない顔からニヤニヤした浮いた顔になった。リマさんは切り替わりが早いのかな。


「リマには関係のない話だ。それより野宿なのか」


 ナイトさんはそう言うやいなや、落胆した表情を見せる。

 今日は野宿か。夜の野外は寒いのかな……。


 いや、そもそも空き室がない? このへんぴな村で空き室がないなんてことあるのだろうか。もしかすると……。


 宿屋の主人をちらっと見たところ、明らかに僕の方を見ていた。やはりそうに違いない。


「すみません。恐らく僕のせいです。僕のせいで宿に空き室がないんだと思います」


「なるほどな……。病気のせいって訳か」


 僕の考えをナイトさんはすぐに汲み取ってくれた。本当にどこか似ているのかもしれない。


「そうです。僕の病気のことはこの村に知れ渡っています。だから、宿屋の主人も嘘を言っているんだと思います」


「そんな……。どうしてそんな嘘を……? も、もう一度私が交渉してきますから」


 リマさんは再び宿屋の主人と話をしようと踵を返した。僕はそれを引き止めるように、


「ちょっと待ってください! すみません、僕が言うのもなんですけど、あまり村の皆さんに迷惑はかけたくないんです。病気のことなんて気にせず、平和に過ごして貰いたいんです。だから、再交渉はやめてもらえないかなと思いまして……」



 僕の言葉を聞いたリマさんは何か言いたげな表情を見せたが、


「……わかった。シエル君の言うとおりにするよ」


 ぐっと堪えてくれたようだ。


 すると突然、ナイトさんが何かを思いついたかのように手をポンと叩き、


「いや、野宿を回避できるかもしれん。まあ実際に回避できるかどうかは、ある人物の協力次第な訳だが。という事で俺は今からその人物に会ってくる」


 と言い、ばたばたと村の一番高台にある屋敷へ走っていった。


 そう、高台にある屋敷といえば、サーチャの家だ。




 しばらくすると、ナイトさんはサーチャを連れてきた。どうやら無理矢理引っ張ってきたようだ。


「困った事があったらアタシに連絡しなさいとは言ったけど、まさか数分も経たないうちに連絡するなんて呆れたわ。で、どうしたのよ」


「な、シエル。困った事があるんだろ?」


 え? ナイトさんが無理矢理サーチャを連れてきたのに、ここで急に僕に振るの?

 予想外の事態に思わず困惑してしまう。

 ……でも、ここまできたらもう後には退けないか。しかし、サーチャにも迷惑はかけたくない……。


「サーチャ……。いや、何でもない。ただ、ナイトさんの気まぐれでサーチャを急に呼び出しただけなんだ。だからもう帰って大丈夫だよ」


「ふーん。大丈夫じゃなさそうって顔ね。嘘だって簡単に分かるわ。本当のことを言いなさいよ」


 だめだ。サーチャには誤魔化しがきかなかった。


「サーチャ。……その、今夜だけでも僕達を泊まらせてくれないかな」


「はあ? 何言ってんのよ!」


 そりゃそうだろう。急に頼んで都合よく泊めてもらえる訳がない。サーチャの呆れ顔を見れば無理だということがわかる。


 だが、ナイトさんは食い下がり、


「今晩だけだから! ね! お願い! あ、もしかして俺達が今朝マザーベアから助けてやった事をもう忘れてしまったのかな?」


 サーチャに対し揺さぶりをかける。


「ナイトさん、今朝助けたのは俺達じゃなくてシエル君だよね? ナイトさんはただ逃げただけ。今朝の事なのにもう忘れてしまったんですか? ナイトさんは忘れっぽいおじいちゃんなんですか?」


 そしてリマさんの鋭いツッコミがナイトさんに入る。


 しかし、このマザーベアから助けてやったという話を聞いてから、サーチャの表情が変わった。そして、


「た、確かに、今朝助けてもらったのにそのお礼もしないままなのは無礼よね。……分かったわ。今夜だけ泊めてあげる」


 まさかの返答だ。


 でも、それだとサーチャに迷惑がかかってしまう。僕の病気のことは屋敷の人達も良く思っていないはずだ。今朝までのサーチャのように。


「ごめん。やっぱりいいよ。泊まったりなんかしたらサーチャに迷惑かけちゃうし」


 すぐさま断りの一言を伝えた。

 するとサーチャはムッとした表情を見せ、


「アンタ病気のことで遠慮したでしょ? そんな遠慮なんかいらないわよ。それに今日アンタに言った通り、発症してない間は感染もしないわ。だから泊めてあげるって言ってんのよ!」


 またも勘が鋭いサーチャに、心の中を言い当てられてしまった。


 そしてまだ話があるようで、サーチャは続ける。


「でも、そうね……。一つ条件があるわ。アンタはこの村ではその病気のせいで忌み嫌われているの。それは屋敷でも同様よ。だから今のままでは屋敷へ入ることはできない。つまり、アンタには今から変わってもらう必要があるの。分かった?」



 か、変わる? 僕が? 何に?



 僕が考えているうちに、サーチャは何かを取りに屋敷へと帰っていった。


 そしてしばらくして再びサーチャは戻ってきた。手には衣類のようなモノを持っている。


「シエル、アンタはこの服を着ること」


「え、この服って……。女の子の服みたいだけど……」


 見るからに可愛いふりふりの付いた服だった。今から僕がこれを着る? 何かの間違いだよね……?


「それはアタシの服よ。アンタは今からそれを着て変装するの。そしてアタシの友達として屋敷に迎え入れるわ。ほら、分かったらさっさと着替えなさい!」


 と、とんでもないことになってしまった。

 僕が……女の子に!?



 --



「ど、どう? 女の子に見える……かな?」


 数分後、僕はサーチャから渡された服を身に纏っていた。

 白いレース状のブラウスに黒のふんわりミニスカート。そして素肌の部分を挟んで黒のニーソックス。

 まさか僕が、こんな可愛らしい服を着るなんて……。恥ずかしくて顔から火がでそうだ。


「シエル君、その、女の子にしか見えません……」


「俺、何かに目覚めそうだ……」


「アンタ、想像以上にかわい……な、何でもないわ!」


 どうやら僕の女装は上手くいっているようだ。サーチャは僕の姿を見て明らかに照れている。リマさんはかわいいを連呼し、ナイトさんと絡めたいとかなんとか言っている。そしてナイトさんが上から下まで舐めるように見てくるのがちょっと怖い。


 こうして、僕達はサーチャの屋敷へと向かうことになった。

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