燃えさかる家と心と情熱と
こんな事するのはサーチャ達しかいない!
どうして!どうして!こんな酷いことを平気でできるんだ!!
延々と燃え続ける家を後にした僕は一目散に村へと駆け出していた。
脇目も振らず、ただひたすらに走る。
止まらない。止められない。この怒りの炎は留まることを知らない。
瞬く間に村はずれの小道から村の大通りまでやってきた。ここからはサーチャの屋敷が見える。村で一番高い場所にある屋敷は、色んな場所からでも嫌でも目に入る。僕は屋敷目掛けて全速力で走っていった。
すると、目の前の曲がり角からまるで狙ったかのようなタイミングでサーチャが現れた。
「サーチャ!!!」
僕は大声で叫ぶ。サーチャも気付いたようで、こちらへと向かってきた。
「奇遇ね、こんな道端で会うなんて。それより急いで走ってどうしたのよ?」
「どうしたじゃない! サーチャ達だろ! 僕の家を燃やしたのは!!」
何を平然とした態度でとぼけてるんだ! 僕の怒りは頂点に達していた。燃え上がる怒りの炎は鎮火しそうにもない。このまま他のモノにも燃え移り、全てを焼き尽くしてしまいたいくらいだ。
「い、家が燃えた? ちょっと何言っているの?」
「とぼけるな! こんな事するのはサーチャ達しかいない!!」
まくし立てるようにサーチャへと詰め寄る。僕に睨みつけられたサーチャは、気圧され驚きと困惑の表情を見せている。だが、僕は知っている。裏ではほくそ笑んで楽しんでいることを。僕が不幸になったことを喜んでいることを!
「嘘でしょ……? そんな悪い冗談はやめて」
「冗談だと思うのならこっちへ来い!!」
僕はサーチャの手を強引に掴み、無理矢理家へと引っ張っていった。
--
家に着くと火は鎮火していた。
だが、全焼だ。森に燃え移らなかっただけでもマシなのだろう。
そしてサーチャは、その燃え尽きた無残な姿を見て言葉を失っていた。うっすらと涙を浮かべている。
あれは嬉し泣きといったところだろう。サーチャを見ているだけで腸が煮えくり返りそうだ。
「シエル君……ごめん。お家、全部燃えちゃった」
リマさんは『ウンディーネ』という水の精霊を召喚し、火が燃え広がらないように全力を尽くしてくれていたようだ。
「いえ、召喚までしてくださって……ありがとうございます」
僕はリマさんに感謝を告げると、再びサーチャを睨みつけた。
「ち、違うわよ。アタシは違う。こんなことやったりしないんだから……」
サーチャは後ずさり、声がどんどんと小さくなっていく。
「嘘をつくな!」
「ち、違う! 嘘じゃない! 本当にアタシじゃないの! お願い信じて……!」
必死といった表情で声を張り上げるサーチャ。その声にはいつもの嫌味は含まれておらず、むしろ弱気な一面が見えているようにも感じた。
まさか本当に違うのか? じゃあ一体誰がこんな事を?
その時、ガサガサと横の茂みから音が聞こえた。またマザーベアか!?
しかし、そこに立っていたのはナイトさんだった。
「ナイトさん! 心配したんですよ! もしかしたら家の中で焼けて炭になってしまったんじゃないかと……」
「勝手に炭にしないでくれ」
リマさんがナイトさんに駆け寄り、身体の心配をしている。今にもキスしてしまいそうなくらい顔を近づけている。そんなリマさんの顔をナイトさんは必死に遠ざけようとしていた。
どうにかリマさんを引き剥がしたナイトさんは、僕を一目見ると突然頭を下げた。
「シエル、その……すまん。家を燃やしたのは、俺だ」
「え?」
突然のカミングアウトに驚いてしまい、僕は唖然としてしまう。
サーチャとリマさんも目を点にしていた。
「な、なんでナイトさんが……」
「その、なんだ。いつも食わせてもらってばっかりだったから、たまには昼食を作ってやろうかなと思ってな、それで料理をしたら……この有様だ。本当にすまん」
え……?
昼食を作ろうとして家を燃やした……?
そんな冗談みたいな話があるのか……?
じゃあ、サーチャは本当に違ったのか……?
なんだかさっきまでの怒り狂っていた僕が凄く滑稽に思えてきた。僕はこのやり場のない怒りをどうすればいいのだろうか。
だめだ。何も思いつかない。頭も心も整理がつかない。意味が分からない。訳が分からない。理解ができない。
頭が、心が、どうにかなりそうだ。
「あは! あはは! あははははは! あはははははははは!! あははははははははははは!!!」
そして、気がついた時には、僕は狂ったかのように大声を出して笑っていた。
「ち、ちょっと! アンタのせいでシエルが壊れちゃったじゃない! どうしてくれんのよっ!」
サーチャがナイトさんに凄い剣幕で詰め寄っているのが見える。
僕はサーチャの言う通り壊れてしまったのかもしれない。だめだ。笑いが止まらない。
それからしばらくの間、狂った笑い声は止まることなく周囲に響き渡っていた。
--
「シエル、改めて謝罪する。本当にすまなかった」
落ち着きを取り戻した後、ナイトさんは僕に何度も謝ってくれた。
「ナイトさん、もう大丈夫ですよ。顔を上げてください」
僕の声を聞き、顔をあげるナイトさん。反省の色が窺える。
「過去に戻ってやり直したいけど、やり直せなかった。すまん。本当にすまん」
「もう過ぎたことですし、いいんですよ。だから、そんなに謝らないでください」
そう。家が燃えたこと。これはもう終わったことだ。ナイトさんをいくら責めても変えようがない。
だから僕は、これを受け入れて、これからを変えていかなければならないんだ。
「料理はこれから絶対に禁止ですからね。ナイトさん、分かりました?」
リマさんの注意を受けてナイトさんはこくりと頷ずいている。これで今後は火事の件数も減るだろう。世界の平和に一歩近づいたという訳だ。
しかし、僕は家を失ってしまった。それに無一文だ。これからどうしよう。
「あ、一応大事そうな荷物は外に出しといたぞ」
僕の様子を見てか、ナイトさんが伝えてくれた。無一文には変わりないが、生きる為の道具は残っているようだ。
僕は無事に助かった弓矢や万能薬セット、その他諸々の荷物を手に取る。
「さて、こんな事になってしまって申し訳ないとは思っている。……だが、俺達はもう次の旅に行かなければならない」
突然ナイトさんが別れの言葉を僕に告げてきた。
一緒に過ごしたのは三日間くらいだったけど、本当に充実したひとときだった。特に最後は家を燃やされるという、ありえないほどの衝撃を僕に与えてくれた。
「ナイトさん、そしてリマさん。僕にとって一生忘れられない出会いになりました。これからのお二人の旅路が良いものであることを心から祈っています。本当にありがとうございました」
ナイトさんとリマさんを交互に見つめると、二人とも微笑んでいた。その微笑みが最後の別れだということを実感させられる。
「シエル、こちらこそありがとう。そして、これからもよろしくな」
……ん? これからもよろしく?
「え? ナイトさん、それってどういう--」
「いや、家が無くなって行くあてがないだろうな、と思ってさ。それに、責任の取り方がこれくらいしか思い浮かばなくてな。だからシエル、一緒に来てくれ」
「シエル君、私からもお願いです。一緒に旅をしましょう。シエル君のお父さんが果たせなかった世界を知る旅を、そしてシエル君が掲げている白身病の万能薬を作るという思いを、私達とともにやり遂げましょう」
「ナイトさん、リマさん……」
二人の思いが心に響く。しかし……。
「僕は穢れたエルフです。そんな穢れたエルフが、これ以上お二人と一緒に過ごすことなどできません」
こんなに優しく澄んだ瞳を持つ二人を、僕が穢してはならない。
僕は、孤独に徹さなければならない。
そう。これまでのように。
しかし、
「俺達はシエルの病気なんかでは死なない! だから来い!!」
「そうです! 私達は死にません! そしてナイトさんとシエル君がいるだけで私はいつまでも生き続けられます! だから一緒に行きましょう!」
二人の言葉が僕に突き刺さる。胸が燃えるように熱くなる。
どうしてこの二人はこんなにも強く真っ直ぐに言うことができるんだ……。どうして僕のことをこんなにも温かく優しく受け入れてくれるんだ……。
もし許されるというのなら……僕も……僕も……。
「僕もっ!! 一緒に連れて行ってください!!!」
僕は生きていく。これからも、ずっと。




